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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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ペアリングに込めた思い

 


 近頃、俺には一人顔見知りになった女の子がいる。


 その子は汐見さんといって、華やかな雰囲気をもつ彼女は引く手数多だった。

 ある時それに嫌気が差したのか、自分には同性の恋人がいるのだと、大勢の前でカミングアウトしたのだった。


 それをきっかけに離れていく人もいたようだが、彼女は全く気にする素振りも見せず、以前よりも輝いているように見えた。


 俺は自分と少し重なる部分のある彼女に興味を抱いたが、特に接点を作るつもりもなく変わらず過ごしていた。


 そんなある時に、講義で隣になり終わった後。彼女の方から、声をかけられたのだった。


「陽向くんって、恋人さんの事凄く大切にしてるよね」

 自分の耳元を指す彼女は、おそらくピアスのことを言っているのだろう。 

 怪訝な顔を隠す気もなく、そのまま出した俺に彼女は笑ってこう言った。


「あーごめんね、急に変なこと言って」

 ただ、羨ましいなと思ってね。なんて、微笑ましそうに言う彼女の表情には、少し寂しさが滲んでいるような気がした。


「私の恋人はね、恥ずかしがって着けてくれないの」

 似た境遇を持つというのもあり、それから同じ講義になればお互いの相手の事を相談したりするようになった。


 俺はある時、彼女からペアリングをデザインし、自分で作る事のできるお店があることを聞いたのだった。


 近頃、交際して五年の記念をどうするか考えていた俺は、今度そこを利用するという彼女の感想を聞かせてほしいとお願いしていたのだった。


 そして後日、完成品を写真で見せてもらった俺は、紫翠が眠っている時にこっそりとサイズを測り、お店へと足を運んだ。


 これが、一ヶ月ほど前の話。


 母のこともあり、何か形に残る証を渡したいという思いが、俺の中で強くなっていた。


 ラグジュアリーな空間に少し緊張こそしたが、お店の方の協力のもと、世界にひとつの指輪ができた。


 シンプルながらも個性の光るデザインを考えていて、仕上げの関係で引き取りは、別日になった。


 それを、取りに行こうとしていた日のこと。


 その日の午前中は講義があり、大学に出てきていた。


 終わり次第すぐ引き取りに向かい、夕方から時間が空いていると言っていた紫翠に、そのまま会いに行こうと考えていた。


 急ぎ足で中庭を歩いていれば、後ろから声をかけられる。

 振り返ると、そこには汐見さんがいた。


「陽向ー! 今から、リング取りに行くの?」

「そう、そのまま渡しに行こうと思ってね」

 自分でも心躍っているのがわかって、今俺の胸中には穏やかに凪いでいる紺碧の海が広がっているようだ。


 喜んでくれると良いね、何ていう彼女も先日の恋人の誕生日サプライズに成功したそう。

 その報告を受けた時、俺まで自分の事のように嬉しくなってしまった。


 少し雑談を交わしてから分かれるとき、ふと俺の肩にゴミが付いているのを見つけた彼女が取ってくれる。

 その流れで、送り出すように背中を押された。


「おっと……じゃあ、また」 

 軽く振り返り、手を振ってから先を急ぐ。


 リングを無事に受け取った俺は、紫翠へとメッセージを送った。


 いつもなら比較的早く返事をくれる事が多いのだが、一時間が経過しても返ってこず、電話をかけてみても繋がらなくて、胸がざわついた。


 ふと茉白さんが、今日友人と旅行に行くと言っていて、お土産のリクエストを聞かれたことを思いだした。


 もしも、紫翠の身に何かあったのだとしたら?


 悪い想像は、止まらなくて。激しく脈打つ心臓を押さえて、電車に飛び乗り紫翠の家へと急いだ。


 家の前まで来てインターホンを鳴らしたが、応答はない。

 スマホを確認しても返事はなくて、寝ているだけかもしれないとも考えたが、試しにとプッシュプルタイプのドアノブを引けば、扉は簡単に開いてしまった。


「え……、鍵が開いてる」

 強盗でも侵入しているのかと、玄関から中の様子を疑ってもそんな気配はなく、乱雑に脱ぎ散らかされた見覚えのある靴が落ちているのに気付いて、背中を冷たいものが伝うのを感じた。


