表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/46

蜂蜜のような愛

 


 翌日の朝。起床し身支度をしていると、メッセージを知らせる音が聞こえた。


「僕の方こそありがとう、楽しかったよ!」


「昨日すぐ寝ちゃってお返事が遅くなってごめんね……」

 すぐ確認をしてみれば、二件のメッセージ。


「全然気にしなくて大丈夫だよ」

 俺もすぐに、返事をしておいた。


 朝からメッセージのやり取りをして、はやく柴翠に会いたくなってしまった俺は、いつもより念入りに準備を済ませ、早々に家を出た。


 早めに待ち合わせ場所へと着いた俺は、少し前に新作が発売されたお気に入りの作家さんの小説を広げる。


 本を読みながら、のんびりと柴翠のことを待っているこの時間が好きで、いつも少し早めに来てしまうのだが、さすがに今日は早く来すぎたかもしれない。


 なんて、一人心の中で笑ってしまう。


 それでもやはり好きな子を待ちながら、好きなものを見ていられるこの穏やかな時間は、至福以外の何物でもなくて。


 数年前の俺には、想像もできなかった日々だ。


 それから少しして、柴翠がこちらに歩いてくるのに気付く。

 会えた嬉しさから、つい頬が緩んでしまうのをとめられない。


 どうやら、昨日のメッセージのことを気にしているようで、柴翠は少し申し訳なさそうにしている。


「本当に気にしなくていいよぉ」

 のんびりとした口調を意識して伝えたが、上手く伝わっただろうか。


 人一倍、周りの人の事を気にしてしまう柴翠の優しさは、時として自分自身に大きな負荷をかけてしまう。


 そんな真面目なところも、俺が好きなところのひとつではあるのだが、それで柴翠が辛い思いをしてしまうのは、いただけないところだと感じている。


 柴翠のその繊細な部分を俺が支えられるようになりたいと、常日頃から思っている事をいつか伝えたいとは思っているが、まだその思いを伝えることは出来ていない。


 それに俺としては、柴翠が俺の事を考えて返事をくれるだけで本当に満足なのだと、どうしたら上手く伝えることが出来るのだろうか。


 今の自分の未熟さと、関係のままでは適切なものが浮かばなくて、これからの課題だなぁなんて考えていた。



 学校へと着いて担任から、本日より文化祭の準備が始まりますというお知らせをされる。


 一年次は、出店で飲食物を出すクラスが多いと言われ、自分たちのクラスはどうするのかと、意見を求められた。


 次々に意見は上がり、最終的に俺たちのクラスはタピオカドリンクを販売することに決まる。


 その件までは特筆すべき点はなかったのだが、一クラスに男女一名ずつの、計二人を文化祭の実行委員として選出する必要があり、それを誰にやってもらうのかというのを決める話し合いの際に事件は起こった。


 女子の方は立候補があり、すぐ決まった。だが男子は誰も手を上げず、話は一向に進まない。

 完全に他人事として聞いていた俺に、事もあろうに矛先が向いたのだった。


 その原因もとい犯人は、件の立花さんであり「男子は陽向くんが良いと思います」なんて態々、手を挙げて平然と言ってのけたのである。


 そして、そうなると人は自分に飛び火しても困るので、知らん顔を決め込む。


 そうすると誰も、何も言わない。正しく今のような状況が、完成するのである。


 何かあるだろうなと警戒はしていたが、まさかこんな形で報復を受けることになるとは、考えもしていなかった。


 別に実行委員を受けることには、そこまで問題があるわけではない。だが、面倒ではある。


 だけど、この場で出来ませんと言って断るのも、立花さんに負けるようで、癪に障る。かといって受けるにして、忙しさの水準がはっきりとわからず、準備期間が一カ月以上用意されているところを見るに、その間それなりに時間を拘束されることが容易に想像できた。


 俺にとってそこだけが、唯一の難点である。


 その期間中にもし柴翠との時間を取れなくなってしまえば、それは俺にとって死活問題と言っても、決して過言ではないからだ。


 結局、担任の他に意見はありますか? という定型文のような質問に誰も答えることはなく、俺は実行委員の席に座らされてしまった。


 立花さんがほくそ笑んでいるであろう姿を想像すると、無性に腹立たしい気分にさせられる。


 やはり俺が想定していた通りに実行委員の役目は忙しく、日によっては授業の合間にも動かないといけない時もあり、今まで確保できていた柴翠との時間は、三分の一程度にまで減少していた。

