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第五話 それはまるでヒロインとの和やかな日常

 食堂は無料、とはいかなかった。


 この学校は生徒全員にポイントが配布されている。

 現金は使えない。

 支給されている端末を開く。

「清掃の協力」「落とし主に遺失物を渡す」「生活保障金」で約十万円が入っていた。


 その数字に、途方もなく安心感を覚える。

 事前にお金に関するルールは調べていた。

 生徒に配布される一定の支給額。

 奉仕、あるいは報奨金。

 銀行取引でも使えるらしい。

 

 清掃活動はゴミ箱のAIによる認識だろう。

 遺失物は、律儀にも落とし主が報告してくれたのかもしれない。

 華やかな髪を持つ、同世代の女生徒。

 自分には恐らく二度と縁のない相手だろうと思う。

 

 オレは最低限の額だけを使用することにした。

 メニューはどれも、それなりの額だ。

 一般的な食堂などより若干安い程度。


 少し考えて、校内にあるコンビニに入る。

 白米おにぎりと缶詰の魚が合わせて二五〇円ほどで購入できた。

 単品で一番安いうどんが三百円ほど。わずかと言えばわずかな差。

 でも、腹持ちを考えるとこれが今は妥当だ。


 食堂で缶詰はさすがに少し抵抗があった。

 仕方がないので、人気のなさそうな場所へと移動する。


 部室に戻ってもいいが、食べ物を持ち込み可能か聞いていなかった。

 まだ初対面の人ばかりだから、少し気後れもする。


 外で弁当やパンなどを食べている生徒も散見する。

 人気のないところへと自然と足が進む。

 

 無人の腰を下ろせそうなところを見つけ、もそもそと食べ始める。

 不味くはないが、満足するようなものでもない。


 早く済ませてしまってもいいが、空腹を抑えるためにはしっかり咀嚼する。

 朝で買った麦茶の残りを飲むと、ひと心地つく。

 せめて温かい飲み物があればと思う。

 

 学校に来るに当たって実家の水道も電気も完全に止めてしまった。

 それだけで、あらゆることにお金がかかる。

 十分に考える余裕も何もなかった。

 

 学校関係者の人に細かいことを任せて、ただ身一つで来た。

 寮で料理などは出来るだろうか。不安の極みだ。


 先ほどまでの仕事を反芻した。

 作者さんを褒めて讃えるレビューか。


 レコメンド。アドマイラー。

 難しいな、と思う。


 わざとらしくならないとか、書き方もまだ全然だ。

 ただ一つだけ、この学校では漫画を描く人を馬鹿にしたりはしないんだ。

 丁重すぎる気はしたが、だから逆にいい。


 そこだけは、そこだけは酷く安心した。

 オレも、ちゃんと言葉を選んで讃えよう。


「あれ、朝の親切さん!」


 急に声を掛けられて、軽くむせる。


「ごほっ、えっとあなたは」


「お名前言ってませんでしたっけ? わたしは琥里きららって言います」


 IDカードをわざわざ見せてくれる。


 確か、朝の落とし物の人か。

 可愛らしい名前だ。姿に異様にマッチしている。

 二次元キャラクターのような人だな、と感じた。


「藤芽春臣です」


「カッコいい名前だね」


「気に入ってます。琥里さんもとても綺麗なお名前ですね」


 きらら、綺羅星。沙汰んちゃんの言葉を思い出す。


「えへへ。褒めてくれてありがとう」


 はにかむように微笑む。

 花がほころぶような愛らしさがあった。

 陰鬱な部室の雰囲気とは真逆だ。


「すいません。お食事中でした?」


「もうすぐ食べ終わるところです。琥里さんは?」


「私もこれから。良ければ、ご一緒していいですか?」


「どうぞ。オレの家じゃないので」


 手にしていたビニール袋から缶詰の焼き鳥と鮭おにぎりを取り出している。


「こんな感じだから、食堂はちょっと使いづらくて」


「節約ですか」


「藤芽くんも、ですか?」


「金欠なもので」


 似たようなことを考える人は居るものだ。

 勤労学生と言えば似たようなものかもしれない。

 誰でも余裕があるわけではないのだ。


「お友達は?」


「みすずちゃんは食堂です。他のクラスの子なので、今回は遠慮しました」


 弁当ならともかく、いかにもな節約飯。

 知り合いの少ない場だと気を遣うだろう。

 我が道を貫くにも人目を気にしないといけない。


「菓子パンでもいいんだけど、甘いのは眠くなりません?」


「そうですね。塩っ気が欲しくて」


 雑談などに興じる。

 お互いに初対面に近いが、自然とやり取りは出来ていた。

 雰囲気が妙に柔らかい。

 おおらかで話しやすい人だと感じる。


「琥里さんは漫画家さんなんですね。それじゃあ作家先生だ」


「まだ卵かヒヨコですね。藤芽くんはどの学科の生徒さんですか?」


「WEBライター学科です。まだ初日なのでよくわかりませんが、色々書いたりですね」


 当たり障りのない説明を心がける。

 ぼろが出ないか心配だったが、琥里きららは特に気にしていない様子だ。


「いいなー。私はまだ座学からです。早く絵を描きたいのに」


「近道なのか遠回りなのか。雛の内は何かと大変ですよね」


「ぴよぴよですからね。入学前に提出した漫画も酷評でした。視野が狭いとか自己満足に浸り過ぎているとか。ギリギリ合格点だって」


 両腕を組み、納得いかない風な表情を浮かべる。


「いいじゃないですか、好きなもの描いてもね」


「やる気がなくなる言葉は嫌ですよね。やはり褒めてもらいたい?」


 己の活動のことを思い出し、聞いてみる。


「そりゃもう。でも酷評されようが褒められようが私が描く漫画は変わらないです」


 グッとこぶしを握ってみせる。

  

