表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

第八話 百分の一の綺羅星と、握りしめた物

 何だかひとりでボーっと突っ立っている。

 その様子が少し気になった。

 学校内の敷地とはいっても、女の子の一人歩きだ。

 校舎を出て、彼女の下へ向かった。


「どうかしましたか? 先生」


「わっ、藤芽くん」


 手にしていたのは携帯端末のようだった。

 画面をずっと見つめていたらしい。


「すいません。何をされているのかなと」


「ううん。深淵を覗く最中になんとやらだね」


「メールでもご覧でしたか?」


「いや、うーん。それがね。初めてレビュー書いてもらったの……」


「えっ」


 いや、え? このタイミングはひょっとしたら。


 そういえば作者名は? 

 確か猫家みかんと言う人だった。

 でも、そうか。ペンネーム。


「あのさ。この人ね、すごく読み込んでくれてるの」


 どこかうろたえるように、彼女は言う。


「いっぱい仕込んだモチーフの数とか、背景にこっそり隠した文字とか」


 思い当たる何かがこみ上げてくる。

 それは、ひょっとしなくても、そうだ。


「それで、すごく考察してくれて、読む人によって色んな楽しみ方が出来る、万華鏡みたいだって」


 血の気が若干引く。

 首筋に嫌な汗が流れる。


「宇宙のような無限の想像力で描かれた作品、って書いてくれてるの」


 うわぁ、オレの書いた記事だ。

 ドストレートだ。100分の1で当ててしまった。

 声に出して読まれると、相当に恥ずかしい。

 友安さんや篠崎さんに添削してもらった。

 

 全部が全部、自分から出て来た言葉とは言えない。

 でも、本気でそうだと思って真剣に書いた。

 それだけは確かだ。


「このお話はね。私の喪失を描いてるんだ」


「喪失?」


「うん。昔失くしちゃった宝物をね、擬人化して主人公にしたの」


 物語は正体不明の少女が中心となり、不思議な世界を泳ぐような内容だった。


「あの世界は全部私の子ども時代に関係するものをテーマにして広げてみたの」


「それは」


 全く予期せぬ答えだ。


「だからこの物語は私自身。全部が私なの」


 こちらの戸惑いには気づかず、彼女は言葉を続ける。


「先生に指摘されたように、個人的で内照的で、そんなに面白くはないかもしれない。でも、この人は、気持ちが震えたって」


「そ、そうですか」


 そんな個人的な作者の想いはさすがに全然読み解けなかった。

 自分の解釈は全く正解ではなかったかもしれない。

 的外れだっただろうか。


「何だかね、とっても胸がいっぱいになるの。あぁ、ありがとうって」


 どこか泣きそうに、彼女の瞳が揺れる。


「そんな気持ちが溢れて、どきどきが巡って、すっごく嬉しい」

 

 端末を、胸に抱きしめる。


「このお話、描いて良かった。読者は居たんだ。読んでもらえたんだ。誰かに」


 その姿が妙に荘厳というか、夕日に映えて美しかった。

 特級のギフトヘア、フェス様の与えた贈り物。

 小さな星の欠片が瞬く。

 

 でも、その神秘的な光景以上に彼女の表情に惹きつけられた。

 辛さとせつなさと嬉しさと喜びの入り交じった微笑み。


「それがわかったから、すごく晴れやかな気持ちになるよ。はぁぁぁ、良かったぁ」


 突然、がっくりと力尽きるようになる彼女。

 

「どうかしましたか?」


「本当はね、入学初日でこれから大丈夫かって不安で不安で仕方がなくて」


 何やら落ち込むことがあったようだ。

 彼女にとっても今日は最初の一日であり、当然別の心労があったのだろう。

 きっと何がしかの事情もあれば、不安も。

 大変なのは、自分だけではない。

 

