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終末のアドマイラー~ファン失格だけど、綺羅星のあなたを讃えてもいいですか?~  作者: 鈴林きりん/幻想神意博物館
第二章 ラスボス異形おじさんと君の創作ディストピア

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二十二話 悩める綺羅星と、ラスボス異形おじさんの襲来

 今日も三人で同じテーブルを囲む。

 食後のお喋りも最近は定番になりつつある。


「もうちょっと報酬が欲しいなぁ。欲しい物ってどんどん増えるよね。あと少しで手が届きそう、って思うからたまにぐらつくときがあるの」 


 琥里先生はどこか夢見るような目で呟く。


「何か必要な道具でも?」


 それとなく彼女の懐事情を窺う。


「お道具もだし、資料も欲しい。上級生の先輩たちの、インタビュー見ちゃったんだ。これでもかと山ほどの資料や最新の機材もあってね。部屋をすごく改造して、まるで美術館みたいになってるの」


 やはり、漫画用の道具や機材、資料などを揃えるためらしい。

 最低限はもちろんあるけれど、それ以上が欲しいのだそうだ。


「たくさん揃えて、自分の身の回りを素敵な色で満たしたい」


 どこか口ずさむように彼女は言葉を紡ぐ。

 ふんわりと淡い光が散る。彼女のギフトヘアが放つ輝き。


「そしたら、もっと素敵な創造が育める気がするんだ。私の、理想の物語」


 精神的な感情に合わせて揺らめく魔法のごとき現象。

 彼女の心の内で起こる複雑な感情の揺らぎ、と言えるかもしれない。


「食費とかをもう少し抑えられたらなぁ、って時々考えちゃう」


 若干、危うい一言をこぼす。


「きらら、その考えは深みにはまるよ。身の丈に合わせないと」


 みすずさんは静かに諭す。


「オレも、食費や生活費は切り詰めちゃいけないところだと思います」


「そうだよね。でもちょっと我慢すれば、って思っちゃう。もっとお金があればなぁ」


 ランキングの十位以内から早くも脱落した彼女。

 最初が良かったからこそ、歯がゆいものがあるのかもしれない。

 頑張っても頑張っても、結果が結びつくとは限らない。

 琥里先生だけではなく、みすずさんもそうだろう。


 やはり感じるのは自分がいかに場違いかと言うことだ。


「どうしたの、ハルくん? ちょっとお疲れ様ですか」


 物思いにふけっていると、琥里先生に心配されてしまった。


「いえ、世の中難しいな、と思って。自分でコントロールできないことばかり、だなと」


「そうだね。だからこそ、純粋な善意で応援していただくことの凄さがわかる。レビューを書いていただけることの尊さがわかる」


 とても柔らかく、煌めくような瞳に吸い込まれそうになる。


「綺羅星さんには本当に、ありがとうとしか言えないね」


 彼女の美しい創造で形作られた世界。

 その片隅に何故かいる自分。

 稼いだ報酬が日々降り積もっていく。


 言えるわけがない。

 目の前で、食費を切り詰めようと悩む彼女に。


 あなたの漫画でこんなに稼がせてもらいました、なんて。

 

 作業の合間に、先輩達に相談した。

 わかっていたはずなのに、わかっていなかった。

 時を追うごとに息苦しくなる現状。


「とても後ろめたく感じます。あんなに無邪気に喜ばれているのに、お金のためにやってるだなんて」


「そうだね。だから近づかない方がいいんだよ」


 幼い顔の先輩は穏やかな口調で言う。


「友安さんのおっしゃった通りでした。何より、悪いことしてるような気になる」


「そんなものだよ。それが普通だ。ぼくらも少なからず経験はある。でもこれは仕事だし、嫌でもやるしかない。それ自体は悪いことじゃない。要は良心の呵責の問題」


「きついです、本当に」


「だからさ、作者さんとは近づかないようにするしかない。疎遠にするのも難しいなら、やんわり距離を置く。重要なことには関わらない。でないと」


 深みに落ちる。

 空虚な気持ちがじんわりと首のあたりにのしかかった。

 

