表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/46

愛情の呪縛と闇夜の灯火

 


 家族は、両親と俺、そして三歳下の双子の姉弟の五人。


 両親は俺が七歳の時にお互い子供がいる状態で、再婚をしている。

 その為、母とは血が繋がっているが、父と双子の姉弟である夕と蓮とは、血は繋がっていない。

 だが、二人とは本当の兄妹の様に育ち、夕と蓮も俺の事を兄だと慕ってくれていた。


 若くして結婚し、十八歳で俺のことを産んだ母は、もうすぐ俺が三歳を迎えるというタイミングで、俺の実の父親である男の女性問題により離婚している。


 母は真面目な性格で愛情深く、純粋だったが故に、実父による裏切りに心を痛め、深く傷を負った。

 それからは母方の祖父母の家での生活が始まり、母は体調を崩す事が増えたものの、俺に不便をさせないようにと懸命に働き、日々は穏やかだったと祖母は言う。


 その傷は、俺が五歳になった頃。母の幼馴染であった義父との再会により、少しずつ癒されていった。


 二人はお互い初恋の相手だったそうで、恋愛感情が再燃するのに時間は掛からなかったそうだ。

付き合って一年ほどが経った頃、再婚を考え始めたという。

 だが、俺たち子供のことを一番に考えたいと言って籍を入れる事だけが全てではないと、俺たちがある程度、成長するまでは婚姻関係を結ぶつもりはなかったらしい。


 そうは思っていても、母も当時二十代前半で子供がいるとはいえ、年若い女性だ。

 愛する人との形ある何かが欲しい、関係を証明したいという気持ちが芽生えるのは、何ら不自然なことではなかったのだろう。


 父の方は、夕と蓮が一歳の時に前妻がある日突然、自ら命を絶ってしまったという。 


 父は自分が一緒になれば、また愛する人との別れが訪れてしまうのではないかという不安が大きく、中々一歩を踏み出せずにいたのだと、俺は高校生になってから当時の父の胸中を始めて聞くことになった。


 俺も当時は、たまに来る親戚のおじさんくらいの感覚で父に接していた。

 だが、成長し色々なことが理解できるようになって、幼いながらにも母の思い悩む様子に気付いていて、再婚を迷っている母の背中を押したのも俺だった。


 俺は世界で一番大好きな母には、幸せに笑っていてほしくて。迷いなんて、なかった。

 父は、血を分けた子と同じ様に接してくれた。血縁関係がなくともたくさんの愛情をもらい、その証拠に小さい頃は血縁関係こそないが、仲の良い家族だったように思う。


 会社員である父のスーツ姿に憧れ、自分も大人になったら父のようにスーツを着用し、ネクタイを締めて働く格好良い大人になりたいと思っていたくらいだ。


 だけどこの数年間は、幼い頃とは違い歳を重ねる度に距離感がわからくなってしまい、俺から話しかけるということは、ほぼ無いに等しいほどには減っていた。

 それでも、父は変わらず俺と接してくれていた。


 家庭内の風向きが変わり始めてしまったのが、俺が小学六年生に上がる直前くらいだったと思う。

 何がきっかけなのかわからないが、母が父の心を疑い始めたのだ。

 それにより家庭内での両親の喧嘩が、格段に増えた。


 ほぼ毎晩繰り広げられる、両親の言い合いが収まるまで耐え、静かになってから眠りにつく。

 そして翌日、母の顔色を窺いながら過ごす日々は、苦痛しかなかった。


 実際に何があって、その疑いが母の中で形になったのかは定かではないが、その疑いにより母は徐々に精神を壊していき不安定な事が増えていった。


 そんな日々が続き、父は母の様子に頭を痛め、妹と弟を父方の祖父母に一時的に預ける事に決めた。


 俺も当初、妹達と一緒に避難をさせるという話が出ていたそうだが、母はそれを頑として許さなかった。

 父は泣く泣く、妹達だけを祖父母に預け、それと引き換えと言っては酷だが、父は残された俺の事を考え必要最低限のやり取りに留め、極力母を刺激をしない選択をした。


 母は関係は穏やかでなくとも自分を見てくれていた父が、急に自分に関心を示さなくなったと捉え、愛情を享受出来ない恐怖を覚えたのか、次第にその矛先を俺に対して向けるようになっていく。

