24話 シスと親子丼
見つけて下さってありがとうございます。
予定通り本日分を投稿します。
第24話になります。食堂二日目、シスが試食番です。美味しい想いをしつつ何やらタスクに持ちかけるシスですがさて?
食堂を開店して二度目の営業日になった。
前回の反省会で出た問題点をあれから皆んなで再度議論したが、どう頑張っても作る人は俺一人だからそこを基準にしようという整理になった。元々食堂で金儲けしようなどとは考えてなかったのもあるし、俺はそもそもプロの料理人じゃないから商売をとことんまでやり切れる自信もない。
ともかく今日は目算で60食を用意している。
心持ち前回よりは多めだ。
「結局みんな手伝ってくれるのか」
「当然だよっ、平和な街の自警団のささやかな奉仕活動みたいなもんでしょ。戦うばかりがお仕事じゃないもんね」
ガブは胸を張って言う。まあ確かにパールベックは冒険者の為の最初の街と呼ばれるくらい平和な街だからな。前回はなし崩し的に各自頑張って貰ったが、きちんと役割を整理することにした。
キッチン手伝いはデューメ。やはり刃物の扱いが上手なので材料を切ったり下処理ですごく助けて貰った。
「はっはっは、これでも旅慣れております故、飯の支度はお手のものですぞ」
ウェイトレスはガブ、シス、新規参入のスクルドだ。うちの食堂は一品のみなので注文は取らなくていい分多少は楽なのだが、入店人数のチェックや客から色々頼まれたり聞かれたりしててんてこ舞いだった。スクルド加入でウェイトレスが3人もいてもらえるととても助かる。なにしろ前回はキッチンからかなりヘルプしたしな。
「あたい、切った張ったの仕事を予想してたんだがなあ」
「いつかそういうこともあるかもしれんが、今はこの食堂が戦場だ、剣や魔法は無くとも気はぬくな、なかなかの厳しさだぞ」
ぼやくスクルドにシスが注意する。なかなかスクルドもエプロン姿が似合ってるじゃないか。…はいはい、ガブも似合ってるからぴょこぴょこ俺の前でジャンプしてアピールしないの。
気を取り直し俺はみんなに今日のメニューについて説明を始めた。
「今日は親子丼と赤だしの定食だ。持ち運びには十分気をつけてくれ。一応ご飯と赤だし、それと漬物はおかわり自由にしてあるから客には前回同様カウンターを案内してあげてくれ」
「はーい。親子丼、私も後で食べようっと。シス、美味しかったんでしょ?」
つんつんとガブにつつかれるシス。今日の試食係はシスだったからだ。けふっと軽く息を吐く彼女からはすでに合格をもらってある。彼女はたらふく試食済みで満足してる様子だ。
「ああ、問題ない。卵とダシが美味い飯だ、あれなら客も喜ぶだろう」
ニンマリ笑うシスとやりとりした試食の時間を俺は思い出していた。珍しく話し込んだ時間だったな。今から戻る事、2時間近く前の話だ。
◆◆◆◆◆
「タスクくん、今日の試食の係は私がやる。それと作るところに入らせてくれまいか」
朝飯の時間にシスにこう言われて俺は先日よりも早めの準備に取り掛かった。何故かシスは作るところから見たいと言い出し、俺がキッチンに入ると同時に横で作るのを見始めた。
「珍しいな、中に入ってまで様子を見にくるなんて」
「たまにはいいだろう、どんな手際か見てみたいと常々思っていたんだ」
俺は親子丼のメインとなる鶏肉の仕込みから始めた。一口大に鶏肉をカットしていく。仕入れたのはもも肉だ。胸肉だと煮込んで置いておくと固くなるからな、今日は柔らかさとジューシーさを求めてもも肉を使うことにした。
「そんなに珍しいもんでもないだろ?」
「いや、私が興味をそそられたのは料理名でな。『親子丼』などと凡そ食べ物の名前ではないから一体何を作るのか楽しみ半分、興味半分といったところだが…まずは鶏肉が出てきたか」
なるほどな、俺は当たり前のように親子丼と言えばアレだなと思い浮かぶけど、シスたちのように異世界で初見なら、名前を聞いても何が何だかわからないだろう。
俺は大量に切った鶏肉をひとまずボウルに移した。続いて卵をもう一つのボウルにガンガン割り入れていく。後のことを考えるとハンドミキサーが欲しいが残念ながらないときてる。泡立て器で頑張ろう。
「どうだ、鶏肉ときて卵、なんか想像できたか?」
「ふーむ?この後小麦とバターでも出して鶏肉の包みパイでも作るのか?」
やはり想像はむずかしいか。飯を出せばちょっとはわかってもらえるのだろうか。
俺は先に煮立たせてあるうどんだしの様子を見た。親子丼は甘かったり、しょっぱかったり、ダシオンリーの味だったり色々あるが、俺はうどんダシに砂糖を足したのが好きだ。香りが良くてふわりと淡い甘さが好きなんだよな。沸騰させずに緩やかに煮込んである。
「後入れるのは玉ねぎだ。さあ作り始めるぞ、見ててくれ」
「ああ。お前が得意とするダシの香りがたまらんな」
まずはでかいフライパンを用意する。本来は丼用の縦持ちの親子鍋なんだがな。そこへ鶏肉を大量に放り込み、焼き目がつくまで焼く。香ばしい香りがしてきたら今度は玉ねぎを放り込み同じく軽く焼く。そこへダシ汁を一気に流し込む。
もうこの時点でシスの目は釘付けだ。
「うーん、このまま飯にかけて食べたいくらいだな」
「シス、いい線行ってるがここにさっきの卵をかけるんだ」
割ほぐした卵を完全に黄身と白身が完全に混ざり切らない程度にかき混ぜておく。肉と玉ねぎが煮立ってきたところへ周りからくるくる囲うように卵を流し込む…ふわりふわりとダシの中で卵が泳ぎ、肉とネギに絡みついていく。
「おおお、これはっ!」
「もうちょっとだ、一旦火を止めて半熟にする」
卵が固まり出してほぼ出来上がりのなか、煮立っていく直前で火を止めて蓋をする。その間にシス愛用のタライサイズの丼を取り出し、炊き立て飯を盛り付ける。先日のガブと同じで3キロくらいか?
