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6話 ガブとご近所さん

3/3です。

 誰かに物凄く馬鹿にされた。

 食べ物の事で貶されたような…?

 そんな夢を見た気がした。


 実際にはとてもよく眠れたのか、早朝にはばっちり目が覚めた。疲れも残らずスッキリだ。体感で朝の6時くらいか。向こうとこっちで時差がなかったおかげか、海外旅行でよくある時差ボケも無く起きられた。体内時計ありがとう。


 カーテンを開けると朝日が見える、いいお天気だ。改めて確認すると太陽は一つだな。そこかしこの家々の煙突から薄く煙が昇ってら、どこも朝飯の支度だろうか。


 俺はワイシャツとスラックスに着替えると左腕に見習いの腕章を二つ付けた。ガブが俺は見習い見習いだから二つ付けろってさ。腕まくりをして真っ直ぐに厨房へと向かった。手塩で歯ブラシをした後、しっかり顔と手を洗った。


 朝飯に取り掛かろう。アレを作りたいが所謂『素』がない。なのでメレンゲを作るか…泡立て器があってよかった。何気に卵もミルクも期限がやばいかもと確認しながら材料を混ぜ、次々焼く。ガブを意識し二人分にしては多すぎる量のそれを焼いては皿の上に並べた。最後にお茶を準備するとタイミングよく我らが大食い女王が欠伸しながら厨房に現れた。


「おはよー、いい匂い…」


「ほいおはよう、朝飯出来てるぞ」


 低血圧なのかローテンションな彼女はかなり眠そうで、だらしなく室内着の腹の下に手を入れてボリボリ掻きながらやってきた。今朝はちゃんと眼鏡してるな。彼女は調理台に並べたものを見つけると途端に通常営業へと復帰した。


「うっひー!パンケーキだあ!」


 そう、作ったのはメレンゲを混ぜ込んだ分厚いパンケーキだ。メレンゲを潰さないように混ぜるのが結構難しい。今朝はいい具合に膨らんでくれてよかった。たまに混ぜすぎてぺったんこにしてしまうんだよな。


「ガブが来てくれたしここで食おうか。出来立てのうちに食わないとふわふわが萎んじまう。バターとハチミツ、好きなのを塗って食べてくれ」


「うんっ!両方塗ろうっと。いただきます!あむっ…こんなにふっかふかのパンケーキ初めて、おいっしー!!」


 厨房の調理台をテーブルにして俺たちは朝飯を始めた。パンケーキは俺が二枚、ガブは八枚だ。もしかして残すかと思ったがやはり全て食べきった。朝から健啖なやつめ。


「俺はこれから仕込みに入るよ。ガブは予定通りご近所への声かけを頼む」


「ガブ隊長にまっかせて!ご近所さんにはだいたいお夕飯の一時間前くらい、午後の四時位に配りに行くって言えばいいの?あむっ」


 フォークに刺さった半切れ程のパンケーキをパクっと一口にしながらガブが聞いてくる。頬が冬眠前のリスみたいになってるぞ。調理のペースや配る為の支度を考えるとそのくらいの時刻が妥当か。昨日の話でご近所は十軒程度と聞いているから…何とか二人で捌けるだろう。


「ああ、午後四時から配りに回ると伝えてくれ。こっちで用意した手鍋や皿で渡すつもりだと説明しといてくれるとなおよしだ」


「ん、んく、ごくん。そっか、今ここは使ってない食器がたくさん余ってるから丁度いいね。私はお昼前までには戻ると思うから手伝える事があれば言ってね」


「ああ。じゃあ作戦開始だな」


「うん、健闘を祈るよっ!」


 ガブが腕を突き出してウインクする。俺も腕を突き出しお互いがしっと交差させると、それを合図に各々の任務を開始した。



 任務は順調に遂行したはずだった。

 それがどうしてこうなった…?


