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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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思い出の中のホットケーキ

 


 待ちに待った約束の日が訪れた。


 無駄に早く目が覚めた俺は、普段よりも念入りに身支度をし、そわそわと落ち着かずこの服装で大丈夫だろうかなんて、何度も姿見で確認する。


 父さんに言われ、用意していた手土産のお菓子を携えて柴翠のお家へと向かう。


 家の前に着いて、到着したことを伝える。


 目の前まで柴翠を送ってきたことがあり、場所は知っていたが中に入るのは初めてで、少しの緊張感を感じた。

 玄関の横に植えられ綺麗に咲いている花と一緒に待っていれば、鍵を解錠する音が聞こえたので立ち上がる。


 扉から少し離れた位置で、扉が開くのを待つ。


 現れた紫翠は、綺麗目の黒のリボンタイのブラウスに淡い水色のカーディガンを羽織り、千鳥格子柄の細身のパンツを穿いていて、可愛らしく甘めな私服に不覚にもきゅんとしてしまった。


 声が聞こえない事を不思議に思い、柴翠の方を見れば、どこかぼんやりとしているようにも見え、そっと名前を呼んでみる。


 我に返ったような柴翠は、俺の服装の雰囲気が変わったねと言って、他愛もない会話が始まる。


 その中で、俺は冗談めかして格好いい? なんて、聞いてみた。

 紫翠の可愛い反応を、見れたりしないだろうか。そんな、少しの期待をのせて。


「雅はいつでも格好いいよ」

 俺の予想は外れることになり、とんでもない爆弾発言を落とされ反撃を食らうことになった。


 人は最大限に驚かされると固まってしまうことを、俺は初めて知る。

 驚きは刹那的で、好きな子に格好いいなんて言われて単純な俺の脳内は、喜びの感情でいっぱいになっていく。


 こういうところでも、柴翠に心を掴まれている俺は惹かれ、好きは増えていくのである。


 そのやり取りの後、柴翠に案内されて家の中へと入り、柴翠のお父さんとおばあちゃんにご挨拶をして、持ってきていた手土産を渡した。


 二人共とても親切に接してくれ、優しく温かい。紫翠を大切にしているのが、よくわかる。


 お話も程々に柴翠の部屋へと移動し、動画でも見ようかとアプリを開きおすすめで表示されたものを適当に選ぶ。


 静かな部屋に音が流れはじめ、声を掛ければ返事自体は返ってくるが、やはり心ここにあらずな感じがして。


 思えば出迎えてくれた時の様子にも、違和感はあった。どこかもし体調が悪いのなら、無理はさせたくない。

 柴翠の可愛い反応が見たいなんて浮かれていた自分を、殴ってやりたくなった。


 今日という日を本当に楽しみにしていたが、柴翠のこと以上に優先させるべきことなど、俺には思いつかない。

 もし体調が悪いというのなら今日は帰ろうと、心に決めて声をかける。


「柴翠?」

 机に肘をついて、顔を覗き込む。覗き込んだ柴翠の目には涙の膜が張っているように見え、俺は焦って咄嗟に頬へと手をのばす。


 一瞬だけ視線は絡んだが、すぐに逸らされた。


 泣きそうに見えるその表情に、何が柴翠をそんなふうにさせているのか見当がつかない。


 ふれたところの温度からして、発熱しているわけではなさそうだが、頭痛などの痛みを発するものは表面的にみて分からないものも多く、これだけでは判断材料に欠けてしまう。


 暫く間をおいて、目にゴミが入っただけだから大丈夫。と柴翠は言った。

 だけど、どうみても大丈夫そうには見えないし、強がっている事がすぐにわかってしまう。


 体調的なものなのか、それとも何か別の要因があるのか?


 体、しんどかったりする?


 それとも、どこか痛い?


