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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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泡沫の幸せ

行為を匂わせる表現が含まれます。

苦手な方はお気をつけ下さい。


 初めて出会ってから約十五年、恋人になってからは十年以上の歳月が経つ。

手を繋いでキスをして、ずっと一緒にいても愛おしい気持ちはなくなるどころか、重ねるたびに大きくなっていく。


 同じ家へ住むようになってからは、二年近く。


ふとした時にこの生活が夢なのではないかと、あまりにも幸せ過ぎて考えてしまう。


 事故の前日、仕事が終わり自宅へ帰ると、雅は先に帰ってきていて笑顔で迎えてくれた。


「おかえり、紫翠」

「ただいま、みやび」

 キッチンで料理を作る雅の姿を見て甘えたくなった僕は後ろからそっと近づいて、大好きなその背中に抱きついた。


「みやびー」

 呼びながらお腹の前に手を回してぎゅうっと、体を寄せる。


「なにー? 紫翠」

 ふわりと笑う雅の声をもっと聞いていたくて、ぐりぐりと背中に額を擦り付けて、猫のように甘える。


 雅は焜炉の火を消してからくるっと、向かい合わせになるため体を反転させ、腕が背中へと回される。


「んー? どうしたの? 甘えたさんだね」

 少し恥ずかしくなってしまった僕は、赤くなった顔を見られないように肩口のところへと、顔をうめた。


 雅がいつも使っている香水がふわっと香って、その甘い匂いにうっとりとし、体は熱をもつ。


「紫翠、こっち向いて」

 言われるがままに顔を上げれば、腰をさらにぐっ、と抱き寄せられて、より一層距離が近づいた。


 ぴったりと密着した所から雅の体温を感じ、心臓は高鳴った。抱き寄せられた方と反対の手を頬に添えられて、優しいキスが降ってくる。

その柔らかい感触が唇にふれれば、思わず体はその熱を求めてしまう。


 刹那、甘美な雰囲気を壊すように、僕のお腹は空腹を訴えるようにくうーっと鳴った。


「ふふっ、お腹すいたでしょ、ご飯食べよ?」

 手を洗っておいで、なんて優しく微笑まれてしまえば、心臓をきゅうっと掴まれたように、甘く苦しくなる。


「うん。たべる」

 我ながら、少し素っ気ない返事になってしまったが、口角が上がってしまうのを、とめられなかった。


 雅が作ってくれていたものは茄子を半分に切って、くり抜いたものを器代わりにしたグラタンと、野菜たっぷりのミネストローネだった。

 テーブルに向かい合わせで座り、食卓を囲む。温かい手料理と目の前には大好きな雅がいて、この上ない幸せを感じる。

一緒にご飯を食べて、後片付けをしてから、偶に二人でお風呂へと入る。


 そんな何気ない、当たり前の日常がずっと続けばいいのに。

贅沢なんて、出来なくていい。


雅とずっと一緒に、いられれば、僕はこれ以上何もいらない――。

 

 明日のデートへ向けての準備という名目と今から雅にふれてもらうため、僕は念入りにスキンケアをして肌の調子を整える。


 ベットへと入ればもう、頭の中は雅のことしか考えられない。シーツへと身を預け、見慣れた天井が見える頃には、僕の意識は蕩けはじめていた。


 僕たちは、何度もキスを交わす。


もっと欲しいと、強請るように腕を首へと絡めれば、キスは深くなり熱い手が服の中へと侵入してくる。その手に優しく撫でられてしまえば、僕の体からは簡単に力が抜けてしまう。


「んぅっ、みやび、くすぐったいよぉ」

「かわいい、紫翠」

 お風呂上がりでピアスをしていない耳朶を人差し指で優しくなぞられれば、背筋を甘い痺れが走って、何も考えられなくなる。


 心地よいキスの雨を降らされて、薄く目を開くと視線が絡み、心臓は大きく音をたてる。

自分の目に水の膜が張っていくのがわかって、大好きな雅の熱を孕んだ瞳に身を焦がされそうになる。


 さらっと僕の指を絡め取って、シーツへと縫いつけるように掴まえられた後、体中の至るところに雅のあつい唇がふれていく。

自分の口からは甘い吐息がもれて、無意識に腰が震えてしまう。


 あつくて、くるしいのに、僕の脳内は幸せの花が咲き乱れている。少し低めの甘いキャラメルのような声を、耳元へ流し込まれれば、体は跳ねてシーツから背中が離れる。

 雅が与えてくれる熱に脹脛が突っ張って、丸まっていた爪先がのびる。


瞼の裏で星が散り、ふわりとした感覚が体中に広がっていく。

 うまく力の入らない体を、肘をついて何とか起こす。


座っている雅の胸へと、潜り込むようにして寄りかかれば、汗で張り付いた前髪をよけてくれた。


「みやび、んっ!」

 キスをせがめば、雅は優しく微笑んだ後、そっと抱きしめられて顔がゆっくりと近付いてくる。

 目を伏せれば、唇に柔らかい感触がした。そのまま顎のラインを辿り、耳にキスをされ、優しく囁かれる。


 ――好きだよ、紫翠。


 

