漆黒とガラス玉(脚本/声劇台本)
とあるお社近くの森に、
妾として売られるところを逃げてきた少女がたどり着きます。
しかしそこにいたのは・・・普通なら「目で」見えるはずの無い存在でした。
それに気づいた彼女、葛はなぜ彼を感じ取れたのでしょうか?
物語はそこから始まります。
◆登場人物
葛/シユ(過去編) 女性 14歳
漆:(うるし)/ミツミ(過去編) 男性 年齢不詳
追っ手(男性/漆と兼ね役可)
◆解説
ぼいやり(※1)=ぼんやりの古い言葉
三見宿禰命(みつみのすくねのみこと(※2)=神様の一柱
◆注意
祓詞は極めて真剣な文です。改変不可
■ 日本のどこか。とある森の中 ■
葛:ここは・・・キャッ!
葛:・・・あなたは、誰?
漆:・・・
葛:ここで何をしているの?
漆:・・・
葛:あなたは…ワタシを食べるの?
漆:食わぬ
葛:喋った!
漆:・・・ワッパ(童)。よくワシに気がついたな
葛:だって匂いがしたから
漆:匂い?
葛:そう、いい匂い
漆:いい匂いとな?
葛:そう、優しい匂い
葛:だから「食べるの?」って聞いたら怒るかなって
漆:まんまと乗せられた訳か
葛:そう(笑う)
漆:しかしお主はワシが怖くないのか?
葛:どうして?
漆:呪に侵され全身が黒く覆われておる。影と見分けのつかぬ漆黒の顔と体であろう
葛:そうなのね
漆:なぬ?
葛:この瞳は飾りなの。何も映さない。ガラス玉みたいよね
漆:お主、目が見えぬのか?
葛:そうよ
漆:なるほど、合点がいった。だからワシの存在に気付いておりながら、怖がりもせぬのじゃな
葛:あなたはいい匂いがするの。だから怖い人ではないわ。
漆:(笑いながら)そうか、このワシが怖くない人間か!
葛:そんなにおかしい?
漆:そうだな。そもそもワシは人ではない。
葛:そうなの?ならあなたは何?
漆:ワシは元、神じゃ
葛:あなたは神様なの?なら良い人ね
漆:人ではないと言っておるのに
葛:どっちでもいいわ
漆:して、お主はなぜこんな山の中に?それに…ひとりか?
葛:そう
漆:野犬の出る森にワッパひとりで出歩くなど…
葛:ワタシもう14(じゅうし)よ。子供じゃないわ
漆:(笑う)そうか、これは失礼であったの
葛:そうよ、殿方へ嫁ぐことだって出来るんだから
漆:ほう、嫁げる歳か。人の14年とは、かくも短きものか
葛:どういうこと?どうして短いの?
漆:生き物はすべからく、成した子が餌を取れるようになれば、あとは死へと向かうものじゃ
葛:エサじゃないわ、ご飯よ
漆:そうじゃの
葛:それで?
漆:ということは早く子を成せば早く生が終わるということじゃ
葛:じゃあワタシは心配いらないわ。それが嫌で逃げてきたんだもの
漆:なんと、もう嫁ぎ先が決まっておったのか
葛:そんな良いものじゃないわ。ワタシのような盲人は働けないから、庄屋さんの妾になるしか無いの
漆:妾とな
葛:まだ何も知らないのに、知らないおじさんに売られるなんてイヤだもの!
漆:だからとてこのような危険な森へ逃げてくるところを見ると、なかなかの胆力よのう(笑う)
葛:もう!笑い事じゃないわ!
漆:すまぬすまぬ。 ところで、おなごの足でここまで来るのは骨が折れたであろう
葛:折れてないわ?
漆:そうか、お主は強いのじゃな
葛:強いかどうかは分からないけど、そんなに簡単に骨は折れないものよ
漆:なぬ?(笑う)
漆:そうじゃな、骨はそう簡単には折れぬな(笑う)
葛:あなた、ちんぷんかんぷんな人なのね
漆:そうじゃの、もう人でもよいわ(笑)
葛:あなたはここに住んでるの?
漆:住む…。そうさなぁ。。。ここに居るといったところか
葛:お家はないの?
