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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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深情厚誼

 


 意識が浮上する。


 開けた視界には、こちらを向いてすやすやと音が聞こえてきそうなほど、健やかに眠る柴翠の姿があった。


 ぼんやりとした意識の中でしばらく、かわいい寝顔を堪能していれば、穏やかに脳内は覚醒していく。

 こんな近くで見ることが出来る、時間は貴重で幸せに心が弾んでしまう。


 綺麗に目の縁に生え揃う、睫毛は瞼が閉じられていることによって、よりその長さを際立たせている。

 いつもしっかりとセットされてある少し長めの前髪は、目の所に掛かり影を落としていた。


 形の整った唇は、薄く開き僅かに乾燥しているようにも見える。

 柔らかそうな、そこにふれてみたい。そんな欲求が生まれ、好奇心に勝てず、静かにそっと手をのばして壊れ物を扱うように、優しくふれてみた。


 指先から伝わる感覚は、想像よりも遥かにしっとりとしていて……。


「んぅ……」

 その声に、はっ……として、慌てて手を引っ込める。


起こしてしまったかと様子を窺うが、紫翠が目を開ける気配はなく、止めていた息をゆっくりと吐きだす。


 花びらにふれたときのような、柔らかい感覚がじんじんと指先に残り、頭から離れてくれない。


 それを打ち消すように、視線を向けたカーテンの隙間から漏れている柔らかい光を認識し、昨夜枕元に置いたはずのスマホを手探りで探す。

指先に硬い感触がふれて、それを掴み取り、時間を確認しようと電源を入れた。


 ディスプレイには六時四十七分と表示されていて、思っていたよりもはやく目が覚めてしまったと思いつつも、ゆっくりと紫翠を起こさないように体を起こす。


 少しひやっとするフローリングに両足を揃えて下ろし、静かに立ち上がる。


 振り返ってみれば、ベットの上で気持ちよさそうに眠る紫翠の姿。

 俺は、少し安心し笑みが溢れてしまい、そのまま極力音を立てないよう、神経を研ぎ澄ませて部屋を出た。


 お手洗いを借りるために、一階へ降りた帰り道。リビングの方から物音が聞こえたので、何かお手伝いできることはないかと、挨拶もかねて顔を出してみる。


「おはようございます」

 予想通り、朝食の準備をしている柴翠のおばあちゃんこと茉白さんの姿があった。

 すぐ俺に気付き、柴翠によく似た和やかな笑顔を見せてくれる。


「おはよう、雅くん。早起きさんなのねぇ、昨日はよく眠れた?」

「はい、おかげさまでよく眠れました。今日は、珍しく早く目が覚めてしまって……もしよければ、何かお手伝いさせてください」


「それは助かるわ、さっそくこれをお願いできるかしら」

 味噌汁のみそを溶かす作業をもらい、火を止めた鍋におたまを使い溶かし入れていく。


 その間も茉白さんは魔法のように手際よく作業をこなしながらも俺に色々と教えてくれ、おかげでこの短時間の間に数段くらいレベルを上げることが出来たと思う。


 その際にだし巻き卵を作るというので、後学のために横で見ていた。


「雅くん、作ってみる?」


 そう言ってくれたが、卵焼きはあまり得意ではなくて、少し躊躇ってしまう。


「小さい頃からの、柴翠の好物でね。雅くんが作ったって知ったら、喜ぶと思うよ」

 そう言われて、挑戦しないという選択肢は俺の中から消える。


 もし失敗してしまったら申し訳ないが、俺が食べようと決めて、茉白さんにお手本を見せてもらう。


 その後に、俺も真似て卵液を卵焼き専用の縦長のフライパンに流し込み、菜箸を使いながら苦戦しつつも、くるっと端から巻いて形を整えていく。


 一部苦戦したが、なんとか及第点くらいにはなったのではないかと思う。


 完成したものを包丁で均等になるように切り分け、柴翠は喜んでくれるだろうかなんて、考えながらお皿へと盛りつけていく。


 朝ごはんにと用意をしていた焼き鮭や、花麩が入ったオクラの味噌汁。南瓜の煮物、ほうれん草のお浸し等を順番に、食卓へと並べていく。


