3 アリアと同じはずなのに~この気持ちを言葉で表すならば~
ディル生活7日目。
強面の彼の表情筋、ディル筋は3日目にしてアリアの魂が15年間培った美少女筋を前に陥落していた。
お茶を飲むとき、お昼ご飯を食べる時、お菓子をお食べる時。
彼の顔はふにゃりとほころんだ。
内面のアリアを前面に押し出して、ディルは男子生活を満喫している。
ディル・コールドローズになって1日目の翌朝には、もう笑顔が話題になり、その日からなぜかサマンサと一緒にいる時間が増えた。
憧れの彼女と、しかもおしゃべりができるという最高のシチュエーションに「アリア」の興奮はもう止められなかった。
しかも何の気兼ねもいらない。
海を渡ってきた公爵令息だから、接待をされているようなものだからである。
サマンサと仲の良い令嬢たちと話す機会も増え、ディルの周りは急速ににぎやかになっていく。
おそらく別の誰かだったら、こんなことにはならなかっただろう。
サマンサから優しい笑顔を向けられるたび、ディルはつられて微笑んだ。
凍える薔薇とまで言われていたのに、笑顔が実はとてもかわいいとかあの落差たまらないとか言われ出したのである。
ディル・コールドローズは公爵家の令息。生まれつきの地位の高い貴族であるという設定。
でも、中身はアリアなのだ。
一度崩れたものは二度と元に戻らなかった。
正直ですぐに思ったことを言葉にしても、感情が顔色に即出ても許される身分が彼にはあった。
美少女の時は受け入れてもらえなかったその表情が、素直な言葉が、驚くほどに好意的にとらえられていく。
今では自分の婚約者に近寄らないでと怒られていた、カトリーヌ様まで優しくしてくれる。
「あの、ディ、ディル様。これを」
今日は美味しい茶葉をもらった。
「これは・・・?」
「この国の、我が家の!!名産ですの」
「あ、ありがとうございます」
嬉しいです。と、口元にわずかな微笑みをのせて答えれば、カトリーヌ様の頬が熱を帯びて赤くなる。
「い、いえ。この国の良さを少しでもお伝えできればと、思ってのことですわ」
この現象は他の令嬢たちにも起こっていた。
(なんだろう?)
今は逞しくなった胸のあたりがモヤモヤとする。
たくさんの令嬢たちが笑いかけてくれる。
アリアが欲しかったものだ。
でも、もらえたのは<ディル>。
<アリア>じゃない。
*
ディル生活15日目。
モヤモヤが何か分からないまま、ディルは午後の一時をサマンサと過ごしていた。
側には彼女の侍女や護衛がちゃんといる。
「貴方とお話していると、なぜでしょう・・・アリア様を思い出すのです」
ふいに、サマンサが言った。
「え?」
「ディル様はご存じないかもしれません」
そこでディルは初めて気づいたのだ。
「もう15日になります。アリア様が忽然と姿を消してしまわれて・・・」
アリアの存在が消えていなかったことに。
どうなっているのか尋ねようと口を開きかけた所に、横から邪魔が入った。
「サマンサ、君なんだろう?」
唐突に王子様とその取り巻き全部で5人が現れたのである。
「いきなりいらして何のことですの?」
彼女付きの者たちが動こうとするのを目線で制し、サマンサは毅然と尋ねた。
「アリアを隠したのは君だろうと言っているのだ!!」
「何をおっしゃっているのか分かりませんわ」
「アリアがいなくなる前、最後に君と話していたのはすでに調査済みだ!!」
勝ち誇ったように側近の一人が続けた。
「私がアリア様の部屋へ管理人と一緒に入った時には、すでにいらっしゃいませんでした」
「公爵家の力を利用すれば管理人の証言など、どうとでもできる!」
王子のあんまりな言いざまにディルは明らかに不愉快になる。
「いい加減にしてください。見てもいないことでよくそんなに断言できますね」
そこで、幾分高圧的に言い放ってみた。
「りっ、留学してきたばかりの君にはっ、関係ないだろう!?」
思った通り、少しばかり怯えて王子は言う。
「大体、アリアさんと言いましたか・・・一人の女性に向かって乱暴な物言いをする人間に、思い入れていたとは思えませんね」
ここぞとばかりにディルを使ってアリアは言ってやった。
「そんなことナイ!!」
するとなぜか子供のように王子が涙目になる。
「アリアはっ、私と初めて会った時!目を潤ませて見つめてきたんだから!!」
「・・・・・」
ちょっと引いた。
「決めつけは良くないと思います」
「王子のいうことは本当だ!俺たちを見て、彼女は花がほころんだように笑ったんだから」
「・・・・・」
複雑そうな顔をして言葉に詰まったディルに、形成が逆転できそうだと思った彼らは一斉にわめきたて始める。
「そうだそうだ!」
しかし次の瞬間、わずかに怒気を含んだサマンサの声であっという間に静まった。
「彼女に聞いたのですか?」
無表情が怖かった。
彼らは勢いを完全に失ってしまう。
「しかし、そうに決まっている」
やっとのことで王子が苦しい反論を口にした。
「貴方様のお立場で迫られれば、特待生とはいえ町娘であるアリア様は嫌とは言えないでしょう?」
「!!」
図星を突かれて後、何やら言い訳をしながらもすぐに彼らは立ち去って行った。
胸の辺りが、またモヤモヤとした。
いつもと同じことをしても、ディルは好感を持たれ、その存在で畏怖される。
アリアだったらどうだろう。
恐らく今までと変わらない。
この気持ちはなんだろう。
「ディル様?」
急に黙り込んだディルに気づいたサマンサは心配そうに名前を呼んだ。
ディルの唇が、曖昧な笑みを結ぶ。
この気持ちを言葉で表すなら、それは。
釈然としない。