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26話 女王たちとすき焼き

予定通り本日分を投稿します。

長らくお待たせいたしました。

第26話になります。

今回もナレーションは第三者視点の語りにしてみました。

みんな大好き『すき焼き』のお話です。

当然ガブとシスは大張り切りしております。

 初めての食堂開店第一週目を終えた土曜日。


 パールベックの季節は秋から冬に代わりつつあった。昨夜は気温が一桁台に冷え込む曇り空の下、街の人々は冬支度に追われていた。


 勿論こんなに寒くても自警団は休業無しの年中営業中で今日も当番のメンバーが受付で常駐していた。ガブ、シス、タスクのいつもの三人である。ちなみにデューメは非番、スクルドは天界へ帰省中である。

 

「平和だな…」


 タスクはカウンターに寄りかかり、何やら雑誌を見て寛いでいた。この世界には雑誌は無いがスキルのショップ機能で取り寄せたのだ。本のタイトルは『明後日の料理』。ご家庭の日々の料理の作り方や材料を紹介する本だ。

 

「ほんとになーんにもこないね。でも平和なのが一番だよぅ。あ、午後の見回りする時はしっかり防寒してこうね、今日はかなり寒いから」


 ガブは風でカタカタと揺れる窓を覗き込み、身震いして顔を引っ込める。振り向くとタスクの見ている本に興味を持ったのか、開いているページを覗き込む。全て日本語で書かれているのだがなぜかガブにも読めているらしい。ふんふんとなにやら呟きながら文面を読んでいる。

 

『読めてる?俺のトレーナーのスキルで翻訳みたいな機能が働いてるのか…?』


 タスクはガブの様子を見ながらページを捲ってみた。今号の特集は鍋物のようだ、鍋料理のさまざまな写真が見開きで現れた。ガブが息を呑んで食い入るように顔を近づける。

 

「タスクさん、この鍋のお料理って何?」


「ああ、冬向きの料理…ていうか、鍋で肉や魚、野菜を煮込んで食べる料理だよ。ちょうどこんな日に食べると最高だな。ここに載ってるのはすき焼き、水炊き、寄せ鍋、ほうとう鍋だな」


 カウンターの窓口席で書き物をしていたシスがぴくりと反応した。先日の親子丼のように知らない名前の料理には敏感に興味を示すようになったらしい。済ました顔をしてはいるが目は何かを狙う猫科の野獣のような目になっている。音もなく立ち上がると滑るようにタスクたちの方へと近づいてきた。

 

「何だそれは、よくはわからないが聞くからにとても美味そうな名前に聞こえたぞ?」


 シスは顔を寄せたタスクとガブの間に顔を捩じ込み、三つ並んだ団子みたいに頭を並ばせ本を覗き込む。本の写真を見てシスの目が輝くのにそれほど時間は掛からなかった。

 

「ねっ、美味しそうでしょ?」


「ああ、これはたまらん。魚介の鮮やかな料理もあれば色とりどりの野菜の料理も良いな。ん?こっちは…」


 シスが指差して示したのは『すき焼き』だった。赤鮮やかな牛の霜降り肉が波打つように折り畳まれ、野菜に囲まれながらぐつぐつと沸騰の泡と湯気を上げている写真だった。味が分からなくても食欲をそそられる見事な料理の写真だ。次第にガブもその写真に惹かれていく。

 

「ふーん、二人とも気分は肉か?」


「あ、いや、でもこれが一番美味そうに見える」


「私もー!これってどんな味がするんだろ?」


 タスクは『すき焼き』の特集ページを開く。先ほどの巻頭写真よりも大きくて美味そうな写真が見えてシスとガブは更に前のめりになってきた。迫る食欲の波動、獰猛な大食い女王たちの迫力に若干引きつつ、タスクは苦笑いして『すき焼き』を説明する。


「まあ簡単にいうとだ。薄く切った牛肉を甘辛いタレでいろんな野菜と一緒に焼き、煮込む料理と言ったところかな」


「この折り畳んだように薄く鮮やかな赤い肉が牛肉なのか…煮えたところがまた美味そうだな…」


「このタレ甘辛いんだ?お野菜とお肉と絡めば美味しいかも!」


 目の色を変えた野獣たちは写真を捲り、食欲の想像の空へと意識を移していく。そして『すき焼き』についてガブとシスが共通してある事を思いつく。

 

「きっとこれって…」

「ああ、多分…」


 タスクは二人の示し合わせる顔に、ん?と首を傾げた。

 

「なんだ?」


「ご飯に合うよねっ!」

「ご飯に合うだろう!」


 二人がサムズアップしてドヤ顔だ。

 鋭い女王たちの嗅覚に感心しながらタスクは頷いた。

 

