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終末のアドマイラー~ファン失格だけど、綺羅星のあなたを讃えてもいいですか?~  作者: 鈴林きりん/幻想神意博物館
第二章 ラスボス異形おじさんと君の創作ディストピア

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第十六話 ガム先生の講義と闇深な世界の裏事情

「で、小難しい話ばかりで、結局何がどういうことかと言うとだ」


 本日は講義を受けていた。

 この学校に来て初めての授業らしい授業だ。


「大昔に侵略者がどばーんと襲来!」


 ホワイトボードに怪物のような絵を描く男性教師。

 彼の名前は、善堂寺我武者羅(ぜんどうじがむしゃら)

 愛称・ガム先生。

 見た感じは、おおらかで豪放磊落な体育教師風。

 ライムグリーンとブラックのジャージ姿である。


「人類は壊滅的な被害を受けて文字通り滅亡寸前! そこへ颯爽と現れたのが未知の存在、Festivals様だ」


 ガム先生が描いたのはシルクハットを被ったマスコット風のクラゲである。何故かクマのぬいぐるみを持っており、顔には数字の6のようなマークがある。

 

 フェス様の代表と言うことらしい。エイリアンっぽいという意味では分かりやすい。テレビか何かで見た覚えのある個体だが、名前までは出てこない。


「彼らは甚大な被害を受けた人類を救い、侵略者どもを追い払った。ただ、フェス達は別に人類を善意のみで助けにきたわけではない。彼らの主目的は人類の生み出す娯楽(エンタメ)だ」


 要は宇宙人、と言うより未知の生命体。

 正体は現在に至るまで不明。

 彼ら自身が語る言葉からの類推、あるいは大まかな認識となる。


「人類が有機物を取り込み栄養とするように、彼らは他種族の生み出す娯楽を糧とする、らしい。それを生み出す人類を外敵から庇護し、一時滞在しますよ、と告げた」


 横の方にクラゲが漫画やゲームを楽しむ絵を描く。


「特に最初に訪れたフェスは人類の子どもに漫画を手渡され、それにいたく感動。綺羅星みたいだね、と讃える。この邂逅がもっともよく知られ、様々な物語のテーマにもなっている」


「で、その子はちょっと不思議な言葉を返したって奴ね」


 ミニ先輩が発言する。


「その子が何を考え、それを言ったかわからない。複数の説があるが、助けてもらうばかりで申し訳ない、という意味が有力かな。お詫びじゃないけど、人類はその後娯楽をこれでもかと作り倒した」


