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5話 彼女の素顔と故郷の話

2/3です。

 夕食を終えて一段落するとガブに案内されて自警団事務所二階の一室に落ち着いた。二階は団員の宿舎になっていて、簡易ベットや机、椅子が完備されちょっとしたホテルのシングルルームのようだった。


「うーん、やはりマジ異世界だな」


 窓を覗くとすっかり夜になった事務所前の通りが見渡せた。見れば見るほど違う世界に来たと実感する。街灯に照らされた道をツノが生えた馬の馬車が走り去っていく。あれはユニコーンなのか?ドワーフっぽい人がリュック背負ってつっ立ってるな、すげー手足が太い。立ちんぼで何かの商売してんのかな。こっちは背中に鳥っぽい羽が生えてる人がいる、飛ばずに歩いてるけど。頭に輪っかはあるのか…ちょっと遠くてわからない。動物も人も俺の世界とは全然違う。仕切られた窓から見ているとそこにファンタジー映画のワンシーンが投影されていると錯覚してしまいそうだ。


 俺は少し疲れを感じて屋外観察をやめた。背広の上下をハンガーに吊りインナーだけになると体がかなり楽になった。ベッドの上には宿舎で着る普段着なのか、ゆったりした綿生地の青い室内着が用意してあった。ありがたく着替える。サイズは良さそうだ、後は風呂だな…。


 それにしても今日一日でいろんな事がありすぎた。異世界転移から始まってまさかのガブに会えたもんなあ…しかもよく食べてた、本当に飯の作りがいがあるやつだ。明日の朝はなんにすっかなあ…ベッドに仰向けになり、うとうと寝かけた所でドタバタと廊下から足音が近づいてきた。部屋の前までくるとノックの後にすぐドアが開く。


「タスクさん寝てないー?あ、室内着着てくれたんだね」


「寝かけてた。なんだよ返事する前に入ってきたらノックの意味ないじゃないか…あ?」


「どうしたのタスクさん、変な顔して。お風呂呼びにきたんだよ、いこ」


「ま、待ってくれ。お前、誰だ?」


 俺は目の前に立つ見知らぬ女の子に呆然とした。室内着の赤色バージョンを着て、パールブロンドのロングヘアに空色のぱっちり大きな瞳の美少女がそこにいる。服が大きめなのか少し胸元が緩い、ちょっと無防備な所が危うさを感じさせる。俺は本気で誰だかわからなくてベッドの上で後ずさった。


「ちょっとお、いまさら知らない仲でも無いでしょ」


「何かいかがわしいセリフだな」


「もーわかってて言ってるでしょ、タスクさん」


「いやあ、見た瞬間は本気で分からなかったぞ、ガブ」


 俺はベッドに座り直し頭をボリボリやりながら、近付いてきたガブを見上げた。彼女の頬がほんのり赤く見えたのは気のせいか。なんというかびんぞこ眼鏡の時とギャップが凄すぎて俺はかなり驚いていた。ゲームの会話イベントでは眼鏡を取ったところなんて一回もなかったからなあ。俺的には永遠の眼鏡っ娘だと思ってたくらいだ。


「…団長たちの前では眼鏡を一度も外した事なかったんだけどね。みんなが出て行ってからは寝る前は外してたの。……私こそ変な顔してるでしょ」


「してない。俺は美人だと思うぞ。今更だけど俺の前で外してよかったのか?」


「………っ!う、うん…なんとなくタスクさんなら見せても大丈夫かなって思ったから。どう、このまま眼鏡外してた方がいいかなあ?」


「んー?俺はあの眼鏡もよく似合ってると思うぞ、すごく特徴的でかっこいいと思うが」


 何故かガブはカッと目を見開いた後、ガクッと肩を落としたように見えた。なにやらぶつぶつ呟やくと、どこからともなくあのびんぞこ眼鏡を取り出しかけてしまった。

 

「んっだよぅ、メガネ好きかよぅ…ほんっと難しいなあ…」


「なんか言ったか?」


「何にもー。お風呂行くよー、ちょうどいい湯加減だからね」


 部屋を出て無言で前を歩くガブに俺はついていった。風呂は一階の食堂とは反対側の奥にあった。ゲームの会話イベントでシャワーや風呂シーンが出てくるんだがさすがに位置関係までは知らなかったもんな。ちなみにイベントにお色気シーンは無い、何しろ全年齢対象ゲームだからな。それにちゃんと男女別々の風呂だ。


「そんじゃごゆっくりー。中にタオルとシャンプー、それと石鹸があるから」


「おう、ありがとな」


 割とそっけなくガブは女湯へ入って行った。俺はいよいよ旅疲れが出てきたのか風呂がとても恋しくなっていた。服を脱ぐと足速に風呂場へと進む。風呂場の壁にはゲームのスチルでよく見た巨岩遺跡の風景画が一面に描かれていた。銭湯の富士山みたいなものか?湯船は一度に10人は入れそうな広さの四角いタイル張り。これを俺一人で貸し切りとは。足にお湯をかけてみるとこれがいい湯加減、たまらず湯船に身を沈めた。