 それにより、俺に対して過度な執着を見せるようになっていった。


 俺の行動を異常に管理したがるようになり、友達と遊びに出掛けることにすら過剰に反応するようになった。


 外へ出て帰宅するのが一秒でも遅くなれば、家へ帰ってすぐになぜ遅くなったのか、誰と居たのか等と泣き喚き、何時間もその場に拘束される。

 酷いときにはその友達の家へと、苦情の電話をかける事もあった。


 その行動は瞬く間に噂となって広がり、俺は仲良くしていた友人達からも距離を置かれるようになり、数日経たずに見事にクラス内で危険人物扱いをされるようになってしまった。


 かつて愛していた人に一度裏切られた不安から、また信頼していた人の心を信用できなくなってしまうような、何らかの出来事があったのならば、心を病んでしまうのは仕方がないことかもしれないと理解は出来る。


 だが俺から見ている分には、父は変わらず母を愛し大切にしているように見えていた。

 事実、父はこんな状態に陥った母を見捨てなかった。


 何故、母は父を疑うに至ったのか。一度壊れてしまった心は、二度と元の形に戻ることはできないのだろうか。


 傷を負い入ってしまったひび割れに、たくさんの絆創膏を貼り補強をする。

 何とか元の機能を復活させ、傷を負う前のように動かそうとより一層頑張ってしまう。

 その頑張りによって絆創膏が剥がれ落ちては、新しいものを貼り付けてを永遠と繰り返す。


 その均衡がほんの僅かなきっかけにより崩れたとき、心は今まで必死に保ってきたバランスを大きく崩壊させる。

 その反動は想像を絶するほどの大きな波となって現れ、その波は本来の人格すらも変えてしまうほどの荒波として打ち寄せる。


 父と出会い、母の表面的な部分の傷は確かに一度正しく処置が出来ていたのかもしれない。

 それでも、もっと心の奥深くにあるところの傷までは届いていなかったのかもしれない。


 そんな辛く苦しい日々の中、進学した中学校で出会った深月柴翠という存在は俺にとって、神様がくれた救いという名の運命なのではないかと思う。

 学校で紫翠と会える事だけが、唯一の俺の心の支えになっていった。


 登校し、柴翠と同じ時間を共有している間だけは、大袈裟かもしれないが、自分が生きている意味を実感することができた。


 柴翠の隣はどこよりも息がしやすく、気持ちが安らぐ――。


 紫翠の言葉には、嘘がないというのがよくわかる。柴翠は人と話す際に、言葉を慎重に選んで返答していて、時間は掛かるのかもしれないが、出任せのように感情に任せて話したりしない。


 その事を紫翠本人は、自分の駄目なところなのだと気にしているみたいだったが、俺はそれだけ話している相手のことを考えられる知性と、優しさがあるからこそ出来ることだと思う。