 わいわいがやがやどよどよざわざわ…

 むしゃむしゃもぐもぐパリパリさくさく…

 わーいわーい、きゃっきゃ、あははは!


 今食堂はなんとも騒がしい声で溢れている。


「こっち豚汁三つお代わりね!」

「焼きをもひとつ頼むで!こら止まらんわ」

「ガブちゃん!サクサクをちょうだい!」


 注文まで飛んでるぞ、ここはいつ大衆食堂になっちまったんだ?いや確かに元から食堂ではあるんだが。


 時は夕刻四時半頃。


 自警団の広い食堂はご近所さんが詰めかけごった返していた。三十人は座れるテーブル席が全て埋まりカウンターも満席だ。俺は押し寄せるお客さんへひたすらに料理を給仕していた。ガブもウェイトレスをしたり走り回る子供たちの相手をしたりと大慌てのこの惨状。しかも出入り口にはまだまだ人が並んでいる。ご近所さんは十軒くらいって言ってなかったか?!


 ここで少し時間を巻き戻そう。


 正午を回る頃、俺は30個の白菜を捌き終えて、その後も豚汁と浅漬けの仕込みが一段落した。何故か昨日よりも調理の手際が良くて下処理のスピードが上がっている気がした。沢山の野菜を捌いた事で上達したんだろうか?四つ並んだコンロをフル動員して寸胴鍋をコトコトやっている横でお好み焼きの具の準備を始めた。


 そろそろガブが戻って来る頃なのにちっとも姿を見せやしない。心配だが火から目が離せないので外を見に行くことも出来ず、俺は黙々と調理を続けた。


「た、ただいまあ…」


 ヨレヨレのガブが厨房に入ってきた。眼鏡が斜めにズレ、ポニテが緩んで崩れかけている。今朝はあんなに元気モリモリで出かけたのに随分やつれているみたいだな…?


「お帰り、声かけたいへんだったろ。ほい、茶」


 ガブは冷茶のコップを受け取ると喉を鳴らして飲み干してしまう。どんっとコップをテーブルに置くとまだゼェハァ肩で息をしている。おいおい、本当に一体何があったんだ。


「お昼食べる、食べる…凄く栄養が足りない…」


「お、おう、今用意するから」


 ガブのなんとも言えない強い圧に押されて俺は急いで昼飯を用意した。出来の確認ついでの豚汁と浅漬け、プラス手早く簡単ニラ玉丼だ、もちろんガブの丼はデカいボウルにした。彼女はウマウマ叫びながら瞬く間に平らげると落ち着いたのか、ようやく経過を話し始めた。


「ふーっ、ご馳走様!卵とニラのご飯すっごく美味しかったよ!卵とろとろー♪それじゃ報告するね。ご近所さんにちゃんとお裾分けの話ができたよ」


「ずいぶんヨレヨレで帰ってきたから何事かと心配したけど、ちゃんと話はできたみたいだな。じゃあ午後は配る準備を進めていこうか」


「あっ!えっとね、タスクさん、あのね、その、お裾分けね、みんなに話をしたら配りに来なくていいって言われて」


「どう言う事?まさかお裾分けを断られたのか」


 完全に想定外の話に思わず腰が浮いた。

 今日の今日では都合が悪いとか言われてしまったか?

 

「ち、ちがうの!そうじゃ無くてね、みんながね、一軒一軒配りに来るのは大変だろうから貰いに行くよって言ってくれて」


「なんだ、最初にそれ言ってくれよ。ふー、まじ焦った。みんな優しいな、急な話なのにわざわざ取りに来てくれるなんて」


「そ、そう!みんなとっても優しいんだ!あは、あはははは…」


 なんだかキョドってるガブ。顔が赤い。


 こいつ何か隠してるんじゃあ…?俺は腕組みしてガブの顔を覗き込むと、目を泳がせ、うぐうと後退していく。なーんか怪しいな…けど配りに行くつもりだったのが取りに来てもらえるなんて大助かりだ。思わぬ好展開に気を良くした俺はそれ以上の詮索をやめた。