「もし、これを辞めたらどうなるんでしょう」


 つい弱音を吐いてしまった。


「何も変わらないよ」


 ミニ先輩が淡々と言う。


「君は単に学校から離れ、あらゆる援助は打ち切られる。そして、代わりの人間が補充される」


 まとめれば、それだけのこと。

 冷たくも、現実を教えてくれた。


「ただ、オレが困るだけですね」


 うつむいて、自分の手を見つめた。

 借金返済が滞り、より厳しい生活苦に落ちる。

 肉体労働や、それ以外の何かを探すしかない。

 己が思う以上に、取りうる選択肢は限られていた。


「そうだよ。だから何も考えずにやるしかないの」


 篠崎さんもまた、気遣うように言ってくれた。

 誰もが通る道であるかのように、ただ言葉を重ねる。


「あなたがやらなくても別の誰かがやるだけ。悩むのも、迷うのも悪い事じゃない。でも、自分の大事なことだけは見失わないようにね」


 先輩達は揺れるオレを責めるでもなく、強く諭すでもない。

 そっと手を差し伸べ、どこへ行けば良いかを教えてくれるようだ。


 自分の矜持と現実。己の正しさと生活の苦しさ。

 あらゆる葛藤を、秤にかける。

 結局のところ、己の中にだけある問題と言えた。


 『彼』に出会ったのはそんな迷いの日々のさなかだった。


 帰宅途中の、一人きりの宵の口。

 人気のない公園に通りがかる。

 

 なんだ?

 足元から這い寄る何かの気配。小刻みな振動。

 これは、どこから聞こえてくる音だろう。

 不穏で壮大な音楽がどこからか聞こえてくる。

 

 突然周囲に影が浮かび上がった。

 突然四方八方を影のようなものが広がり、包み込む。

 影の形は木々のように、そこは森へと転じていく。

 まるで森林が早回しで育っていくように、オレの世界を伸びやかに覆い尽くしていく。


 なんだこれ、なんだ。


「こんにちは。良い日暮れだね」


 落ち着いた壮年男性を思わせる声音だ。


 頭にシルクハットを被り、黒い短髪。尖った耳。

 タキシードの上にゆったりしたコートを着込み、全長はおよそ三メートルは超えていた。のっぺりとした顔の右目には十字印。左目には数字の6を渦巻き状にしたようなマークが浮かぶ。

 背中には影を溶かしたように揺れる翼が生えている。

 まさにフリークスな御姿。


「ふぇ、Festivals様?」


「はい、そうだね。人類大好き、娯楽を求めて幾星霜。地球を外敵から守ってあげちゃう気まぐれ退屈旅行者のFestivalsさんです。以後お見知りおきを。本日のゲストのお名前は?」


「オ、オレは」


 彼らは世界のどこにでもいて、常に隠れている。

 時折現れては、様々なメディアに「読了済み」「視聴済み」「巡回済み」に相当する印を残していく。人類では不可能なあまたのシステムへの強制的な介入。人類の科学技術を軽く赤子の手をひねるように掌握・支配し、あらゆる人類に「それ以外ない」と言わしめる。

 

 例えば彼らが「選んだ」漫画は大量生産された単行本や掲載誌の全てに一斉に輝くマークが浮かぶようになる。動画配信ならばその提供などに浮かぶ。


 超次元の異能を持つ存在。

 彼らの存在失くして世界の平和は保てない。


「藤芽春臣くんだね。春くんって呼んでもいいかい?」


 彼らに隠し事はできない。

 言葉にせずとも、全てを読まれてしまうからだ。

 

 あまりに気さくに、瞬く間に距離を詰めていく。


 時折、様々なコメントを残して人類に一定の方針と傾向を与える。

 

 人類の前に現れるのも、また娯楽。

 複雑怪奇な情報を食らう紳士的な生き物。

 怖くないよ、楽しいよ。人類のお友達だよ。

 そんな風に嘯くこともある、偉大な超越者様。


 とりあえず、出会ったらちゃんと挨拶しましょう。


「こんばんは。いつもありがとうございます」


 混乱したオレは、そんなことを言って頭を下げるしかなかった。


 世界を守る、絶対庇護者。

 正体はいまだ謎に包まれている。

 とりあえず味方なのは間違いない。

 

 決して去られてはいけない、機嫌を害してはいけない存在。

 彼らに遭遇することがあれば、決して失礼なことはしてはいけない。小さな子どもにも固く教えられる、世界の常識だった。


「久しぶりに誰かとお話したいな、って思ってたら悩める青少年を見つけました」


「はい、どうもすいません悩んでて」


 鴉のような翼や漆黒をベースにした御姿。

 クロウズ系統のデザインに一致していた。

 カラスをモチーフにしたFestivals様の最大手。

 黎明期に降臨した中で、特に主流と言われる勢力。


「堅物真面目な優等生を絵に描いたようなちみっこい男前だね。何をお悩みですか? 先生に教えてごらんなさい。オラ、言ってみろ、お前がやったんだろ!」


 突然机が出現し、ドンとFestivals様が拳で叩く。


「オレがやりました!」


 反射的に謎の自供をしてしまう。


「流されちゃダメ。流されちゃダメだ流されちゃダメだ。もっと毅然として話をしなくては。もしも不興を買ったら人類が見放されてしまうかもしれない! そしたら地球滅亡だ!」


 早口言葉のようにまくしたててくる。

 背後にはいつの間にか小さなFestivals様たちがちょこちょこ踊っていた。

 