 毎日のように続くそれに不満は溜まり、苛立ちは募り続けている。


 そんな過密スケジュールの中で瞬く間に、一カ月の時が過ぎようとしていたある日の授業終わり、昼休みが始まるタイミング。


 朝、コンビニで買ってきていた菓子パンとカフェオレを持って、柴翠のところに向かおうと準備をしていた俺に、顔も知らない女性の先輩から声が掛かる。


 この日俺は必要な準備を粗方、片付けていた。


 色々と限界がきて、今日こそは柴翠とゆっくりお昼ごはんを食べるのだと、昨日の夜から決めていた。


 そのために昨日から今日の午前中にかけて、必死で割り振られていた仕事を終わらせている。にもかかわらず、また想定外の邪魔が入ってしまい、苛立ちの火が大きくなるのを感じる。


 こんな時に何の用なのかと聞けば、少し時間が欲しいという。

 かなり苛立ってくるが、それを隠して柴翠に事情を説明し、嫌々ついていくことにする。


 この流れはおそらく、告白なのではないかと予測してはいるが、目の前の相手とは面識も、何もない。


 やはり連れていかれた先では、想いを告げられた。


 想いを懸命に伝えてくれたことには感謝を伝えたいが、為人が分からない状態で簡単に付き合う奴なんているのか?

 いたとして、そいつは男としてどうなのだろうかと俺は他人事に思う。


 ここでも丁重にごめんなさいとお断りをしたのに、理由を教えてと食い下がられては、面倒だと思ってしまう気持ちが加速していくのは、仕方ないことだと思う。


 彼女がいるの?


 それとも好きな人?


 なんてまるで尋問かのように問い詰められ、何と答えれば満足するのかと聞いてしまいたくなる気持ちを抑えて、好きな子がいます。とだけ答えを返し、これで開放してもらえるかなんて考えていたら、それは誰なの?なんて質問まで飛んでくる。


 そもそも何で名前すら知らない相手に、そんなことを言わないといけないのかと、苛立ちが徐々に隠せなくなってきた所で「それは秘密です」とだけ言葉にした。


 想いを伝えてくれたことへの感謝の気持ちと、それに答えることの出来ない謝罪を改めて行い、軽く頭を下げてからその場を去る。


 相手は何かを言っていたが、俺にはそんなことはもう正直どうでもよくって、今は限られた時間の中で柴翠のもとへ会いに行くということで、頭の中はいっぱいだった。


 普段走ってはいけないと言われている廊下を軽く走って、下駄箱へ向かい外靴であるローファーへと履き替えた俺は、いつも柴翠と一緒にお昼ご飯を食べているベンチへと急ぐ。


 柴翠が座って待ってくれているのが見えたが、どこか様子がおかしい。


 体調でも悪いのかと心配になり、そっと声をかけた。


 ゆっくりと顔を上げた柴翠の目には涙があふれていて、そんな悲痛ともとれる表情をみて俺は、一瞬心臓が止まった。


 上手く息が出来ているか分からないほどに困惑し、咄嗟にどうしたの? 頭痛い? なんて聞いてしまう。


 そんな狼狽することしか出来ない俺に、柴翠は首を横に振り、違うのだと教えてくれる。


 その行動に彼方へと飛ばしてしまっていた冷静さを、少しだけ取り戻す。


 体調は一先ず置いておいたとしても、泣いてしまっている目を冷やさなければ、腫れてしまう。

 保冷剤をもらうために柴翠の手を取り、保健室へと歩き出した。


 少し進んだところで、ふいに柴翠の手が離れ、どうしたのかと様子を窺うために近づき声をかけるが、柴翠は何も言わない。


 もう一度名前を呼ぶと、柴翠がぽつりとまるでひとり言でも呟くかのようにおとした言葉に、俺は衝撃を受けた。



 ――好き。



 思わず上げてしまった言葉にもならなかった音と、状況が瞬時に理解できず混乱した頭で絞り出した、俺の事? なんていう何の配慮も出来ていない俺の言葉。


 その言葉に柴翠の体が強張ってしまったのがわかり、その姿に自分の至らなさを痛感させられる。

 今は過去の自分の行動を反省している暇なんてないのだが、怒涛のように押し寄せてくる感情の波に、思考はうまく纏まらない。


 確認させて?