 そして四時前。食堂のテーブルに豚汁の鍋と浅漬けの入った皿を並べて渡す為の準備を終えた。お好み焼きは出来立てを渡そうと、直前まで焼くのを控えていた。鉄板に油を引いて生地をかき混ぜスタンバっていると、食堂の出入り口でそわそわしているガブの後ろ姿が見えた。程なくして外から年配の女性らしき声が聞こえてきた。


「ガブちゃん!ちょっと早めにきたわよ。よかったかしら」


「あっ!サンソンさん、いらっしゃい!タスクさーん、入ってもらっていーい?」


「んっ、ああ、大丈夫だ。今からお好み焼きを焼くから中で待ってもらうように伝えてくれ」


「はいはい聞こえましたよ。うふふ、ガブちゃんたらタスクさーんだって。それじゃお邪魔しますよ」


「ううっ、サンソンさぁん…!」


 赤い顔のガブが恰幅の良い優しそうな雰囲気のおばちゃんと共に食堂へと入ってきた。俺は軽く会釈して焼きを続けた。サンソンさんと呼ばれたおばちゃんは、カウンターの向こう側から値踏みするような目で俺をじーっと見ている。何故?体に穴が開きそうだ、なんともむず痒い。


「この人だね。うん、いいねえ。ガブちゃんたらいい人捕まえたもんだ、全くいつのまに…」


「ちがっ!だから何度も言ってるじゃない、自警団に入ってくれた新人さんだって」


「はいはいそういうことにしておこうかねえ」


 顔を真っ赤にしてガブが何かを訴えているようだが、サンソンさんには面倒を見られてる雰囲気だ。なんの話をしているのかさっぱり見えない。おっと雑談に気を取られている場合じゃない、お好み焼きが焦げちまう。


 お好み焼きが出来上がり竹の皮に盛り付けて食堂へと運ぶ。よい香りにサンソンさんが感心した顔で覗き込んでくると、今度は入口から賑やかな子供の声が飛び込んできた。おうおう、ちびっ子軍団が三人もおいでなすった…と思ったら、土方風の筋肉質なおっさんまで入ってきた。


「母ちゃん、ここにいたのかよ!探したぞ。おーガブちゃん久しぶり、暫く見なかったが元気してたか」


「ご無沙汰です、もちろん元気ですよー」


 ガブが丁寧に挨拶を返す。どうやらサンソンさんの旦那さんらしい。


「父ちゃん、今日は随分早いじゃないか。この子らから聞かなかったのかい、今ガブちゃんとこにお裾分けを貰いにきててねえ」


「仕事が早く片付いたからよ。家帰ったらガキどもが腹減ったってうるさくて敵わんから迎えにきたんでえ。おお?なんかすげえいい匂いがするぞ」


「これあんた!おやめよみっともない」


 ガブが奥さんと旦那さんの会話を邪魔しないよう子供三人を相手にし始めた。あんなにたくさんの子供を相手に慣れっこなのかおんぶしたり手遊びをしたりして仲が良さそうだ。一番小さな子からぽんぽんすいたのと言われ、ごめんね、もうちょっとだけ待ってねと少々困った様子。奥さんも食欲旺盛な追加ゲストたちに困惑しているようだ。