「ああ、もちろんご飯にも合う。バウンドって言ってな、鍋から取り上げた肉や野菜をいったん飯に載せてから食べたりとかな。肉汁や割下がご飯に染みて一層飯が美味くなる、あれは最高だ」


 じゅるっ!どっちが立てた音だろうか、瑞々しいまでに唾を啜り込む音が聞こえた。もう『すき焼き』は二人にターゲッティングされたと見て良いだろう。タスクはため息をついて悟った顔で彼女たちに聞いてみた。

 

「『すき焼き』を食べたいのか?」


 輝かんばかりに満面の笑顔。

 それがガブとシスの答えの全てだった。

 

 

◆◆◆◆◆



 『すき焼き』を作るにあたり、タスクはガブとシスにとある指令を出した。

 

 巡回の帰りに街の中で飛び切り新鮮でお買い得な牛肉を買って帰るように依頼したのだ。

 

「いいか?重要任務だぞ。安くて美味い牛肉をたっぷり仕入れてきてくれ。二人が食べたい量を考慮しての量だからな?高くて美味しいのは当たり前だ、必ず安くて美味い肉であること。二人とも頼んだぞ」

 

 任務を受けてガブとシスは今、露店街の肉を扱う露店の通りをうろついていた。

 

 パールベックの街は文化の坩堝みたいな所で様々な食材が手に入る。肉であれば豚肉、鶏肉、牛肉が手頃な値段で手に入るのだ。ガブは食に聡くどこの店が美味しいかをよく知っている。そしてシスは何でも明らかにしたがる性格だ、値段について熱心に店の比較をしてくれるだろう。

 

 二人を見込んでタスクはガブに『すき焼き』の主役になる肉の選択を頼んだのだ。どれだけの量の肉を彼女たちが求めるのか、タスクには見当がつかない為、本人たちに判断を任せたという言い方もできるのだが。

 

「にっひっひー、是非とも美味しい牛肉を確保しないとね!」


「しかし牛肉か、牛肉を売っている店はそれほど多くは無いぞ?」


 シスは目ざとく露店のラインナップを見比べていく。確かに肉専門店の各種の肉は豚、鶏がほとんどで、牛の肉はあまり扱われていない。値段についても他の肉に比べると牛の肉の方が高いのも気になる所だ。

 

「その辺は私に考えがあるんだ、今はともかく一番お買い得で美味しいお店に行こうよ」


 ガブは勝手知ったるように露店通りを抜けると一番外れにある肉屋の屋台前に来た。そこは肉屋…というよりは肉を焼いて売る露店だった。

 

「おじさーん、こんにちは!」


「おやガブちゃん久しぶり、牛肉サンド食いに来たのかい?」


 にっこりとガブは笑って頷く。シスは訝しげにガブを見て服の裾を引っ張るのだ。

 

「私たちはおやつを食べに来たのでは無いぞ?」


 しかしガブはシスには答えず気軽な感じで店主に牛肉サンドなる食べ物を注文した。はいよ!と店主はガブに笑って答えると、目の前で回転させながら焼いている肉の塊を削ぎ切りにしてコッペパンに挟む。店主はまだじゅわじゅわ肉の焼ける音を立てているパンを二つ、ガブに渡してきた。

 

「ありがと、はいお代ー」


 ガブは牛肉サンドのパンをシスに悪びれもせずに渡した。

 そしてシスも文句を言いつつちゃっかりとパンを受け取った。

 早速二人はパンにかぶりついた。


「全く、こんな所で…いい匂い…あむ…ん!」


「ねっ、ここの牛肉美味しいでしょ?」


 ばくばく黙って牛肉サンドを食べてしまうシス。もはやそれが答えなのは言うまでもなく。ガブもシスに倣ってばくん!と一口で口の中にパンを放り込み、店主に向き直る。

 

「うおっ?!いい食いっぷりだな!お代わりか?」


「にひー、おじさん、ちょっと相談が…」



◆◆◆◆◆



「なあ、ガブ」


「うん」


 ガブとシス、二人は手斧を構えて荒野で立ち尽くしていた。そばには大小様々な武器を構える男たちまでいる。何故かある方向を睨みつけ皆殺気立っていた。

 

「私たちは何故こんな所にいるんだ?」


「牛肉を取りにきたからじゃないかな」


 ここはパールベックから少しだけ離れた荒野、暴れ牛とも呼ばれる魔獣牛が住まう場所だ。男達が睨むのは見るからに獰猛そうな巨大な魔獣牛、それもリアルに目の前に居て荒ぶっている。ぶるると鼻息を撒き散らし、取り囲む男たちを威嚇してくる。


