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終末のアドマイラー~ファン失格だけど、綺羅星のあなたを讃えてもいいですか?~  作者: 鈴林きりん/幻想神意博物館
第一章 あなたの心を踏み砕くおぞましき真実

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第十話 崇拝者の恐慌と真実~Q.なぜ彼らは狂ったのか?~

 加賀見さんは一方的に宣言すると、部から退室した。

 もはや話し合いをする気はないと暗に伝えているようだった。


「荒れるね、これ」


 ミニ先輩が諦めたように呟く。

 蚊帳の外で物事が動いていく。

 まるで、ジャンルの違う漫画の世界に迷い込んだようだ。


 寮への帰宅途中に、ぼんやりと端末を眺める。


 不謹慎だが、奉仕ポイントが救命措置で増えているかも、と淡い妄想をした。もちろん、そんなつもりで助けたんじゃない。一方で、今まともな拠り所に出来るのは自分の手元に入ってくる数字だけなのだ。みじめだけれど、世の中お金なのは間違いない。


 その表示を見てオレは驚愕した。


 なんだこの額。


 翌日。部室の空気は最悪だった。


「ランキング作品全部やられた」


「学年に関係なく手あたり次第って感じだね。全部でいくつ投稿したんだろう」


「全報酬総なめってやつかな。こりゃ満額行くわ」


「どうしましょう、これから」


 篠崎さんが力なく呟く。

 

 彼女は眼鏡を外しており、机の上に置いている。

 素顔なせいか、とても幼げに見えた。

 

 友安さんも難しい顔をしている。


「すいません。僕もう我慢の限界です。行ってきます。やってきます」


「落ち着け若人」


 目の据わった竹平さんをミニ先輩が宥めていた。


 空気が、重い。

 報酬のことを聞ける雰囲気じゃなかった。


 いや、もう薄々は察している。

 皆がおかしくなっている理由は、おおよそ見当がついた。


「ちょっと外の空気吸ってきます」


「私も……」


 友安さんと篠崎さんが退室する。話を聞ける雰囲気じゃない。残る二人、こちらの方が目に入っていないのかやり取りを続けている。


「先輩、これから僕たちどうしたらいいんでしょう」


「別にどうもしないよ。今まで通り誠心誠意、記事を書いていればいいんだよ。友くんも言ってたでしょ。綺麗な気持ちで向かいましょう」


「無理ですよ、そんなの。できるわけがない。こんな状況で、環境の中で、逆に一体どうして先輩はそんなに冷静に居られるんですか」


「焦っちゃダメだよ。時間さえかければいいんだから」


「でも、それで、これから何年これを続けろって言うんです!? どれだけ続けられるんです!?」


「どうどう」


 オレも外の空気を吸いに行くことにした。

 この校舎はWEBライター学科専用ということで、人が全然いない。


 ライター部と言う、まるで部活風の装いをしているのも滑稽な話だ。古いアニメの影響だろうか。酷く冷めた気持ちになった。


 ぼんやりしていると、篠崎さんの声が聞こえた。


「何とかできない? 沙汰んちゃんなら学校の方にお願いできるでしょ? もう要望書は何度も出してる。だけど私たちの言葉じゃ届かない。何も聞いてくれないの」


「私は何でも叶えてあげる便利ロボットじゃねぇし。そんな都合よく行くわけがないでしょ」


 沙汰んちゃんは冷めた声音で応える。

 両腕を組み、壁にもたれていた。

 衣装と合わせて妙に様になっている。

 

