翌日:養子先候補ケクラン大公
朝の支度を終えると、陛下はこうおっしゃいました。
「大臣達に、戦争の賠償金請求をするよう話をする事にした」
今更ですね。
「残念ですが、彼の国は戦後間もなく北の国に滅ぼされました」
「何だと?!」
これまで賠償金を得ようとしていない理由を考えるなり調べるなりなさらないのは、何故なのでしょうか?
誰かが陛下を愚王にしようと企てて、その結果なのでしょうか?
「クッ! 借金は地道に還すしかないのか?」
陛下は悔し気にそう仰り、会議へと向かいました。
一夜明けた訳ですが、城内の混乱は未だ治まりません。
まあ、昨日はエルヴェシウス公爵一族の方々が途中までいた訳ですから、混乱のピークはこれからなのでしょう。
「レミ! もう知っているか? 北部貴族も続々と辞めてるって!」
廊下を歩いていると、前方から、側近仲間の一人が焦った様子でやって来ました。
「そうでしょうね。北部貴族は、結束が強いですから」
「でも、エルヴェシウス公爵家と敵対している家だってあるのに」
「普段は敵対していても、北部貴族は、皆エルヴェシウス公爵一族と姻戚関係ですからね。それに、陛下とエルヴェシウス公爵令嬢との婚約は、功績に相応しい褒美を後程必ず与えるという事を信じて貰う為でもあったのですよ」
北部貴族に限らず、それを知る者達は、ロズリーヌ様との婚約解消を『褒美は与えない』という意味だと忖度するでしょうね。
「そんな。じゃあ、北部貴族は皆、陛下に不信感を抱いたと?!」
「そうですね。北部貴族だけで済めば良いのですが」
「どういう事だよ?」
「ロズリーヌ様との婚約は重要なものだったにもかかわらず、陛下は政略ではなく感情で解消しました。ですから、他の重要な事でも感情を優先するのではないかと思う人はいるでしょうね」
真面目に働かなくても陛下に気に入られれば得する訳ですから、陛下に近い上位貴族は仕事より気に入られる事に身を入れるでしょうし、陛下に近付けない下位貴族は、やる気をなくして仕事に身が入らなくなるでしょう。
勿論、全員がそうなる訳では無いですが。
「レミ! 此処にいたか!」
そんな話をしていた所に、今度はセバスチャンが急いだ様子でやって来ました。
彼は、側近仲間の内でシモンの次に家格が高いジョルダン侯爵家の令息です。
「何かありましたか?」
「大公殿下がお呼びだ。其方の入れた茶が飲みたいと」
陛下の叔父上ケクラン大公テオファーヌ殿下がお待ちの部屋の扉をノックします。
「レミです。お呼びと聞き参上致しました」
「入りなさい」
応接室に入室すると、大公殿下は不機嫌さを隠しきれない様子でした。
「お待たせ致しまして」
「其方が付いていながら、何故カンタンを止められなかった?!」
お待たせした事に対するお詫びの言葉を言い終える前に、お叱りを頂きました。
「申し訳ありません。言い訳になりますが、陛下から事前の相談は一言も無く……。側近でありながら信頼を得られなかった私の不徳の致すところです」
「なるほど。レミに反対される事は解っていたか」
恐らく、先王陛下がお決めになられた事だからと反対されるとか、キトリー様の身分が低いから反対されるとか、お考えになったのでしょうね。
「諫言してくれる側近を排し唯々諾々と従う側近だけと話し、重要な決断をするとはな」
大公殿下は、主が道を誤ろうとしている時に止めようとしない側近は身中の虫とお考えの方です。
ですから、それを頼りにする陛下を許容出来ないのでしょう。
例えば、山中で道を間違えれば遭難するという状況で、間違った道を選んだ主を止めずに賛同し遭難させるのが良い側近だと思う人がどれだけいるでしょうか?
まあ、今回は陛下の結婚相手を変えるだけで、陛下の身の危険は無いからと賛同したのでしょうけれど。
「軽率な事をしたと叱る私に、陛下は何と仰ったと思う?」
「そうですね……。キトリー様を養子にと?」
大公殿下がお怒りで、キトリー様を養子にしてくださる人を探している現状を考えると、この答えになりますね。
「そう。その通り。我が国は、例え血の繋がりが無かろうとも従兄妹婚は禁じられている。それを指摘すれば、法改正すると宣った」
「法改正ですか……」
出来るでしょうか?
陛下が若年というだけで反対されるであろう方々や、血の繋がりが無くとも従兄妹で結婚などとんでもないと反対されるであろう方々を思い浮かべます。
「それで、お断りされたのですか?」
「当然だ。今の私には、王家に嫁ぐに相応しい持参金など用意出来ないからな」
大公殿下は、ケクラン大公領の治水工事を私財を投げ打って行おうとした所に、戦争王陛下から資金提供を命じられ、息子として従わざるを得なかったのです。
それに加えて、ロズリーヌ様に持参金をお返しする為に、陛下にお金を貸す羽目になりましたからね。
因みに、戦後、治水工事をする筈だった河川が豪雨で氾濫し、多くの領民が命を落としたそうです。
「そろそろ、茶を入れてくれ」
「畏まりました」
茶の木は、ケクラン大公領のある東部でも栽培されていますが、此方にいらした時には西部の茶をご所望なさいます。
幼い頃から口にされている物ですから、馴染み深いのでしょう。
「私は治水工事を理由にお断りしたのだが、陛下が何と仰ったか分かるか?」
ゆっくりとお茶を飲み終えられた大公殿下は、まだ怒りが収まらないご様子でそう仰いました。
一体、陛下は何を仰ったのでしょう?
「国王命令だと仰ったのでしょうか?」
「いいや。『治水工事などより、甥の結婚の方が大事』だろうなどとふざけた事を……!」
ああ……。
気が遠くなりかけたと言っては大袈裟ですが、実際そうなってもおかしくない程の心労を感じました。
何故、愛する人の養父になって貰いたい相手を怒らせるのか、理解出来ません。
勝手に婚約を解消した事で怒っているのに尚怒らせるとは、何を考えているのでしょう?
それとも、まさか、大公殿下がご立腹されている事に気付かなかったのでしょうか?
それに、随分治水を軽視していますね。
やはり、一度、陛下の教師と話をした方が良いかもしれません。
「それで、陛下は諦めてくださったのでしょうか?」
「ああ。先に借金を返してくださればと譲らなかったからな。諦めてくださったよ」
大公殿下は全て話して落ち着かれたようで、もう一杯お茶を召し上がってからお帰りになりました。