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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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幸せの在り処

 


 四年生を迎える頃、大学院に進む雅と、実習型の授業が増え忙しい僕とで、かつてないほどに時間のすれ違いが増えていた。


 同じ大学でも学部が違い、六年制の僕と四年制の雅とでは仕方のないことであるのは、頭では理解できてもやはり心は寂しさを感じてしまう。

 雅はそんな寂しさすらも氷を溶かすかのように、僕への愛情表現を欠かすことはなく、一緒に過ごせる数少ない時間の中でも、存分に甘えさせてくれていた。


 ある時。実習の授業が夕方に終わり、その後は特に予定もなく次の日も午後からで、二週間ぶり位に現れた降って湧いたような二人で過ごせる時間を有効活用すべく、僕たちは会う約束をしていた。


「俺の方が先に終わるから、迎えに行こうか?」

「それも嬉しいけど……たまにはデートらしく、どこかで待ち合わせしたい」

 ふふっ優しく笑うのが電話口から聞こえ、柔らかい声で雅は続けた。


「じゃあ、この間抹茶専門のお店を見つけたんだけど、そこはどうかな?」

 そう言って僕の意見を尊重し、別の案を考えてくれる。なんて事ない会話の中に僕へのたくさんの愛がこもっているように思えて、僕は明日がもっと待ち遠しくなる。


 

