2話 要望メールとゾンビ
本日投稿分 3/4 です。
俺が停まっていようとゲーム自体は容赦なくアップデートが進み新章が次々にリリースされていく。
出来るだけ新情報の告知を見ないようにしていた俺だったが、ある日の更新でメインキャラクターのサイドストーリー公開に関する告知が目に止まった。その公開ラインナップにガブの話を見つけたからだ。俺は堪らなくなってそれを読んだ。
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亡国の姫を自称していたガブ。
本名ガブリエラ=コルドンブール。
帝国の兄弟国、星竜の国コルドンブール王国の第二姫。本物のお姫さま、それも星竜の姫だった。そして帝国第二王子の元婚約者でもあった。
帝国が突如世界征服を標榜、ガブの父王が暗殺され、宣戦布告無しの騙し討ちで彼女の祖国は攻め落とされた。彼女は戦争を止めるべく婚約者を頼ったが、真実の愛(?)とやらで婚約破棄された上に反逆者として帝国から追われてしまう。
失意と飢えの逃亡生活の中、パールベックの街に流れ着いたガブは帝国軍の追跡部隊を退けた団長たち自警団に命を救われる。恩返しの為、彼女は自警団の見習いとして入団した。そしてこの時の飢えの経験をきっかけに大食いに目覚めたようだ。
長閑なパールベックの人々と触れ合ううちに人の温かさや優しさに癒され、彼女は本来の明るい性格を発揮し街に馴染んでいった。時々街の人たちから振る舞われる差し入れやオヤツをとても喜んで食べていたらしい。彼女の食べる時の幸せそうな笑顔が皆を優しくて楽しい気持ちにしていたと言う。
そして自身は辛く悲しい身の上にも関わらず、困った人を放っておけないお人好しな彼女の性分に街の人々はとても好感を待っていた。特に街の子供たちに好かれており、普段から遊び相手になるなど面倒見が良くかなりの人気者だったそうだ。
一方で彼女は自警団の中ではあまり良い扱いを受けていなかった。脳筋体育会系でよくある力こそ全ての集団は、何らかの武力を示せない非力な彼女の立場を常に危うくしていた。団員見習いと言う名の小間使いにされ、下位の団員たちからの嫌がらせが幾度もあったと話の中で明言されている。よく食べる彼女は無駄飯食いと罵られ、団長が間に入って庇うもますますエスカレートする事があったと言う。
彼女は命の恩人であり常に味方で居てくれる団長にいつしか淡い恋心を抱いていた。だからこそ団長に戦いを生き延びて欲しくて、彼を守る為に聖剣の復活に進んでその身を捧げたと明かされる。
しかし彼女の死後の第二章で団長の想い人…このゲームのヒロインが自警団に合流する。ガブの失恋は最初から確定していた。団長は以後、聖剣を片時も離さず身につけていたという。聖剣となったガブは団長とヒロインの仲睦まじい姿を否が応でもずっとそばで見せつけられていくのだろう。
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あんまりだ。禍福は糾える縄の如しと言うが…ガブには最後まで不幸しか巡ってこなかった。家族が殺され己が命まで狙われた。安住の地と思った先で理不尽な扱いを受けた。最後には心傾けた男性に命を捧げるもその想いは報われなかった。見たくもない光景を死後も永遠に見せられ続ける結末なんて死体蹴りにも度がすぎる。公式はどれだけこいつを苦しめたいんだろう。
ガブのやつ…最後の言葉で「お腹空いたなあ」って言ってたよな…あれって彼女は最後まで満たされることがなかったという事なんだろうか…。
きっと深読みしすぎていると感じていても釈然としない気持ちは俺の中で燻り続けた。
こうして幸薄いガブは俺の中で助けてあげたい、護ってあげたいキャラ…一等特別な推しキャラへと昇華していった。育成での戦闘終了時にガブの締めセリフ「お腹空いたなあ」を聞くたびに腹いっぱい食わせてやりたいと思ったものだ。
俺はあることを思いついた。
彼女のファンとして俺がやれる事を。
