序章~アリアの嘆き~
まって。
待って待って。
ヤダコレ。
何で?
*
私はアリア。
自分で言うのもなんだが、とても可愛い美少女だ。
大きくつぶらな瞳に、可愛い鼻と口。
ふわりと軽い髪。
とにかく可愛い。
自画自賛とも言えるけど、ほんとにそうなのだから仕方ない。
でも、性格は別に普通だと思うのだ。ことさら誰かに媚びようとも思わないし、自分から異性に近寄っていく事なんてしない。
断じてない!
向こうから近寄ってきたのよ。
私が派手に転んだ時に。
大丈夫かい?なんて声が聞こえたような気はしたのだけど。
少し離れた所からやってくる誰かを、目が良くないから目を凝らして見つめてしまったのだ。
自慢じゃないが私は立派な田舎の町娘だ。
家はお金持ちじゃないから眼鏡なんて高価なもの買えない。
相手が王子様だと気づいたのは、見開いた乾ききった目を、涙が潤すように覆った時だった。
運が悪かったとしか言いようがない。
それから、奴らの付きまといが始まったのである。
私は避けようと必死になったが、学園を庭のように闊歩する彼らにかなうはずもなく・・・。
彼らの婚約者たちや、学園の女子たちに目の敵にされるのはすぐだった。
*
アリアは一人、部屋で泣いていた。
簡素で清潔な部屋は、彼女が学園から与えられた場所だ。
今日、とうとうサマンサ様からおしかりを受けてしまった。
憧れの女性。
声すらかけられない気高い方。
大臣のたった一人のご息女であらせられる。
「うっ・・・」
思わずアリアの口から嗚咽が漏れた。
サマンサの声が脳裏に蘇ったためである。
<アリア様、最近貴女が婚約者のいる殿方に目を潤ませて、近寄っているという苦情がくるの>
眉根を寄せて、困ったように言うサマンサはとても美しかった。
<少し、控えたほうが良いわ>
至近距離で拝謁するのは、学園に特待生として入学してから初めての事である。
王子様なんて全く興味はない。
その周りの人たちにもない。
そう言葉にできたらどんなに良かっただろう。
<相手は身分の高い方だから・・・>
貴女から・・・と言われたところで、もう限界だった。感極まって、
「も、申し訳ありません!!」
涙ながらにその場を逃げ出してしまったのだ。
「ううう・・・うぉえっ」
アリアはとうとううずくまってしまう。
無礼を承知で言うならば、サマンサ様のお父上である大臣様の方が余程素敵だし、もっというなら学園近くのパン屋のマークおじさんの方が頼りがいがあってあったかそうで大好きだ。
アリアが目を潤ませてしまうのは、目が乾きやすいからだ。
そして、相手をじっと見てしまうのは目が良くないから。
お金持ちではないから眼鏡が買えないためなのだ。
なのにあのお子ちゃまどもときたら・・・。
<アリア、私を見つめる君の目はとても可愛らしいね>
顔なんてぼやけてるのに。
<そんなに潤んだ目で見つめられたら、参ってしまうヨ>
視点を定めてたら目が乾いただけだというのに。
「うぅっ・・・サマンサさまあ・・・・・」
アリアの頭の中はサマンサでいっぱいだった。
きっと嫌われてしまった。
認識されたのは嬉しいけれど、こんな形で名前を呼ばれるなんて。
わああああああ!!!!!
とアリアは泣き叫んだ。
勢いよく仰け反るようにして起き上がった少女の頭は、ぶんと振れた。
「・・・ッ?」
勢い余って、意識が途切れた。
アリアの意識が途切れたアリアの体は部屋の中で、
倒れた。