 電話の後に雅は、カフェの名前と場所が記載されているリンクを、送ってきてくれていた。

 実習が無事に終わり、僕は早急に必要事項を済ませてから、足早にその場を後にする。


 電車へ飛び乗り、雅に連絡を入れて少し上がった息を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。

 その間に返事は返ってきていて、もうすぐ雅に会える。そんな風に心を弾ませ、車窓から流れる景色を眺めていれば、あっという間に目的の駅へと到着した。


 待ち合わせ場所の周辺まで来られたのだが、地図を見るのが苦手な僕は肝心のカフェを見つけられずにいた。


「紫翠」

 スマートフォンを片手に辺りを見回していたら、大好きな声に呼ばれる。


「みやび!」

 会えたのが嬉しくて、抱きつきたくなる衝動を何とか抑えて、駆け寄って行く。


 雅は微笑んで、僕の手を取りぎゅっと繋いでくれる。僕はそれが嬉しくて、口角が上がってしまうことを抑えることが出来なかった。

 そのまま手を引かれて、カフェへと向かう。


「やっぱり、紫翠のこと迎えに来てよかった」

 地図苦手だもんね? なんて顔を覗き込まれて、少し揶揄われるように言われてしまい、待ち合わせしようと言ったのは僕だったことを思い出す。

雅が来てくれたのが嬉しすぎて、失念していた。


「ここまでは一人で来られたし、ちゃんと雅に会えたからいいの!」

 少し拗ねたような口調で言ってみたが、雅と目が合ってすぐに、二人して吹き出すように笑ってしまう。


「そうだね、紫翠が可愛いからなんでもいいやぁ」

 なんて言う雅に、さすがに僕に甘すぎては? とも思ったが、雅が幸せそうに笑ってくれるのなら何でもいいかと、僕は手の力を少し強めぎゅっと繋いだ。


 雅が選んでくれたカフェは、抹茶にこだわっているというだけあり、色々な茶葉や濃度といったものから選べて、種類もたくさんあって迷ってしまう。


 二択まで選んだが決められなくて、その様子に気付いてくれた雅が半分こする? と提案してくれたので、その言葉に甘えて二人で仲良くシェアすることになった。


 他愛もない話をして、時間の制限なく穏やかに過ごした僕たちは、はやく二人きりになりたくて、雅の家に向かうためカフェを後にする。

 おばあちゃんには事前に伝えてあって、久々のお泊りに僕は心躍らせていた。


 お店を出て、少し辺りは暗くなっていたが丁度帰宅ラッシュの時間だからか人通りは多くなっていて、少しでもふれていたかった僕たちは、小指だけを絡めて繋ぐ。

 二人だけの秘密を共有しているようで、少しわくわくしてしまう。


「雅っ!」

 そうして駅へと向かうために歩いていると、後ろから突然女性の声で雅を呼ぶ声がした。


「え、母さん?」

 雅の驚く声と共に僕もそちらを振り返ったその瞬間、もの凄い勢いで走ってきたその女性に、二の腕の辺りを掴まれて、無理やり雅と引き離される。


「なんで、あなたはお母さんを困らせるの?」

「私にはあなたしかいないのに」

「雅のためを思って言ってるのよ?」


 急な行動と、畳み掛けられる言葉に目を白黒させるしかない僕をすぐに自分の背に隠して、守るようにしてくれる雅と激昂する雅のお母さんに、どうしていいのかわからない。


 雅のお父さんとは、面識があった。僕がおばあちゃんに雅との事を話した少し後に、雅の家族にも挨拶へ行った。

 お父さんと双子の姉弟がお家にはいて、ご家族全員が驚き場は沈黙した。


「歓迎する事を今は出来ないが、雅が決めたことを否定する気はない」

 それを破ったお父さんは難色を示しつつも、正直な意見を言ってくれた。


「「兄をよろしくお願いします」」

 双子の夕ちゃんと蓮くんには雅がお父さんと話す為に離れているタイミングでこそっと言われて、僕は目を瞠りその瞳からは、ぽたっと一粒の涙が零れてしまった。

 二人の表情に、驚きと心配の色が加わる。


「ごめんなさい、何か気に障ることが……」

 蓮くんは少しあたふたしながらも声を掛けてくれて、夕ちゃんも心配そうに様子を窺っているのが見えて、僕も咄嗟にそうじゃないのだと否定する。


「ちがいます! すみません、お二人の言葉が嬉しくって……」

「私たちも嬉しいです、紫翠さんが素敵な人で本当によかった」

 夕ちゃんのその言葉と蓮くんがそっとティッシュを渡してくれて、優しい二人の言動に涙腺が緩んでしまっている僕はさらに涙を溢れさせてしまう。 

 それにさらに慌てた二人の様子に雅が気付き、一目散に駆け寄ってきた。


「紫翠!? 大丈夫?」

 どうしたの? 何かあった? なんて物凄く狼狽えている。

「だいじょーぶ、ごめんね。みやび」


 夕ちゃんは笑顔で、蓮くんは少し頷きながら雅に笑いかける。


「お兄ちゃん、良かったね」

「紫翠さん、良い人だ」


 雅は一瞬きょとんとした後、満面の笑みを浮かべて言った。


「俺には勿体ないくらいの、大切な人だからね」

 その言葉に、僕の顔には一気に熱が集まってくる。赤面している僕の頭を、そっと撫でられる。


「もう少しだけ、待っててね」

 そう言って雅は、お父さんの方に戻っていった。


 

