第三話 謎の部活のお仕事あるいは自覚無き地獄への入り口
「では活動頑張ろう! 張り切ろう! レコメしよ!」
沙汰んちゃんはそう言うと、姿を消してしまう。
「それで、一体何をすればいいんでしょう」
「指導は主にぼくが担当します」
友安さんが手を挙げ、こちらに近づいて来る。
オレも小柄だが、やはりより幼く感じる容姿だ。
フェス様が叶えてくれる何か、とされることもある。
「レビューと言っても、担当は漫画のみ。ファン目線での感想が主体」
「アニメや、ゲームや小説はないんですか?」
来る前に資料は読んだ。
この高校には複数の学科がある。
漫画・小説・アニメ・音楽・演劇・ゲーム製作と色々だ。
完全に創作者特化で普通科は存在しない。
オレは建前としてはWEBライター科所属。
一応高校卒業資格も貰えるらしい。まさに破格の待遇だ。
「なにせ作品数が膨大で。色々あって、今は漫画だけ」
「色々とは?」
「それはおいおい。まずは漫画を読んでもらう」
岩永部長が横から口を挟み、やや強引に話をまとめた。
「そっちに君の机がある。専用サイトがあるから端末からも読めるようにした方がいいね」
友安さんに言われて席に就く。
用意された自分のデスク。何だか大人の世界だ。
真正面には篠崎さんが座っている。
にっこりと微笑まれて、慌てて視線を逸らす。
パソコンと携帯端末を開き、あれこれ細かい設定をしていく。
作業は主にパソコンから行うらしい。閲覧のみ端末でも可能。
一覧が表示され、「ようこそ、藤芽春臣くん」と沙汰んちゃんのマスコットが迎えてくれた。ちなみにもう一体、別のマスコットも居る。
ショートヘアで、悪魔な聖職者といったデザイン。
「私は罪禍魔母んです。よろしく、春臣くん」
画面のテキストで妙に親し気に話しかけられた。
しかもボイス付き。
細かいし、妙に遊びが利いている。
サタンとマモンは、どちらも悪魔だったか。
「指示に従って、進めてみて」
友安さんに言われるままに、画面をクリックしていく。
「まずは、あなたの推したい作家さんを選んでね☆」
ミニ沙汰んちゃんが言う。
漫画の一覧がぶわっと表示される。
続いて二つ作品がトップに表示された。
「これは綺羅星枠。ただのオススメですので、お気になさらずに」
魔母んちゃんがそんなことを教えてくれる。
いくつかの説明文が一気に表示された。
「読んで面白ければ感想を書いてね。合わなければスルーで☆」
そんな風に言われる。
「どんなのが出る?」
友安さんが声を掛けてくる。
「えっと、綺羅星枠という作品が出ます」
「去年と同じだね。他には?」
「第一のルール。必ずライター部全体で漫画学科の三学年×ランキング上位十名(合計三十名)のレビューを書くこと。誰か一人でも、一つ記事を書けば良し」
「うん。例のアレだね。細かいことは後で説明するよ」
「一年生のランキングは数日内に決定されます。それまではご自由にどうぞ、と」
説明が終わると、漫画一覧が表示される。
学年ごとに区分けされているらしい。
「藤芽くんは当面一年生を担当してもらえる?」
「はい。この、綺羅星枠という作品から書けばいいのでしょうか」
「そこは、書きたいか否かで決めるしかない」
友安さんは困ったような表情を浮かべて、続ける。
「ランキングが出たらそれ優先。他は出来る範囲で」
「綺羅星枠は?」
「結果次第。これは学校側の推薦。優秀かつ、色々計画されてる人だね」
最上位に表示されている二作品。
揚羽陽、猫家みかんという作家さん達だ。
きらきらの星が表示されている。
あまたの作品の中から、選ばれるように。
「ノルマ以外は、ぼくらの自由に委ねられている。好みで、決めるしかない」
彼は何かためいがちに言う。
「百作品、これを全部?」
一覧が数の表示と共にずらっと並んでいる。
しかも新入生の分だけ。全体だとこれ以上ということになる。
「さすがに全部目を通せとは言わない。最初はなるべく純粋に選ぶべきだよ」
「好きなものでいいんですか?」
「今はね。ランキング作品が決まり次第、そちらを優先する。それがぼくらの決まり事」
念を押すような物言いだ。ともあれ候補を絞っていく。
表紙のイラストだけでも相当にレベルが高い。
個性的だったり、わざと崩しているような絵はあるが、これは意図的な画風だろう。プロの漫画に比べれば若干描き込みの甘さのようなものを感じる程度だ。
これ全部、生徒の作品。
つまりまだ広く世に出ていない。
友安さんは右隣の席に座る。
彼の身長に合わせてか、高さが調節されている椅子だ。
左手は竹平さんだが、「別室で作業しますので」とそそくさと去った。
「藤芽くんが好きなジャンルは?」
友安さんから聞かれる。
「バトルものや、日常コメディです」
「そっか。ぼくはラブコメや恋愛系が好き」
