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終末のアドマイラー~ファン失格だけど、綺羅星のあなたを讃えてもいいですか?~  作者: 鈴林きりん/幻想神意博物館
第二章 ラスボス異形おじさんと君の創作ディストピア

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第十八話 雨の日の篠崎さん~それができない人も世の中にはたくさん居るんだよ ~


「それじゃあ藤芽くん、改めていいかな」


 友安さんが活動内容のおさらいをしてくれた。


「まずオレが一年生のランキング十位までを記事として書くんですね」


 一年生のランキングが確定したのだ。

 自由な執筆は一旦終了となる。


「そう。まず僕と篠崎さんが三年生を担当。二年生はミニ先輩と竹平くんが。無理なら手伝うけど、全作品担当するならその分、利益は出る。それ以外も、一年生の作品に限っては自由にしていい。それ以外については要相談」


「はい、そこは大丈夫です」


 加賀見さんの行動は、結果的に強い戒めとなる。

 何事も足並みを乱してはいけない。

 誰もが事情を抱えて、ここに居る。


「来月以降は徐々に配分を変えることになるけど、皆で折り合いをつけよう。それで大丈夫かい?」


 幼い顔の先輩は細やかな配慮をしつつ丁寧に説明してくれた。特に言うことはない。ようやく落ち着いて作業に当たれると言えた。


「はい、ありがとうございます」


「あと一番大事なこと。ランキングの上位十作品だけは毎月必ず感想を書くこと」


 友安さんは何度となくそれを強調した。

 ランキングの頂点を必ず讃えるというルール。


「誰か一人が書くだけでいい。それがぼくらの全体ノルマ。果たすべき責務」


「出来ないとどうなるんでしょう?」


「その場合はライター部全体の報酬が落ちるペナルティ。ここだけは本気で注意ね」


「気を付けます」


 お金が絡む部分を最も気を付けるのは当然か。


「あと、ライター部の活動について部員や沙汰んちゃん以外に話すのは禁止。教職員は例外だろうけど、基本的には漏らしてはダメ。ガム先生も詳細は知らされてない。もしも誰かしらに知られたら、原因となった人間の報酬が減るらしい。気を付けてね」


「はい、肝に銘じます」

 

 現在のライター部のまとめ役は友安さんだった。

 穏やかで落ち着いた彼は純粋にただやるべきことを示してくれる。

 この環境の中では何よりありがたい。


「謹慎が解ければ加賀見くんが、退院すれば岩永部長が戻ってくる。それで作業はだいぶ楽になるよ。さぁ頑張ろう。綺麗な心で讃えよう」


 二人が戻って来れば更に作業は分配され、稼ぎが減る。

 その分楽にはなるが、苦しくもなる。苦しい分だけ富む。

 なんという息苦しいルールだろうか。

 席が空けばそれだけ負担が増え、収入は増える。その逆もまたしかり。

 

 ほんの少しの調整で争い合わずに済む。

 篠崎さんが沙汰んちゃんに訴えていた言葉が胸の中に響いた。


 入って早々の事件が続いた割には、思いのほかそれからの日々は順調に過ぎた。記事の執筆が常に調子良くわけではなかったが、どうにか苦労して一つずつこなしていく。


 不思議なことに、物語を書こうと思うと筆が動かないのに、漫画の感想なら書ける。

 それはメールのやり取りなら自然と言葉が出て来るように。


「上手く書けないときは、とりあえず何でも書き出すんだよ」


 友安さんから、コツとして教わったのは「誰かに話をするよう」イメージすることだ。目の前の読者を想定し、恐らくは作品に興味を持っている人、内容を手っ取り早く知りたい人、評判が見たい人、そう言う人ならどんな内容を求めるだろうか。