 サンソン奥さん、これから急いで飯の支度をするのは大変かも知れないな。俺はちょっとだけお節介を焼いてみる事にした。


「サンソンさん、よかったらここで食べていかれませんか?」


 ガブが子供たちにべたべた触られていた顔をこちらに向け、驚いた表情を見せた。彼女に大丈夫と頷きながら俺はサンソン奥さんに話を続けた。


「お子さんたちも随分お腹が空いてるようですし、もしお夕飯に不都合がないならいかがですか?」


「えっ、いいのかい。悪いよ押しかけた上にこんなに急に」


「そりゃありがてえ!こんないい匂い嗅がされちゃたまらん。おまえらもどうだ?」


「「「たべる!」」」


「はああ…もーう、あんたたちは揃いも揃って…!ごめんなさいね、タスクさん。すごく助かるわ…ありがたくお世話になるわね」


「どうぞどうぞ、そのままテーブルで待ってて貰っていいですか。もちろん旦那さんもお子さんたちもね?」


 大きくため息をついて呆れ顔の奥さんだったが、ちょっとホッとしたみたいだ。旦那さんと子供たちの援護射撃?が加わったのもむしろ良かった。みんな嬉しそうにしてくれている。ガブに食器やコップの用意を手伝ってもらい、サンソンさんご一家に料理を振る舞った。


「タスクさん、ありがとう…優しいね」


「気にすんな、ちょっとかっこつけたくなっただけだから」


 ガブが俺の服の裾を掴み小さく礼を伝えてきた。ガブがこんなにご近所さんや子供たちに好かれてるんだもんな、応援したくなったんだ。俺は少し照れた。


 奥さんは豚汁がお気に召したようでじっくり具を一つ一つ確かめるように食べていた。主婦は研究熱心だ。子供たちは意外に浅漬けを好んで食べていた。サクサクパリパリと手掴みだ。旦那さんにはお好み焼きが好評だったが、酒があればなとぼやかれた。ここに酒は無いよ出しませんよ。豚汁、お好み焼き、浅漬けはいずれも大好評で、おかわりの連打、連打。白菜がこんなに美味しく食べられるなんてとサンソン奥さんからレシピを教えてほしいとせがまれた。


 ここまでなら良かった、そう、ここまでなら。


 午後四時を過ぎて次々にご近所さんたちがやってきた。そこには美味しそうに料理を食べているサンソンさんご家族がいるわけで。後から来たご近所さんが食事に加わることは当然の流れだった。何故か『ガブちゃんおめでとう!』と騒ぎ盛り上がるご近所さんたちを慌てて止めに入るガブを不思議に思いながら、俺はヒーヒー汗だくでお好み焼きを焼いては届けに走る。ガブも慣れない手つきで豚汁を鍋から汲んではトレイいっぱいの椀を持って食堂へと持っていく…空の椀や皿を回収してすぐ次の分をまた届ける…まるでビデオのループ早回し状態だった。


 幸い各ご家庭の奥さんたちが食器の上げ下げと食器洗いを手伝ってくれたおかげでなんとか凌げたものの、目も回る忙しさにやられて、皆が解散した夜8時頃には俺とガブはヘトヘトになっていた。


 一番最初に来たサンソンさんご一家が結局一番最後に帰って行った。何でも自分達が食べ始めたからこうなったと気にしていたらしい。俺がやりたくてやったことだからと宥めたが、奥さんと旦那さんから固辞されご家族揃って後片付けまで手伝ってくれた。


 旦那さんが俺の肩をバンバン叩き「美味かったわ!これからもガブちゃんを頼むな!」と威勢のいい声で励ましてきた。奥さんは奥さんで、ガブを前に「本当によかったねえ、うんうん」と腕を掴んで涙ぐんでいた。やっぱりガブは赤くなって困ったり慌てたりしていたが。ガブに部下が出来た事がそんなに嬉しいのか。やっぱりガブは人望があるんだと感心した。余談だが子供たちが俺に向かって「ごちそうさま!」と揃って頭を下げてきたのはめちゃくちゃ可愛かった。


 サンソンさんご一家を見送り、俺とガブは食堂へと戻る…ドアを閉じた瞬間、互いに背中合わせになってずるずると床に座り込んだ。


最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

次回投稿は10/2の夜にしたいと思ってます。


10/2誤字脱字を修正しました。ご報告ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひとつひとつの食事の描写がほんとうにおいしそうにかかれていて、深夜に読んでいるとお腹が減っちゃいますね。 [一言] ゆっくりと拝読させていただいております。今後も楽しみです。
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