番外編~アリアを呼んだのはサマンサ~
小さくため息をつく美しい娘。
アリアより年上のようにも見える。
大人びた銀の髪の少女。
公爵家の令嬢、サマンサ・シルバーリリー。
「ヒッ」
薄紅色の髪の少女は、自分が創ったはずのヒトにおびえて身をすくめた。
逃げることはできそうにない。
「貴女が」
サマンサが少女の右手を軽く握って微笑んでいたから。
「アリア様の記憶を皆から消し忘れてくれて、本当に良かった」
捕まったのはほんの少し前。
久しぶりに自らが創った地上へ降りて、少しはしゃぎすぎてあちこち歩いたのが良くなかった。
「私が何を言いたいか、お分かりになるでしょう?」
早く戻れば良かった。
ディルとなったアリアの様子を、最後にもう一度見てからなどと思ったのがいけなかった。
「だって、貴女がアリア様を隠したのだもの・・・・」
様子を見た後、貴族の寮をこっそり裏口から抜け出て、誰にも見られないよう森へ入ったのが良くなかった。
待ち伏せていた様子のこの娘が声をかけてきた。
<貴女が誰なのか、何をしたのか、私は知っていてよ?>
後悔したが、遅かった。
「ね?」
そして、こうして追い詰められている。
目を細めてヒトの娘、サマンサは微笑む。
子供に向ける表情では・・・ない。
ましてや世界を創り上げた存在に対するものでも。
彼女はなおも問いかける。
「アリア様が今どうなっているのか」
ただ静かに。
「教えてくださるわよね?」
そして明らかに。
怒っていた。
*
貴女が部屋から忽然と消えてしまった時、私がどれほど動揺したか。
立ち去ったアリア様。
私はすぐ侍女に後を追わせたわ。
貴女は部屋へ入っていき、鍵をかけて、それから部屋を出ていない。
部屋は3階。
護衛は窓の下に走らせたから、貴女があの場所にいたことはほぼ確実だった。
それなのに。
貴女は消えていた。
<何か>が介在したとしか思えない消え方。
神隠しにでもあったような気持ちだったわ。
まさか本当に神的な存在によって隠されていたなんて思いもよらなかったけれど。
学園にせっかく招いたのに、私とたった一度話しただけでいなくなるなんて。
私は涙を流した。
学園へ入れるよう手配したのは私。
まさか、貴女が私不在の中あの方に目をつけられてしまうなんて。
<ディル>になってしまうなんて。
公爵令息ディル・コールドローズ様。
10日前から彼がやってきていたのは、<知っていた>。
けれど、彼と会った時何か変だと感じたの。
全てが異なっているはずなのに、どこか、いいえ、とても、アリア様に似ていたから。
私の記憶は彼が公爵令息で間違いないと言っているのに、心は否と言う。
何かがおかしい、と思った。
だから私は彼と初めて会ったあの日に、彼の後をつけた。
そこで<あの子>を見つけられたのは僥倖だったわ。
どう見ても学園の関係者ではない異質な存在。
森へ入って行こうとするちょうどその時に捕まえることができた。
自らをこの世界を創造した者。
<神的な存在>と名乗るあの子は、私が穏やかに尋ねると、すぐに答えてくれた。
賢いアリア。
私は貴女を諦めないわ。
さて、ディル様に叫んでもらわなくては。
そして、貴女は<アリア>であることを選んでくれた。
時はまき戻り、一部の人間を除いてディルの記憶は消えている。
そう、貴女と私・・・、
「ディル様」
私の言葉に恐る恐る振り返るアリア様は怯えた小動物のよう。
可愛らしいこと。
留学は断られてしまったけど、お父様から辞令がじき下るでしょう。
お父様もあなたに報いる時をずっと待っていたのですもの。
一応、一国の大臣。
さすがに断れなくってよ。
一緒にディル様の故郷をみたらきっと楽しいわ。
私の滞在先は海を渡った隣国のコールドローズ公爵家の持つ屋敷の一つ。
私ね。
一つ水面に小石を投げたのよ?
<ディル・コールドローズは、確かに存在していた>
って。
<ディル>の事を心配していた弟さんに。
ねえ、アリア。
私と一緒に行きましょうね。
おそらく貴女は覚えていないでしょう。
貴女の住む小さな町へやってきた、貴族の女の子のことを。
お姫様、と呼んでくれた私の事を。
王都では原因不明といわれていた病を得た私。
ただ一人、なおす方法を見つけた者がいたけど、薬がどこにあるのかまでは分からなかった。
まさか貴女が侍女に渡した美しい花束が、私の命を救うことになるなんて。
私への贈り物。
貴女は私の命を救ってくれた。
お父様は貴女に褒賞を与えたかったようだけど、貴女との約束でできなかったのだという。
<あの花のことは、秘密なの>
お姫様に上げようと思って特別に内緒で摘んできたのだと頑なに言われたから。
はじめは妹や侍女にと考えていたけれど、それではアリア様が悲しんだり公爵家の駒になりかねない。
残念だけどそれはあきらめた。
けれど己の権力がどこまで届くか分かるようになった頃、アリア様を家に迎え入れるのではなく、私の手の中で泳がせてあげればよいと思いついた。
私の側で、アリア様は自由に学び、選択することができる。
正直王妃になるのは構わなかったけれど、時が巻戻る可能性があるとするならば、無かったことにしてもらうのに越したことはない。
せっかく時が巻戻ったというのにあの殿下を伴侶にするという選択肢は無い。
あの子は償いに、と私の<小さな願い>を叶えてくれた。
さあ、やっと私の思いが届く。
*
サマンサ・シルバリリーは派手に転んでしまったアリアに手を差し伸べた。
「アリア様、お手を」
*
「わあ、なんて綺麗なお姫様!!」
馬車の窓には目隠しのレースのカーテン。
お父様とは別の馬車に乗っていたし、まだ子供だった私は、そっと隙間を開けて表の景色を見ていた。
目に飛び込んできたのは、私とは真逆の美しくて可愛らしい女の子だった。
ほんの些細な隙間だったはずなのに、貴女は私を見つけてしまった。
「やっぱりお花をもってきてよかったあ!!」
たくさんのピンク色のかわいいお花。
「これ、お姫様に!!」
差し出された花束はまるで・・・。
おしまい。