「今のままじゃ絶対良くないよ。学校があんな、細かいルールをいくつも付けるから」


「サイトの構造上の仕組みはしゃーないでしょう。別に意地悪でやってるわけじゃない。システムは考えられてそういう仕様なの。対人戦は想定されておりません」


 沙汰んちゃんは取り付く島もない様子だ。

 無表情ではあるが、わずかに眉をひそめている。

 何らかの葛藤、あるいは忸怩たる思いのようなものを滲ませている。


「最初から全部均等なら揉めずに済むのに」


「レビューが一定数あればいいの。一位があれば百位が出るのが当たり前。何をどうしても均等に分配なんてできません。先行者特権だって別に悪いもんじゃないはずでしょう」


「でも、誰でも納得はいかないよ。早い者勝ちの奪い合いなんて」


「それはあなたたちの気持ちの問題だよ、アドマイラー」


「だけど、ほんの少しの調整で私たちはこんなに競い合ったり、揉めたりしなくて済むんだよ。お願い、何とかして」


「はぁ、だからさ都合の良いときにばっかり甘えんなって言うんだよ。これだからガキは」


「そうだよ、子どもだもん。未成年だもん。だから大人が何とかしてよ」


 篠崎さんはどこまでも弱々しい声音で縋りつくように訴える。

 大人びた彼女の幼い様子。

 眼鏡を外しているだけではなく、素顔を晒しているような。


「開き直んなよ。いい加減諦めも必要でしょ、特にアンタには」


「いやっ。そんなこと言わないでよ。なんであなたがそれを言うの! だって、だって……お母さんがぁ」


「あーもう! 泣くなうるさい黙れ黙れ! 廊下でこれ以上騒ぐな、他の奴に聞こえるから、そこの教室入れボケ!」


 沙汰んちゃんは本気で苛立っている様子だ。

 怒気を孕んだ荒い口調で篠崎さんを追い立てている。


 不穏な空気はどこまでも続いている。


 気が重くて、誰も居ないところへ行きたい。

 だが、やはり人は同じようなところへ足が向くらしい。

 今度は空き教室から声が聞こえた。


「ガム先生。ぼく、もう無理です。おかしくなっていく皆を見るのが辛い。自分のことだけでも精一杯なのに」


 相手の声はよく聞き取れないが、宥めるようなことを言っているようだ。


「首が痛い、首が痛いんです。湿布貼っても全然効かない。頭痛が収まらない。これ以上薬飲むとかえって良くなくて」


 それは悲痛な呻きだった。

 冷静さも理性も溶けたような疲れ切った人間特有のものだ。


「あ、頭を撫でて欲しいです。お願いします。今だけでいいんです……」


 友安さんのあまりに気弱な声音が響いた。

 オレはなるべく物音を立てないようにその場を去った。


 誰も居ない教室で一人になる。

 報酬額を改めて確認した。

---------------------------------------------

 レビュー記事 100,0000±円(随時更新)

 初回レビュー特典×2 2,0000円


 人命救助対応 5,0000円

 生活保障金 10,0000円

 奉仕活動(清掃) 50円


 今月の累計額 約1070,050円(推定値)。

---------------------------------------------

 見るだけで背筋に冷たいものが走る。何だこれ。

 空恐ろしく感じたのはレビュー記事の報酬額の方が人命救助よりも高かったことだ。

 人の命よりもあのレビューの方が価値が高いとでも言わんばかりだ。

 そこまでに優れたものではない。

 書いた自分をして、そう思う。


 記事の閲覧数は二記事累計で一万を超えている。

 つまり一PV×百円と言うバカげた換算になる。

 動画の広告単価は一円から十円すらいかないこともあると聞いたことがある。

 明らかに相場を遥かに超えた、何かだ。

 

 ミニ先輩は一定の額から単価の抑制もあると言っていた。

 だが、それはどうやら基準となる額が相当に大きいようだ。


 あまりに常軌を逸していた。漫画じゃなくてその紹介。

 レビューでもレコメンドでも同じこと。

 作品ありきの活動で何故こんなことが起こる?

 

 詳しいことを聞くべきだ。

 わかっている。

 でも、先輩たちの様子はあまりに暗い。

 まるで葬式のような空気。

 何かを聞ける雰囲気ではなかった。


 疲れていても腹は減る。

 今日は食堂に行くことにした。


 ここ最近、食べたいものを食べた覚えがない。

 家計の実態を知ったのは父さんが倒れてから。

 周囲にも多額の借金をしており、出資してくれた人たちも大勢居た。

 だから、お金を使うことに酷く罪悪感があった。


 報酬が現実のことかわからない。

 何かの間違いだとしても、美味しいものが食べたい。

 メニューを眺める。香ばしい匂いにくらっとした。


「定食、いえカレーを。唐揚げカレーをください」


 少々割高だが、乾ききった自分の何かを癒すために頼んだ。


「あ、藤芽くんだ。おーい」


 琥里きららだった。

 今日は食堂らしい。

 もう一人、別の女の子を連れていた。


「この子はわたしのお友達の蔡園(さいえん)みすずちゃん! 同じ漫画学科の子だよ」


 ショートボブが少し伸びたくらいの長さ。

 少し紫がかっている黒髪。

 このレベルだとギフトヘアか否かの判別は難しい。


「どうも、あなたが藤芽さんですか。文学科の方でした?」


 友人から聞いているのか、少し値踏みするような目線だ。


「えっと、WEBライター学科と言う奴で、より実践的な文章を書いています」


 反射的に聞かれても居ないことを答えてしまう。


「そうですか。シナリオ系ではない?」


「えぇ、もう少し情報をまとめたり」


「まとめ系とかネットニュース系ですか。そんなのもあるんだ」


 あまり目が笑っていない。警戒されているようだ。

 友達になれなれしくしている男子なんて、そんなものだろう。


 本日の琥里きららはきつねうどんを頼んでいた。

 慎ましいがプリンもついている。


「えへへ。実は入学の時に提出した漫画の報酬が出たんだ」


「報酬ですか」


 さすが漫画家さんだ。クリエイターを育てる学校。


 きっと、とてつもない報酬があるんだろう。

 オレの報酬なんてかすむ位。


 この学校は、いったいなんだ。


「なんと運良く、一年生の十位内に入れてね。ランカーだよ!」


 突然立ち上がり両手を広げて見せる。

 嬉しくてたまらないという笑顔。

 とてもテンションが高い、初めて出会ったとき以上だ。


「ちょっと落ち着きなさい。すいません、騒がしくて」


 蔡園さんはまるで母親か姉のように言う。

 琥里きららは、まるで祭りに浮かれたような目をしていた。

 ご友人の静かな印象との差が激しい。


「普段はもう少し大人しいんですけどね」


「あ、ごめんね。騒ぎすぎちゃった」


 彼女は照れるように椅子に座り直す。

 口元に手を当て、少しだけ声をひそめて言う。

 