漆:この先に古びた社がある。そこが寝床といえば寝床じゃろうな
葛:ねぇ、なるべく邪魔にならないから、ワタシもそこに居させてくれない?
漆:お主をか?
葛:そうよ
漆:しかしなぁ…。天露はしのげても、人の食うものはありはせぬぞ?
葛:それはなんとかするわ!山には食べられるものがたくさんあるのよ!
漆:そうか、なら構わぬよ。 どうせお主ら人間の命の灯火など、ワシにとっては瞬きの間の出来事じゃからの
葛:灯火?瞬き?あなたは火が消せるくらい大きな目で瞬きをするの?
漆:(笑う)そうじゃの。瞬きの間に消すことも造作はないな
葛:もう、すぐに笑う!失礼だわ
漆:(笑う)いやいや、おぬしには感謝しておるよ。 なにせワシは笑うことを忘れておったが、お陰で思い出したのじゃからな。 大目に見ておくれ
■ 社 ■ 葛が漆に連れてこられた
葛:ここは水辺の近くね。透明な匂いがする
漆:うむ、お主等は水を飲まぬと生きられぬゆえ、良いであろう?
葛:ええ、ありがとう
漆:少しここで待っておれ。人が住むには先の住人が多いので、出ていってもらうとしよう
葛:住人?
漆:そうじゃ、虫やら小動物などじゃな
葛:あら、それでは彼らがかわいそう。そのままでいいわ
漆:変わったやつじゃな。では蜘蛛の巣とホコリでも払っておくか。ここに掛けて待っておれ
葛:分かったわ
葛:(鼻歌♪)(※10-20秒程度テキトーにどうぞ)
漆:ほほぅ、、、歌か。 それにしても、お主は良き声よの。 ほれ見てみろ。動物たちが歌声を聴きに集まっておる
葛:ほんとだ!動物たちのにおいだわ! こんにちわ、これからお世話になる葛よ。よろしくね
漆:お主は葛と言うのか
葛:そうよ、どこにでもあるつる草ね。意味のない名前ね
漆:ん?そうでもないぞ。つる草は漢方の材料としてとても有用なのだ。皆の役に立つのだぞ?
葛:そう…なの?初めて役に立つなんて言われた…
漆:少なくともこの者たちには、お主の歌声も役に立っておるようだしな
葛:(照れ笑い)そうね、ありがとう、みんな
葛:ところで、元神様の名前は何と言うの?
漆:うむ…。神であった頃には名があったのだが、もうそれは名乗れぬのでな
葛:じゃあ不便ね
漆:不便とな?
葛:だってあなたを呼べないんですもの
漆:(笑う)ここでは精々動物たちを眺めるくらいで、人と話すことも無かったのでなぁ。 不便を感じたことは無かったな
葛:今はわたしがいるわ。
漆:そうじゃの。ならお主が名前をつけてくれるか?
葛:わたしが?
漆:そうじゃ?難しいかの?
葛:難しくないわ!考えるからちょっと待って!
漆:(笑う)さて、何が出るかな?
葛:あ!
漆:ん?
葛:漆!漆はどう?
漆:(驚いたように)漆とな?
葛:そうよ!だって漆塗りの椀は真っ黒だもの!
漆:ほう?よく知っておるの
葛:病で目が見えなくなる前、母様に触ってはいけないと教えてもらったの
漆:なるほどそうじゃ、肌がかぶれるからの
葛:そうよ。ぼいやり(※1)覚えている。本当に美しい真っ黒だったわ
漆:美しい真っ黒か(笑う)
葛:素敵でしょ?
漆:うむ、なかなか目の付け所が良いの
葛:わたしは目が見えないのよ?
漆:(笑う)愉快愉快。 そうじゃの、つまり、感が鋭いのということじゃ
葛:ならそう言ってくれないと分からないわ
漆:(笑う)
(モノローグ)漆…か。久しいの…三見宿禰命か・・・(※2)
■ その翌日 ■
葛:漆さまー!ただいまー!みてー!魚とれたー!
漆:ほうほう、大量だな
葛:わっ!いったーい!