 俺のこと好きなの?


 俺はどうしても柴翠の明確な言葉で、聞きたくて。


 これは夢なんかではないのだという、確証が欲しくて。


 そんなことを願ってしまった俺は緊張で喉が締まり、情けなく震えてしまいそうになる声を顎を引き必死に隠して、大きく鳴り続けている心臓の音を誤魔化すように、静かに聞いた。


 覚悟を決めたかのように顔を上げた柴翠の目元は薄く朱に染まり、眼縁には今にもこぼれ落ちてしまいそうなほどに涙が溜まっている。


 その瞳は水分を多く含んでいることにより、燦然と輝く宝石のようにも見え、もっと近くで見てみたいと吸い寄せられるかのように近づいていく。


 柴翠の言葉より先に体は動きだしていて、発したその言葉の意味を理解できた瞬間。


 俺はその唇を塞ぐようにしてふれていて、眼前に広がる瞳からは一筋の涙がこぼれ、頬を伝う様子がスローモーションのように見えた。


 その美しさにどうしようもなく惹きつけられ、魅了されている。


 初めてふれたその柔らかさに頭の奥が少し痺れるような、体感したことのない心地よさに包まれて、地に足の付かないどころか浮遊感のある感覚から我に返った俺は、目の前にいる柴翠を見つめる。


 小さく俺の名前を呼ぶその健気な様子に、体からあふれる狂おしいほどの愛おしさに胸は締め付けられ、苦しいはずなのにもっと欲しい。


 ――もっと、名前を呼んでほしい。


 紫翠の頭の上にはたくさんの疑問符が浮かんでいるのが見えて、その様相に笑みがこぼれる。


 俺の口からはもっと望んでよなんていう、蜂蜜を溶かしたようなチョコレートよりも甘い声がおちた。


 そんな甘ったるい声を自分が発せられたことに、驚いたが柴翠の黒金剛石のように光り輝く美しい瞳は、その心の中を反映させるかのように、大きく揺れている。


 ――その瞳に浮かぶ欲望を、俺に教えて?


 考え込むようにして俯いてしまった柴翠の固く組まれ、不安により冷えてしまっている両手を優しく取り、俺の体温を移すようにそっと包みこむ。


 ここからは俺が想いを伝える番なのだと、覚悟を決め口火を切る。

 俺にも抱えきれないほど大きくなってしまった想いを、少しでもたくさん柴翠に伝えられるようにと精一杯、心を込めて言葉にしていく。


 ――俺を、柴翠の恋人にしてください。


 最初で最後になるだろう、俺の人生を掛けた告白の言葉に柴翠は大粒の涙を溢す。

 その一粒、一粒がきらきらと輝き、その光景は息をのむほどに美しく、思わず手をのばしてしまいそうになる。


「……いいの? 俺っ、男だし。女の子みたいにっ、かわいくないよ……?」

 なんて綺麗な顔を歪めて、泣くほどに嬉しいと感じているはずなのに、まだ素直になれなくて、あまのじゃくな態度をとってしまう。


 そんなところですら、愛おしくて。


 きっと柴翠はまだ完全に信じることは出来ていなくて、その優しさから俺への逃げ道を用意してくれているつもりなのだろう。


 だけど俺は逃げ出したりしないし無論、逃がす気も更々ない。


 こんなにも待ったのだ。それに俺は柴翠のことをこの先、一生離すつもりなんてない。

 そんな甘い覚悟なら、とっくの昔に諦めている。


 どれだけ優れていても、どれだけ素敵で完璧な人でも、柴翠でなければ興味はない。


 男とか女とか性別なんて、もっとどうだっていい。


 俺は「深月柴翠」という人だからこそ、こんなにも恋焦がれ、強く惹かれた。


 そんな想いを言葉に乗せて懸命に伝え、見上げてくるその眼の縁をかたどっている睫毛には、涙の粒がきらきらと輝いていて綺麗で。


 だけど止まらない涙を俺が止めてあげたくて、目の下にそっとふれ涙を拭う。

 俺の動きに合わせてゆっくりと目を閉じたその仕草が、愛おしくてたまらない。


 堪らず俺は、またふれるだけの口付けを落とした。


 少し躊躇いつつも、目を開けてこちらを見た柴翠にダメ押しとばかりに、恋人になれる権利をくれる?