 いわゆる娯楽の飽和社会。砕けた調子なので聞いていて新鮮ではある。


「フェスはお返しとして、時折その姿を見せたり、光り輝くマークをあまたの娯楽に付与しはじめる。これらはざっくり『降臨』と言う現象としてくくられている」


 コミックの単行本の表紙や、動画にSNSなど。

 至るところに押印が成された世界。


 降臨によって得られる特別な評価。

 人類文化における一つのターニングポイント。

 超越者の寵愛とも言われている。


「特に印が、人類の中で最も重視されるようになったんですよね。娯楽のヒエラルキーを決める、お気に入り」


 どこか緩い空気に、オレも口を開く。

 魔法のように様々な娯楽に浮かぶきらきらのマーク。

 五つ星からハートマークなど形は多種多様。

 完全押印なるものから、不完全な半円形がある。

 それによって人類が等級を定めるのだ。 


 ガム先生は「その通り」と頷く。


「彼らにより気に入られる娯楽を重視する。考えれば、当たり前だな。だって、いつまで居てくれるかわからんし。とりあえず、彼らの好みになるべく合わせるべきとなった」


 合理的と言えば合理的な話だ。

 ただ、結果として訪れたのが競争の激化。


「人類はフェスに認められる娯楽を重視するにつれて、歪んだ部分も多々生まれたと言われる。ここみたいな闇深な学校とか作ったり、もうやりたい放題」


「そんなこと言っていいんですか?」


 学校関係者にしてはなんと言うか、軽い。

 闇深だけど、オレ自身がそうだけど。


「昔から言われてることだよ。娯楽生み出すために変なことばっかりしてるってね。でも一方で、凄まじき経済援助。それが創青天上院高校、という学校」


 学費無料、生活保障金、様々な報酬などだ。

 特にライター部のそれは破格。

 漫画家さんより遥かに上。ぶっ飛んでいる。


「個々の事情も合わさって、生徒たちも自ら望んでここへ来る。よっていつまで経ってもこの学校は無くならない、と言うわけだ。実に闇が深いね」


 直球に現状を指摘されるとむしろ清々しい。


「あ、ガム先生は皆の事情はなんも知らんからね。聞くと色々不味いらしいから言わんでいいよ」


 こちらの事情をどこまで知っているのか、配慮するように言ってくれた。知っていても知らないふりと言うところか。


「というのが、今の社会が出来たあらましでした。何か質問とかある?」


 ある男子が手を小さく挙げる。


「出来ればもっと専門的な話とかの方が聞きたいです。漫画でもアニメでも映画でもドラマでも音楽でも腐るほどやってますよね。フェス様と、人類最初の邂逅の話」


 竹平さんがやんわり苦言を呈する。


「一年生も居るからそこは仕方ない! いわゆる黎明期の話は基本中の基本。その時代があるから今こうやって生きていられるわけだし。綺羅星様様だな」


 軽い調子で答えるガム先生。


「個人的には狂気の時代の話の方が興味深いですけどね。最新の学説など教師のお立場からのご意見もお聞きしたいです」


 モブと称する彼はどこか饒舌だ。

 好きな分野なのかもしれない。

 Festivalsとの関係における様々な時代的な背景。

 言うなれば今の世界へと至る積み重ねだ。


「それはまた今度。詰め込んでも意味わからんからね。一年に合わせて順番ね」


「まるでゲームを初回からやり直すような感覚ですね」


 彼はどこか冷めた風に呟く。

 以前も似た内容の講義を聞いたのかもしれない。

 クリエイターの学校で聞く、歴史の話。

 少しだけ、楽しみではある。学校らしい空気だ。


「ぼくは先生の授業なら何でも楽しいです」


 幼い顔の先輩がやんわりと口を挟む。


「友安は良い子だなぁ~」


 緩んだ雰囲気で、ガム先生は友安さんの頭を撫でる。

 友安さんもくすぐったそうにしながらも、どこか嬉しそう。

 こうしていると小学生そのものだ。


「オレたちも授業受けられるんですね」


 ライター部の新入生にして唯一の一年生。

 藤芽春臣。ライター部員、見習い。

 まだ場に馴染み切ってはいない。


「最低限ね。たまに講義を聞く程度だけど。それより早くレビュー書きたい」


 ミニ先輩が片手で頬杖をつきながら言う。

 どこか緩んだ、形ばかりの授業。

 試験も単位もないので、意味がないと言えばない。

 少しは学校らしいところに触れて、ホッとした部分もある。


「しかし、ようやく落ち着いてきましたね」


 篠崎さんは、ぼやくように言う。


「そうだね。本当に大変な数日間だった」


 ミニ先輩も小さく溜め息を吐く。

 

 来て早々の自殺未遂者。

 無茶な記事の投稿を行い、暴走した部員。

 

 岩永部長は入院中。

 オレは知らなかったが、加賀見さんは部に現れて既に謝罪を行ったと言う。

 

 無茶をして悪かった。焦ってしまったと。


 他の部員もそれで許し、謹慎期間中はゆっくりするようにと伝えた。本当に納得しているかどうかは別として、それで手打ちとなった。


 オレに与えられた仕事は、この学校の生徒の漫画の感想記事を書くこと。レビューまたはレコメンド。

 

