婚約破棄当日午後:借用品の返品作業と大量辞職
大臣達との会議から戻られた陛下のお言葉に、私は頭を抱えたくなりました。
「ロズリーヌとの婚約を解消し、キトリーを王妃とする事とした」
私には、エルヴェシウス公爵家のロズリーヌ様を王妃とする事が最良の選択と思えますので、愛人のキトリー様を王妃とする事に、それ以上の利点があるとは想像も着きません。
それに、まだ先王陛下の喪も明けていないと言うのに、先王陛下の政略を覆すだなんて、父親に対する敬意が感じられません。
「それは、大臣達の発案でしょうか?」
キトリー様のアングル子爵家に、大臣達を動かす力はありません。
キトリー様自身に、大臣達が王妃に押し上げようとする政治的魅力があるのでしょうか?
「いや。私の意思だ」
やはり、そうでしたか。
頭痛がしてきました。
「そうでしたか。ロズリーヌ様では、何か不足が御座いましたか?」
「あの女は、父上が決めた婚約者だからと増長し、キトリーに手を挙げたのだ」
手を挙げた?
私は、ロズリーヌ様の一面しか存じませんが、彼女の悪い評判は、それを捏造するのが好きな方々以外から聞いた事はありません。
その方々からも、誰かに手を挙げたなんて話は出ませんでしたが。
もし事実でも、その程度の事でエルヴェシウス公爵家の後援を切り捨てるなんて、得策ではないでしょう。
「それに、キトリーが妊娠したのだ。正妃の子でなければ、跡継ぎには出来んからな」
「……大臣達は、反対されませんでしか?」
「ああ。反対された。だが、私が国王だ。それに従う必要は無い!」
ただでさえ若いと言う事で侮られているのに、これでは、誰もが非協力的になるのではないでしょうか?
思えば、幼い頃から反骨心の強い方でしたが、好き好んで茨の道を歩かずとも良いではありませんか。
いえ。私が陛下を侮ってどうするのでしょう?
陛下には、キトリー様の子を跡継ぎにする為ならば、茨の道を歩む覚悟があると言う事なのですから、私は近侍として、お支えするだけです。
例え、側近以外の全ての貴族が敵に回っても。
「御意のままに」
城の至る所で、美術品の梱包が始まりました。
「慎重に。丁寧に。決して疵を付けてはいけませんよ」
「何をしているんだ?」
私が、梱包の指示をしていますと、陛下の側近仲間が通りがかりました。
「エルヴェシウス公爵家からお借りしていた物を、返却するんですよ」
「は?! まさか、これ全部?!」
「ええ」
何故驚いているのか解りませんが、続けます。
「貴方も知っての通り、二代前の『戦争王』陛下のお陰で、王家は困窮しています。戦争王陛下が売り払った美術品を買い戻す事も出来ませんでした。エルヴェシウス公爵家だけが貸して下さったそうですが、ロズリーヌ様との婚約を破棄した以上、お返しする以外にありません」
私が話している間に愕然とした顔に変わった彼に、嫌な予感を覚えて問いかけます。
「まさか、知らなかった訳では無いでしょう?」
彼は陛下の乳兄弟で、ご学友でもあります。
勿論、一時も離れず御側にいた訳ではありませんから、勉強の場以外で陛下がその話を聞いた可能性はありますが……。
「いや。戦争王陛下が借金してまで戦争したって話は聞いた。でも、昔の話だと……。とっくに返済も終わって困窮から抜け出したと思ってて」
どうやら、エルヴェシウス公爵家が親切にも王家の体面を保てるよう支援してくださった為に、まだ王家に余裕が無いと言う現実に、側近ですら気付けなくなってしまっていたようです。
ですが、流石に、跡継ぎたる陛下には先王陛下が教えていらっしゃる筈ですよね?
まだ早いと後回しになさったりしていませんよね?
「ああ。レミ! 此処にいたのか!」
「どうしました?」
其処へ、側近仲間がもう一人、駆けて来ました。
「シモンが職を辞すって言うんだ!」
同じく側近であるシモンが辞めるのを、説得して思い留まらせようと言うのでしょうか?
「当然でしょう? 彼は、ロズリーヌ様の弟ですから側近に選ばれたのですよ。彼に限らず、エルヴェシウス一族の者は、側近でいられません」
「そんな! 切っ掛けはそうかもしれないが、今は陛下の信頼を得ているのだぞ!」
「関係ありません。陛下は、エルヴェシウス公爵家との関係を切り捨て、アングル子爵家との関係を深める事をお選びになったのです」
「大袈裟では無いか? 陛下は情の無い方では無いぞ」
情があれば、エルヴェシウス公爵家を蔑ろにはしないと思います。
「先代エルヴェシウス公爵は、戦争で『無敗将軍』と呼ばれるほど多大なる功績を上げました。それに対して褒美を与えるどころか支援を受けていたのに、孫娘との婚約を取り止めたのですよ。ロズリーヌ様がキトリー様に手を挙げた程度の事で、相殺は出来ません」
と言うか、別問題ですよね。
「だ、だが……」
「功績を上げたのに、陛下の感情で褒美が減らされるならば、誰が真面目に働きますか」
陛下をお支えするのと何をしても正しいと妄信するのは、違います。
「エルヴェシウス家の一族やそれに連なる者は、武官も文官も医官も女官も、下男下女に至るまで、職を辞するでしょう」
「そ、そんな勝手な……」
「これからは、アングル子爵家やその縁者が優遇され高い地位に就くでしょう。元々その地位にあったエルヴェシウス一族の者は、降格や左遷になるのですから、そうなる前に自分から辞めるのはおかしな事ではありません」
「陛下は、血筋で贔屓するような方では無い。エルヴェシウス一族の者は、これまで通り働ける筈だ!」
「キトリー様にお願いされたら?」
そう返すと、二人共私と同じように、陛下がキトリー様のお願いを無下になさらないと思っているのか、黙り込みました。
「それに、大きな声では言いたくありませんが、エルヴェシウス公爵家の金銭的支援が無くなれば、大幅な人員削減が必要です。戦争の影響は、まだ大きいのですよ」
戦争王陛下の跡を継いだ先王陛下の御代が思いの外短かったので、戦争の爪跡が残ったままに陛下が即位されたのです。
戦争王陛下が崩御されたのは、陛下がお生まれになってからですので。
「さあ。仕事に戻ってください。ああ。料理人達も辞めましたので、アングル子爵家の料理人をお借りする手配を済ませました。もし、陛下の舌を満足させられないようであれば、貴方達の家の料理人をお借りする事になるかも知れませんので、ご当主に話を通しておいてください」
「え?! あ、ああ」
料理人は辞めていないと思っていたのでしょう。
一旦驚いたものの、理解してくれました。