 そして、作者さんが見てどう感じるかという重要な点。


 記事の三分の一は突き詰めると、情報の要約や整理。

 作品の魅力はある程度客観的に束ねられる。

 自分の気持ちを様々な装飾を施して綴っていく。

 余計なものをそぎ落とす。

 まるで彫刻でも作っているような文章を刻む感覚。

 日記と違い、一定以上の人は必ず読む可能性のあるレビュー記事。


 作品の推薦文を書くようなものだ。

 口コミと言うよりは書評に近い。

 反面、素人文章が許される自由度の高さ。


 それに一定の品質を整えて、世界へと送り出す。

 小説家志望だったこともあり、文章を書くのは好きだ。

 でも今は、物語は思うように描けない。

 まるで代わりと言わんばかりにあてがわれた仕事。


 そして、莫大な利益という、あまりにも甘美な報酬。

 恐ろしいほどに自分の状況に噛み合っている。

 まるで禁断の果実のようだった。


 なんて場所だろう、なんという仕事だろう。

 お金を稼ぎたくても年齢や学歴がそれを許してくれない、若さと言う縛り。


 非合法的な行為に手を出しているわけではない。

 危ういところはあれど、責任の所在は学校にある。

 大人の事情にまみれてはいるにせよ公式の行い。

 間接的に、生徒の応援をすると言う名目まである。


 ここは一体世界のどこなんだろう。


 世間から隔絶された部室の中。

 琥里きららの存在が不意にものすごく遠くに感じる。

 まるで夜空に浮かぶ星のように思えた。

 あの人は今、漫画を描いているのだろうか。


「頑張ってるね、藤芽くん」


 その日、部室に篠崎さんと二人だけになった。


「ありがとうございます」


 席がちょうど向かい合わせで、顔を見ながらのやり取りになる。

 紅茶を淹れるから飲まないか、とクッキーまでごちそうになった。


 篠崎明日未さんは、なんと言うか綺麗な人だ。

 艶やかな黒髪で、落ち着いた空気。

 作業時のみかけている眼鏡を外し、素顔の彼女と向き合う。


「このアップルティーとお菓子は、友安くんの差し入れ」


「そうでしたか」


 友安さんの存在はライター部における一つの要だ。

 混乱が過ぎ去った今、彼が事実上の部長と言えた。


「彼、名前の通り林檎が好きなんだ。あとはカボチャ系のお菓子とか、甘いもの好きでね」


「あぁ、確かにそんな雰囲気がありますね」


 うっかりそんなことを言ってしまう。


「可愛いよね。あ、変な意味じゃなくてね」


 言いたいことは何となくわかる。

 とても小柄で、小学生くらいの年齢に見える友安さん。

 でもしっかり年上。篠崎さんとは同世代。

 話してみると、理知的でとてもしっかりしている人だ。


「はい。オレも失礼なことは言わないように気を付けます」


「えらい。礼儀正しくていいね」


「自分では普通にしているつもりですが」


「それができない人も世の中にはたくさん居るんだよ」


 穏やかで静かな声音の篠崎さん。

 最初は厳しい部分もあったが、今はとても優しい。

 何事も、緊張ばかりの毎日なので疲れるのは当たり前だ。


「藤芽くんにとってはあまりに慌ただしい日々だったよね」


 労うように言われた。


「いえ、はい。もう何が何だかで」


「だよね。私達もそんな調子だった。本当に」


 お互いに何とも言えない笑みを交わし合う。

 くだけた態度だと、ちょっと幼げに見える。

 大人っぽいけど、可愛らしさも覗かせていた。


「文章も上手いし、呑み込みが早いね。何か本格的な勉強とかしてたの?」


「小説家になりたかったので、本を読んだり。ノートに好きな小説を一冊転記してみたり、ネットで調べたり、独学です」


 家には娯楽に関する書籍は数多くあった。

 だから資料については全く事欠くことはない。

 何よりプロの漫画家の父親が居た。

 でもすべては、数年のうちに壊れてしまった。

 今はもう、遠い話だ。


「勤勉だね。誰でもできることじゃないよ」


「でも、小説家を目指す人はそれくらいのことは普通にやっていますから」


「そうだね、何事も普通以上だろうね。だから上に行ける」


 何となく、会話が途切れた。

 外は雨が降っており、奇妙な静けさに包み込まれる。