「大丈夫ですか?」


「お金もほとんど使いきっちゃって、明日のご飯もどうするか、わかんないけど」


「え、あの、それはまずいのでは?」


 節約家ではなく浪費家だったのか。


「でもそんなの些細なことだよね。この気持ちに比べたら」


 大丈夫かな、この人。

 まぁ作者さんが喜んでくれたなら、良かった。


 今日の苦労も少しは報われたかもしれない。

 何らかの意味を見いだせた。

 

「でも本当に救われたなぁ。嬉しい」


 救われたのは、こっちだ。

 まるで夜空に広がる星空みたいな朗らかな笑顔だ。


「ありがとう、私の綺羅星さん」


 彼女はレビューを何故か星と称した。

 綺羅星は「たくさんの星」という意味。「綺羅、星の如し」という言葉から生まれたそうだ。一人を指す言葉としては不適当だが、思い当たることもあった。

 

 ☆五つの評価マーク。まさしく星の連なりと言える。

 

 そして、この学校でも繰り返し使われる「綺羅星」は、何かを讃える比喩だ。

 かつてフェス様が人類をそう、讃えてくれた。

 多くの場において、沢山の人がそれを口にする。 


 オレからしたら彼女の方が綺羅星だ。

 一つではなくいくつもの輝きをまとう、美しい人だなと自然に思えた。

 

「きららー。そんなところで、何してるの?」


 見ると、彼女の友達らしい女生徒が近づいてくる。

 オレは「それじゃあ」と小さく頭を下げた。

 

「うん。あの、藤芽くん。またね」


「はい、えっと。また」


 反射的にそう答えてしまった。

 もちろん、変に近づくつもりは少しもなかったけれど。

 ただの社交辞令でも、小さな繋がりが嬉しかった。

 

 校舎に戻る道すがら、友安さんが声をかけてくれた。


「お疲れ様、藤芽くん。帰るなら忘れ物ない?」


「そういえば、カバン置いてきちゃいました」


 既に日も暮れていた。

 友安さんと話しながら部室へ向かう。


「あの、今日はありがとうございました」


「こっちこそ。凄まじく変なところでごめんね」


 彼はとても申し訳なさそうに言う。


「いえ、とんでもない。頑張ります」


「はは。まぁ、藤芽くんならきっと大丈夫」


「実は記事を書いた漫画の作者さんが、面識のある人だったんです」


「……話したの?」


 友安さんは足を止める。


「もちろん、何も言ってません。ただ記事を見て喜ばれていて」


 少し浮かれてつい、余計なことを言ってしまう。


「逆に褒めてもらえて、なんだか嬉しかったです。自分も少しはその人の役に立てたかなって」


 ここに来た意義を感じ取れた。

 不穏なばかりではなく、誰かの助けになれるなら。


「藤芽くん、それはいけない。もうその人と会わない方がいいよ」


「え」


 彼の幼げな表情に、影が差す。

 どこか悲しそうな目をしていた。


「いずれ辛くなるかもしれない。その人と今後も関わるにせよ、ぼくらの活動とは完全に切り離した方がいい。ごめんね、変なこと言って」


「いえ」


 何か良くないことをしてしまっただろうか。

 とても良い気持ちになれたのだけど。

 

 部室の扉を開けた、その向こう側。

 異様に高い背の誰かが立っていた。

 夕焼け空に大きな影が浮かび上がる。


『Festivals』、人類の絶対庇護者たる異形存在。


 一瞬、それが現れたのかと思った。

 だけど違った。


 シャカシャカシャカ、と細かな雑音が耳をかすめる。

 それは恐らくイヤホンから流れる音声だ。

 彼の耳から零れ落ちたもののようで。

 アイドルか何かの軽やかな声が歪つに反響した。


「部長」


 それは天井から垂れ下がる縄で首を吊る、岩永部長の姿だった。

 夕暮れに染まる、その姿。

 手には桜があしらわれたハンカチが握りしめられていた。

ライター部の内情はここから一気に明かされていきます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、広告下の評価(★★★★★)よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