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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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会いたいが情、見たいが病

 


 祖母は闘病の後、静かに眠るように息を引き取った。


 それは病院へと運ばれて一週間ほどの出来事で、悲しみも強かったが、それ以上におばあちゃんが苦しみから解放されたことへの安堵の気持ちの方が、大きかったかもしれない。

 体が色々な管に繋がれたその姿を見ているのは、辛くて、苦しくて。


 もう二度と泣けないのではないかと思うほどに、たくさんの涙を流した僕は、独りの家に帰るのが嫌になってしまった。


 雅はその頃、仕事の繁忙期を迎えていたが、それでも忙しい合間を縫って会いに来てくれていた。


 一緒に過ごした後に雅と離れないといけない瞬間は、体を裂かれるほどの苦痛を伴う。

 それでも自分の気持ちを雅に伝える事は出来ず、誰もいない一人の家に帰りたくなくて、気を紛らわすには仕事に打ち込む他なく、毎日一心不乱に業務をこなしていた。


 食欲なんて湧かず、睡眠もあまりうまく取れないまま、重い体を引き摺って職場へと向かう日々を永遠のように繰り返す。


 だけどそんな事をしていれば、体は限界を迎える。


 ある朝、目覚めた時。起き上がる事ができないほどの倦怠感と、寒気に襲われた。

 寒くてたまらないのに、体は大量の汗をかいていて気持ちが悪く、不調を誤魔化すようにぎゅっと目を閉じてみたが、変化はなくより悪化したような気さえしてしまう。

 体の不快感を自覚し、次に目を開けたとき世界は歪む。


 前後不覚に陥って、このまま死んでしまうのではないかという恐怖に襲われた僕は、震える手でスマートフォンを探して掴み、かけ慣れた雅の名前を探す。


 発信ボタンを押して、呼び出し音が聞こえてくる。そのたった数秒が何十分、何時間にも感じられた。


 ふと、こんなことで迷惑をかけてもいいのか。


 大人なのに体調不良くらい一人でどうにか出来ないのか。


 もしそんな風に呆れられてしまったらどうしよう、なんて思考が過ぎる。


 不安に負けて、切ってしまおうかと切ボタンに手をかけようとした、まさにその時。


 画面が切り替わり、雅の声が聞こえた。


「もしもし、紫翠? こんなに朝早くどうしたの?」

 その優しい声が、耳に届いた瞬間。先程まで感じていた不安なんて頭の中から消し去られて、想像の何倍もか弱い自分の声が空間に響いた。


「たすけて、みやび」

 雅が慌てているような声が聞こえたような気もするが、上手く意識を保っていることが出来なくて、暗く深い海に沈むように僕は気を失った。


 紫翠、と僕を呼ぶ大好きな雅の声が聞こえる。瞼を接着剤でくっつけられてしまったかのように、開ける事ができない。

 ふれたくて真っ暗の視界で雅を探すよう、懸命に手を彷徨わせていると、僕より体温の低い手の感触がして、そのまま包みこまれる。


「大丈夫だよ、俺はここにいるよ」

 繋いだ手はそのままに、反対の空いている手で目元にふれられた。

 冷たい手が気持ちよくて、気付けば猫のように無意識に擦り寄っていて、不思議とそのおかげで、目を開けることが出来るようになり僕の瞳は雅のことを映す。


「いつから熱あったの?」

 熱と聞いて、だからこんなに体が辛いのかなんて気付かされる。


「わか、んない。朝起きたら、すごい、しんどくて」

「そっか、しんどいね。薬まだ飲んでないでしょ?」

 背中に腕を回されて、体を優しく起こされる。


「一応、食べてなくても飲めるやつだけど、ゼリーとか食べられそう?」 

 僕が首を横に振れば、優しく頭を撫でられてから薬を渡される。


 薬を水で流しこむと、乾いたスポンジに水が吸収されるみたいに、体に染み渡っていくような感覚がした。

 薬を服用し一息ついたところで、蒸しタオルで軽く汗を拭われ、新しいスウェットに着替えさせられて、またベットへと寝かされる。

 毛布を首元までかけられてから、冷えピタを貼られた。

ひやりとする感覚は気持ちよく、ぼんやりとしていた頭の靄が僅かに晴れたような気がする。


「紫翠、今寒い? 暑い?」

「さむい……」

 まだ熱上がるのかな……と心配そうに言う雅は、僕の首筋に手の甲を当てて呟く。


 ふれられたのが、嬉しい。もっと、さわってほしい。


 熱のせいなのか人肌が恋しくて、なぜかとてもさみしくて。


「みやび、さむいから抱きしめて」

 少し晴れたような気がしていた頭の中にまた靄が、かかり始める。

 徐々に濃くなっていくそれに、自分が何を言ってしまったのかもわからない。


 唯一、わかったのは、大好きな匂いに包まれているということ。

 雅が分け与えてくれる体温は、寒くて今にも凍ってしまいそうな僕の事を、温め安心させてくれる。

 雅の胸元に顔をうずめるようにして身を委ねれば、背中を優しく叩かれて、その心地よいリズムによって僕は眠りの世界へと誘われていく。





 