漆:これこれ走るでない。目が見えぬのにもう駆け回るのじゃなぁ
葛:へーきよ! それより見て!魚捕るために、手探りでつる草を編んだの!
漆:なるほど、だから大きい魚が獲れたんだの
葛:そう、でも小さい子はすり抜けちゃうの
漆:それは良いことではないか?
葛:どうして?
漆:稚児は大きくなって子を作るからの
葛:そっか!子供取っちゃうと大人ばっかりになっちゃうね
漆:そうじゃの
葛:分かった!
漆:すべての命は繋がっておる。子が大人になり、子をなし、老いて死ぬ
葛:うん
漆:そうやって全体を生かすものだからの
葛:んー、よく分かんない
漆:(笑う)まだ早かったようじゃな
葛:でも小さい子は獲っちゃ駄目なのは分かった
漆:今はそれで良い
葛:漆さまはワタシが小さいから食べないの?
漆:いいや、そもそもワシは何も食わぬよ
葛:え?じゃあお腹は空かないの?
漆:そうじゃの、あえて言うなら霞みを食うておる
葛:カスミ?
漆:そう、霞じゃな。何せお主らのように命を持っている訳では無いからの
葛:死んでるの?
漆:(笑う)そうじゃの、元々のワシはもっともっと大昔に死んでおる
葛:じゃあ漆さまは繋がってないのね?
漆:ん?
葛:子供が大きくなって子供を作って…って
漆:確かに、、、繋がりから外れておるなぁ
葛:変なの(笑う)
漆:そうじゃの(笑う)
■ 漆と葛の時代から何百年か前 ■
シユ:(モノローグ)私はその神社に行くのが好きでした
シユ:漆器を奉納するため父について行った場所
シユ:そこで出逢った美しい殿方
シユ:吸い込まれそうな漆黒の瞳と
シユ:長くどこまでも深い黒の御髪
シユ:その方をひと目見て
シユ:恋に落ちてしまったのです
ミツミ:シユ、また来たのか
シユ:ミツミ様
ミツミ:いくら儂が見えるとて、ここは女子がひとりで来るには危ない場所
シユ:分かっております。それでもミツミ様にお逢いしたい気持ちが勝ってしまうのです
ミツミ:大事が無ければ良いが
シユ:ここに通い始めて季節がふたつ巡りましたが、そういった目にはあっておりません
ミツミ:うむ、女子にしては強情だな
シユ:でなければ逢瀬を重ねられません
ミツミ:逢瀬か…
シユ:でなければ、これは私の片思いですか?
ミツミ:いや、うむ…
シユ:(笑う)
ミツミ:しかしな、足繁く通ってこられようと、神である儂とお前とは結ばれぬぞ
シユ:厭いません、この命が尽きれば、ご縁によってミツミ様の御側に行けるものと信じております
ミツミ:信じて疑うてはおらぬ目だの
シユ:はい、必ずや御側に
ミツミ:ふふ。さぁ、そこは冷える。今は側に寄れ
シユ:はい…
シユ:(モノローグ)この頃になると私は
シユ:ミツミ様との甘美な時間恋しさに
シユ:油断をしておりました
シユ:このお社は人目につかぬ林の中
シユ:女子一人では危ない場所だったのです
シユ:(ミツミに気が付き) ミツミ様?
ミツミ:シユ、大事ないか?
シユ:はい、いっときは伏せっておりましたがこの通り
ミツミ:うむ、父君が漆器の奉納に来た際、そなたが居なかったのでどうしたのかと
シユ:本当は付いて来たかったのですが…
ミツミ:いや、無理はせぬように。人間とは弱い生き物ゆえ、大事があってはならぬ
シユ:それは心配してくださっているのですね?
ミツミ:あ、いや、うむ
シユ:(笑う)神様に心配頂けるなんて、私はとても珍しい人間なのでしょうね
ミツミ:これ、からかうでない
シユ:冗談です
ミツミ:快気祝いに贈りたいものがあるのだが
シユ:まあ!私にですか?
ミツミ:うむ。以前そなたが髪を気にしておったのでな。これを
シユ:これは…櫛
ミツミ:うむ。柘植で作ったものだ。椿の油を染ませてあるので、髪をよく通すぞ
シユ:ありがとうございます
ミツミ:構わぬ
シユ:(側に寄って)ミツミ様?私を好いて下さってるのですね?
