第十一話 創作者を作る学校の掟と不文律~生成AIの是非と鴉のお姫様の金言~
居ても立っても居られなくなり、学校に戻る。
なんだあれ、なんだよあれ。
レコメンドは作者さんの気持ちを考えて、配慮して書くものなんじゃないのか。どうしてこんなことを許している。
あの人には読ませたくない。
変に過保護な気持ちになるのも、本当はおかしい。
批判でも酷評でもない、むしろ褒めている。
ただ、扇情的な言葉をフックにし過ぎているだけ。
本人もさほど気にせず、流すかもしれない。
でも、これはダメだと感じた。
上手く言葉に出来ないけれど。
まるで、奇妙な庇護精神。
琥里きららの幼い笑顔が浮かぶ。
それが翳ることが何より恐ろしく感じた。
彼女の明るさだけが、この学校に来て唯一の光だった。
部室を見ると明かりが点いている。
まだ誰か残っているのだろうか。
「すいません、ちょっと見て欲しいものがあるんです」
その場に加賀見さんを除く、ほぼ全員が揃っていた。
「ちょうど良かった。一同集まったところで、現状をご説明いたします」
沙汰んちゃんが棒読み気味に両手を叩く。
「加賀見くん無事BANされましたー。ぱちぱちぱち」
「え?」
友安さんも、篠崎さんも、ミニ先輩も、竹平さんも、それを無言で聞いていた。
「いやー、さすがにあれは凄かったね」
呆れたように彼女は言う。
「怒涛の全作品同時レビュー投稿。やることガチでエグいわ。テキスト系AIをフル活用して、昼夜を問わず張り付いて一日中レビューを投稿してたらしい」
「AIの使用は学校でも厳しいもんね。それが原因?」
篠崎さんが沙汰んちゃんに聞く。
「AI=悪ではないよ。権利関係や創作者倫理を逸脱するから問題なの。イラスト系のソフトにも搭載されてるし、それ無くして機能しないツールも多い。文章方面だって条件付きで使用は許可されてる」
「代わりに書かせるんじゃなくて、辞書代わりに使うとかね」
ミニ先輩が補足する。
一言でAIと言っても用途は様々。
あらゆる分野において、一切使わないのも逆に難しいレベル。至る場所で活用され、気付かないうちに使用しているかもしれない。
「使い方を限定するなら便利だよね。軽い反応や客観的な分析を求めたりさ。子ども相手の感想とかならむしろ安全に管理されたAI相手の方がいい、って親御さんも居るはず」
「この学校では認めない使い方をしたのが問題なんだよ」
沙汰んちゃんはミニ先輩にそう答える。
生成AIの使用による創作の是非。
完全排除、抑圧の動きで過去にも大きな論争にもなった。
有名な作品の著作権消失に伴っての時期的な変動。
活用か弾圧かの意見対立も激化を極めた。
ただ創作に絶対的な方針を与える超越者の降臨。
それが今の社会における一つの指針となった。
とあるフェス様が投稿した動画がある。
カラスの女王様、あるいはお姫様と呼ばれる御方だ。
彼女は柔らかく丁寧な口調で様々な疑問に答えた。
最近の論争についての、超越者側の認識。
「フェスによって考え方は多岐にわたり、娯楽に対する立ち位置も様々。これも、私自身の見解を大いに含みます」
前置きをするようにして言う。
「ただ、我らの司令塔たる本体の意向が強く絡むために、敢えてお伝えさせていただきます」
フェス様はあくまでも人類の娯楽を楽しんでるだけ。
決して何かを罰する意図はないし、全ては人類の自由。
ただ、強いて何を求めているかと言えば。
「我らは、人類自身が生み出す娯楽を強く求めています」
文字通り、創作における神的存在の鶴の一声。
そうした発言から、業界的な使用が下火になったとも言われている。
機能として補佐する分には問題はない。
ただし、大部分をAIに執筆・生成させるような娯楽は求められていない。
そのような細やかな補足が得られた。
司令塔たる存在の方針ゆえに、全個体に統一された見解。
その言葉を裏付ける根拠もある。
彼らが人類に与える偉大なる評価印。
つまりは、お気に入り。いいね。ブックマーク。
人間の関与が一定以上ないと、フェス様は反応を示さない。
彼らは何故だか巧みにそれを嗅ぎ分ける。
要は「お気に入り対象外」である。
超越者の評価を目指す以上は、一つの地雷。
上を目指す創作者ならば、積極的には利用しない。
縁起を担ぐ業界の風潮としてアナログへの回帰も一時期謳われた。
「わかってる。せいぜい補助ツールにしろってことだよね」
ミニ先輩も素直に頷く。
どちらかと言えば、オレ達に対する説明だったのだろう。
「そう。この学校においてはAIの利用は人間の補佐に限定している。だから加賀見くんの使い方はダメだ」
実にもっともなお言葉だった。
改めて何か言うまでもなく、ここは創作者の学校。
つまりフェス様の評価を強く求めている。
でもそれなら、その中で働くオレたちは何だ。
立ち位置の不明瞭さに、不安になる。
「一応聞きますが、どこまで可能かの指標は?」
竹平さんが質問する。
「本来は学科ごとにガイドラインがある。ただし、WEBライター学科には実は使用範囲の規定はない」
「え、先ほどまでの話と矛盾してません?」
オレも口を開く。
もはや、戸惑うばかりだ。
何を信じればいいのかわからなくなってくる。
「ルールとしては何故だか明記されてない。でも今回のようなケースではNGとなる。そう言うお達しがあった」
「理不尽な話ですね。執筆におけるルールの提示が全くない、と言ってもいい」
口ではそう言いつつも、竹平さんはどこか冷静だ。
影の薄い人だと思っていたが、口調は何故か明瞭。
「でも引用などの使い方は資料で教わりましたが」
オレは資料の中身を思い出しながら言う。
記事の執筆の上で良くないことなどが記されていた。
「あれは、先輩たちが任意で作ったマニュアル。これは不味かろうってのをまとめただけなんだ」
友安さんが教えてくれた。
それもおかしな話ではあった。
「理不尽なのはそう。ルールの提示に不備がある」
沙汰んちゃんは言い訳もせずにう述べ立てる。
「でもこの学科は特別な場所なの。わかるよね」
有無を言わせぬ口調だ。
異常で異様な報酬額。確かに、まともではない。
「骨身に沁みてる」
ミニ先輩が答える。
どこか渇いた口調だ。
「偉い人がダメと言えばダメ。それが絶対の不文律」
友安さんもまた、物分かり良く頷く。
「ジーザス。まぁ仕方ないですね。報酬狂ってますし」
竹平さんも同様の反応だ。
得られる利益があまりに法外。
だからこそ小さな不備すらも飲み込むより他はない?