 そう聞こうと思い、声を掛けようとした。そのタイミングで、柴翠のおばあちゃんがおやつを部屋まで持ってきてくれたようで、声が聞こえる。


 こちらを見てくれない柴翠の表情を上手く窺えず、どういう感情なのかをそこから読むことは出来ない。


 今、無理に聞き出すのは得策ではないと様子を見つつ、せっかく持ってきてくれたホットケーキが冷めてしまっては申し訳ないので、いただくことにした。


 持ってきてくれたホットケーキは、お店で提供されるようなレベルの味、見た目をしていて、その完成度に驚く。


「紫翠のおばあちゃん凄いね、ホットケーキ。お店のやつみたい」

 最近少し料理にはまりつつある俺は、その作り方にとても興味を惹かれていた。


 柴翠のおばあちゃんに料理を教えてもらおうかなぁ、なんて言ってみれば、少し驚いたように料理するの? と聞かれる。


 柴翠から見れば俺が料理するの、そんな意外に見えるのだろうか……。


 母はよく、お菓子を作ってくれた。幼い頃はそれがとても嬉しくて、家族が増えた後もそれは変わらなかった。


 夕と蓮のことが、頭に浮かぶ。


 姉の夕はしっかりしていて、はっきりと自分の意思表示をできる強い子。

弟の蓮はのんびりしているが、芯があり周りの気持ちを分かってあげられる優しい子。


 二人は、容姿の特徴以外はすべて正反対の性格をしている。なのにとても仲が良く、今でもよく一緒にいるらしい。


 二人は小さい頃、俺の母が作るホットケーキが大好きだった。

 母が作ってくれるものはここまでの完成度ではなかったが、愛情がふんだんに込められていて甘く幸せな味だったのを覚えている。


 母が壊れてしまってから、一緒に食卓を囲むという事すらなくなっていた。

 毎晩のように喧嘩を繰り返す両親を前に、どうしていいのか分からず、母との関係に手一杯で、兄として二人を守ってあげられなかった。


 それから少しずつ、俺は二人との距離の取り方が段々と分からなくなっていき、そんな俺に二人も、必要以上に話しかけてくることはなかった。


 そんな折、他県にある父方の祖父母の家へと二人は避難させられたので、今では顔を合わせることも減っている。


 昔は三人でずっと遊んでいられるほどに、仲は良かったはず。そんな事を思えば、少し寂しい気持ちが生まれてしまう。


 俺が一人暮らしを始めたという事もあり、父とは一カ月に一度程度、近況報告もかねて会っているが、二人と最後に会ったのは半年近く前になる。


 今では接点は、殆どなくなってしまった。


 柴翠にはつい、強がってしまい兄妹としてなんて、何年も接せられていないのに、かわいいんだよ、なんて言ってしまう。


 音として、言葉にすれば。


 このホットケーキを、作れるようになれば。


 また昔のように幸せだった日々が、あの優しかった時の母が、戻ってきてくれたりはしないだろうかなんて。

 この期に及んで、諦め悪く考えてしまう。


 この時、本当に少しだけ、柴翠の事を「羨ましい」なんて思ってしまった。


 俺にはこんなにも愛情のこもった温かい料理を、何年も口にする機会ほ訪れなかった。


 今どれだけ手をのばしても貰うことが出来ないのなら、俺がたくさん頑張って練習をすればいい?


 柴翠のおばあちゃんが作ったこのホットケーキのように、愛情を込めた料理を作ることが出来るようになれば、同じだけの愛情をまた貰えるようになるのだろうか?


 その後の夕食時。柴翠のおばあちゃんに、ホットケーキの作り方を聞いてみたら快く教えてくれて、一人暮らしで料理を練習したいのだと言えば、他にも幾つか簡単に出来るレシピも教えてくれた。


 お二人からは仲良くなりたいし、柴翠のお父さんやおばあちゃんだと呼びにくいだろうからと、名前を教えてもらい、それで呼んでほしいと言ってもらえた。


 本当の家族というわけではないが、久しぶりに感じるその温かさにふれることが出来て心は温かくなる。


 その後も柴翠が小さい頃の話や、写真なんかも見せてもらったりした。

 終始、柴翠は少し恥ずかしそうにしていたけど、嬉しそうなのは隠せていなくて。


 それが、とてもかわいくて。


 俺の心に、柴翠への好きの気持ちがまたひとつ、加わった。


 幸せな時間はあっという間に過ぎ去り、眠る時間が近付いてきてしまう。


 お風呂をいただいて戻ってくると、ベットのすぐ下に布団が畳まれた状態で置いてあった。


 荷物から小説を取り出し、俺と入れ替わりで浴室に行った紫翠が、お風呂から上がってくるのを待つ。


 少しして、戻ってきた紫翠に俺は目を奪われた。


 お風呂上がりで上気した頬に、シャンプーの甘やかな香りが色気を醸し出している。


「雅、気にしなければベット使ってね」

 なんて言うのだが、さすがに泊まらせてもらって家主を床で寝かせるわけにはいかない。


 それに相手は好きな子だから、もっと遠慮したい。


 普通に断ったとしても、話が平行線になってしまうような気がして、それならばと少し勝負に出てみる事にする。


「紫翠、一緒に寝よう?」

 緊張で早くなる心臓に気付かれてしまわないよう、懸命に平常心を装い声に出した。


 ぽかんとする柴翠へと畳みかけるようにして、続けざまに声をかけ、手をのばす。


 お願いだから、俺の手を取って。なんてまだ伝える事の出来ない甘い言葉たちを頭の中にたくさん浮かべ、それらをすべてを伝わるように視線に込めた。


 その甲斐あって、無事に壁側へと柴翠を誘導することに成功し、退路を塞ぐようにそっと横に寝転ぶ。


「落ちちゃったら危ないから、紫翠はこっちね」

 なんてさも当然かのように、平然としているふりをして緊張を隠し、愛おしさで抱きしめてしまいたくなる気持ちを必死に押し殺す。


 二人で秘密の話でもしているかのように、小さな声で言葉を交わす。


 こういうのも楽しくて、嬉しくてこのままこの二人だけの世界が永遠に続けばいいのに。


 布団の中はお互いの体温で、徐々に温まっていく。


 少しずつ柴翠の瞬きの速度が、ゆっくりになる。安心しているかのようなその様子に、俺の中にある庇護欲のようなものが刺激される。


 完全に目を閉じ、眠りの世界へと旅立った柴翠の額に、幸せな夢を見られますようにと願いを込めて、キスをひとつ落とす。


 拳ひとつ分のこの距離のもどかしさに、今はまだその時ではないと自分に言い聞かせ、俺も目を閉じた。


 柴翠の穏やかな寝息しか聞こえないこの部屋は、心地よい静けさに包まれていて、隣から感じるぬくもりもあって、俺はすぐに意識を手放した。


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