ミツミ:んっ!…んん
シユ:殿方とは、たとえ神様だとて照れ屋なものなのですね
ミツミ:そうイジメるでない…
シユ:(笑う)ありがとうございます。大事にいたします
シユ:(モノローグ)この日、お社と道中に慣れきっていた私は油断しておりました
シユ:そしてまさかあんなことになろうとは‥
シユ:ミツミ様、喜んで下さるかしら?
シユ:こんなに短い裾は はしたないとお怒りになるかも知れませんね(笑う)
(物音)
シユ:ミツミ様?
シユ:えっ!?あなたは…誰?
シユ:や!やめて!離して!
シユ:(モノローグ) 見知らぬ野盗に組み伏せられた私は衣服を剥がれ、大切なものを奪われようとしていました
ミツミ:シユ!
シユ:ミツミ様!!
ミツミ:おのれ人間!よくも儂の宝を傷つけたな!地獄へ落ちろ!
(稲光と轟音。それらに打たれた野盗が消し炭のように消滅する)
ミツミ:大丈夫か!シユ!
シユ:はい、ミツミ様のお陰でシユは無事です。
シユ:でも…怖かった(泣く)
ミツミ:もう案ずるな。野盗は消し去った
シユ:はい、ありがとうございま……え?
ミツミ:ふぅ…
シユ:ミツミ…様?お姿が薄くなっておりますが…
ミツミ:うむ。神が人を直接殺めるのは理に反するのでな。 この世に顕現できぬようになるのだ
シユ:それはつまり…どういう…
ミツミ:神落ち…つまりこの世から消えてしまうのであろうな
シユ:そんな!私のせいで!
ミツミ:自分を責めるな。儂がもう少し強く言っておれば良かったのだ
シユ:でもこれは私のせいです!
ミツミ:そなたは関係ない。ニギハヤ様の決め事を破ったのは儂だ…(ほぼ消える)
シユ:そんな…いやです!
ミツミ:シユ…最後に…あい…(消える)
シユ:いやです!ミツミ様ぁぁ!
■あれからしばらくして■
シユ:(モノローグ) あれから私は何度もここを訪れては
シユ:あの日消えたミツミ様を探している
シユ:私を救うため
シユ:神の掟を破ったあの方は
シユ:今どこを彷徨っておられるのだろう
シユ:もう二度と会えない
シユ:そんな考えが浮かぶたびに押し込める
シユ:しかし百度目に足を運んだその日
シユ:お社の前に浮かんできた不思議な文字
シユ:そう、神である饒速様の言葉を目にしたのです
シユ:これは…
シユ:「三見宿禰を求むる者よ。あれは理を破ったがゆえ、神の座より落ちた。もう人の目には見えぬゆえ、早う忘れ、新たな道を行け。」
シユ:そんな!
シユ:ミツミ様は私のためにこのような事になられたのに!
シユ:忘れろとはなんと無慈悲な…
シユ:饒速様、
シユ:私はそれでもミツミ様を見つけとうございます
シユ:この目で探せぬとあらば、この目を差し上げます
シユ:(懐刀で目を潰し命を断つ) うがっ!!
シユ:そして今生で想いが叶わぬのであればこの命も差し上げます
シユ:愛する方と逢えないままに露命を繋ぐつもりはありませぬ!
シユ:しかとこの覚悟をご覧ください
シユ:(胸を突き刺す) グッ!! ミツミ…さま…必ずや…お側に…
■ 漆と葛のいる森。現在 ■
葛:(泣いている)
漆:おはよう葛…どうした?
葛:(泣いている)漆様…
漆:なぜ泣いておる?
葛:(泣いている)悲しい夢を見たの
漆:夢?
葛:(泣いている)とても綺麗な黒髪の殿方と、とても美しい姫様の夢
漆:ほう、どんな夢じゃ?
葛:(泣いている)分からないの
漆:分からぬのなら、仕方がないの
葛:(泣いている)うん
漆:よしよし、ひとまず落ち着こうかの?
漆:野いちごを取って来たゆえ食べぬか?
葛:食べる!
