婚約破棄当日夜:養子先候補ジャンメール公爵
本日の夕食は、陛下がキトリー様を同席させました。
ロズリーヌ様との婚約を解消した陛下はとても嬉しそうにしていらっしゃいますが、キトリー様は不安そうです。
料理人の手配をキトリー様からアングル子爵に伝えて頂きましたが、料理人が辞めた理由を説明しませんでしたので、その所為でしょうか?
「本日の夕食から、料理人がアングル子爵家で雇われていた者になりました」
「そうか。……随分と質素だな」
量と質を下げたのですが、お気に召さないようです。
「エルヴェシウス公爵家からの支援をお断りした為、質素倹約が必要ですので」
「断った? 何故?」
何故とは?!
ロズリーヌ様との婚約を破棄する意味を理解していらっしゃらない事に、呆れてしまいます。
「ロズリーヌ様との結婚をお断りしたのは、エルヴェシウス公爵家からの支援をお断りになったのと一緒なのですが」
「そんな訳が無かろう。別の話ではないか。王家の支援はエルヴェシウス公爵家の役目なのだからな」
「そんな事を何方が仰ったのですか?」
「父上だ」
先代陛下がそのような認識を?!
それとも、陛下が曲解されたのでしょうか?
「その『お役目』は持参金ですので、婚約を解消した以上お返ししなければなりません」
我が国では、持参金は婚約を止めたり離婚したりした場合、嫁に返還する事になります。
エルヴェシウス公爵領は、国内有数の穀倉地帯ですし交易の要でもあります。
更に、エルヴェシウス公爵家には代々商才があり、領地の特産品には国内最高級品もあります。
国内で三本の指に入る裕福な貴族なんですよね。
ですから、持参金はかなりの額なのです。
まあ、全て使用した訳ではありませんけれど。
「初耳だぞ!」
もし、ご存じであったならば、ロズリーヌ様との婚約解消は思い留まられたのでしょうか?
「だ、だが、借金返済はもう終わっているのだろう?!」
「それは、何方が仰っていたのですか?」
「言われていないが、もう十年以上経ったのだから……」
「残念ながら、まだ半分以上残っておりますね」
持参金も返さなければなりませんし。
何方が貸して下さるのでしょうね?
アングル子爵家でしょうか? まあ、そんな大金が無い事は解っています。
陛下の父方の親族と母方の親族に、お借りするしかないでしょう。
「何と言う事だ!」
「ところで、キトリー様は何方の養女になるのですか?」
我が国では、王族と結婚するには侯爵家以上でなければなりません。
「ああ。早目に選ばなければならぬな」
まさか、決まっていないとは思いませんでした。
「ジャンメール公爵家はどうだ?」
陛下のお言葉に、私は耳を疑いました。
「ジャンメール公爵家は、王家への支援どころではありません。前線が崩壊し、戦場に近いジャンメール公爵家を含む西部貴族は、多大な被害を受けました。戦場から遠いエルヴェシウス公爵を含む北部貴族が出陣を命じられたのは、その為です」
因みに、西部貴族からの借金は、エルヴェシウス公爵からお借りして真っ先に返済が終わりました。
その為、借金の大半の債権者はエルヴェシウス公爵です。
「教師が戦争の話をしませんでしたか?」
王太子の教育で、まだ復興も終わっていない戦争の話をしないなんて、有り得るでしょうか?
借金も半分以上残っている状況だと言うのに。
「戦争の話は聞かされたが、十年以上経っているからもう大丈夫だと思っていた」
「……西部貴族の多くは、一族郎党の大半が戦死しています。人手不足が復興を遅らせているようです」
前線が崩壊し、北部軍が到着するまでの間、多くの略奪が行われました。
敵国に奴隷として連れ去られた領民も、少なくないと聞きます。
領主一族の大半が戦死・傷病で療養では、何処にどんな被害があったか把握するのも通常より時間が掛かったでしょう。
北部貴族への報償として、西部貴族の土地を与えようと言う意見もあったと聞きます。
ですが、北部貴族が西部の復興に資金を投じる事を厭ったのか、その話は立ち消えとなりました。
「そうだ!」
考え込まれた陛下が、何事か思い付かれたようで声を上げました。
「直轄領には金山も銀山もある筈だ! 何故、借金を返しきれていないのだ?」
「先王陛下は、その事もお話になられていらっしゃらなかったのですね」
私は、疲労感を感じました。
「金山と銀山のある直轄領は、エルヴェシウス公爵領の側に在ります」
「……そうだな。それが?」
「それで、戦争王陛下が、借金の担保として預けられたのです」
「何をしてらっしゃるのか! 大父上~!!」
陛下は立ち上がり、髪を掻き毟り叫ばれました。
「私はもう休む!」
「陛下」
「レミ。其方は、キトリーの給仕を続けよ」
「カンタン様」
不安で震える声で、キトリー様が陛下に声をかけました。
「キトリー。胎の子の為に、最後まで食べるのだ」
立ち上がりかけた彼女を座らせ、陛下はそう仰いました。
「は、はい。でも」
「心配は要らない。何とかしてみせるから」
「カンタン様。……解りました」
「あ、あの。レミ」
食事を終えると、キトリー様が恐る恐ると言った感じで話しかけて来ました。
「はい。どうされましたか?」
「私を養子にした家は、エルヴェシウス公爵家並みの支援をしなければならないのですよね? 実の娘では無い私の為に、其処までしてくれる家はあるでしょうか?」
あると良いですね。
「エルヴェシウス公爵家の支援が多かったのは、エルヴェシウス公爵家が裕福だからです。遺産としてロズリーヌ様が受け取る額の生前贈与ですから」
「そうだったんですか」
「ですが、王族に嫁ぐに相応しい持参金を持たせる必要がありますので……」
それだけの大金を与える価値を見出す方がいらっしゃいますかどうか。
「まあ、養子先の事は陛下にお任せになって、キトリー様は王妃に相応しい作法の習得にお励みください」
「えっ。作法……」
笑顔で激励すると、何故か驚かれてしまいました。
まさか、子爵令嬢の振る舞いのまま王妃になるつもりだったとは思いませんでした。
「大丈夫ですよ。先王陛下の喪が明けるまで二年以上あります」
我が国では、成年王族の喪は3年となっています。
「ロズリーヌ様の教育は、陛下の叔母上様がお引き受けくださいましたが、キトリー様の教育を誰にお願いするかは、陛下とご相談ください」
「え。ええ、そうですね。明日にでも、相談してみます」