「お手伝い、ありがとうね。雅くんみたいないい子が、柴翠のそばにいてくれると安心。これからも、柴翠と仲良くしてね」

 そんな言葉をもらえるとは思っていなくて、素直にうれしい。

こんなに優しく、穏やかな気持ちになれるとは思わなかった。


「はい、もちろんです」

 ここは私に任せて、お寝坊さんを起こしてきてくれる? なんて言われ柴翠を起こす大役を仰せつかる。


 そっと静かに扉を開けて部屋へと入ると、柴翠はもう起きていて、俺をみて緩慢な動作で起き上がる。


 まだ眠そうにしているその姿は、普段よりも幼く見えてかわいい以外の言葉が思いつかない。


 紫翠は俺と一緒だったから、よく眠れたような気がするなんて言って、猫のように伸びをする。


 柴翠のこういう天然なところは、本当に心臓に悪いと思う。

 不覚にも、心臓はその音を大きくする。


 寝起きでぽやぽやとしているところがあまりにもかわいらしくてつい、言葉に出してしまう。


 今、俺の顔は柴翠への好きが全く隠せていないような気がしているが、まぁ元から隠す気もあまりない。

 それに、意識してもらえるように頑張っている最中なので、今更かなぁという感じ。


 このまま、ずっと見てたいくらいではあるが、このままだとせっかくの朝ごはんが冷めてしまう。


 顔を隠してしまった柴翠に手を差し出し、エスコートするように手を引き部屋を出る。

 学校の時と違い、柴翠のお家の中なので手はすぐに離した。


 柴翠と一緒に下の階へと降りて、リビングにつながる扉を開け、中へと入る。


 俺が上の階に行っている間に、紫翠のお父さんである千翠さんは起きてきていたみたいで、テレビを見ていた。

 俺たちに気付いておはよう、とこちらも柴翠によく似た笑顔で挨拶をしてくれて、それに倣い俺も挨拶を返す。


 今、俺は自分がお手伝いさせてもらった朝ごはんのことで頭がいっぱいで、柴翠の口に合うだろうかと不安だ。


 ふと柴翠の方を見れば、自分のせいで全員を待たせてしまったと感じたようで、何も悪くはないのに申し訳なさそうにしている。


 それを千翠さんも、茉白さんも優しく宥めて柴翠を食卓の方へと促す。


 柴翠の肩を後ろからそっと押していた茉白さんに、目配せをされて忘れていた緊張が戻ってくる。


「さぁ柴翠、座って座って。今日のだし巻きは雅くんが作ってくれたのよ」

 その言葉に驚いたのだろう柴翠は、結構な勢いでこちらを向いてきた。


 その動きがまるで猫のようで、少し緊張感が緩む。


 俺が作ったものは、茉白さんが作ったものと比べると形が歪で綺麗だとは言えない。

 味付けもレシピ通りに作ったとはいえ、自分以外の人に食べてもらうのは初めてなので、内心ではやはり物凄く緊張している。


 あまり綺麗に出来なくてごめんね、なんて柴翠を困らせてしまうようなずるい事を言った自覚はあるが、言わずにはいられなかった。


 そんな俺に柴翠は、何も言わずに首を強く横に振ってくれる。


 だし巻き卵に柴翠が、箸をのばす。


 それを見ていた俺は、今まで体験したどんな事よりも緊張しているかもしれなくて、自分の心臓の音が速くなっているのが分かる。


 柴翠が口元に持っていく動きがとてもゆっくりに見え、一口食べたその刹那。花が咲くような満面の笑みを見せてくれて、無意識に入っていた体の力が抜けていく。


「美味しいよ! 雅」

 そう言ってくれた柴翠の周囲には、花が舞っているように俺には見えて、目を輝かせて喜んでくれるその姿に胸をなでおろす。


 普段小食の印象がある柴翠にしては珍しく、いっぱいご飯を頬張りながら食べているのが、ハムスターみたいでかわいい。

 こんなにも喜んでくれるのなら、頑張った甲斐もあったというものだ。


 幸せそうに笑っている姿をもっと見ていたくて、紫翠の好きなものをたくさん作れるように、これからも頑張ろうと思えた。


 自分の作ったものが、大好きな人の血となり肉となる。


 それは、なんて幸せなことなのか。 



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