 俺は心の中で謝罪しながら、中へと一歩足を踏み入れる。


 その先で見た光景に、心臓が動きを止めてしまうかと思った。


 リビングへと入って、すぐにあるソファで顔を真っ赤にして荒い呼吸を繰り返す、紫翠の姿があった。


「紫翠!」

 しっかりしてっ! と声をかけた時。ふれた洋服がしっとりと湿っていて、目を丸くする。


 もしかして、雨に降られて体調が悪化した? 目を覚まさないなら、救急車を呼ぶ事も考えねばならない。


「しすいっ」

 何度か声をかけていると瞼が少し震えてから、赤く充血してしまっている瞳が姿を現した。


 その刹那。顔を歪ませ目元を手で覆う紫翠の様子に、頭痛が酷いのかと察する。


 乾燥してしまった唇を動かしているが、うまく声にならないようで伸ばしてきた手を取り、反対の手を背中に回してから抱き上げるようにして、紫翠の体をゆっくりと起こした。


 ふれた肌は火傷しそうに熱くて、俺は言葉を失う。


「どうして、ぼくのところにきてくれたの」

 俺は一瞬その言葉の意味を理解できなくて、困惑してしまった。

 だが今、見るべきは紫翠の様子だと懸命に頭を切り替える。


 光を遮りたいのか首元に顔をうめた紫翠の背中を、頭に響かないようにと細心の注意を払いながら、擦るように軽く叩く。


 辛そうに泣くその姿に俺が代わってあげられたらと、胸は苦しい。


 いくつか質問をして意識の確認をしつつ、現状を聞いた。

 薬などを準備する為、出来るだけ頭を揺らさないように紫翠の体を横たえてから、着ていたカーディガンを折って目元を覆う。


 少し落ち着いてから薬を飲ませて、濡れた服を着替えさせる。

 着替えさせる時に、汗を蒸しタオルで拭った。


 僅かにでも薬が効いてきたのか紫翠の瞼は落ちかけていて、その合間に体温計で熱を測る。


「薬が効くまで、少し眠ったほうがいいよ」

 冷えピタを額に貼って声をかけ、そっと体温計を脇から抜きディスプレイに目を遣る。


 そこには、八度六分と表示されていて、眉間に皺が寄ってしまう。


  閉じられた目の縁から、涙が一筋溢れる。


「そばに、いて、ぼ……から、はなれないで」

 少しでも痛みを引き受けることができたらと、こめかみの辺りを撫で擦る。


「大丈夫だよ、そばにいるからね」

 先ほどの言葉に、感じた違和感は何だったのか。紫翠が不安に感じているものは、全て排除してしまいたい。


 母の言葉が一瞬、頭を過る。嫌な言葉を振り払うように、俺は大きく首を振った。


 紫翠の背中と膝裏に手を入れて極力揺らさないようにそっと抱き上げ、ベットへと連れて行く。

 元気になった時、ちゃんと聞かなければ。


 少し離れたところで様子を見ていた俺は、時折冷えピタを替えたり、布団をかけ直したりと尽力した。


 少しでも目を離せば、紫翠が消えてしまいそうで怖かった。

 二時間ほど、経った頃だったと思う。


 俺はいつの間にか居眠りをしてしまっていたようで、苦しそうな呻き声が耳に届き、手放していた意識が呼び覚まされ戻ってくる。


 いやだ、置いていかないで。


 お願い、待って。と俺の名前を、何度も苦しそうに呼ぶ紫翠の姿。


 その様子に思わず、体を揺り起こす。


 ゆっくりと瞼が開き、涙の膜に覆われた瞳が俺を捉えた。


「なんでいる、の? 僕の事、もう好きじゃないって……」

 どうして、そんなことを……どんな怖い夢をみたの?