 ――とても、懐かしい夢をみた。



 意識が浮上し目覚めたとき、隣で雅は眠っていた。いつも僕より先に起きている雅の、滅多にみることが出来ない寝顔に笑みがこぼれる。


 昨日は久しぶりに二連休が重なり、遠出の計画を立てていたのにも関わらず、休みを調整する為にした無理が祟ったのか、盛大に熱を出した僕に嫌な顔ひとつせず雅は看病をしてくれた。


 祖母を失くしてから、半年ほどが経過した時。


 おばあちゃんのこともあり、ずっと延期になっていた一緒に住む話。

 そういった話は二人の間で少し前から出ていたが、色々なことが重なり、今まで形にはできていなかった。

 だけど少し前に雅の家へと泊まりに行った際に、僕の方からその話題を切り出す。


「雅、その……僕たち一緒に住みませんか?」

 色違いのマグカップを手にした雅は目を丸くさせた後、柔らかく微笑みながら、その内の片方を手渡してくれる。


「そうだね、俺も紫翠と一緒に住みたい」

 少し緊張気味の僕とは違い、穏やかに応えてくれる雅。


「それでね、色々考えたんだけど……もし雅が嫌じゃなかったら僕の家に住むっていうのはどう、かな?」

 物件を探すのは大変だし、時間も掛かる。一軒家だから広いし、家賃も掛からないからと思っての提案だったが、僕しかいないとはいえ、相手の実家というのはどうなのか分からない上での提案だった。


「俺も、あのお家に住んでいいの?」

「え……、それは、もちろん」

 自分で言っておきながら、その言葉には少し驚かされてしまう。


「そうと決まったら、早く引っ越しの準備しないとだね」

 ふわり。そんな音が聞こえそうなくらい、とても嬉しそうに微笑んでくれた。


「紫翠の大切な場所に俺も入れてくれて、ありがとう」

「お礼を言うのは、僕の方だよ。僕の大切なものを大事にしてくれてありがとう、雅」


 それからはあっという間で、丁度マンションの更新時期も近かったらしく、洋服以外の荷物は少ない雅の引っ越し準備を手伝い、これを機に家の物も幾つか新調した。

 雅のお家で使っていた、赤と青のマグカップもちゃんと持ってきている。

 少しだけ雰囲気の変わった家の中は不思議な感じがして、だけど雅がそこにいてくれるだけで嬉しくて、何だか胸の辺りがふわふわと温かくなった。


 多くの時間を共有するようになれば、お互いの事をより分かるようになって、理解は深まる。

同じ家へと帰ってくるということは、僕にとって大きな心の安定をくれた。


 隣で眠ることの出来る幸せを毎晩のようにかみしめ、こうして先に目覚めた時はつい、その寝顔を見つめてしまう。


 端正な顔立ちはそのままに、出会った頃よりも美しく成長したその中に、微かに残る幼い時の面影は一緒に過ごしてきた年月を感じさせ、言葉では形容することの出来ないものを雅にはたくさん教えてもらった。


 十年以上一緒にいても、変わらず注いでくれる愛情に僕は甘くふやかされ、それがたまらなく幸せで。

 ぼく以外見ないで、一生愛して。なんて我儘は、積み重なっていく。


 はやくその目に、僕を映してほしい。


 そんなことを考えていれば、願いが届いたのか瞼が少し震えたあと、ゆっくりと開きその美しい瞳が現れる。


 おはようと寝起き特有の甘く掠れた声が聞こえ、おでこに手を当てられ、熱を測られた。


「紫翠、体調はどう?」

 だいぶ熱引いたねと優しい表情で言う雅に一瞬、時を忘れ、心臓は掴まれたみたいに苦しくなる。


「もう、大丈夫だよ。ありがとう」

 紅潮しているであろう顔を隠すため、雅へと抱きつけば一定のリズムで刻まれている雅の心臓の音が聞こえ、その鼓動は心地良くて、とても落ち着く。


 ふと祖母の遺品を整理していた時、二通の手紙が出てきたことを思い出す。

 その内の一通は僕宛で、もう一通は雅へと宛てたもの。

 僕への手紙にはおばあちゃんからの愛が溢れていて、便箋を濡らしたくないのに涙を止めることができなくて。


 雅は自分宛ての手紙に何が書いてあったのかを、教えてはくれなかったが「茉白さんは、素敵な人だね」と一緒に、涙を流してくれたのだった。


「せっかくの連休なのにごめんね……雅」

 申し訳なくて、雅の胸に顔をうずめたまま謝る。


「気にしなくていいよぉ。紫翠が元気になってよかった」

 こんな何気ない日常がずっと続けばいいのに。


 そんな夢を僕にとって一番幸せな場所で、今日も願う――。

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