第二話 囚人たちの群れ集う檻の中での対面
「おぅ、来たか」
ぼさぼさの白髪を後ろで縛り上げた体格の良い男子が椅子から腰を上げる。
四角いフレームの眼鏡を付けている。
疲労が刻み込まれているような、鋭い眼差し。
ほとんど年齢は変わらないだろうに、随分年上に見える。
少し海外の血が入ったような整った男っぽい顔立ち。
髪色は血筋か、ギフトヘアかはわからない。
「俺は三年の岩永文久だ。ここの部長をしている」
「藤芽春臣です。ここは部活なんですか?」
「そういう体の、隠れ蓑のようなものだ。深い意味はない」
別の男子が椅子から立ち上がる。
「ぼくは二年の友安です。一応副部長やらせてもらってます」
見た目は小学生高学年くらいの小柄な男子。
飛び級でなければ年上のはず。
外見と実年齢に開きのある人は、時々出会うことがある。
侵略者の襲来と超越者の降臨。
それらの環境変化によって生じたとされていた。
「下の名前も言えよ」
「林檎です」
岩永さんに促され、照れるように柔らかそうな頬を指で掻く。
可愛らしい名前と見た目がしっくりくる。
似合い過ぎているくらい。
短めに刈った黒髪。
無垢な笑顔が似合う、柔和な雰囲気。
制服を着ていなかったら、小学生料金で公共機関を利用できそう。
時折、そうした事例が問題提起される。
「私は篠崎です。二年の篠崎明日未」
最初に迎えてくれた彼女。やはり先輩か。
真面目そうだが親しみやすさのある空気をまとっていた。
漫画のキャラクターなら委員長や文学少女。
あまり角のない気さくな雰囲気に感じる。
「わたしは三年の唯賀美二だよ。ミニ先輩って呼んでね」
パッと見、中学生一年生くらいの少女が居た。
柔らかそうなボリュームのあるオレンジ色の髪。
両サイドでおさげにしている。
赤色のフレームの眼鏡だ。
小柄だが、表情は一定の落ち着きと貫禄を感じさせる。
「僕は二年の竹平洸之介。覚えなくていいです。モブAとでも呼んでください」
やせ型でぼさっとした髪の、どこか地味な男子だ。
青みがかった薄い緑色の、いわゆる白緑と呼ばれる色合い。
やはり眼鏡をしている。
初対面で自分を「モブ」と称する相手に会うのは初めてだ。
逆に最低限のキャラ付けになっている気がする。
「一年はオレだけですか?」
「今のところは。コール沙汰ん。早く出て来てナビしてやれよ」
岩永さんは何かのリモコンらしきものを押す。
「さたん?」
「イエーイ! 呼ばれておいでました。ボクは悪魔系ナビっ子・沙汰んちゃんです!」
空中に鮮やかなピンクレッドの髪をしたマスコットが現れた。
小さいぬいぐるみのような女の子だ。
まるでファンタジーの妖精や精霊のようにその場に浮かんでいる。
「レディ・カモン・デビルズ!」
そう叫ぶと、突然まばゆい光を放つ。
「琉詩塚沙汰ん・ヒューマニックスタイル!」
「うわっ」
発光したかと思うと、マスコットが若い少女の姿になる。
鋭い釣り目に、大きく広がる長い髪にエルフ耳。
冒険ファンタジーか魔法少女のようなドレススタイルの衣装。
いかにもアニメアニメした造形だ。
小さなハートとコウモリとタトゥーシールのようなものが髪に浮かぶ。
自慢げで挑発的な微笑みは、まさに小悪魔と言う風だ。
「ボクは超越者『Festivals』様によって創造されたAIプログラム。この学校のオペレーション業務全般を担当している」
彼女は淀みのない口調でそう告げた。
フェス様が創った存在?
「君は我が悪魔系統個体デビルズ様と契約する覚悟があるかい?」
妖しい笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べてくる。
「け、契約ですか?」
思わぬ状況に困惑する。
デビルズ様は知識として知っている。
だが本物のフェス様なんて会ったことがない。
「という設定ね。沙汰んちゃん新人さんを驚かさないの」
横から篠崎さんがツッコミを入れる。
「この子は遠隔操作されてる映像、中は人間。いわゆる創青の誇るナビっ子です」
「ナビっ子?」
「そう。フェス様の超技術をお借りしたね」
友安さんが口を挟む。
「さっきのはただのキャラ設定だから全部忘れてもいいよ」
軽く流そうとする篠崎さん。
まるで友達同士のような親しげな雰囲気。
「んだよ、ノリ悪いな明日未」
沙汰んちゃんは空中に浮かび上がる。
飛んでる。映像にしてはなんてリアル。
言われてみれば、以前テレビで観たことがあった気がする。
フェス様の恩寵、と言う奴だ。
「話を先に進めろよ」
岩永部長が口を挟む。
「コホン、では気を取り直して」
沙汰んちゃんがこちらに向き直る。
「藤芽春臣くん。ようこそ創青天上院高校へ! 君にはあるミッションを任せたい!」
混乱はしたが、とにかく気を取り直す。
「学業ではなく、あくまでも仕事になる。もちろん報酬は弾むよ」
「はい!」
何にせよ、金だ。
「漫画・小説・音楽・アニメ・ゲーム・ドラマ・映像・ファッション・グッズ・エトセトラ。様々な分野のクリエイターの原石に満ちたこの学校だが、圧倒的に不足しているものがある。それは何か!」
「まったくわかりません!」
料理人とか裏方のような仕事か?
だが、ライター部というのが肝だろう。
文章が書けることを条件に出されていた。
「素直でよろしい! 元気な若者は沙汰んちゃんだーいすきっ!」
彼女は両手の指を組み合わせ、ハートマークを作る。
指先から弾けるような輝き。映像演出だろうか。
「ありがとうございます!」
その動作を真似して大きな声で答える。
半ばやけくそである。
周りが少し噴き出す。こっちは至って真面目だ。
悪魔だろうが何だろうが、今の自分には天使のようなものだ。
「ただのファンサだから本気にしちゃダメだよ」
篠崎さんが軽く口を挟む。
もちろん、一種の口上と言うのは理解していた。
色恋などしている暇は全くない。
もはや八方ふさがり。
親戚とは絶縁状態、唯一の家族は入院中。
売れる物はあらかた売った。
金になるものがあるとすれば自分の身ひとつ。
プライドでも何でも売る。
その覚悟でここに来ていた。
「君の仕事、それはレビューを書くことだ!」
「は?」
「あるいはレコメンド。君たちWEBライター学科の子たちは、若き創作者を讃えるためにここに集められた」
「讃える?」
「そう。ここでは主に漫画家さんね」
ドキッとした。
それが自分の選ばれた理由?
「大事なのは、君の若き感性と素直な心。決して道理を見失わないようにね」
彼女は目を細めてこちらを見る。
まるで何かを憐れむような色が、感じ取れた。
すぐに視線を逸らし、周りに声を掛ける。
「さぁ、皆。今日も輝く綺羅星ちゃん達を存分に褒めたたえよう!」
漫画家は現在、最も競争が苛烈な職業。
超越者の「お気に入り」も最大規模。
目指した結果は、死屍累々。
誰もが討ち死にするように夢を諦めていく。
それでも諦めない者は、ただ戦う。
己の全てを捧げて、魂を燃やし尽くす。
娯楽を糧とする人類の絶対庇護者。
彼らを繋ぎとめるためなら、それをやるべきなのだ。
たとえ、どんな犠牲を払っても。
ある伝説的な漫画家が発したと言われるフレーズだった。