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1 神的な存在の少女とアリア~取引と契約~

アリアはうつぶせの状態で、両手両足を放り投げるように倒れていた。

「・・・・た、しが」

鼻をすすり上げ呟く。

「わ、私がもっと位が高くて、強面で、皆から怖がられる男性だったら・・・良かったのに」

視界は暗く何も見えないが、涙が目の縁にたまっていく感覚がした。

う、と再び嗚咽が漏れそうになったところに




「なれるわよ」




鍵をかけたはずの部屋で、知らない女の子の声が響いた。

「へっ!?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。

しかもなぜ自分は突っ伏した状態でいたのだろう。

うずくまっていたような気がするのだが。

アリアは飛び起き、慌てて辺りを見回すとそこは部屋ですらなかった。

「どこ、ここ?」

膝をついている地面は緑色で、芝生のようだ。

見上げれば空は薄青い。

「お、屋外!?」

乱れた前髪からはらりと細い葉が落ちた。


とても綺麗な庭園。


いつの間に自分は移動したのだろう。


美しい庭園の隅っこ、というか・・・。


薄暗い塀のそば。


「なんで!?」


「わたしの世界で悲しすぎて魂が抜けるって・・・、後味悪すぎでしょ」


アリアの耳元で再び声がした。


「うぉっ」

およそ可憐な乙女らしからぬ声を上げて、アリアは飛びのいた。

「・・・ほんとにそんなにか弱いのかしら?」

薄紅色の長い髪の少女は、やや引き気味にため息を吐いた。



 *



それから場所を移すことなく、塀のそばでアリアは自分の置かれている状況を自らを神的な存在と言い張る少女に懇々と説明された。


憧れだったサマンサ様におしかりをうけ、泣いたところまでは覚えていた。

その後その時の光景を思い出し、勢いよく身体を起こして泣き叫んだところで魂が抜けてしまったのには、全く気付かなかったのだが。


神的な存在の少女は下界に近い庭園を歩いていた時に、噴水の側でたまたま誰かの叫びを聞いたという。

噴水を囲む泉の大理石でできた縁からのぞき込めば、そこにはウズラのようにまるくなった女子が嘆いているのが見えた。


アリアである。


彼女が悲痛な叫びを上げると、ぽわんと燐光を放つ魂が抜けた。

病気でも事故でもない。

唐突に抜けた。


まるで自分の作った世界を拒絶するかのような抜けっぷりに、神的な存在の少女は衝撃と軽い罪悪感を覚えたのだという。

「わたしの世界そんなに悪いのかしらって、心配になっちゃったわ」

「世界っていうか・・・一部の王子様が」

「だから、あなたにチャンスをあげようかと思って」

「ねえ、聞いて?」

神的な存在の少女はアリアに構わずに言った。

「さっき言ってたわよね。男に生まれたかったって」

「・・・そういう言い方はしてないと思いますけど」

「細かいことはいいのよ。なってみたならいいじゃない?」

わたし、兄と違って世界のつくり方は完璧だったと思うのよね。と神的な存在の少女は眉間にしわを寄せた。

「だから、賭けをしましょう?取引といってもいいわ」


神的な存在の少女は言った。

今からあなたを男にしてあげる。あなたの言うとおりそれで何もかも上手く行ったら貴女の勝ち。

貴女の思うとおりの()の存在のまま生きていいと。

アリアという人格を作ったことが失敗で、貴女がとてもかわいそうな存在だったと認めると。

判断期限は一か月。

でもひと月以内に男でも嫌になったら、やっぱりアリアで正しかったことにする。


<時よ戻れ、こんな醜い世界やってられるかあ!!!>


と言い放ったら、アリアの負けだ。


「私、天に召されるの?」

どっちにしてもひどいことを言われているような気がして、アリアは涙目になった。

「そんなことしないわよ。大体あなたの体はまだ生きているわ」

少女は圧を醸しだすように腕を組んだ。

「これは契約よ。必ず履行される。わたしに罪悪感を抱かせた罰として、これからは可愛すぎる自分を封印。学園にいる間はこの眼鏡をかけて生きていきなさい」

差し出されたのは瓶底のようなレンズの黒ぶち眼鏡だった。

「あ。卒業したらつけても付けなくてもいいわよ」

「はい・・・」

アリアは眼鏡を受け取りつつ、そっとレンズを覗き込んだ。

「うわっ、よく見える!!」

少しだけ嬉しくなってアリアは復活した。



「で?どんな人間の男になりたいの?」

「そう、ですね。爬虫類系で・・・整っているけど強面で、すらりと背が高くて筋肉もしっかりついてて頭も良くて、強くて、あとは公爵令息くらいの地位があったらいいな」

「要求多いわね」

「だって、この容姿見てくださいよ。可愛すぎですよ。そりゃ寄ってくるし怒られるし・・・」

「まあ、そうね。でも大丈夫なの?」

少女は聞いた。

()()からいきなり男性体よ?私生活とか大丈夫?」

「あ。それは大丈夫です。私町娘ですけど、のどかな田舎の四人兄弟で長女ですから」

自信満々にアリアは控えめな胸を張った。

「はっきり言って()()()()()()!!」

「・・・そう、ならいいけど」

「えっへん」

「まあ、貴方の体を変身させるだけから感覚は慣れやすかもしれないし」

神的な存在の少女は人差し指を虚空へ向けて、何かを呼び寄せるようにくいっと動かした。


アリアの魂の抜けた体をまず寮の貴族室へ移し、形を変えさせる。


続いてアリアの魂をほいっと放り込み、なじませた。


そしてすぐに自らも下界へ降りると、抜かりなくアリアの頭に男子としての生活や態度、記憶等々を叩き込んだ。

「うん。こんなもんね」

満足げに少女はうなずき言った。

最後に何やら呪文を唱えて世界の中に一人の令息の存在を紐づける。

準備は全て整った。


「いい?貴方の名前はディル・コールドローズ。海を渡った国の公爵令息よ」


「はい!!」

強面の見た目なのに、アリアの調子で()は答えた。

「・・・ホント、大丈夫なのかしら」




こうしてアリアは別の国から来た位の高い貴族の五人兄弟(全員男)の三男坊として、元の学園に放たれたのである。


だが、神的な少女は忘れていた。

アリアの記憶を皆から消しておくことを。



 *



令息生活1日目。

すごい、誰も寄ってこないよ!

あのお子ちゃまたちなんて顔色を青くして避けていく!!

ああ~、やっぱり私の思った通りだった。


気分がいい。


実にいい!


あんなにしつこく寄ってきた男子、冷たい目で見ていた女子が全く寄り付かない!!

顔はいいはずなのに怖いけど素敵とかも言われない!!

ディル・コールドローズとなったアリアは道を洋々と歩く。

と、ふいに目の端を白い物が舞った。

「?」

屈みこんで手に取れば、そこには見たことのある百合の花の紋章。

「ハンカチ?」


サマンサ・シルバーリリー。


神的な存在の少女が叩き込んでくれたディルの記憶によれば、彼女の家の家紋だった。

前方に人の気配がして、目を移せば裏庭へ続く細い小径に影が消えて行く。


ディルは不思議に思って後を追った。

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