 興奮が最高潮に達したのか突如、魔獣牛は猛り散らして仰け反った、嘶いてこちらへと突進してくる。男たちが散れ散れ!と叫び回避行動をとる中、ガブとシスは平然とした顔でひらりと跳躍してかわす…。


「あれ美味しいのかな?」

 

「牛肉サンドの店主の紹介なのだろう、信じるしかあるまい」


 牛肉サンドのお店でガブが店主に相談したのは肉の仕入れ先だった。ガブは肉の露店の中で一番美味しい肉料理を出すお店こそ、美味しい肉の仕入れ先を知っていると考えたのだ。実際にあの牛の肉は魔獣牛と呼ばれる牛の肉でとても珍しい野生の魔獣牛を狩る専門業者から卸していた。良心価格で味は最高との触れ込みで店主の紹介を基に肉を買い付けに彼女たちが向かったまでは良かったが…。

 

「肉の専門家でも無いお前らに売る肉はない」


 と職人気質な肉問屋の親父に文句をつけられた。

 売り言葉に買い言葉、ガブはこう返した。


「お肉が大好きな気持ちは誰にも負けません!」


 さあ話がややこしくなった。ならばついてこい、あの牛の肉を取るのがどんなにたいへんか!きさまに教えてやろう!などと熱血な展開に。もう普通の肉でいいと引こうとするシスの言葉を聞かないガブは肉問屋の魔獣牛狩りについて行ってしまったのだった。シスもガブを放置する訳にもいかず道連れに。


「なんだろうこの世紀末な雰囲気の連中は…」


 いえふー!と叫び出しそうなアナーキーでメタルなトゲトゲ付き甲冑を着たむさ苦しい雰囲気の男たちは肉問屋の親父を筆頭に大鉈や出刃包丁に舌舐めずりしながら魔獣牛に突撃をかけていく。

 

「おりゃ死ねやあ!」


「美味い肉になっちまいな!」


 などと結構物騒な掛け声で肉もとい牛にアタックを仕掛ける世紀末ウヒョーな風体の男達。十人近い男たちが見上げるような魔獣牛に飛びかかる!しかし魔獣牛も相当なもので男達をツノで、蹄で突き飛ばし蹴飛ばしては散らしていく。がきんばきんと硬い何かがぶつかり合う音がするうち、手だれの男たちが一人、また一人と跳ね飛ばされてしまった!

 

「やべえ!こいつヌシだ!まずいのに当たっちまった!嬢ちゃんたち逃げろ!」


 肉問屋の親父が叫ぶ。しかしガブもシスも微動だにしない。彼女らに突進する魔獣牛!あいつら恐怖で動けないのか!親父は必死で牛を止めに入ろうとするが足が痺れて動けない。

 

 ドドドドドドド!

 

 突進する魔獣牛がガブに接触する刹那、ツノを無造作に掴んでがっぷり受け止めてしまう。レベル1000超えのガブにはレベル二桁程度の魔物の突進など物ともしない。ざりりりり…少しだけ地面を引っ掻き後ずさるもしっかりと支えるガブ。にっこり可愛いねーと笑うガブを見て牛の目に怯えが走った…食われる!相手を間違ったと悟ったのだろうか。

 

 シスは牛を受け止めているガブの背後からひらりと舞うように飛ぶ。彼女は右腕を伸ばして牛の後頭部にこつんとたった一回軽いノックをかけた。怯えを帯びた牛の目はぐるんっと白目に変わり、瞬間牛は頭を傾かせると斜めにぶっ倒れた!シスの目もまたあの肉を手に入れる為、と狩猟者の目をしているのだった。

 

 ズズゥゥゥン。

 

 あっけなく魔獣牛は撃ち倒された。

 それも見目麗しき女性二人によって。

 

 実の所、圧倒的レベル差による蹂躙なのだが、世紀末な男たちには何が何だかわからない。まるでおもちゃを扱うように牛のツノを引っ張ったり、頭をペチペチする二人をまるでとんでもない化け物を見たかのように呆けて見つめるしかなかった。


 肉問屋の親父は感涙しながらガブに両手でがっしりとハンドシェイクだ。


「あんたの牛肉愛見せて貰ったぜ!何でも持ってってくれ!」


「いやあ。あははは、ありがとぅ」

 


◆◆◆◆◆



「こんなに買ってきたのか?!」


 タスクはキッチンの調理台に置かれた肉の包みの大きさとその量に驚く。ガブとシスに頼んで買ってきてもらった牛肉だ。二、三キロどころではない、桁が恐らく違う。ひと抱えもある肉の包みがどでーんと目の前だ。中を改めると肉はちゃんとスライスして貰ってある徹底ぶりだ。