「そもそもさ、この学校は何のために運営されてるかわかる? はい、明日未」
「優秀なクリエイターを育成するのが目的、かな」
沙汰んちゃんに促され、篠崎さんが不安げに答える。
「そう。そこも忘れちゃいけない。やばそうってことは自分でも判断しなきゃ」
ルールとして明記されてなくてもダメなことはある。
その点は今後の活動においても影を落とすところかもしれない。
「多くを機械にやらせるなら人間にやらせる意義がない、ですか」
半ば独り言にようにオレも呟いた。
AI生成によるレビュー記事の作成。
突き詰めていけば妥当なる追放の理由。
半自動で行うならば多数の人員は不要。
それやるの「あなた」でなくてもいいよね、となる。
ある意味で一つの常識的な理解。
だからルール上、明記されていない?
でも、誰かしらやりそうな話でもある。
楽をするために、金を稼ぐために。
「ぼくらの目的はお金稼ぎだけど露骨過ぎてもダメってことですね」
友安さんは溜め息を吐いた。
「彼も本当はわかっていたと思う。AIに非常にそれらしい文章を書かせて、多少の手を入れて調整していた模様。よくやるよ」
沙汰んちゃんは呆れ半分で頭を掻く。
それは、まさにギリギリを見極めるようなやり方だろう。
ルール上明記されていない以上は、許されるかもしれない。
そんな思考がぼんやりとだが想像は付く。
沙汰んちゃんは続ける。
「その努力と執念は認める。彼の有能さがいかんなく発揮されていた」
「能力の活かし方を間違えてますけどね。明らかに」
子どものような見た目の友安さんの冷静な発言。
幼げな顔と大人びた雰囲気の落差。
どこか感覚が狂いそうになる。
この世ならぬ場所に居るように錯覚してしまう。
「状況によればそれもある程度は許されたかもしれない。しかし、加賀見くんは短期間にあまりに暴れ過ぎた。体力の限界まで無茶な投稿をした。結果、PCに調査が入り、執筆過程が判明した。これが大きな理由の一つ」
「他にもあるの?」
篠崎さんが頭に手を当てて眉をひそめる。
もう沢山、と言えばその通りだ。
「一部の記事に性的な文言の使用など、作者への侮辱とも取れる表現があった。特に女性作者への『処女』『未経験』等という言葉が非常に不味かった。処女作、とか使いようによっては問題ない言葉でも、文脈がどうしてもね」
「それ、オレも見ました。猫家みかん先生の記事ですよね?」
むしろ、自分が気にしたのはそちらが本題。
全作品のレビューなんて、物理的にチェック不能。
管理者以外にはわからない全体像。それも一つの闇。
「他にも複数件ね。男子作者の方にはもっと品のないものもあったよ。でもそっちはそこまで問題視されないのもそれはそれで何だかね」
「多少下世話な言葉でも、男子に対してなら侮辱と成立しにくいのはあるだろうね」
ミニ先輩は長い髪を弄りながら言う。
みんなどこかしら、反応が薄くなってきた。
全体に淀む疲労感。
オレは前に出て、発言した。
今後の活動にも関係する以上聞かないわけにはいかない。
「でもそれは、記事の審査などで止められないんですか?」
なんと言うか、大前提。
どうしてそんな記事を掲載したのか。
「ここ審査ゲロ甘なんだよ。そこも悪しき点だ」
沙汰んちゃんはぶっきらぼうに言う。
なんて身も蓋もない。
管理者側としても、うんざりしたような様子。
「幸い閲覧された時間は少なかった。生徒たちがあまり見ていないと良いけどね」
彼女は重たげな息を吐く。
その姿が、妙に人間臭い。
誰かが操作した映像だからだろうか。
沙汰んちゃんは苦労人です。