 人によっては、それを短所だと取られることもあるかもしれないが、それは柴翠のたくさんある長所の内のひとつだと、俺は自信を持って伝えられる。


 そこが、駄目だと言うような相手に態々、柴翠のような相手のことを考えられる人が、心を裂く必要はない。


 そうしてひとつずつ柴翠のことを知り、見せてくれる表情にふれるたび、俺の中での紫翠に対して抱く感情の正体は、明確になっていく。

 抱いた感情が恋愛感情から来るものだと気付くのに、時間はそう掛からなかったように思う。


 同性同士でという所に抵抗感が全くなかったわけではないが、それら全ての感情を否定するだけの材料を俺は持ち合わせていなかった。

 ならば、肯定してしまった方が見える世界も変わるのではないかと考え、自分の感じた気持ちを素直に認めてしまうことに決めた。


 その後のことは、その時の自分に考えさせてしまえばいいのだから。

 それに俺にとって紫翠の存在は、恋愛感情を含まずとも希望の光である事に変わりはなかった。

 だから俺は、この気持ちを積極的に伝えるつもりはない。


 仮に伝えるタイミングが訪れたとしても、俺は紫翠の意思を最優先で尊重するつもりだ。

 紫翠の友人としての一番が貰えるなら現状は、それで満足している。

 だが紫翠が此方側に手を伸ばしてくれるのならば、迷わず俺はその手を取るつもりである事は、認めておこうと思う。


 体育祭や文化祭などの学校行事全般、修学旅行や校外学習など中学時代の行事は、ほぼすべて紫翠と過ごすようにした。

 ただ二年生の時にあった職業体験では少し邪魔が入ってしまい、一緒の所に行くことが出来なかった。

 それだけが、中学三年間において唯一の誤算だったが、その事については今も俺だけの秘密である。


 高校受験の志望校を決める際も、紫翠には特にこだわりがないというので同じ高校を受験しないかと俺の方から話を持ちかけた。


 俺と紫翠は偏差値的には、ほぼ同じくらいの数値であり、学区は違ったが自宅もそこまで離れていないからと説得すれば、紫翠に断る理由はないだろうと踏んでの提案だった。

 案の定、紫翠は説得をせずとも賛成してくれた。俺が何気なく話した、ブレザーの制服に憧れているというのを覚えてくれていたようで、柴翠が調べてくれた高校を受験することに決めた。


 これで俺は高校生になっても紫翠のそばにいることが出来るという第一関門をクリアし、束の間の心の安定を得ることに成功した。


 志望校を明確に決めた、中学二年生の冬。母の俺に対しての束縛は度を越していて、家庭内では不安定なはずなのに、職場ではいつも通りに振る舞っているらしい母に対して、嫌悪感のようなものが次第に募っていく。


 それを父に相談した所、高校へと入学するのにあわせて、一人暮らしをするのはどうかと勧めてくれた。

 雅には雅の人生があるのだから、自分の信じる道を進むべきで、費用の面も自分が負担するから何も心配はいらないと言ってくれた。


 俺は母がそれを許してくれるのか? と諦めにも似た感情からくる不安を零してしまった時も、母との婚姻関係を解消しない限り、法律上でも親子関係である為、問題はないし俺が何とか説得するから安心しろと。

 それだけじゃなくても雅は、俺の息子なんだから雅の幸せを考えるのは、当然の事だと父は言ってくれた。


 

 そして、合格発表の際。独特の緊張感に包まれた状態で、自分の番号と紫翠の番号を見つけた時、安心で体の力は抜けてしまい、俺はその場にしゃがみ込む。


「雅!? 大丈夫?」

「ごめん、思ってたより緊張していたみたい」

 紫翠の手が優しく俺の背中にふれて、撫でてくれる。その温かさに、少しだけ涙腺が緩んだ。


「高校も一緒だね、雅」

「よろしくね、紫翠」


 

 その数日後、俺は一人暮らしをするための物件を、母に内緒で父と内見に行き、新居を決めた。

 引っ越しをすること自体を母に隠し、決行した日の夜に父から伝えてもらう手筈である。


 成否はわからないが、現状を変えるにはこれくらいしないと変えることはできないと思ったし、不安は山積みだが、俺が母の支配から離れるにはこの方法しかなかった。


 だが、引っ越しを決行した翌日に父から一件のメッセージが届いた。

 その内容は俺が起こした一連の行動により母は絶望し、自ら命を絶とうとしていた所を父が見つけ、措置入院となったという内容のものだった。苦しみから逃げるためだったとはいえ、母を更に追い詰めてしまったことに対して自責の念を強く感じ、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。


 そんな時に俺の心を軽くしてくれたのが、引っ越しの片付けを手伝いに来てくれていた紫翠の言葉だった。


「僕には雅が何に悩んでいるのかわからないけど、僕は雅の味方だからね。だから、いつか話せるなと思ったときに教えて」

 俺は紫翠に対して、家族の事を話すことが出来なかった。

 話せるタイミングもあったのだが俺の現状を知られて、軽蔑されてしまったらどうしよう、小さい頃に母を亡くしているという紫翠にこんな相談をして嫌な気持ちにさせてしまったらどうしよう等の不安が過り、ずっと言い出すことが出来ずにいた。


「うん、今はうまく言葉にできないから、ちゃんと整理してから話を聞いてほしい」

「もちろん、雅のペースで大丈夫だからね。それが例え夜中だったりしても、僕はちゃんと聞くからね」


 だから、いつでも言ってね。片付けながら、柔らかい笑顔を向けてくれる。


 いつしか柴翠の言葉は、俺にとってお守りになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