「くうーたったったったー、あったけー!風呂は最高だな、日本人でよかった…!」


 タオルを頭に乗せて湯船に背を預けると思わず声が漏れた。異世界に来て初日に風呂に入れた俺は何と幸運なんだろう。足が伸ばせる風呂…!まるで温泉気分だ。ささやかな至福の瞬間をたっぷりと享受しよう、そう思った時だ。


「タスクさんの故郷ってニッポンっていう所なの?」


「ああ、日本で合ってるぞ。………え?」


 リラックスし切った俺はなんの躊躇いもなく不意の質問に素直に答えてしまった。声のした方を見遣ると洗面台が並ぶ壁の上の方が女湯と吹き抜けで繋がっていた。声の主は女湯に居たガブだった。うかつにも日本の事を口走ってしまった、やばい、上手く説明できるだろうか。


「聞いたことの無い国だね、タスクさんの話からするとお風呂好きの人たちが多いのかな。どんなところか聞いてもいーい?」


「か、かなり遠い国だから、この辺じゃ誰も知らないかも知れないな。風呂は毎日入ってた。多分俺の国は風呂好きな奴が多いと思う。それと…俺のいたとこ…そうだな。でかい建物が多くてごちゃごちゃしてるとこでさ。人が多過ぎで騒がしい。平和な所ではあるんだがとにかく誰もが忙しないとこなんだ。それと飯と水はすごく恵まれてると思う」


「へぇ、建物も人も多いなんてすごく発展した国に聞こえるね。でっかい建物…闘技場よりも大きいの?行ってみたいなあ」


 なんとか説明できてよかった…。それにしても日本がここからどれくらい離れた所になるのか、そもそもここから戻る事が出来るもんなのかもさっぱりわからないんだよな。外から見たこの世界はどんな姿かたちをしているんだろう。地球とおんなじ?それとも平面?このゲームのマップはざっくりした大陸の一部しか見れなかったから海の向こうどころか今いるこの大陸の形すら俺は知らない。


 大きな水滴がぼちゃっと頭の上に落ちてきた。俺は額を拭い湯気で煙る天井を見上げて呟いた。


「異世界転移の神様よ、もしいるんならきちんと教えてくれよ…」


「ん?タスクさんよく聞こえないよ」


「んっ、んーっ。そうだな、建物はめっちゃでかいだけじゃなく高さもすげーある。時々先っぽが雲で見えなくなる時があるくらい高いぞ。ふふ、ガブは建物よりも飯を食べに行きたいだけだろー?」


「ぶー!失礼な、食べるだけじゃなく観光だってしたいよ!罰としてそっち行った時はタスクさんのおうちに泊めてよね、もちろん案内もだよっ」


 きっと彼女が腕を振って抗議してるんだろう、ばしゃばしゃとお湯をかき回す音が響いてきた。食べる方を否定しないガブがおかしくて俺は笑いながら女湯の方に向き直って話を続けた。


「泊めてもいいがうちは狭いぞ。そうか、観光なら俺車持ってるからあちこち連れて行ってやれるかもな」


「クルマ?何それ、馬車のこと?」


「ああ、似たようなものだが馬車より遥かに早く走れるぞ」


「えー!クルマに乗ってみたい!」


 こんなやり取りを交わしていればあっという間に時間が過ぎていく。おかげで俺たちは軽くのぼせる羽目となってしまった。暑さにふわつく体を洗い風呂から上がると、湯冷しに氷をたっぷり入れたお茶を飲んだが…結局、食堂のテーブルに二人揃ってぐったりと伸びてしまった。


「あちー」


「いいお湯しすぎちゃったね」


「国の話が長くなっちまったから…」


「ほんそれー。タスクさん絶対泊めてねー忘れないでよー」


 手で顔を扇ぎつつリラックス…時折ガブからウヒウヒとどこか嬉しそうな異音が聞こえてきたが気にしないでおいた。


 お茶のグラスが空になる頃には眠さがピークに達し、挨拶もそこそこにそれぞれの部屋に戻って就寝となった。ベッドに横になると程よい疲れと相まって強烈な睡魔が襲ってきて俺はあっさりと眠りへと落ちていった。ベッド柔らかあ…。



 この時遠く白い場所から俺を覗き見る存在がいた…。


『見つけた』


『こんな所まで来ているとは完全に見落としていましたね』


『くそ、わざわざ『道』を準備してあったのに無駄になっちまったな』


『通じる?』


『まだ上手く繋がりませんね…もしもし、聞こえますか?もし聞こえていたらどうか私の言葉に耳を傾けて下さい。あなたの#_/&は…くぁwせdrftgyふじこlp』


『何かが邪魔してるぞ、肝心な所が妙な言葉に化けちまってる』


『変』


『恐らく彼がこの事を知るにはまだ足りていないのだと思われます。こちらで準備した『道』を通っていればこんな事にはならなかったのに…時が満ちるまでは今暫く待つしかありません』


『時期尚早』


『しゃあなしか…あいつ完全に寝てるな。異世界転移してすぐだってのになんて奴だ。何を食ったらあんなに肝の座った人間になるんだか』


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