 なんて聞けば、少しの間をおいてから涙を流しすぎて、今にも溶けてしまいそうな瞳と、震えてしまっている声で答えをくれる。


「うん。僕があげられるものなら、なんでも雅にあげるよ」

 あぁ、やっとこれで俺は柴翠のものになれた。


 こんなにも恋というものは、心を満たしてくれるのか。


 全身に、溶けてゆくような愛の心地よさに、何があってもこの愛おしい存在をこの手で守り抜く事を決める。


 大切でたまらない、このかわいいひとの笑顔を一生守りたい。

 この幸せを絶対に、手放すことにならないようにと、柴翠を優しく俺の方に引き寄せ腕の中に隠して、キスをおとす。


 涙に濡れるその唇はしょっぱいのに、今まで食べたことのあるどんなお菓子よりも甘く、中毒性がある。


 幸せというものに味があるとするならば、こんなものなのだろうかなんてらしくないことを考えてしまう。


 それくらい今の俺は、浮かれているのだろう。


 よく恋をすると世界が輝いて見えると言うが、その表現だけではとても足りなくて目の前のこの愛おしい存在がいれば、俺は何でも出来る。そう、真剣に考えてしまう俺は単純すぎるだろうか。


「みやび……」

 少し下っ足らずに名前を呼ばれ、なぁに? なんて自分でも砂糖を吐けるのではないかと思うほどに、甘い声が出た自覚はある。


 柴翠は俺の事をその美しい瞳に映し「僕ね、雅の事が好きだよ」と繋いだままの手に力がこもり、少し緊張の色が残る表情ではあるが、懸命に想いを伝えてくれる。


 今すぐにでも俺の腕の中に閉じ込めてしまいたいが、本当に幸せそうに笑ってくれているその顔も見ていたいし、何よりも言葉として聞けることに俺は胸がいっぱいで。


「ずっと、雅に伝えたい言葉だったから、伝えられるのがうれしくて……何度も言いたくなっちゃう」

 言ったものの、恥ずかしくなってしまったのか俯いてしまった柴翠に、俺はたまらなくなる。


 さらに少く強く引き寄せ、俺の腕の中へと閉じ込めてしまう。


 これが計算ではなく、天然でやっているというのが末恐ろしい。


 あまりに愛おしすぎるその行動に、心臓は壊れそうなくらい早鐘を打っていて、本当にこの子のそばにいたら俺の心臓はいつか止まってしまう日が来るかもしれないと、危機すら感じるほどだ。


 苦しく感じないように加減はしているつもりだが、その愛らしさに思わず力は入り、ぎゅうーっと抱きしめる。


 柴翠は恐る恐る俺の背に手を回したかと思うと、制服をきゅっと握り、俺の首元に顔をうめた。


「僕の事、離さないでね……」

 囁くように言ったその言葉を、俺はしっかりと受け取ることが出来た。

 その言葉に混ぜられていた不安の感情を、少しでも消し去れるように。


 今よりも、もう少しだけ力を込めて抱きしめる。


「離さないよ、絶対に」

 俺は柴翠のためなら本当になんだって、できるんだよ?   


 だからね、不安なんて感じなくていいよ。


 俺は君の事しか見ていないし、他なんて見えてない。


 柴翠のそばにいられるのなら、怖いものなんて何もないんだ。


 だから、この世に存在している全てのものから、君の事を守らせてほしい。


「僕は絶対に、雅のそばから離れないよ」

 なんて、甘美な言葉だろうか。


 柴翠さえいれば、俺は他に何もいらない。


 人はもしかしたら、俺のこの愛を倒錯的だというのかもしれない。

 だが、献身的に尽くし、愛し愛されるこの関係が愛でないと言うのならば、何が愛だというのか。


 お互いに想いあえるこの幸せを俺は、一生手放す気はない。



 ――だからね、柴翠。これからも俺と幸せを感じられるたくさんの経験を、一緒に積み重ねていこうね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