 結果として、巨額の報酬が得られる歪つな環境。

 部員全員が億単位の借金を背負っている。


 ガム先生の講義も終わり、部室へと一同が集まる。

 ミーティングのような打ち合わせがあった。


「岩永さん、まだ当分戻れないみたいです。身体は幸い回復して来たんだけど、精神的にまだ無理だと」


 友安さんが言う。


「岩ちゃん死ぬほど働いてきたからね。明らかに限界超えてたよ」


 同じ三年生のためか、ミニ先輩は物憂い気だ。

 竹平さんは講義とは打って変わり、肩を落とす。


「申し訳がなくて、墓があったら入りたいです」


 死んじゃうのでは、それは。

 彼はまだ岩永さんの一件を引きずっている様子だった。


「借金返済してからね」


 沈む竹平さんを、ミニ先輩が軽くいなす。

 ブラックジョークも良いところだ。

 

 業務の開始前に、オレは手を挙げて質問した。


「すいません。それで、このライター部って、オレ達の仕事ってなんなんでしょう?」


 初歩的な質問であるが、聞きそびれていた。

 機会がないまま流されていたと言える。

 

 友安さんが答える。


「漫画を讃える、お仕事だね」


 抑えるように端的にまとめた。

 答えになっているようでなっていない。


「要は借金返済のために漫画の記事を書くための集団ですよね」


 この際ストレートに言った。


「そうだよ。それ以外の何者でもない。理由を聞いてもわからないよ」


 篠崎さんはそっけなく応じる。

 どこか冷めた目で、どうでも良さそうだ。


「お金に余裕のあるお偉いさんとかが、借金苦にある子どもたちに援助してくれるっていう感じなんじゃないかな」


 実にふんわりとした認識。

 確かにそうとでも思わなければ理解不能だ。


「でも何もレビューでなくてもいいのに」


「またはレコメンド。どっちでもいいけど。特に統一されてないし。実態が多少異なるから、そう言う言い方もしてるだけ」

 

 ミニ先輩は軽く答える。


 漫画の内容を紹介し、感想を書く。

 あるいはオススメをする。

 

 最初は上手く書けたと思ったが、あとから読み返すと大したことのない文章だ。先輩たちの記事も読んだオレなどよりよほど優れた内容だが、巨額の報酬と釣り合うかと言えば疑問だ。


「何もわからないのは皆一緒だよ。学校関係の人が来て、ぼくらもスカウトされたんだ。仕事をしてみませんかってね。それで来てみたらこんな状態だった」


 友安さんは一応、筋道を立てて説明してくれた。


「誰も詳しい背景を知らない。そんな状況」


 幼い顔立ちと知性を感じる言動の落差は強い。

 あまり強い口調で迫るのも申し訳ないが、聞くことは聞かないと安心も出来ない。


「そんなことでいいんでしょうか。大いに不安です」


「わかるよ。無理やり考えるなら、レビューライターや、レコメンダー? を育てるためのカリキュラムなのかも。仕事は需要があるから発生する。壮大な先行投資の可能性もある、かもしれない」


 目を逸らしている。

 自信はなさそうだった。


「オレたちはアドマイラーと言うのでは」


 ファンや称賛・崇拝する人のことを指すらしい。

 これも実態と完全に合致しているとは言えない。

 讃えるという役割とかろうじて一致している程度だ。


「それも仮称だよ。名もなき立場を慰める仮初の称号。ライター部もそうだね。誰がこの名称を使い始めたかは知らないけど、部活ものアニメとか好きな人でも居たのかな」


 竹平さんが淡々と言う。


「稼げるんだからいいじゃない」


 ミニ先輩は気にせず目の前の作業に集中しはじめる。


「それじゃあ僕は、いつもの場所で作業します」


 竹平さんは退出して別の教室に行った。

 普段通りのルーチンワークを行うように、誰もが平然としている。


「とりあえず、はじめよう」


 友安さんが気遣うように、こちらの着席を促してくる。


「でも、漫画家さんより、報酬が多いなんて」


「それより手を動かした方がいいと思う。せっかく良い配分貰ってるんだから、それを生かさなくちゃ。あなたは何をしに来たの?」


 篠崎さんは静かに言い放つ。

 確かに、疑問をいくら抱こうともやることは変わらない。

 オレはデスクに向かい、漫画を讃えることを開始した。

 ファンとして、ではなく生きるために。

というわけで第二章に入ります。緩やかな日常を挟みつつ、「お祭り」に向けて物語は動いていきます。ご支援のほどよろしくお願いいたします。

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