漆:(笑う)笑ったの
葛:美味しい!
漆:(笑う)しかし、もうすっかり懐かれてしまったのぉ
葛:ワタシは子供じゃないわ
漆:おぉ、そうであった
葛:ワタシは、、、ワタシは、、、あれ?
漆:どうした?
葛:ワタシは、誰かを探しているの?
漆:んん?それをワシに聞かれてものぉ
葛:そうね、変よね
漆:うむ
葛:でもね漆様、ワタシ、なぜだかとっても大切なものを探してるって思うの
漆:それが何か分からぬのだな?
葛:そう。でもとっても温かくて大好きなもの
漆:うむ…それだけだと分からぬなぁ
葛:そうよね?(笑う)
漆:(笑う)
■ 数日後 ■
葛:うーん
漆:どうしたのだ?
葛:どうしても気になるの
漆:先だっての夢か?
葛:そう、目が見えないのにハッキリ見えたの
漆:夢とはそういうものではないのか?
葛:いつもは違うよ
漆:いつもは?
葛:ぼいやりしてる
漆:ぼいやり…のう
葛:そう、霞がかかったみたいに
漆:それが先日の夢はハッキリしておったのだな?
葛:うん。少しづつ思い出したんだけど、そのきれいな人がとても悲しそうに叫んでいたの
漆:なんと叫んでおったのだ?
葛:「ミツミ様!!!」って
漆:な!?
葛:どうしたの?
漆:いや、すまぬ、続けてくれ
葛:その人は、黒い瞳と髪の殿方を思って死んじゃうの
漆:死んだとな!?
葛:そう、命を差し上げますって
漆:そ、そんな、、、
葛:漆様、変よ?
漆:あいやすまぬ
葛:その前に、目があったら探せないからって目を潰して
漆:あぁぁぁ…そんな…
葛:漆様?
漆:シユ…シユがそんな事に…
葛:あ!そう!シユさん!
葛:あれ?でもどうして漆様知ってるの?
漆:すまぬ、その話はまたにしてはもらえぬか、、、
漆:少し散歩をしてくる
葛:あ、漆様?
…変なの
■ 社から少し離れた森の中 ■
漆:(モノローグ) まさか、まさか、まさか…
漆:ワシはシユさえ無事でいてくれれば良いと
漆:それだけを望んで神であることを捨てたのに
漆:こんな愚か者を追い目を捨て
漆:あまつさえこの世まで去っていたとは…
漆:ならばこれは罪か…
漆:神の分際で人間の女子に心を奪われてしまった罪
漆:ワシは何と愚かであったのだ,,,
漆:シユ…
漆:お主の人生のなんと儚きことよ
漆:ワシのような者にさえ出逢わねば
漆:このような結末を迎えることもなかったであろうに
漆:ワシはどうすれば…
漆:この先、死ぬことすら叶わぬ体で
漆:この後悔を永劫抱えておらねばならんのだな
漆:しかし葛を拾ったのは
漆:ワシにこの罪を知らせるためであろうか…
■ 社 ■
追っ手:ようやく見つけたぞ
葛:え!
追っ手:よくも庄屋様のところから逃げ出してくれたな
葛:ど、どうして!?
追っ手:お陰で庄屋様がお怒りになり、年貢が上がった!ただでさえ不作の村は大変なことになった!これもお前のせいだ!
葛:そんな…
追っ手:だからお前を見つけ出し、豊作の神様への供物として捧げるってことになったんだ!さあ来い!
葛:嫌よ!もうワタシは人と暮らしてるの!身寄りのないただの子供じゃないの!
追っ手:うるさい!知ったことか!お前を連れて行かなきゃ、おらが危ねえんだよ!
葛:お願い、後生だから
追っ手:うるさい!だまってついてこい!
葛:やめて!
追っ手:ちょこまかと!
葛:助けて!漆様!
追っ手:なんだ人を呼ぶ気か!そうはさせねえ!こうなりゃ死体にしてでも連れて行く!(ナタを抜く)
葛:やめて!漆様!漆様!
追っ手:(捕まえる)よしっ!捕らえた!観念しろ!
葛:いや、助けて、、、
追っ手:悪く思うなよ、全ては庄屋様のところから逃げたお前が悪いんだ!