「いつでもどこでだって、自分の一番理想とする物語を描きますから」


 その言葉は生き生きとした自信を感じさせてくれる。

 堂々として良いな、と思う。

 さすが漫画家さん。

 身近な人を思い起こさせて、何だか気持ちが少し和んだ。


「どんな作品を描かれてるんですか?」


 気になってに聞いてみる。

 新入生の作品の中に恐らく彼女の著作もある。


「うー、えっと。それはですね」


 急にしどろもどろになる。

 先ほどまでの自信はいずこ。


「漫画を読んでもらうのはいいんですけど、まだ心の準備が」


 両手で顔を覆い、葛藤を滲ませるように言う。


「嫌なら無理にとは」


 例えば、ラブコメや恋愛ものだろうか。

 初対面に近い男にいきなり読まれるのは抵抗もあるだろう。


「読んで欲しいですけど、また今度でいいですか。あと、お手柔らかにお願いします」


「悪く言ったりなんてしませんよ、絶対」


「本当言うとね、やっぱり酷評されるとずっとくよくよしちゃうので」


 誰だってそれはそうだろう。

 心に柔らかい部分を持つからこそ、気持ちを強く持つのだ。


「オレは絵が下手なので、漫画を描かれるだけですごく憧れます」


「ライターさんもすごいです。私は文章が得意じゃないので。台詞のない漫画を描くことが多いんです」


 片方の手で小さく自分の頭を小突く。


「だからか、無駄に難解と言われることもあります」


 どこか愛らしさを振りまく仕草。

 子どもっぽさが強いので、微笑ましい。


「いいじゃないですか。やっぱり漫画は絵が良くなくちゃ」


「でも面白い漫画はラフでも良いですからね」


 よく知らない女子相手でも、それなりに会話が弾む。

 やっぱり漫画の話はいいな。 


 ライター部の人とも緊張せずに話せたし。

 漫画に関連する仕事に就けたのはとても良いことだったかもしれない。


「そろそろ昼飯終わりだよゴラァー!! by皆のアイドル沙汰んちゃんでした♪」


 騒がしいアナウンスが聞こえて来た。そろそろお開きだ。


「それじゃあ藤芽くん。お互い頑張りましょう」


 彼女は手を差し出してきた。

 断ると申し訳ないので、握手を交わす。

 少し緊張する。


「はい、琥里先生」


 敢えてそう言った。


「え、へへ。こそばゆいなぁ、じゃあ藤芽先生?」


「オレは作家さんじゃありませんから。ただの藤芽です」


 金を貰って記事を書くライター。

 そう言えば、何やら一端の仕事をしているようだった。


「でも私たちはみんな綺羅星だって、あの悪魔の子も言ってましたし」


「あのフレーズ、決め台詞なんですかね」


「確か『Festivals』様の名言の引用ですねー。初めて出会った人類の子に君たちは綺羅星のようだって言う奴です」


「そういえばそんなのもありましたね」


 でも、沙汰んちゃんの言う綺羅星の中に、多分オレは入っていない。

 特別枠で入学を許された勤労学生。


 クリエイターを育成する学校。

 その中で、ただ必要とされた責務を果たすだけの存在。

 ライターの仕事も立派なことだとは思う。

 ただ、作為的なオススメというのは何となく、後ろめたい気はした。

 

 書評やPR・宣伝など同様の仕事はあるだろう。

 しかし「讃える」とは。

 アドマイラー、称賛と崇拝を行う者。

 様々な雑念が浮かび、不安も生じる。

 

 これ、悪い事じゃないよな。

 

 プロの商売ではない。

 あくまでもアマチュアの学生の活動だ。

 でも、報酬が発生する。

 

 この学校でも創作者には月間報酬が支払われる。

 未成年者の創作活動の推奨、一時は義務化。

 

 創作革命後の法律で、多くを許すようになった。

 ある程度以上の無理が利く、そのはずだ。


 溜め息を吐き、頭を切り替える。

 さっきのやり取り、楽しかったな。

 

 まるで物語のワンシーンのような朗らかのひととき。

 気持ちが安らいだ。

 親密になりたいとか、そんなこと考える余裕はない。

 でも、素敵な人だったな。

 

 人間として好ましく感じる。

 優しくて、穏やかで、元気で。

 何だろうな。物語の主人公のような人だ。

 

 記憶のある大事な誰かを思い出した。


 部室に戻ると、先ほどの温く柔い空気が吹き飛ぶ騒ぎが起こっていた。

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