 顔だけクロウズ様で身体は鴉のマスコット。

 姦しく騒ぎ立てる。

 

 「滅亡だ!」「滅亡だ!」「別に救ってないけどね!」「そんなことないだろツンデレか!」「あ、あんたのことなんて滅ぼしたいくらい好きなんじゃないからね!」「下手くそか!」「ちょっと古すぎね!」「ブームって去っては戻ってまた去るものだよね!」「結局去るんかい!」とやかましく騒ぎ立てる。


 そのテンションに流されるしかない。


「ごめんなさい、オレが悪かったです、許してください」

 

 思考が乱れて口が適当な返事を紡いでしまう。

 何が何だかわからない。


「流されやすいね君は。冗談はともかくとして、少しおじさんとお話しよう。お菓子もあるよ」


 手からじゃらじゃらと大量の駄菓子が零れ落ちる。


「あ、はい。どうもあり」


「知らない人からお菓子を貰っちゃいけないってお母さんいつも言ってるでしょ!」


 ビクッと震える。

 急に大声を出してくる異形なる御方。

 駄菓子は無数の鴉になって飛んで行ってしまった。

 もう、帰りたい。


「はー、怯える子を脅かすのは普通につまんないぜ。もっと楽し気リアクションをしてもらわないと、ただの怪しい不審者が子どもに絡んでる図でしょ?」


 でっかい椅子に腰を下ろすフェス様。


「ポイント稼ぎに理解ある辻斬りお悩み相談行ってみよー。ねぇねぇ君は何をお悩みなの? ちょっとでいいからこの怪しいおじさんに教えて教えて」


 急に彼の身体はしゅるしゅると影のごとく伸びていき、オレの身体に絡みついて来る。冷たくも温かくもない初めて味わう感触だ。でも、不思議な落ち着きを感じた。


「えっと、えっと、オレ実は今すごく変な仕事をしていて」


 何故か気付くと机越しにFestivals様に全てを打ち明けていた。

 周囲は暗い森の絵の描かれた取調室のようになっていた。

 本当に犯人になってしまったようだ。

 刑事ドラマにお約束なレトロなスタイルになっている。


 借金返済のためにライター部で働いていること。

 面識のある漫画家さんの作品のレビューを書いていること。

 下手に関わってしまったことで、後ろめたさや申し訳なさを感じていること。

 胸の内をあらいざらい話してしまう。


「はぁぁ、初対面を装った謎の異生物に良く話したものだ。お前は自分のやったことが恥ずかしいと思ってはいないのか!」


 ドン、と机を拳で叩く。


「思ってます。お金のためにあの人を利用してるようで、申し訳がなくて」


 今度は裁判所風に周りが変わっている。

 被告は当然オレだ。


「有罪。被告に今日の反省文を書いては破り捨てて燃やす刑に処す。懲役0.1秒」


「その早さだと、何にもできません」


「嘘だろ人類遅すぎね! 僕らならほらこんなにいっぱい書いては破り書いては破り、ぎゃぁぁぁ燃える燃える、おのれ人類謀ったな!!」


 あまりに高速なので何をやっているか意味不明。

 彼は気が付くと燃え上がっていた。


「いつも世話してやってる恩も忘れてこんな、こんな、こんなぁ、うわわわああああああああ!!! おぎゃあああああ!!! 茶番の尺が長いでしょォォ!!」


「ごめんなさい。なんだかわからないけどごめんなさい」


「いやいやこれロールプレイだから。ごっこ遊びだから、そんなに泣きそうな顔しなくていいからね。おじさんが悪かったよ」


 彼が指を鳴らすと、手品のように炎は消えた。

 周囲は森に戻り、オレはいつの間にか椅子に座ってテーブル越しに彼と向かい合っていた。


「ちょっと緊張をほぐそうと思って遊んでみたんだけど、逆効果だったみたいだね」


「い、いえ」


 何が何だかわからないので緊張どころではないが。


「良くなかったね。良くなかっただろ? はぁぁぁ、本当にフェスの奴ってば、いつもふざけるんだから、もうっ、僕なんか僕なんか、居なくなっちゃえばいいんだ!」


 突然彼の翼が触手上の影隣、ぶっとい筋肉隆々の拳を作る。

 自分の頬を殴るFestivals様。

 頭部がひしゃげ、顔の部分が陥没していた。

 もうついていけない。


「良い一撃だった。まぁそれはさておきなんだけどね。いてぇぇぇ、マジいって、なにこれいって、致命傷でしょ? え、えええ? やべ、やべぇぇぇ。し、死ぬ。まぁ嘘ですけどね」


「は‥‥‥」


 瞬く間に元の状態に復元する。アニメか何かを見ているようだ。

 目の前で繰り広げられる珍妙なFestivals様劇場にただ固まるしかなかった。

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