「月間報酬が十万円も貰えたの。すごいよね!」


 その一言で、オレは固まった。

 普通のアルバイトの基準から言えばむしろ破格。

 生活保障金と合わせて二十万円。

 高校一年生がいきなり手にする額としては十分な額だ。


 しかしそれに対して、こちらは百万越え。

 大した活動もしてない。

 今月の記事を更に書けばもっと跳ね上がるはずだ。


 彼女は娯楽を生み出す漫画家で、オレは何だ。

 背筋がぞっとするおぞけが走る。


 蔡園さんは口の軽い友人に少し呆れているようだ。


「あんまり余計なこと言わないの」


 一体何がどうなっている。

 どうしてたかがレビューを書くだけの仕事でこんなに空気が一変する?


 なぜ岩永文久は自殺未遂をした?

 どうして、漫画家さんよりライター部員の報酬額の方が多い?

 先輩たちの異様な様子。


 意味が分からない。

 月収数百万。それだけあれば。

 嬉しいのに、嬉しいはずなのに、どうして気持ちは重い。

 

 得体の知れない不気味さと、恐ろしさに沈んだ。


 その夜、ぼんやりと支給されたタブレットを開いて漫画を読みふけった。

 この端末の類も随分と大盤振る舞いだ。


 新入生の作品はどれも読み応えがある。

 上級生の作品も山ほどあった。


 三年生のトップ作品を見に行くと、レビューが複数件付いている。

 他に誰にも投稿できないなら、全てライター部員の執筆のはずだ。

  

 軽く読んだが、先輩たちの記事は文章表現が恐ろしく巧緻に長けている。

 自信が無くなりそうだ。


 しかし、改めて見ても作品数が多い。

 全部紹介なんてとても書けないだろう。


 三百本という圧倒的な物量。

 選ぶならどうしても目立つランキングからになる。


 でも「選ぶ」ってなんだろう。

 それじゃあまるで、フェス様じゃないか。


 ふと琥里きららの漫画を改めて読みに行く。

 レビューを書いて、本人の話を聞いてからだとまた違った読み方が出来る。


 猫家みかん先生の作品ページ。

 あらすじや人物紹介、サンプル画像などに続き、自分の記事が下部に大きく表示されている。

 

 もちろん「レビュー」として記載されている。

 レコメンドと言うのは、オレ達の認識だ。

 記事の一部がまず表示されており、詳しくは個別の記事に続く。

 

 画面構成が整理されているため、紹介記事がことさら目立つ形だ。

 一般的な商品レビューの一覧よりも、なお大きく。

 こうした表示形式なら確かに投稿順にも違いは出るだろう。

 

 青い星が付いているのはなんだろう。

 

 その次に、別の誰かの記事の投稿を見つける。

 加賀見さん、だろうか。

 先輩たちの様子からするとどうも今は一年生をオレに回してくれているはず。

 新入生の作品にもレビューを付けているのか。

 そのこと自体は特に何も感じない。


 しかし、その記事タイトルに戦慄した。


【注目】作者は絶対処女! 未経験な乙女の内面を抉り抜き! 青い作家心理の読み解き方。


 オレは血の気が引く。

 なんだこれ、なんだこれ。

 

『この作品はまず著者の人生観、揺れる思春期の深い心情を感じさせる点が特に強い。主人公の少女の描き方からしても、これは自己との対話がテーマだと考えられる』


『多くの描写に性的なメタファーが含まれている点に注目したい』


『十代の瑞々しい少女ならではの感性から生み出される物語』


『惹きつけられるような稚さとそこから抜け出そうとする通過儀礼的な含蓄が込められている』


『触れてみたい。眺め回したい。舐め回したい。そんな執着じみた情念をこみ上げさせる。この作者のことをより深く知りたいと感じさせる』


 記事の後半部を見ると、全体としては作品を評価している。

 煽るような前半に対して、それ以降は思ったよりはまともな内容だ。

 

 ただし、非常に穿った視点から性への関心などセクシャルな目線で物語を解体した考察が展開されていた。それ自体は読み応えのある刺激的な読み物と言えるかもしれない。

 実に饒舌に物語を明朗快活に切り取り、好き勝手書いている。

 

 一つの言いたい放題。

 感想とはそういうものかもしれない。何を書いても、自由。

 しかし、これは明らかに不味い。何かを逸脱している。

 だって、作品ページにその文字が覗く。

 処女だの、未経験だの。

 琥里きららの無邪気な印象にそぐわない。

 彼女の物語の片隅に置くにはあまりに配慮に欠けた何かだった。

ここから更に詳細が判明していきます。

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