「あ、もう少し盛り付けてくれ」
へいへい、じゃあ4キロにしとくよ。更に丼へとご飯を盛りつけた。本当に小柄なあの体のどこに入っていくんだこの量が。
蒸らしておいた親子丼の頭…ふわふわの所へもう一度軽く卵をひとかけして半熟をさらに演出する。もう一度蓋をして…ご、よん、さん、に、いち、よし行こう。たっぷりの熱々ご飯へと親子丼の具をダイブさせる。よーし半熟風味でとろとろだ!結構デカくて丼に綺麗に乗せられるか自信がなかったが、セーフ!
三つ葉を散らしてと。
完成!デカ盛り親子丼完成!
赤だしと漬物を添えて出来上がりだ。
「シス、出来上がりだ、さあ食べてみてくれ」
「言われなくとも!ん?これは箸で食うのか?」
俺はスプーンと箸の両方を差し出した。シスは迷わず大ぶりのスプーンを取るとさくりと親子丼に突き立てひとすくい。ふわあっと湯気上がるかたまりを口へと放り込む。
ぴきーん!前髪から透ける赤い目が見開いた!まさか覚醒したか?いつもは静かに食べるシスがまるでガブのようにがつがつと親子丼に齧り付く。まるでタライに顔を突っ込むがごとくのがっつきようだ。
「美味い!何より卵がとろっとろでたまらん!ダシの味と合わさって淡く甘い…!肉も柔らかくて香ばしく…止まらんな、これは!まるで飲み物のようにいけてしまう、もぐもぐっ!」
「喜んでもらえて何よりだ、間に赤だしや漬物を挟むといいぞ」
「言われなくとも、はぐ、もぐ、もぐっ!」
瞬く間に半分近くを食べ進め、赤だしをじるるるると音立てて啜りまた親子丼をかっくらう。俺は漬物と赤だしをおかわりしてやりながら、普段と違うシスの様子に驚いていた。こんなにパワー喰いするやつだったか?
「どうだった?」
ふーっと椅子にもたれて惚けるシスにお茶を差し出して聞く。本当にあっという間だった。多分15分くらいだろうか、重さ5キロ近い親子丼がシスの胃袋へと吸い込まれてしまった。彼女は茶を啜ると猫耳フードを脱いで前髪をかきあげると一言こう言った。
「迷わず合格だ」
「よかったよかった」
「しかし一つだけ不満がある」
びしっと彼女は俺に指を立てて突きつける。なんだ、何か味付けに不満でもあったというのか?
