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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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光明が差す

 


 一限目の国語の授業が終わり、次は芸術科目の選択授業のため、用意を済ませて柴翠のもとへと向かった。


 俺が目の前まで近付いても心ここにあらずなのか、全く気付く様子のない柴翠に、驚かせすぎないようにと細心の注意を払い声をかける。


 焦って用意をする柴翠に焦らなくても大丈夫だよと、俺は笑って見せた。

 はやく柴翠と話したくて最短で声をかけたから、本当に時間には余裕があった。


 用意が終わったようで、立ち上がろうとした柴翠の前に手を出してみる。

 俺の手と顔を困ったように交互に見てくる柴翠に、どうしたの? と口では言っておきながら、視線では俺の手を取ってと気持ちを込めた。


 逡巡したのちにそっと手を取ってくれ、俺は今までふれた何よりも丁重に、大切にその手を包む。

 ふれたところから少しずつ柴翠の体温が移ってきて、心地がいい。

 初めて柴翠の方から力を込めてくれたことが嬉しくて優しく、丁寧に扱う。


 王子様がお姫様をエスコートし、守るかのようなイメージ。


 誰も教室に残っていないこの状況は俺にとって、とても好都合であった。


 あまり目立つことが得意でない柴翠の選択肢からは、前に出るような機会が多くありそうな音楽はおそらく、消えるだろう事。

 書道は少し習っていたというのを聞いたことがあり、意外と気分屋で自由奔放な猫のような気まぐれさを持つ柴翠。


 実は結構、自分の興味関心に忠実なところがある。


 一度習った事のある書道よりも、あまりふれたことのない美術の方に興味を引かれるのではないかと考えた。

 結果的に俺の読み通りで、聞いた時は心の中で大喜びしたのは俺だけの秘密である。


 教室を施錠し外に出れば、もう少しで授業が始まるという事もあり、ほとんど廊下に人はおらず、静けさに包まれていた。

 それをいいことに、手は繋いだままで廊下を進む。


 力を少し緩められたことに気付き俺は、僅かに力を込めた。

 その俺の行動に柴翠は少し戸惑うかのように手は? なんて聞いてくる。

 俺は平然と、誰もいないからこのままでもいいかなぁなんて言って、柴翠はいや? なんて少しずるい聞き方をあえてしてみた。


 そうすれば、柴翠は離すという選択肢を取れなくなるだろうと。

 振り返ってみた柴翠は、その可愛い顔を赤く染めていて、嫌ではないのだと首を控えめに横に振って教えてくれた。


 その反応ですらも愛おしくて、再び前を向いた俺は自然と口角が上がってしまいそうになるのを懸命に抑えていた。


 不意打ちで柴翠が繋いでいた手を、ぎゅーっと握ってくれた時。


 そのいじらしい行動に思わず俺も、その手に力を込めてしまう。

 授業になんて行かずにこのまま俺が、柴翠の事を独り占めすることができればなんて、非現実的なことすら脳裏を過っていく。


 ――はやく、俺のものになって。


今はまだ言えない愛の告白を俺は、心の奥の大事なものを保管しておくところに、大切に仕舞う。


 そこまで遠いわけではない教室の前までは、あっという間で幸せな時間は、終わりを迎えてしまう。


 手が離れたとき、その顔には寂しさが色濃く滲んでいた。

 そんな様子の柴翠を目の当たりにしてしまい、俺は心細そうなその表情を何とかしてあげたくて、思わず頬にふれてしまいそうになった。


 そんな自分に気付き、我に返る。今はまだ、その時ではないと正気を手繰り寄せる。


 どこか上の空の柴翠が気になりつつも、授業は進行していく。

 一番初めの課題は、二人一組でペアを作りお互いのスケッチをするというものだった。

 柴翠以外の子の顔なんて見ていても、何も面白くはない。

 どうせ、隣の人と組んでくださいとかいうお決まりの流れだろうなぁなんて考えていたのだが、意外にも先生は三分間の猶予を与えられる。


 そうと決まれば俺は、迷わず柴翠へと声をかけようとした。というか、正確にはかけた。


 だが、そこで思わぬ邪魔が入ってしまう。あろうことか、柴翠の隣に座っていた女子も柴翠へと声をかけたのだった。


 一瞬、場の空気は凍り付き、何とも言えない微妙な空気が流れる。 

 確か、この子の名前は立花さんだったはず……。


 以前から確証はなかったが、柴翠に対して好意を抱いているような素振りを時々見せることがあり、少し警戒していた。


 だが、物静かで大人しそうな子だったし、起こす行動も控えめで、柴翠本人もその行動に気付いていなかったので少し油断していた。

 これはどうしたものかと考えていたら、先を越されてしまう。


「深月君、私とペアになってくれませんか?」

 この子も特段悪いことをしているというわけでは、決してないのは分かっている。


 だけど、この子の予測していない強引な行動によって、自分から生まれた黒い感情に心を乱されている今の俺からすれば、とんでもなく癪に障る。