葛:お願い、、やめて、、、
追っ手:南無三!(刺す)
葛:グッ…
追っ手:よし、これだけ深く刺せば助からねぇ…。せめて成仏しろよ…(去る)
葛:うるし・・・さま・・・
(少しして)
漆:葛?どこだ?話があるのだが…
葛:う、うるしさま・・・
漆:葛!!
漆:(駆け寄る)
漆:どうした!葛!こ、これは!
葛:良かった…最期に漆様に会えて…
漆:な、なぜ!?これは一体!
葛:妾になる事から逃げた罰だって、、、、村の追手に見つかったんだ
漆:血が!分かったから喋るな!
葛:ワタシはもうダメみたい…最期に漆様に会えて良かった
漆:何を言う!やっと気づいたのだ…ワシの罪に…
なのに何故、神は関係のないお前をこんな目に!
葛:シユさんのこと?
漆:そうだ、ワシが神の座を賭して守ったつもりが、後を追わせることになった。
漆:人の命など儚きものなのに…それを奪ったのだ…
葛:漆さま、それは違うよ
漆:なに?
葛:シユさんはワタシの中にいる…そして、
葛:漆様を追ったことを後悔してない
漆:…そんな筈がなかろう
葛:ううん、だってこうやってまた抱きしめてもらえたんだもん
葛:シユさん、とても喜んでるよ(咳き込む)
漆:葛!
葛:ごめんなさい、もう、、、
漆:させぬ…
葛:えっ
漆:させぬ!!!
葛:うるし、、、さま?
漆:神力を遺した饒速に感謝せねばな
葛:なにを…
※※ 以下は祓詞につき音読の場合は改変不可
漆:高天原に神留ます饒速日命
漆:祓え給い、清め給え、
漆:神ながら守り給い、さきわえ給え
漆:この者に罪といふ罪は在らじと
漆:祓え給い 淸め給ふ事を
漆:天神 國つ神
漆:八百萬
漆:聞こしめせ と まをす
葛:漆さま、、、うるし、、、さま!
漆:はぁ、はぁ、はぁ
葛:漆さま… あっ!
漆:間に合ったようだな
葛:き、傷が…
漆:これは反魂の祓詞、肉体を修復し、魂を繋ぎ止めるものだ…
葛:そんなことが…
葛:それより漆さま、なんだか辛そう
漆:そうだな、これも禁忌ゆえ、ワシは落ち神ですらなくなるであろう
葛:どういうこと?
漆:消えて無くなるということだ
葛:そんな!!!
漆:元より捨てた命、これで良かったのだ
葛:漆さま!!(号泣)
漆:泣くでない、
漆:お主がシユの記憶を持っておるのなら、天寿を全う出来た時、また黄泉で会えるであろう
葛:いやよ!ワタシもシユさんも、生きて漆様と添い遂げたいの!
漆:添い遂げる…か。そうじゃの、だがそれはいずれにしても叶わぬ
葛:どうして?
漆:もし今のことが無くとも、元より命の尽きぬワシは、人間であるお前の一生を見送ったのち、永遠の孤独を生きることになるからの
葛:そんな、、、だからって、今ワタシをひとりにしていいなんてことない!
漆:(笑う)強いな、お主らしい
葛:饒速日命さま!聞いてますか!?
漆:葛、なにを?
葛:あなた偉い神様なんでしょ!? こんな小さい人間の女子を二度も殺して、あなたを祖神と仰ぐしもべの神様がこんなに辛い思いをしてるのに平気なの!?
葛:ふんぞり返ってないで何とか言いなさいよ!
漆:これ、葛…
葛:どうせワタシは見えないんだから、黙ってないで出てきなさい!
漆:うぅ…
葛:漆さま!
漆:どうやら時間のようだ…
葛:いや!いやよ!
漆:神力を失った今、もう現世に留まることもできぬ…
葛:いや!絶対!絶対にいや!
漆:(笑)聞き分けのない女子じゃ…
葛:やめて!逝かないで!
漆:お主に抱かれてゆけるなら…
漆:(薄くなり消えてゆく)
葛:漆さまァァァ!!!
葛:どうして!どうしてこんな!