 篠崎さんの独特の怜悧な雰囲気が、少し緊張感をもたらす。

 紅茶の匂いやクッキーの甘さ、空調が軋むわずかな音だけが耳に届く。


「おかしいと思ってる?」


「え?」


「来てすぐに、突然キレた挙句に首を吊る部長が居て、一人で暴れて勝手に自滅した先輩がいる。そして何事もなかったように目の前の仕事をする他の部員たち」


 彼女はどこか静かな眼差しのまま言う。


「不気味だね。異様だよね。夢のある高校生活とはかけ離れてるね」


「随分切り込みますね」


「ただの事実だよ。私だっておかしいと思うもの。でも、誰もこの場から逃げ出そうとも、どこかに訴えようともしないんだ。どうしてだろうね」


「それは、他に選択肢がないから」


「うん。だけど、面倒なんだよ。余計なことを考えるのが」


 割り切ったように、冷めた言葉だ。


「今残ってるメンバーはね、喧嘩するより目の前に作業に集中したいだけの人たち。怒りっぽい人たちがちょうど綺麗に抜けて、穏健派だけが残った」


「これが普段のライター部ではないと?」


「いや、去年の最初はそうでもなかった。歯車が狂うってあるよね。今は上手く噛み合ってる感じになってるけど、それもいつまで続くだろう」


「あまり脅かさないでください。次にまた誰か消えるんですか?」


 緊張をほぐそうと、軽い冗談を言う。

 だけど、全くユーモアになっていない。

 唐突に誰かが失踪してもおかしくない、妙な空気感。


「まるでデスゲームか、サスペンスだね。これ漫画の感想を書くっていうそれだけの話なのにね」


「それだけでは盛り上がらないから?」


 思い付きで口にしてみたが、的を得ていそうで嫌だな。


「そうだね。だからこその脱落式の耐久レースなのかも。心が擦り減らして、それでいつまで保つかを競い合うゲーム」


「オレは辞めませんよ。まだ来たばかりだし、何があってもこのチャンスに食らいつきます」


 最初は戸惑ったが、仕事に慣れるにつれてそうした思いが強まっていった。


「目的があるから? それとも夢でもあるのかな?」


 彼女に問われて、まっすぐ視線を返す。


「どっちもです。目的を叶えて、夢も叶えたい」


「欲張りだね、でもわかる。私もそんな感じだから」


「篠崎さんも?」


 お互いの事情は何も知らない。

 敢えて話すような空気ではなかった。


「うん。私たちもそれぞれに理由はある。だからこそ同じ立場の人の邪魔をしたいわけじゃない。お互いに、そこを大事にしていこうね」


「はい」


 それは小さな牽制のような、助け船のような気もした。

 方針を提示されれば、上手く乗れる。

 誰かに手を引かれて、暗い道を歩くような感覚だ。


 他の皆が戻って来ると、先ほどのやり取りがなかったように作業に戻る。

 こんな一日がまた来ては、過ぎていく。


 合間に、琥里きららと話をする。

 まるで子猫のように人懐っこく、彼女。


 好きな漫画の話をしたり、ちょっとした愚痴を聞いたり。

 彼女は食堂で一人になるのが落ち着かないらしい。


 たまに喫茶室にも誘われる。

 なんとなく、話し相手になっていた。


 漫画を描くと言う日常。

 最近は、みすずさんと時間が合わないことが多いらしい。


「締め切りとの戦いだからね。寂しいけど仕方ないよ」


 一か月に一度の作品提出。

 ページ数は生徒に委ねられているが、報酬に連なるランキング。

 周りの全てがライバル。

 プレッシャーもすさまじいものだろう。


 Festivals、超越者の座す世界の創作者。

 今の世の中で漫画を描くと言うことは、心と命をすりつぶすことだ。


 だからせめて、彼女達の作品をできるだけ「上手く」讃えたかった。

 入学から約一か月で、報酬は三百万円を超える。

 ミニ先輩に言った通り、ゆるやかに上昇幅は落ち着いた。

 それでも、ここまで届くのかと驚くばかりだ。


 仮にこのペースが続けば、三年で借金のかなりの額が返済できる。

 何よりも余力を貯金に回せば、それだけ余裕が生まれるのだ。

 まるで絵空事のように、現実感がなかった。


 物事がうまく運び過ぎている。それが何より、怖かった。

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