 こんなに、泣いて。


 真珠のような大粒の雫を、ぽろぽろと溢す紫翠に心は締め付けられて、その涙をどうすれば止められるのかと、目元に手をのばす。


 少しでも安心してほしくて、俺は言葉を紡ぐ。


「俺が紫翠を好きじゃなくなるなんて、ありえないよ。悪い夢、見たの怖かったね」

 どうしたら、俺の気持ちがもっと伝わるのだろう。


 狂おしいほどの、この愛を。


 俺は隣に潜り込み首の下へと手を入れて、そのまま守るようにして優しく包み込んだ。


 怖い夢からは俺が絶対に、守ってあげる。


 だから安心して、ゆっくりと眠って。


 そしたら、きっと元気になるよ。


 だから、いつもみたいに花の咲くような笑顔を俺に見せて。


 少しだけ、一緒に眠った後。目覚めてふれた肌の温度は、僅かに下がったように思う。


 一先ず胸を撫で下ろし、冷えピタに触れば温くなってしまっていた。

 紫翠が起きないよう慎重に動き、必要な事を済ませる。


 俺が、戻ってきた時。

 穏やかな寝息をたてて眠っているその様子に安堵して、無防備に投げ出された手をそばで優しく握る。


 伝わる温もりに安心して、張り詰めていた緊張の糸は弛む。

 そのまま左側のポケットにそっと手を入れ、指先にふれた硬い感触のする箱を取り出し、ベットの上に置いて眺める。


 紫翠は、喜んでくれるだろうか。


 早くこの綺麗な手の指に俺が作った指輪を、はめることが出来れば。

 そう、物思いに耽る。


 ふと目を遣った窓の外が少し、白んできている事に気付いた。


 もうすぐ、朝日が昇るだろう。


 差し込む暖かい日差しに、紫翠は目を覚ますだろうか。


 はやくその美しい瞳に、俺の事を映してほしい。


 箱を再びポケットへと仕舞ってから、俺は少しだけ瞼を閉じた。


 ――夢、をみた。紫翠が、俺の事を呼んでいる。はやく、そばに行かなければ。


 一気に視界が、開けた。


 俺はベットに突っ伏していて、どうやら眠ってしまっていたようだった。

 右手には温かい感触があって、記憶が急激に流れ込んでくる。


「ん……紫翠、起きたの? 体調はどう?」

 体を起こしたそこには呆然と座る、紫翠の姿があった。


 帰る場所が分からない迷い子のような、寂しそうな表情をしているが、俺にはその理由がわからない。


「紫翠、何かあった? それとも、俺が何かしてしまった?」

 笑顔をなくした柴翠は視線を彷徨わせ、言葉を探しているようだった。


 その様子に俺が原因なのだと、悟ってしまう。


 きっと、紫翠は言うことを躊躇っている。


「……俺が紫翠を不安にさせることを、したんだよね」

 格好悪いかもしれないがそんな事、今はどうでもいい。紫翠の不安を取り除く以上に、重要な事なんてない。だから直接、問いかけた。


「雅は、僕の事……好き?」

 その声は、震えていた。たくさんの愛を、日頃から惜しみなく伝えていたつもりだった。


 近頃はそれを紫翠も、きちんと受け取ってくれていた。だけど、今回はそれを凌駕する程の不安が押し寄せ、優しい紫翠の心に大きな負荷をかけてしまったのだと思い知らされた。


 そんな不安を作り出してしまった自分が、不甲斐なくて、情けなくて。


「好きだよ、言葉なんかじゃ表せないくらい」

 それが、本心だった。


 俺が知る言葉なんかでは、日々溢れ続ける愛を言い表すことなんて出来ない。

 本当は紫翠のすべてを余すことなく全部、自分のものにしてしまいたいくらいなのに。


 だから、少しでもそれを明確に伝えられるようにと、証として指輪に想いを込めた。


 震えそうになる手を必死に鼓舞して、俺は箱をポケットから取り出し、愛おしいその手を取って、紫翠の為に誂えた指輪を右手の薬指にはめる。


 そっと手を離せば、紫翠は手を空中に翳し、角度を変えて見つめていた。

 自分の分を紫翠へと渡して、同じ様に俺の指にもその証をはめてもらった。


 ペアリング? なんて不思議そうにしていた紫翠に、俺が作ったんだよと答えれば、コップから表面張力が限界を超えて水が零れてしまうように、言葉を溢した。


「どうして? 雅、昨日女の人と……」

 しまったという様に口元を押さえた紫翠の言葉に、俺は昨日の記憶を辿り、思い至った。


 汐見さんのこと、だろうか? なんて考えていたら、とんでもない言葉が耳に入ってきた。


「雅がその人と……キス、してたように見えて」

 その発言は俺の予想の斜め上を行き過ぎて、只々驚愕させられた。

 情けなくも顔の横に手を挙げ、俺は必死に無罪なのだと、主張した。


 人間はこのような局面に出くわした時、自然とこういった動作が出ることを、身を持って知ることになるとは思わなかった。


 黙ってしまった紫翠に、どうしていいか分からなくなり、そっと覗き込んだ次の瞬間。


 腕がのびて来て、勢いよくその体が飛びついてくる。


 その後、子供のように泣いてしまった紫翠を宥め、俺の軽口に笑ってくれた時は、誤解が解けて良かったと内心ではとても安堵した。


 その笑顔が愛おしくてたまらなくなり、赤くなってしまった目元と、鼻先へと労わるようにキスを贈った。


 こっちにもして、なんて美しく微笑む紫翠の左手を掴まえ、薬指にもキスをひとつ。


 ここへと贈る指輪はもう少し先になりそうだけど、先にその権利を予約しておこう。


 その時は受け取ってくれる? なんて聞けば、紫翠の調子は戻っていて、いつもと変わらない、自由奔放さの強い返事をくれた。


 蠱惑的なその笑顔に、ずっと俺の心は惹かれ夢中にさせられている。


 本当に生涯外せないおまじないなんてものがあれば、一生紫翠の事を、俺へと「縛りつける」ことが出来るのだろうか。


 その思考に、少しだけ自分のことが怖くなった。


 俺が紫翠に抱く愛は、こんなにも重くなっていたのかと。そんな事を考えた自分に、驚かされた。


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