それはきっとちっぽけな取り組みだろう。
それでもやる。
俺はひたすらガブを育成し続けた。
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思い立って半年が経った。
俺は公式サポートへある要望メールを送った。
検討すらして貰えるかどうか、そんな事は夢のまた夢と承知の上で、俺はガブリエラの死亡回避ルートの実装、つまり彼女の救済をお願いしたんだ。
メールには俺のユーザーID、アプリの識別番号に加え、この半年の育成でレベル999までカンストさせたガブのステータス画面のスクショを添付した。
そして願掛けの意味を込めてガブのステータス画面のバストアップイラストと『お腹空いたなあ』のセリフをデコレートしたホールケーキ、その周りをカツ丼やカレーにラーメン、唐揚げ、卵焼きなど自身の手料理でとり囲んだ様子の写真を添えた。ケーキなんて作るのは初めてで手際が悪く、全然スポンジが膨らまずに何度も作り直すハメになってしまったがそれはどうでもいい。
あれから公式の回答があったかどうかはわからない。どうしたって確認のしようが無かった。何故かって?要望メールを送って3日後、俺は異世界転移してしまったのだから。
∞
この世界に来られたのならガブに会いたい、会ってみたい。俺の異世界転移の理由ってこれしかないと思う、何とかして彼女の死亡イベントを食い止める為だ。そして何よりも彼女に俺の飯をご馳走してみたい。とにかく自警団事務所に行って所在を確かめよう。
俺はかつてない使命感に燃えて走り出した。
ゲーム中の自警団は街を守る民兵に近い存在だったが、街のお巡りさんのような役割も担っていた。一般人は自由に自警団の事務所に出入りでき、道案内や迷子対応、落とし物預かりにご近所のトラブル相談なんかも受けていた。俺がモブであっても普通に中に入れるはず。
「お邪魔します」
自警団事務所はすぐに見つかった。ゲームの記憶通りの大きな建屋だ、実物は日本の街の警察署か消防所くらいでかい。恐る恐る立派な観音開きの扉を開けると小気味良くエントランスベルが鳴るのだが…やたら音が響くほど中は静かで人気が無い。
ゲームでは常に受付嬢がいて団長=プレイヤーに挨拶をくれる。俺は頭の中で受付嬢のテーマ曲を補完しつつカウンターに近づいた。
カウンターの向こうに一人だけぽつんと誰かの頭が見えた。近づいて覗き込む。どうやらうつ伏せでガチ寝してるようだ。髪がボッサボサで所々跳ねた頭、グーグーといい音のいびき、時々ギリリと歯軋りまで聞こえてくる。様子を伺っていると、寝てるやつはビクッと痙攣し寝返りを打つように顔を横に向けた。それを見た俺はヒュッと息を呑んだ。
見覚えのあるびんぞこ眼鏡が見えた。
寝ていたのはなんとガブリエラその人だった。
ガブがでかい口あけてよだれ垂らしてる。
それはひとまずいい。それよりも何なんだこれは。
顔色わっる!
これ一体誰得の顔だよ、何か変な色してる…。めっちゃ不健康そうな顔色だ。こんなバッドステータスな顔はゲームでもお目にかかった事が無い。
いったい何、これ何。まさかもうガブの死亡フラグがきているとでもいうのか?俺は異世界転移だけでとっくにお腹いっぱいだよ!異世界転移の神よ、俺に深い恨みでもあるのか?!は、ははは、これどうしよ、どうする?人ってめいっぱいテンパると笑うんだなーとか考えてる場合じゃない。
俺が混乱している間にガブが目を覚ました。眼鏡の奥の目だけがぎょろりとこちらを見あげてくる。目の下のクマがレンズ越しでもかなり濃いーく見える。もはやホラーだ。
俺の目とガブの目が合った。合っちまった。
「お…」
「…お?」
「お腹が空き過ぎて死にそうですうぅぅ…そこのあなた、何か食べるもの持ってませんくわぁぁぉぁ…?」
ぐごごごごごごごご………
彼女の腹の虫が盛大に唸りを上げた。同時にのそおっと幽鬼のように起き上がりカウンターを乗り越えて俺に縋ってくる。顔がゾンビだ、ほおおおって口開けて怖いっまじで怖い!