 

「えへー、行きつけの店で教えてもらったお肉の問屋さんが親切な人でね、ちょっと仕入れのお手伝いしたらタダで分けてくれたんだよっ!」


「すごいな、いい赤身の肉だ…こっちは霜降りも!」


 肉の包みを開けて中を確認するタスク。ちょうどキッチンはさまざまな野菜が調理台の上に並べられていた所だった。ぱんっとタスクは拍子手を叩くとガブたちに宣言した。

 

「よしっ、今夜はすき焼き決定だ!こんなにいい肉をたくさん手に入れてきたんだ、すげー晩餐になるぞ!」


 いえーいとハイタッチを交わすガブとシス。

 二人のとんでもない大活躍をタスクは知らない…。ガブもシスもタスクには肉ゲットの詳しい顛末を内緒にしておくつもりらしい。

 

「そういえばなんで『すき焼き』なんだろうな?」

「えっ」


 シスは以前の親子丼の時のように『すき焼き』の名前の意味について不思議がった。牛の肉なら『牛焼き』でよさそうなものだが、と首を傾げる。

 

「当てっこしてみようか、後でタスクさんに答え合わせしてもらうんだよ」


「いいだろう、さて…『すき』で『焼き』なんだろう、まずなんで『すき』なのか。さっぱりわからんのだよな」


 ふふーんとガブが腕組みして指を立てた。これぞ名案とでも言わんばかりにシスに自分の答えを言う。

 

「ずばり『好きな人と肉を焼く』から『すき焼き』!とかっ」


「それだと一人では食えない料理になってしまうぞ」


 がくりとガブが落胆する。何か違うことを考えていたらしく、そうだった、そうでしたあ…と物凄く悔しがっているのだった。

 

「あの綺麗な料理の写真だと焼くと言うよりも煮ていたからな…まさか?鍋を焼くのか?火の中に放り込むとか」


「そんなことしたら食べられないんじゃ?まさか火の中で一緒に食べるわけでなし」


 ふむうと二人は頭を寄せて考え込む。

 そこへ夜番の引き継ぎを終えたデューメがやってきた。

 ニヤリと笑って二人に話しかけた。

 

「何やら二人して悪巧みかの?」


「違うよー、タスクさんの作る晩御飯の名前がね、また面白いから由来とか意味を当てっこしようってね」


 デューメを仲間に入れてガブとシスはああでもない、こうでもないと飯の名前談義を重ねる間にタスクの支度は順調に進んでいる。鍋の材料を大食い女王達用にたっぷりと仕込むといよいよ食堂へと運び込み始めた。

 

「ちょっと前を開けてくれ、コンロと鍋を置くから」


 カセットコンロを置き、その上に鉄鍋をセットする。野菜がたっぷり入ったバット、牛肉の包み、そしてボウルに山盛りの卵。それぞれの卓の前には取り皿と丼茶碗。今から鍋を火にかけ始める様子にガブはおや?と空っぽの鍋を見てタスクに問いかけた。

 

「あれっ?もう出来上がりかと思ってたけど、これから作るの?」


「そうだぞ、目の前で作るのが『すき焼き』なんだ。それがいいんだよ。みんなにはぐつぐつになるところまでしっかりとその目で見てもらうぞ」


 タスクはガブ達が手に入れてくれた肉の包みを開けた。目を見張るほどの上等の牛肉に改めて感心する。差しの入り具合はなんとも滅多に見られる代物ではなかった。この世界にもこれほど立派な霜降り牛が居ようとは!

 

「さあ、みんな、見ててくれよ」


 包みから牛肉の大きな一枚を菜箸で掴み上げる。おおっと皆から声が上がる中、熱した鉄鍋に牛脂を放り込み、転がしたところへ肉を横たえる。じゅわああああ!脂が弾ける音と共に瞬く間に肉に火が通っていく。タスクはすかさず二枚、三枚と同様に鉄鍋に放り込むと砂糖と醤油、酒を次々に投入して肉を焼きから煮詰める方向へと持っていく。まだ赤みが残り程よく割下と絡んだ牛肉をガブ、シス、デューメの取り皿によそった。

 

「まずはそれを食べてみてくれ」


「うん!いただきますー!はくっ」


 ガブが熱々の焼き煮上がったすき焼き肉を一口に食べた。

 もぐ、もぐ…目がぎゅっと閉じられる。

 