「結局親子丼とはどう言う意味なのかわからなかったんだ。食べながらずっと考えていた。美味い、確かに美味い!とろとろふわふわの中にある、柔らかな鶏肉とダシの味わい、たまらないのだが…そこからどれだけ考えても名前の由来が思いつかなかった。親子で食べるものでもあるまいしな…」
うーんやっぱ難しいか。俺は食堂の玄関先に置く黒板ボードを持ってくるとシスの前に置いた。チョークを持つと絵を描き始めた。一つは卵と鶏、もう一つは卵と豚の顔だ。
「なんだ?丸とカラスか…こっちは丸と豚?」
「ごふっ!卵と鶏だと思ってくれ…俺に絵心は全くない…ようはさ、使ってるのが鶏の卵と肉だろ?卵は鶏の卵…子供だよな?で、親の鶏の肉を使うから親子丼なんだ」
俺は卵と鶏の絵に矢印して『親子』と書き足した。
「は?親で、子?…………なるほど、親子とはそう言う意味だったか!」
この知識があると鮭の親子丼、いくらとサーモン丼とかも理解できるんだよなー。思わぬ異文化交流な話になっちまった。
「じゃあ先日他人丼と言って賄いに出していた丼は?」
俺は卵と豚の顔の横に矢印して『他人』と書き足した。
「あれは鶏の卵に豚肉だから他人なんだ。親子にならないだろ?」
ぴかびかとシスの目が輝いたように見えた。お腹を抱えて笑い出す。そしてひとしきり笑うと彼女は手を叩いた。
「あっはっは!なるほどな、同じ親…鶏とその卵だから親子丼で豚なら他人丼か。面白い言い方をするものだ」
「まあ、肉を牛肉にしても他人丼になるんだがな。本当に俺の故郷にあるぞ、俺も作れる」
食べたばかりのシスがごくりと喉を鳴らす。すすすと俺に忍び寄ると耳元で囁く。
「是非ともその牛の他人丼も食べてみたいものだな」
「まずは牛丼食べてから牛他人丼を食べてくれ、どっちも美味いから」
まったく不思議な神様だよな、シスは。多分全部の神様の一番上なのに気さくで食べることが何よりも好き。まさか俺の飯にここまで食らいついてくるとは思いもよらなかった。
「楽しみにしておこう。それにしても君の扱うダシはすごいものだな。私はすでに虜になっている。ダシを扱う料理と聞くともう楽しみで仕方ない」
「うーん、俺の国ではダシは普通に扱ってたぞ。だしの素とか、だしつゆの調味料には事欠かない。いつか俺の世界に行くことがあれば是非食べてみてくれ、俺なんかよりずっと美味い飯がまだまだたくさんあるんだからな」
俺は空になった食器を流しへと放り込む。
出した飯がいつもすっかり綺麗に食べてもらえるのはとても心地よい。
「それなんだがな、今回異世界への移動は何某か危険が伴うとわかったからな…君がこの世界でやるべきことを終えたら使徒にスカウトさせてもらう方が早い気がしてきたんだ」
俺はざっと水を流し始めた。
「えっ?よく聞こえないぞ」
丼を洗いながら俺はシスの話に耳を傾けるが水の音に邪魔をされる。気にせず洗い物に集中し始めた。
「とは言えガブや三女神がうるさいだろうからその時は交渉せねばな…なあタスクくん、いっそ私と組んでこの世界を征服してみないか」
たわしでごしごし丼の底を洗う。今度中性洗剤でも買おうか迷っている所だ。使ったら異文化の汚染を嫌う三女神から怒られるかな?ああ自動洗浄機欲しいぜ。
「私の力を使えば即叶うぞ?『推し』のハッピーエンドは思いのままだ、そうなれば君の願いも果たせると言うものだろう」
今も水が流れる音が響いている。
椅子にもたれたシスが俺を見て何か喋っているが俺の耳にはまったく聞こえてこない。
「な、なんなら眷属という選択肢もあるんだ、み、身内になると言う意味で、な」
いつになく真剣な目つきに俺はそんなに飯がうまかったのかと思い俺は頷き返事をした。きゅっと水道の蛇口を閉じた。
「ああ、楽しみにしててくれ。また美味いの作るからさ」
「なっ?!さっきの話は聞こえてなかったのか?」
「だから飯美味かったって話だろ?」
俺は洗い物を終えてシスの方を向く。
なんだ、シスがなんだかがっかりしてるのは何故だろうか?
「はああああ…まーったく、せっかくのいい話だったというのに」
シスが何やらぼやいてる横で俺はタオルで手を拭きながら時間を確かめていた。そろそろ11時か。開店まで後少し、今日も客で賑やかになるのだろうか。心なし外から人の声が聞こえてくる。
なにやらシスが腕組みして考えていて…しばらくしてにやあっと笑うと俺に話しかけてきた。何だか嫌な予感がするんだが。
「…タスクくん、ひとついいか?」
「ん?なんだ」
「さっきの黒板に今日のメニューについて説明書きを出しておこう。親子丼とは鶏肉と卵を使ってダシを効かせた丼料理だとね。私みたいにわからなくて困る人もいるだろうからな。もちろんさっきのタスクくんの絵付きだ」
「説明書きはいいけど俺の絵だけはかんべんしてくれよ〜」
◆◆◆◆◆
お昼前、食堂の玄関前に今日のメニューの説明書きの黒板ボードを置いた。丁寧なシスの手書きで「ふんわりした甘くダシを効かせた卵と鶏肉をライスに乗せた料理」と。
結局、シスは俺の絵の描き直しをさせてくれなかった。
ガブやデューメたちにあの骨みたいな鳥っぽいものは何だとか、客には白いカラスに見えたとか言われて俺はとても恥ずかしい思いをした。トサカか?トサカが足りないのか?!だから俺は絵が下手くそだってのに。それを見てシスがたいそう笑うのだ。
「あっはっは、タスクくん、それは私の大事な話を聞き逃した罰だよ♪」
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
次回はいよいよカレー回です。
キーが大暴れしそうな予感。
久々大食い回になりそうな。
次回は12/12の20時更新の見通しです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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