思わずビビって仰け反る俺。
逃すまいと俺に絡みつくガブ。
「うわっ!落ち着け、落ち着けって!」
「たべもの、たべもの…こっちから美味しそうな匂いがするようぅぅ!」
「ひーーーーっ!!」
∞
「むぐ、もぐ、なるほどなるほど、この街にきたばっかりでわかんない事ばかりだからうちに訊ねにきたと、んー甘くて食べ応えあっておいしー、んぐんぐ、あ、これも貰っていい?」
「……ああ、どうぞ」
俺とガブはさっきのカウンターから離れた場所にある対面相談のローカウンターに腰掛けている。あの後俺は餓鬼の如くまとわりつく彼女を引き剥がすため、鞄の携帯食…スネッカーズを与えた。もう三本目を食われている。何で食べ物を持ってるのがわかったのやら、彼女は包みをめくるとがしがし噛み砕いて、これまた俺が渡した緑茶のペットボトルを呷り咀嚼する。普段忙しくて飯が食えない時用に持ち歩いている携帯食なんだが、こいつにほとんど食われちまった…。
「ごく、ごくっ…ぷはあ、ご馳走様でした!腹二分目かな」
「……全然足りないんだな」
彼女は安らいだように目を細め、口の周りの食べかすを舐めとり腹をさする。鞄の底に隠した虎の子のチョコレート風味カロリーメイドだけは死守せねば。俺は思わず鞄を抱きしめた。
「いやー助かったあ。ここ二日ほど野菜の切れっぱしか食べてなくて。お腹空いて死にそうだったんだよね」
不思議な事にゾンビだったガブの肌が健康な色艶に戻っている。何というお調子者感……ゲームの会話イベントでもこんなやつだったな。推しキャラに会えるかもとドキドキしていた俺だったが、今になって何だか微妙に冷静になってきた。俺の中でガブに対する美化が過ぎていたのだろうか。
兎にも角にもいきなりガブに会えるとは思ってなくて、おまけに何を話すかもノープランだった俺はゲームの世界観を参考に、「自分の国が帝国に攻め込まれ国を脱出してここに流れ着いた、この街は初めてで色々教えてもらえないか」とそれらしく説明した。
だってさあ、お前を助けにきたなんて初対面のやつにいきなり言われたら、気持ち悪い事この上ないだろうからなあ。
「やっぱり外国の人だったんだ、この辺じゃ見たことのない服を着てるもんね。くれたお茶も飲んだ事の無い味だよ、あと味スッキリで美味しいねえ、んぐ、んぐ、ぷはー。この街まで来るのは大変だったでしょ」
「おかげさまで帝国兵に遭わず何とか無事にここまで辿り着けたんだ。ここは穏やかで良い街だな、なんだかほっとするよ」
ここがパールベックとわかって今は本当に安堵している。パールベックはゲーム中で一番長く滞在した馴染みのある場所だからか。それに数え切れないくらいこの街を利用してたしなあ。街にどんな店があるか、どこで何が手に入るか、発生するサブイベントだって覚えてるぞ。
「そう言って貰えるのは嬉しいなあ。私も越して来てまだ半年くらいなんだけどすごく気に入ってる街なんだ。あ、名乗りまだだったね。私ガブリエラ、みんなガブって呼んでるよ。よろしくね」
「よろしくガブ。俺は…んーとここは苗字と名前が後ろ前だったか、タスク=キミオだ」
「タスク=キミオ……タスクさんだね。ん、たすく…?」
「どうした、そんなに珍しい名前か?」
「んん?んーっ?ねえ、タスクさんて前に私と会ったことある…?」
にゅっと俺にびんぞこ眼鏡の顔を近づけてくるガブ。俺は突然の接近に焦り目を逸らした。そりゃゲームではかなりの付き合いではあるけど、この世界の彼女が俺を知るはずがない、はず、なんだけど…まさか何か感じるものでもあるのだろうか。
「!………ああ、いやっ、初対面だぞ?街のどこかですれ違ったりしてたとか?」
「そっかあ…私もう一週間は外に出てないからなあ。タスクさんがどっかで見たような、前から知ってる人のような、そんな感じがして。勘違いだね。ごめんね、変なこと言って」
ほっ…そうだ、さっきから気になっていた。事務所の受付がなんでこんなに閑散としてるんだ?ガブが受付嬢ポジってのもなんか変だ。それも一人ぼっちでさ。ろくな飯を食えていないようだし、一週間も外出すら出来ていないってどういう事だろうか。
