二十一話 フェス様からの贈り物~ランキングの明暗と、変わりゆく関係~
新しいランキングは未確定の状態。
この期間中は、とりあえず先月の順位通りに書くのが妥当と友安さんから教わった。
ランカーは翌月も維持することが多い。結果として、自然にノルマがこなせる。
琥里先生の作品は、特にゆっくりと時間をかけて書いた。
「また書いてもらえたよ、レビュー!」
琥寺きららの二作目、高校入学後の新作。
タイトルは「白めく翼の乙女と、剥がれ落ちる鎧」だった。
主人公の少女が、不思議な異世界に飛ばされ、鎧をまとって戦う幻想怪奇譚。
最初は重厚な鎧を身にまとい、戦う内に本来の己の姿を取り戻していく。
最期に現れるのは美しく白い輝きを放つ翼の乙女。
彼女らしい、己の心情を物語へと昇華させたような、美しく荘厳な物語だった。
構図も大胆で、戦闘シーンの華麗さや読み応えのある内容だ。
けれど、彼女の新作の順位は十一位。
惜しくもランキングから陥落してしまった。
オレがレビューを書いて数日の内のことだった。
陽だまりのような彼女の笑顔が、静かに翳った。
「だから落ち込むようなことじゃないよ。私なんてせいぜい六十位内だよ。遥かに上を行ってるんだからさ」
みすずさんが少しそっけなくも優しく慰める。
「うん、そうだよね。綺羅星さんもすごく褒めてくれたもんね。えへへ」
「オレもすごく好きですよ。琥里先生の作品。今回の作品もすごかったです」
「うん、ありがとう。でも感想はダメだよー」
「すいません。つい」
琥里先生はお茶のお代わりを貰いに行く。
「生徒間レビュー禁止か。確かに本当にそうだ、これ。お互い気を遣うし、結構消耗する」
みすずさんがぽつりと呟いた。
変に相槌を打つわけにもいかず、そのまま聞き流す。
おそらくこれは独り言だ。オレは彼女と親しくない。
ペンネームも教えてもらっていない。
推測はできる。だけど、考えないようにしている。
「きららはいいな。レビュー書いてもらって。まぁ、私もその分頑張りますけどね」
彼女は気を紛らわせるように言う。
「あの子とはジャンルも違うし、いちいち気にするようなことじゃないし」
彼女の視線はオレの少し上の、宙に向いている。
みすずさんは、オレを相手にしているようで、相手にしていない。
「意識なんてする方が負けだ」
もちろん完全にではなく、やんわり無視をしている。
言葉を交わすことがあっても、それはただの壁打ちと同じなのだ。
そのことは理解しているので、ただ黙って聞く。
「あの子ってつくづく漫画の世界の住人よね。あの髪もいいよね。フェス様からのお贈り物」
これは、オレに対して向けられた言葉だ。
なので普通に答える。全く話をしてくれないわけではない。
「見事なギフトヘアですよね。輝くような美しさで」
「降臨後にアニメを見たフェス様がカラフルな髪くらい、いくらでもあげる、と言って多様な髪の色の人が生まれるようになった。程度の差もあれば、それを貰える人ばかりじゃない」
遺伝子操作ではなく人間の目にそう映るようになっただけらしい。
どういう理屈かはわからない。
まさに超越者の成せる奇跡の産物。
ちなみにオレは黒髪だし、個人差がある。
生まれつき色素の薄い人も居るし、厳密にはそれがどうかはまでわからない。
鮮やかであればあるほどに、そうであろうと見なされる。
兄もとても華やかなそれを持っていた。
特級のギフトヘア。選ばれた者の証。
まるでアニメの登場人物。
そして目を惹く人間にはそれなりの「面白さ」が求められる時代。
だけどそれが向いていなくて病む人も後を絶たない。
「私の紫がかった髪も気に入ってるけどね」
自分の髪を指先で摘まみ上げるみすずさん。
どこか夜空を思わせる深い色合いだ。
琥里きららと対照的で、まるで表と裏。
「でも、さ。いいよね」
何が、とは言わなかった。
零れ落ちるような、複雑な感情の色合いが見て取れる。
本気ではないけれど、本音かもしれない。
「ま、どうでもいいけど」
それっきり、彼女は黙り込む。
会話がしたいと言うより、彼女の呟きのようなものだろう。
お互いに距離感をわかってきたので、その辺りは上手くやれていると感じる。
オレたちはあくまでも琥里先生を挟み、居合わせてるだけの関係。
余計な感情を差し挟んではいけない。
琥里先生が戻り、また彼女を中心に小さな宇宙が回る。
「でも誰かに応援してもらえるって、すごいよね。どこに居る人なのか、どんな人かもわからないけどさ。なんの得もないのに、あんなに沢山語ってくれて、本当にありがたいよね」
オレはただ、頷くだけだ。
「プロになったらもっといっぱいレビューを貰えるのかな。えへへ、何だか楽しみ」
「私は他人の評価なんていらないなぁ。昔さ、投稿サイトにちょっと漫画をあげてたんだけど、やっぱり少し変なコメントとかもらったこともあるし、他人ってやっぱり怖いよ」
そうですね、とも、何とも言えない。
言ってはいけない。漫画家を家族に持つからこそ、踏み込んではいけない領域があることを身を持って知っているから。
オレは夜空で輝く綺羅星を眺めて、それを讃える。
友達かもしれない、でもファンだと胸を張っても言えない。
そして不意に思う、もしも今月彼女のレビューを書かなければ、どうなっただろう。やはり、そこに落ち込む理由が一つ重なったのではないかと感じる。胸の奥が静かに軋む。彼女の近くに居て、本当に良いのだろうか。