「兄さんのあんな顔、初めて見た……」

 双子に息つく暇もなく、囲まれる。


「紫翠さんも、お兄ちゃんのこと大好きなんですね」 

「うん。大好きだよ……」

 口元を手の甲で隠すように押さえれば、夕ちゃんは無邪気にはしゃぐ。


「紫翠さん、かわいいー!」


 空間は、温かく優しい雰囲気に包まれる。


 夕ちゃんはしっかりしていて、蓮くんはおっとりとしているような印象を受け、性格的には正反対に見える。

 なのに、どちらもが不思議と何処か雅に似ていて、血は繋がっていないと聞いているが、そんなことは些細なことなのかもしれない。


「また、おいで。紫翠くん」 

 帰り際、お父さんが静かに言ってくれた言葉にまた視界は滲んでしまい、それに気付かれないよう、勢いよく頭を下げて御暇させてもらったのだった。


 その帰りに始めて、お母さんが精神を壊して入院していることを知ることになる。

 雅は、お母さんとの関係があまり良くはないと言っていて、今の所は僕たちの関係を話すことに、前向きな気持ちにはなれないと言っていた。


 話の最中、雅はこちらを向いてくれなくて、どんな表情だったのかはわからなかったが、声には寂しさが混じっていたような気がする。


 あれから時間を掛けて、少しずつではあるが交流は増えていき、蓮くんとは時々遊びに行くほどに仲良くなれた。

 夕ちゃんには、たまに相談事をされたりするようになったが、主に恋愛についてで僕が適任なのかは未だにわからない。


 二カ月ほど前。一緒にいる時にお父さんから連絡があり、難しい顔をして話すその姿に後から聞いてみれば、お母さんが退院したという報告だったそうだ。

 話としては聞いていても、未だに面識はなく会うのはもう少し先のことだろうと勝手に思っていた。


 宥めている雅と、一方的に喚きまくし立てるお母さんとのやり取りに、徐々に人の視線が集まり始める。


「聞きなさい、雅!」

「私は、あなたの為を思って……」


 騒ぎを聞きつけたのか、雅のお父さんと蓮くんが走ってくるのが見えた。

 蓮くんに謝られ、二人がかりで押さえかかる。


「雅を返して」


「雅から、離れて!」


「雅の人生を奪わないで」


 その中で言われた言葉が僕の心臓に、鋭利なナイフのように突き刺さった。

 その言葉に今度は雅が、激怒した。お母さんに掴みかかろうとする雅の腕を掴み、必死に止める。


「雅! 僕は大丈夫だからお願い、おちついて」

 息を深く吸い少し冷静さを取り戻したのか、僕の手を取ってそのまま、その場を後にした。

 引っ張られながら、振り返って見たお母さんは雅のことを懸命に呼んでいて、心が強く締め付けられる。

 少し歩いて、喧騒から離れたところで止まり、強い力で抱きしめられた。


「ごめんね、紫翠」

 その声は震えていて、僕は思わず雅の背中に手を回して、ぎゅうっと力を込める。


 これに関しては、本当に誰も悪くないのだ。十人いれば十通りの考えがあるように、人にはそれぞれの価値観や感覚が存在する。それを、誰も責めることはできない。


 お母さんにもいつかは受け入れてもらえるかもしれないし、一生受け入れてもらえないかもしれない。


 こればかりは、やってみないとわからない部分が大きい。仕方ないとはわかっていても、受け入れてもらえないのは辛い。

 僕ですらそう感じてしまうのだから、実の親子である雅の気持ちは、計り知れない。


 その日は、帰ってからも雅はずっと浮かない表情をしていて、僕たちの間には重苦しい空気が流れていた。

 何と言えば正解なのか分からなくて、うまく言葉にできない自分がもどかしい。

 不安からか眠るとき、後ろからそっと抱きしめられひとり言を呟くかのように雅は言葉を発した。


「ごめんね。俺のこと、嫌いにならないで」

 紫翠いなくなったら、生きてけない……。聞いたことのないその弱々しい声音に心臓が締め付けられ、堪らなくなった僕は雅の腕の中で体の向きを反転させる。

 覗き込むように視線を合わせれば、迷子の子供の如くもの思わしげに視線を彷徨わせていた。


「大丈夫、気にしてないし、僕は雅のこと、嫌いになんて絶対ならないよ」

 だから、安心して? と大切なものを抱えるようにそっと雅の頭を自分の胸に押し当てる。

 同時に僕自身にも言い聞かせるようにして、言葉を紡ぐ。


 鼻を啜る音が聞こえて、胸が痛んだ。


 大丈夫だよ。言葉では上手く伝えられないからその気持ちが伝わるようにと、雅の不安ごと優しく包み込むように、抱き込んで頭を撫でていたら、穏やかな寝息が聞こえて安心した。

 起きたとき、少しでもその不安を取り除けていますようにと願い、雅の額にキスを落とし、僕も目を閉じた。


 次に目覚めたとき、雅は僕の腕の中にいた。目元には泣き腫らした痕跡がくっきりと残っていて、赤くなってしまっている目の縁と鼻の先端が痛々しい。

 僕は無意識のうちに、そこへ手をのばしてしまっていた。

 そこは心做しか、熱を持っているような気がして、少しでも冷やしてあげたくて優しくさするようにふれる。

 そっと手首にふれられて、ゆっくりと眼を開けた雅と視線が絡む。


「おはよう、雅」

 どこか気怠げで憂いを帯びたようなその表情には、得も言われぬ美しさの中に匂い立つような色気が含まれており、鳥肌が立つのにも似た、痺れるような衝撃が体中を走った。


「おはよう」

 僕の名を呼ぶ雅が発した、寝起き特有の僅かに掠れた声が、僕の耳を擽る。

 部屋の空間を漂っている埃が、朝焼けに照らされて輝く。


「大丈夫? どこか痛いとことか、辛いところはない?」

「うん、紫翠がそばにいるからへーき」

 不安そうに、視線を彷徨わす雅は小さい子供のようで。


「夢……じゃないよね?」

「ちゃんと現実だよ? 確認してみる?」


 手を取り頬へと誘導すれば、雅は存在を確かめるようにして両手でふれてくる。 



 ――時計の秒針の音しか聞こえない部屋で、どちらからともなく、唇が重なった。

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