何気に出入り口付近の壁にかかった掲示板を見る。ゲーム内では通知やサブイベントが掲載されているんだが…今は張り紙の一枚すら無い。掲示板の日付はチョークがかなりくすんでいて本当に今日の日付なのかも怪しい。これではまるで開店休業状態だ。
「いや、気にしないでくれ。ところで今日は団員が出払ってるのか?なんかこう…静かでさ。自警団ってもっと人が居るものだと思ってたんだが」
ビクっとガブが凍りついた。両手の人差し指を立てあっちへと揺らしこっちへと揺らして何やら迷った後、はあああ…とため息をついて項垂れると申し訳なさそうに語り出した。
「えとね…せっかくきてもらってなんだけど…実はうち、活動停止中で…」
「は?」
「タスクさんはこの街に来たばかりで知らないよね。うちのスポンサーが不祥事起こしちゃって。その人は街議会の偉い人でさあ…逮捕されて議員の資格が停止になったんだけど、巻き添えで街議会からうちの活動も停められちゃって…」
そう言えばそんな話があったな、第一章第9話の帝国軍偵察隊との戦いだ。自警団支援者の街議会議員が帝国軍スパイ容疑で逮捕され取り調べで真っ黒だったんだよな。当然議員資格が停止されたんだが、事態を重く見た街議会は議員が支援していた様々な団体…その一つである自警団にも嫌疑をかけ、無期限の活動停止を命じたんだ。
「それでね、こんな時に帝国軍が街の近くまで攻めて来たって連絡があって。団長たちはどうしようか色々迷ったけど結局迎撃しに出てっちゃったの。あれから街は無事だし、団長たちが帝国軍を追い返したんだろうなあと思ってたんだけど、一週間経っても誰も戻ってこなくて」
「……………」
そう。タイミング悪く帝国の偵察隊が街に接近している情報が入り、団長は自警団の潔白を証明するチャンスと考え独断で自警団メンバーと共に迎撃に向かうんだ。戦闘自体は地の利を活かした奇襲に成功して勝利するんだが…敵隊長を取り逃し追跡を始めるんだよな。それがきっかけで自警団は完全に街から離れてしまう。
ここからが自警団の旅の始まりなんだ。それが何でガブだけ残ってる?一軍二軍関係なく全員一緒に出て行ったはずだぞ。
「私も一緒に行きたかったけど、団長から特別任務を命じられたの。団長代理として留守を守れって命令でさ、私張り切ってたんだけどね…活動停止で誰も訪ねてこないし、私ご飯作れないし、だんだんお腹空いてくるし、お掃除しても更に散らかるし、もうお腹空いて死にそうだし、お洗濯は魔道洗濯機が暴走して泡だらけになるし、結局お腹空いてゾンビになっちゃったし…タスクさん食べ物くれて本当にありがとね……!」
「わ、わかったわかった、それはたいへんだったな…って、今お腹空いたって三回言わなかったか?しかも最後はゾンビ!?」
涙目の顔に拳を寄せて迫るガブを俺は反り気味になって宥める。
どう見ても戦力外通告です。
ありがとうございました。
団長はいい加減な命令をガブに与えてここに置いてけぼりにしていったらしい。やっぱりこの世界でも自警団でのガブの扱いは良くないのか。しかも庇ってくれるはずの団長がこれか…。
……………。
あれ、ちょっと待て。
俺は違和感に気づいた。
「ほえ、タスクさん?」
「………」
「どしたの急に黙り込んで」
さっきの話から今は第一章第9話が終わったところだろ。あと6話経過すれば第一章第15話である最終話であの聖剣イベント、即ちガブが死亡する強制イベントが発生するはず。それは竜の神殿で起こるんだ。竜の神殿ってこの街から幾つも国境を超えたかなり遠い国にあったよな…?
「私何か良くないこといったかな。ゾンビって言ったのはさすがにまずかったかなあ」
聖剣イベントは竜の神殿でガブが団長たちと共に聖剣の話を聞いて初めて成立する。しかしだ。今、団長たちは遠く旅立ち、ガブだけが最初の街に置き去りにされている。なら彼女の死亡イベントルートの目はもうないのではないか?
つまり………ガブは死なない。
「こわくなーいこわくない、タスクさん、私ゾンビじゃないよ、噛まないよ?」
俺が転移してきたこの異世界は、俺がずっと願っていた、ガブが死亡イベントから救済された世界なのか…?