「それもいいですね。面白い漫画は何でも好きですよ」
「ぼくもだ」
和やかな会話ではあるが、友安さんの笑みには少し疲れが滲んでいる。
言われるままに候補を絞り、絵の好みなどで選んでいく。
ランダムに選んだものをお気に入りにした。
まずは綺羅星枠、という作品から目を通していく。
いずれも読み切りの一話完結の物語だ。
独自性のある世界観にテンポの良さ。
魅力的な登場人物に、ストーリー展開の妙、意外性。
若々しさと面白さが詰まった作品ばかりだった。
とにかくバラエティ豊かで、熱量が高い。
「すごいですね。これが全部一年生?」
友安さんに聞く。
「ここは国内で五指の有名校。厳しい入学試験や審査を乗り越えてやって来た猛者ばかりだよ」
「つまり、ここが次世代の作家さんの最前線?」
「それは姉妹校の創暁の方かな。創青もすごい人多いけどね。ヒヨコズの鶏野先生とか」
創暁天地院高校。ヒヨコズ。
多少モヤモヤする想いがあった。
細かい葛藤は振り切る。今は関係ない。
しばらくの間は、黙って読み進めた。
ページ数も多く、力作ぞろいで時間が瞬く間に溶けていく。
とりあえずある程度読み終えてから、友安さんに声を掛ける。
「作品を選びました」
「うん。それじゃあ細かいことを説明するね」
「はい」
「まず最低でも記事は二千文字以上。独自ページを持つ記事形式。書ける? そもそもレビューって書いたことあるかな」
「えっと、配信サイトの短い感想程度なら」
レビューと言うともう少し短いものを想像していた。
しっかりとした記事としてまとめるなら、なるほどライター部と言われるわけだ。
「上等。まずは記事作成から」
マイページから言われた通りに新規記事作成を行う。
オーソドックスなブログの投稿に近い仕様だ。
文字の拡大や修飾、タグなどもそれに準じた形式になっている。
作品タイトルを選択し、準備を終える。
揚羽陽、という作者さんの冒険漫画だ。
崩壊した世界から這い上がり、天上と呼ばれる世界へ旅するストーリー。
話の流れは王道であり、技巧に満ちた力作だ。
選んだ理由は綺羅星枠だから。
加えて、名前に少し惹かれた。
大好きな人と一文字だけ読みが同じだ。
「ここに記事の一例がある。オーソドックスな基本形」
ファイルを渡される。
開くと印刷されたコピー用紙に例が掲載されていた。
最初に奇妙な一文がある。
「ライター部の活動については、全て学校側の指示によるものである。創作活動における試みについての法律を参照。あらゆる責任は学校運営に課される。ただし作家のメンタルおよびペナルティには留意すべき。くれぐれも、秩序を乱す言葉には注意せよ」
何だかよくわからない。
友安さんに「そこはまた後で」と先を促される。
次のページを開くと記事のサンプルがあった。
作品紹介ブログなど、一般的なそれに近い図だ。
「最初は見出しを付けて、全体の構成を作っておく」
操作方法に複雑なところは特にない。
目次となる見出しにあらすじ、作者名などを打ち込んでいく。
参考に基づき、いくつかの区分で見出しを仮に付ける。
前置き、基本情報、作品紹介。
ストーリーの要約、個人的な印象。
絵や物語の特徴や魅力、考察、感想など。
「これを順番に書いていけばいいんですね?」
「うん、最初はシンプルで大丈夫。あと、注意事項もいくつか」
「それはどのような?」
「重要なネタバレは厳禁。ほどほどのネタバレでも注意マークを入れてね」
「なるほど」
「また全般を通して著作権と作者さん感情には十分配慮すること」
先ほどのファイルの中にも似た記述があったな。
作者さんの発言やあらすじなどが個別ページに記載されている。
画像・作中の台詞なども含め、必ず「引用」という形で特定のタグを使用とのこと。引用の条件としては内容を変えてはいけない、引用元を明記など、著作権上の注意事項と共に資料に細かく記されている。
なるほど、これが事実上のマニュアルだ。
戸惑いつつも、読んだ漫画の内容を元に順番に書き進めていく。
サイトの仕様として字数がカウントされている。
申請ボタンが現状では灰色で押せない。
つまり規定文字数まで投稿は出来ないという仕様。
二千文字と言うのは二・三分で読み終えるテキスト量。
「読みやすい平均文字数の一般的な数字」と資料に記載されている。
つまりそれが基準だ。
ざっと進めていくと、それらしい記事にはなる。
基本的な紹介部分と引用部分、言うなれば序盤は終わった。
引用・見出しは文字数に含まれない。
問題は作品の良さや感想を述べるパートだ。
ある意味、ここからが本題と言える。
不意に朝出会った少女の顔が頭に浮かぶ。
漫画学科の新入生。きらきらの髪の少女。
その作品の可能性がある。
彼女を目の前にするようにして、挑むことにした。