表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

開幕:「雪の様に舞い踊る姫君」


ここはソウルディアと呼ばれる世界の北方、雪に閉ざされた地アズベリア。

その昔、大陸の東から巨人に追われ安住の地を求めて旅して来た人間達は、やがてこの地に辿り着き絶望した。

雪深いこの地は根付くには向かず、更にその先を目指そうとして雲を貫く霊峰とその麓に棲む熊人(くまびと)狼人(おおかみびと)等に旅路を阻まれたからだ。

結果、人間達は進むも退くもならず、霊峰と巨人達に挟まれた実り少なきこの地で最初の集落を構えた、それが現在のアズベリア王国の始まりである。

今でこそ石造りの塀に囲まれた立派な王都を構えてはいるが、その昔は危険と隣り合わせの未来の見えぬ土地であったと伝わる。



「おお姫君よ~雪の様に舞い踊る姫君よ~今日も明日も明後日も美しい~未来永劫美しい~ああ美しい~」


下手くそ、やめちまえ、と方々から罵声が飛ぶが、広場のど真ん中で歌う当の本人はへらへらと笑って無理矢理聴衆にした人々に手を振ってみせる。

やれやれと諦め顔で離れて行く王都の民達を見送り、足元に残されたコインなど1枚も入っていない帽子を拾い上げ、自称吟遊詩人のラズバンは陽気に溜め息をついた。

建国期に大きな貢献があった祖先を持つというだけで以降は傑出した人材を輩出していない貧乏貴族の一人息子は、自身が当主の座を継ぐ頃には館も売り払わねばならない様な経済状況を打破すべく、考えた末に王都城下街のど真ん中にある広場で歌っていた。

しかし既に数曲を披露するも、足を速めて通り過ぎる者ばかりで足を止め彼の歌を聞いてくれる者は現れない。

自作の歌ではやはり知名度が無いから誰も聞いてくれないのか、それならば何か伝承を題材にした有名な歌でも披露するべきか。

そう悩み考える彼の前にフードを目深に被った少年がやって来て小金貨を1枚差し出す。


「これはこれは、何かリクエストがありますか?アズベリアの建国から今に至るまでの様々な伝承を元にした歌を諳んじ…」

「雪の様に舞い踊る姫君って歌詞は良かった、これはあの歌に。でももう歌わない方がいいよ、それじゃ」


呼び止める間も無く人の波に消えた少年を呆然と見送るラズバンの手には、押し付けられた小金貨がキラリと光っている。

それは彼が吟遊詩人として初めて稼いだ記念の1枚であった。

大事そうにその小金貨を仕舞おうとして、もう一度掌を開いてその輝きを確認してからしっかりとポケットの奥に収めると、さて次は何を歌おうかと再び考える。


彼には民よりはマシ程度の学があったが集中力が無く城での書記の仕事は僅か一季でクビになった。

彼には兵士相手に10回に1回は勝てる程度の剣の腕があったが当然ながら騎士にはなれなかった。

彼には交易品に関する知識があったが否と言わぬ使用人に囲まれ育った為に商人に丸め込まれ少ない財を更に減らした。

彼には人から褒められる美声があったが…


「なああんた、見かけない顔だがどっかから旅して来たのかね?割と良い服を着てるが貴族にゃ見えないし、さっきの歌だってなんちゅうか内容も無いし音程も外れとるし、最近この国の言葉を覚えたばかりなんか?」


生まれてこの方アズベリアの王都を出た事も無いのに、他国からの旅人と間違われる程度には歌が下手だった。


「いやあお恥ずかしい、これでも声を褒められた事はあるんですよ?」

「声はいいかもしれんが歌はど下手くそだな、そこらの子供たちの方が上手いぞ」

「そう、ですか…いやはや何とも…」


いやあ困ったなあと眉を下げながらも軽く笑う詩人もどきの男に、声を掛けた方も何とも言えない表情をする。


「ま、何か困った事があったら自警団の詰所に来るといいさ、儂は城下街自警団の団長でモルドってんだ、これでも偉いんだぞ」

「自警団の方でしたか、広場の見回りですか?ご苦労様です。何か困った事があれば相談させて頂きますね」


気軽に相談してくれと言い残し他の自警団員と思わしき男女と合流するモルドを見送る。

ラズバンとしては自慢の美声を披露すれば少しは稼げると思っていたのだが、どうやら現実はそう甘くは無かった様である。

しかし落ち込んでいても財は増えない、そう前向きに考えもう一度別の歌を試してみるかと帽子を地面に置きかけたが。


「ああそうだあんた!広場で詩人の真似事をしてる迷惑な男がいるってんで来たんだが、とりあえず広場で歌うのは禁止なー!」


まさに今、困った事が起きましたと再び眉を下げるラズバンであった。



それはアズベリアのラズバンが初めて吟遊詩人を名乗った日、炎熱季でも雪が降る事のある北方の国に珍しく雲一つない青空が広がった日の出来事。

厳しい吹雪と、争乱の嵐が吹き荒れる前の出来事。




◎続く◎


導入の雰囲気を伝える為の短いパートです、次回から本格的に物語の本編が始まりますので、更に引き続き第一幕へどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