 意識が、ゆっくりと浮上してくる。


夢を、見ていた。もう二度と戻ってくることのない、僕の幸せが詰まった日々の記憶。

 

 どれくらい、僕は意識を失っていたのだろうか。鈍い痛みを訴える頭を押さえ、うつ伏せの状態から体を起こす。

眩む視界で辺りを確認した、僕の目に映ったものは残酷なほどに、美しい光景だった。


 まぶしいほどに鮮やかで、目の覚めるような赤。特徴的な、ドレスのフリルに似た形の花びらが散在していた。


 落ちている花びらを一枚拾い、じっと見つめる。


この花びらはカーネーション、だろうか?


 今となっては必要性がわからなくなったスマートフォンを使い調べてみれば、その花びらの正体は、やはりカーネーションで間違いないようだった。


 発症した当初は花びらが何色で何の種類なのか、気にする余地なんてなかった。

退院してから数日、ふと零した花は赤色だと、目に留まった。


 雅は、赤が好きだった。これを見せたら、綺麗だと笑ってくれるだろうか。


「ここにおばあちゃんがいてくれたら、何の花なのかすぐ分かったのかな」

 こぼすようにひとり言を呟いても、返答が返ってくることはなくて、只々寂しさが募っただけだった。


 祖母は、花が好きな人だった。祖父は僕が生まれる前に亡くなっていて、会ったことはない。


 祖父は花が好きな祖母のために、当時勤めていた会社を早期に退職し、二人で小さな花屋を開いたそうだ。祖母は、祖父が亡くなった後も一人でお店を守り続けてきた。


 学生の頃、僕はよくお店を手伝っていて、花を扱っている時のおばあちゃんの姿を見ているのが好きだった。もっと小さい頃は、長期の休みに入れば、殆どの時間をそこで過ごしていたように思う。


 祖母自身も亡くなる直前まで店を開け、最後まで祖父との思い出が詰まった店を守り抜いた。

 おばあちゃんはいつも楽しそうに、教えてくれたのだった。

その見た目や性質から連想される、意味を持たせたものを花言葉といって、伝えにくい思いを花にのせれば、より気持ちが伝えやすくなるのだと。


「大切な人に花言葉もあわせて贈ると、月日が経てば枯れてなくなってしまうプレゼントも、きちんと心に残って、それも含めて思い出になっていくの」

 愛する人や大切な人に見えない思いを伝えられる、素敵な言葉たちなの。と、よく、言っていた。


 雅はその儚さがロマンチックで素敵だと言って、僕よりも熱心におばあちゃんに教わっていた。


 高校生の時に一度、百八本のバラが「結婚してください」という意味になるのを聞いた雅が、僕にそっと耳打ちをしてきた。


「俺が、柴翠に百八本のバラを渡す時は、幸せにするからね」

 思いがけない雅の言葉に顔が沸騰するくらい熱くなってしまった僕は、猫が驚いた時のようにびゃっと耳を押さえ、逃げてしまった。


「紫翠、かわいい。でも俺は、真剣だからね」

 反応に満足したのか、笑みを浮かべていた雅は僅かな間ではあったが、射抜くような真っ直ぐな視線を僕へと向ける。


 その表情はすぐに太陽のような優しい笑顔へと戻り、くすぐったくなるほどの、優しいキスをくれた。

 顔から火が出るほどの羞恥と、それ以上に嬉しい気持ちが生まれる。

それらが僕の中を駆け巡り、言葉では表現しきれないほどの好きが、あのとき溢れた。


 幸せな記憶なはずで、思い出せて嬉しいはずだ。なのに痛くて、苦しくてたまらない。


 手にしているスマートフォンの存在を思いだし、感情を誤魔化すよう、視線を戻した。


 赤色のこの花には、どんな花言葉があるのだろう。少し震えてしまう指で「カーネーション 赤色 花言葉」と入力し、検索のマークをタップした。

パッと画面が変わり、検索結果を目にした僕は、愕然とした。

 赤色のカーネーションの花言葉には「母への愛」「感動」「深い愛」などの言葉が並んでいた。


その中にひとつ「あなたに会いたくてたまらない」というものがあった。


 その言葉を目の当たりにし、理解した瞬間、僕は目を見開き、手にしたスマートフォンを凝視してしまう。


持つ手には力が入り、心臓が大きく音を立て始めた。

 自分の中で誰にも吐露できず、押し殺した思いは行き場を失くし、溢れだす。

本当に、言葉の通りの意味がこの涙の花にはあるのだろうか。


 綺麗とは決して言えない執着の感情を、神様はせめてもの救いとして、この世に顕現させるため美しい花びらを選んだというのか。

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