葛:(号泣)
葛:・・・あ?
(漆の実体がなぜか戻ってくる)
漆:ぬぬ?
葛:漆・・・さま?
漆:なんと…
葛:漆さまぁぁぁ!!(抱きつく)
漆:痛いっ!! なに…痛み?
葛:えっ?
漆:(饒速日命が口を借りて話している)
漆:小うるさいお転婆娘よ、此度の三見宿禰の罰は、人間に落とすこととする
葛:ニギハヤさま?
漆:天寿のある人間として、老い、死するまで社の守りとして修行をしたのち、天界へ出直して参れ
葛:ということはつまり…
漆:ええい!!その先はお主らで考えよ!
葛:ありがとうございます!!ニギハヤさま大好き!
漆:都合の良い奴め(笑う)
漆:(漆に戻る) 今ワシ…いや、饒速日様は何と?
葛:ニギハヤ様が漆様を人間にしてくださったって!
漆:なに、人にじゃと? 通りで痛みを感じるはずだ
葛:人間はすぐ死ぬから罰として修行しろ?って!
漆:(笑う)なるほど、そういうことか
葛:良かった…(泣)
漆:これこれ泣くでない。美しいガラスが雨を降らせているようじゃの
葛:(泣く)
漆:魂が消されなかったことは救いではないか
葛:違うの
漆:ん?
葛:一緒に死ねるから嬉しくて泣いてるの
漆:一緒に居られるからではないのか?
葛:うん、死ねるから
漆:それはなぜじゃ?
葛:ワタシの魂にあるシユさんの記憶…あの時もし二人に何もなかったとしても、自分がミツミ様と添い遂げることが出来ないってことを知ってるから
漆:うむ
葛:それがね、今はこうやって共に老いて命を全うできることになって嬉しいの、ワタシもシユさんも。だから泣くの
漆:死ねば同じなのに…不思議なものじゃ
葛:漆様!
漆:お?
葛:もう神様でも落神様でもないんですよ!
漆:…う、うむ
葛:だからこれからは危ないことはしないこと!
葛:いいですか!?
漆:…うむ
葛:あと、人間としてはワタシが先達なんだから、ちゃんとワタシから学ぶこと!
漆:あべこべじゃの
葛:(笑)
漆:(笑)
■エピローグ■
(以下全てモノローグ)
葛:こうしてワタシ達は幸せに暮らしましたとさ!
葛:ていうか漆様ったら仕事をするってことも分かって無くて、結局饒速日様のお言いつけ通り神社のお守りをしながらお布施をもらってたんだけど、元々漆職人だったらしいから漆器もたまに作って売ってたんだ。 でも二人が死ぬまでそこそこ貧しい生活だったんだからね!
葛:子宝にも恵まれたんだけど、息子は社を継がずに、貧乏が嫌だからって給金の安定する役人になっちゃった。
葛:えっ?今なんで話せてるのかって?
葛:だってワタシたちは死んだあと天界に昇って一緒にいるから。
葛:今は悠久の時を漆様…じゃなくて
葛:ミツミ様と過ごしているんですもの。
葛:ワタシの魂は輪廻前はシユさんだったんだから、ワタシとシユさんは一心同体なの
葛:だからこれが本当の大団円ってことね!
葛:あ!そうそう!!
葛:天界に来てワタシ、目が見えるようになったの!
葛:お陰でミツミ様の美しいお顔を見放題でお目目が幸せ・・・のはずなのに、
葛:ミツミ様ったら、いつも着る服がダサいことダサいこと!!
葛:ワタシが仕立てないといつもボロボロの・・・って!
葛:ちょっとミツミ様!
葛:天降られるなら着物をもっと上等なものにしてください!
葛:普段着で下界に降臨しないで!
葛:ワタシが恥ずかしいんだからぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
■ おしまい ■
日本の昔の神様って人間味があって楽しいですよね。
個人的に好きなので、私の書くお話にはしばしばモチーフとしてお借りしています。
ここには三見宿禰命と饒速日命が登場しますが、
物語が少しでも気に入ってもらえたなら、彼らのことも少しググってみて下さい。
もしかすると、お話が少し分かりやすくなるかもしれません。