「にくぅ…もぐ、んぐ、蕩ける、あっあっ、無くなっちゃう、肉溶けたぁ!お、美味しいっ!」


 ガブのリアクションに触発されたシスも取り皿とフォークを持つとすき焼肉に齧り付く。大きく切られた肉をつるん、もぐっと頬張っていく。


「おおっ!私も食べるぞ!あむ、ふむっ、う、うまい!本当に溶ける!なんだこの美味さはっ!?」


「ほう!これはなかなか美味いですな!牛の肉をこんなふうに食べるとは」


 タスクは皆が肉を楽しむ間に野菜を鉄鍋に並べて割下を注いでいく。続けて肉をぎっちりと野菜の中心に並べて煮込み始めた。ガブたちの目は鍋に並べられた牛肉に釘付けだ。

 

「こっからはみんなで好きに鍋をつついてくれ、なくなってきたらどんどん具を放り込むからな。皆も手元にある具材を入れて構わない。飯も渡すから好きにやってくれ!」


 タスクは全員の丼飯をよそうと自分も卓についた。皆と共に参戦するのだろう。

 

「やたー!じゃあ私この肉と野菜たーくさんもらおうっと!」


「私もだ、タスクくん、とった分をまた足しておけばいいのだろう?」


「ああ、その感じでいいよ、肉も野菜もたくさんあるから遠慮なく食べてくれ、何しろこんなにいい肉なんだから。ガブ、シス、手に入れてくれてありがとな!」


 湯気がもうもうと上がる鍋を四人が囲み、箸が行き交う。時折箸が喧嘩してもご愛嬌、取り合うことなく笑って肉と野菜を取り寄せていく。皆が各々鍋から具を取って食べていくことに慣れてきた頃、タスクが起こしたあるアクションに皆が注目した。

 

 卵を取り皿に割り入れてかき混ぜ始めたのだ。


「タスクさん、それは?」

 

「これか?すき焼きは生卵を加えても美味いんだ。冷ますためとかの意味もあるけど卵をくぐらせた肉は最高だぞ。生卵が苦手な人もいるだろうから最初からお勧めはしなかったんだが…ガブ、試しにやってみるか?」


 タスクは火の通った大切りの牛肉を取るとざぶんとかき混ぜた卵にくぐらせた。タスクがあーんしろとガブに促す。ガブは恥ずかしそうにしておずおずと口を開けて肉を迎え…ぱくり。

 

「もぐもぐっ、ん、ぐっ!なにこれ?!ナニコレっ!凄いまろやかで美味しさ倍増!タスクさんもっと早く教えてようっ!これすごいよっ!」


 一旦落ち着きかけた勢いが卵によって再び加速する。ガブとシスはこれでもかというほど卵と肉をお代わりし、二人でたっぷり10キロ近くを平らげてしまった。もちろんご飯や野菜もお代わりしているから相当な量を食べているだろう。さすがは女王たちである。


「いやー『すき焼き』がこんなに美味しいなんて!」


 ぽんぽんと膨れたお腹をはたきガブが椅子で寛ぐ。凡そ女の子らしからぬ、ぶっぷくぷーの顔をしてだらしないポーズだ。くたりとすっかりリラックスしている。シスとデューメは共に仕上げのうどんをつるつる啜っている。特にシスはうどんがとても気に入ったらしく丼に肉や野菜を一緒に盛りダシの効いた割下と共に何杯もお代わりを啜っていた。


「全くだ。牛の肉がこんなに美味くなるなんて。あの牛をまた狩りに行かねばならんな」


「ぜひまた来てほしいって言われたしね」


「何の話だ、問屋で手伝いしてきたんじゃなかったのか?」


 開いた皿やバットを片付け始めたタスクが二人の会話に気づいて問いかける。二人は肉問屋の魔獣牛狩りに同行し、大物を倒したお礼で肉をたっぷりと分けて貰ったとは言えず、揃ってぴーぷぷーと口笛を鳴らして誤魔化すのである。


「そう言えば『すき焼き』の意味をまだ聞いてなかったね」


「おお、そうだ!タスクくん、『すき焼き』とは一体どんな意味なんだ?」


 厨房からタスクの返事が返ってくるまで二人の女王はああでもない、こうでもないとまた『すき焼き』談義を始めるのだった。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

次回はいつも通りの更新ペースに戻ります。

12/23の20時の見通しです。

どうぞよろしくお願いいたします。


いつも読了、ご評価、ブックマーク、ご感想をありがとうございます。とても励みになっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] すき焼きは高いお肉だと美味しいのですが、脂が強すぎてたくさん食べられなかった記憶があります。 そう考えるとたしかに安いお肉の方が向いてそうですね。 ガブとシスならモンハンみたいな獲物をバッ…
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