 柴翠は明らかに困っていて、優しい柴翠の性格を考えれば、立花さんの手を取ってしまうかもしれない。


 そうなるとこちらとしては、非常に困る。かといって応戦するかのような強引な行動を取るわけにもいかず、考えあぐねていると、俺の方に別の女子から声が掛かる。


 正直、今そちらに思考を裂いている暇などない。


 この面倒な誘いを、どうやって躱そうかと思案していた時。


突然、柴翠に右手を掴まれた。


 その行動に内心ではかなり驚いだが、俺を選んでくれたことが嬉しくて人の目がある事を忘れて、少し震えている柴翠の手を、次の瞬間には取っていた。


 この状況を好機と捉え、俺に声をかけてきた子には申し訳ない気持ちを少しだけ添え、立花さんには柴翠に代わり俺が、有無を言わさず断りを入れる。


 この時ばかりは、自分の頭の回転の速さに助けられた。


 一連の柴翠の行動を目の当たりにすれば、嫌でも自分に勝ち目がない事くらい理解できただろう。

 人当たりのよさそうな外面の笑顔をはりつけ、平然とごめんねなんてセリフを言い放つ。


 こんなことで、自分の性格の悪さに気付くとは思いもしていなくて、少し複雑な感情に見舞われる。

 だけど、今はなりふり構ってなどいられない。


 律儀に立花さんへと誘ってくれたお礼と、断ってしまった申し訳なさから謝罪を入れている柴翠の横で、俺は立花さんに対して優越感を覚え、柴翠が俺の事を選んでくれたという事実に心は満たされる。


 無事に柴翠とのペアを組むことに成功した俺は、この教室内で一番陽当たりのいい席へと柴翠を連れていき、課題の制作に取りかかった。


 教室内は程よい喧騒に包まれていて、穏やかな空気が流れている。

 俺は柴翠になぜ俺の事を選んでくれたのかと少し声を潜め、内緒話でもするかのように少しだけ距離を縮め問う。


 もしかしたら、柴翠が俺への気持ちの片鱗だけでも見せてくれるのではないか、そんな少しの期待を込めて。


 その問いに柴翠は、わからないと答えた。


 俺は、今はこれでもいいかなぁなんて思っていたら、でも……と前置きをされ、柴翠は気付いたら俺の手を取っていたという。


 その場で愛しさ余って気持ちを溢さなかった俺を、誰か褒めてくれ。

 本当によく、我慢したと思う。


 誰もいなかったら間違いなく俺は、柴翠の事を引き寄せて腕の中に閉じ込めて、想いを伝えてしまっていたと思う。


 嬉しいよなんて言ったときの顔は溶けすぎて、人に見せても大丈夫な顔だったろうかと、後から考えて少しだけ不安になった。


 俺と柴翠の会話を盗み聞きし、柴翠の後ろにある大きな鏡を使い、一部始終に渡り見ていたのだろう。


 その鏡越しに先程からずっと、まるで俺の事を刺すかのような強い視線を送ってくる子がいる。

 あの子はもしかしたら、俺の内側の黒い部分に気付いているのかもしれない。


 そんな怖い顔をしているが、先に邪魔をしようとしてきたのはそちらの方じゃないか。

 俺はずっとそばで、守ってきた。それに柴翠のためなら、自分の命すら惜しくないんだよ。


 だからと言って、簡単に投げ打つ気はないけどね。だってそんな事をしたら、肝心な時に守ることが出来ないから。


 その覚悟すらもまともに出来ないのなら、大人しくそこで指をくわえて見ていろ。


 俺は誰にも柴翠を渡す気はないし、異性に生まれたというだけで当たり前のようにそれを生かせば、自分にもチャンスが回ってくるだろうと高を括っているような子に、負ける気は毛頭ない。



 ――柴翠への執着心は、明確にその形を成していく。


 俺の事上手に描いてね、なんて囁く。恥ずかしくて素直になれない柴翠は、ふいっと顔を横に向けてしまう。



 一瞬目を向けた鏡越しに、立花さんと視線がぶつかった。


 君は今、俺みたいなやつがそばにいる柴翠の事を心配し、意味の解らない正義感のようなものに駆られているのかもしれないが、おそらく君は柴翠に名前すら認識されていなかったよ。

 つまり最初から君にチャンスなんていうものは、存在していなかった。


 その苦虫を噛み潰したような、その表情も柴翠の横には相応しくない。

 だからさっさと諦めて別の相手を選んだほうが、時間を無駄にしなくていいと思う。

 君がどれだけ恋焦がれても、柴翠は君のものにはならない。


 ――俺は、紫翠の運命を渡す気はない。


 最後の授業が終わり、帰り支度を速やかに終わらせて柴翠のもとへと足を運ぶ。


 強い視線を感じ、一瞥する。


 美術の授業の時も思ったが、柴翠に見られてしまうかもしれないのにそんな怖い顔するなよ。そう思いながら、そのまま無視を決め込む。


 泊まりの許可が下りたと紫翠に伝えれば、顔を綻ばせてくれる。

 その嬉しそうな顔をみれば、鬱陶しい視線の存在なんてすぐに忘れた。


 日程をいつにするかを話しながら、二人並んで帰り道を歩く。

 今週末は俺の方が家族との約束が入っているため、再来週の祝日を含む三連休の所を利用しようという話に落ち着いた。


 俺は楽しみすぎて、約束の日まで地に足が付かないような、高揚感でいっぱいだった。

 

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