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1話 ガブと俺

本日投稿分 2/4 です。

 俺は公尾たすく、日本人、男。

 ここではタスク=キミオで通してる。

 年齢は二十代真ん中の社会人。

 背は高い方、痩せ型、短髪黒髪。

 間違ってもイケメンでは無い。

 趣味はスマホのアプリゲー、車でのドライブ、飯屋巡り。

 特技は料理。

 と言っても家庭料理レベルだけど。

 一人暮らしが長く必要に迫られて自然とやるようになった感じだ。菓子も気が向けば作る。


 そして異世界転移者。


 元の世界で交通事故というか、通勤途中に横断歩道を渡る子供を信号無視の車から庇って跳ねられてしまったんだ。多分アレで一度死んじまったんだと思う。人通りが少なくて信号の無い横断歩道、それも見通しが良すぎる直線道路はマジでみんな気を付けろ。車がほんっと止まってくんないから。


 目が覚めると露店や人がごった返す騒がしい雑踏の中に俺は立っていた。そこは中世風の見知らぬ街中だった。何かを焼くいい匂いが鼻をくすぐる。思わず美味そうな匂いのする店に顔を突っ込みたくなった。


 今時珍しい石畳の道の左右に様々な露店が並び、買い物客らしきいろんな色の髪、肌の外人が歩いている。背広を着てるのは俺だけで特撮なのか映画なのかファンタジー衣装のコスプレな人ばかりが目につく。何このドッキリ?何かの海外ロケ?と疑う俺。この場所をGPSで確認しようとしたが胸ポケットにあったはずのスマホは無くなっていた。

 

「らっしゃいらっしゃい、豆が安いよー」

「今日は良い魚が入ってますよ」

「何とか一個100ゴールドにまからんかね」


 外人だらけなのに周囲の話し声がわかる…全て日本語に聞こえる。その辺の人に話しかけてみるとちゃんと言葉が通じて気さくに会話を交わしてくれた。ここはどこかと訪ねてみると…


 ここは「パールベック」の街だそうだ。


 何処かで聞いた事がある街の名前だ。やがて俺内検索はひとつの街の名前を弾き出した。でもそれは現実には無い街の名前だった……はず。


 俺は露店通りを抜けて街の中を散策してみた。どういうわけか焦りとか不安はなかった。余りに現実離れした体験だからだろうか。


 中央の大通りにある銀杏並木と煉瓦造りの街並み、三階建ての立派な街議会庁舎とその正面広場にある街シンボルの巨岩遺跡、野球場みたいに大きな円形闘技場、剣と盾を模した立派な看板の武器屋、民家と全く見分けのつかない道具屋、とどめに天を仰げば真昼の空に大小三つの白い月ときた。海外どころかもはや地球ですら無い…。それら全てが俺の知るとあるアプリゲーの背景絵やスチルと酷似していた。


 ここは俺がめっちゃやり込んだアプリゲーの『ドラゴンパラダイスロスト』、通称『ドラパラ』の最初の街、「パールベック」だ。


 実はこの時俺は思いっきりがっかりした。

 ついに俺にも来たよ、異世界転移…。

 よりにもよって何故俺が毎月心待ちにしている焼肉れっどきんぐの半額デーにぶち当ててきたのか。お陰で嬉しさが半減してるぞ。くっそ、すき焼きカルビを食いたかったな…嗚呼とき卵に通してオンザライス…!至福の瞬間…。


 ごほん、話を戻そう。『ドラパラ』はマップクリア型のファンタジーシミュレーションRPGだ。


 舞台は悪の幻竜帝国に脅かされた世界。プレイヤーはとある辺境小国の街で自警団の団長となって街を護り、やがては帝国に虐げられた人々を集め義勇軍を立ち上げて帝国に立ち向かっていく。剣と魔法とドラゴン、そして沢山のキャラクターが織りなす群像劇と敵味方キャラがガチンコ勝負する熱い戦闘シミュレーションが売りだ。既に何年もサービスが続いている人気のアプリゲーで、今も好評稼働中だ。

 

 章立て構成のストーリーの中でたくさんの個性溢れる魅力的なキャラクターたちが団員として加入する。各々が様々な武器(剣槍斧弓暗器)や属性魔法(地水火風光闇)を使う戦闘キャラでもある。彼らから10人のチームに選抜、編成して帝国軍と戦わせるんだ。ちなみにチーム10人即ちスタメンに選抜したキャラを一軍、選抜出来なかったキャラを二軍と俺は呼んでいる。


 俺はメインキャラの中に『推し』がいた。独特の見た目と相待って小柄なくせに一人でパクパク何キロも食べる大食いクイーンなあいつ。俺が好んでファンになる食べキャラの中でも超お気に入りに入っている。


 キャラの名前はガブリエラ。


 そう、さっき食堂に来たあいつだ。故郷を帝国に滅ぼされこの街に落ち延びて来た、自称亡国の姫。彼女を一言で言うとお調子者でお人好し。びんぞこ眼鏡の冴えない風体でかなり砕けた話し方をするものだから誰にも姫だと思われていない。むしろ下街育ちと言われた方が納得するだろう。


 ゲームの戦闘キャラとしてのガブの評価は平均以下、ジョブはソードマンでそこそこ使える程度だ。序盤ステージでも雑魚との対戦で撃ち負ける事数知れず。よほどの理由が無い限り二軍行きは確実だろう。俺は好きで育てていたがステータスの伸びが悪くて育成には苦労した記憶しか無い。


 彼女はメインストーリー第一章序盤で帝国兵に追われていた所を街の自警団に救われ、彼らに恩義を感じて団員見習いとして半ば強引に団へ加入する。以後、第一章のストーリーで幾度も会話イベントに登場してくる。第一章中盤には彼女の主役回まであって当時はヒロイン並みの大活躍だった。


 彼女の主役回はとても印象深く内容を今でもはっきりと覚えている。是非とも語らせてほしい。



 秋の収穫の時期、パールベック収穫祭のイベントの一つに大食い大会が開催される事になった。街の大食い人物として有名になっていたガブは大会出場のオファーを受けた。あまり派手な事を好まない彼女にしては珍しく、この大会に並々ならぬ意気込みを持って参加を引き受けたという。


 大食い大会の料理は街の子供たちが中心になって作る。街に居着いて以来、子供たちととても仲の良いガブは「みんなの作るご飯をぜひ食べたい!」と祭りの直前まで子供たちに語っていた。さらには「絶対優勝するよ」とたびたび豪語していたそうだ。


 そして収穫祭の当日。

 大食い大会は午前午後のニ部構成で開かれる。

 今回は制限時間内に食べた量を競う形式だ。

 挑戦者たちが食べるメニューは大会終了後、見学者全員に振る舞われる。メニューは直前まで伏せられ試合の場で発表された。


 午前予選/ライ麦パン/時間60分である。


 予選は総勢100人以上が挑戦する大規模な試合になった。人数の多さから街で最も広い街議会庁舎正面広場に特設会場が設けられた。挑戦者の並ぶ各テーブルで熱い激戦が繰り広げられた結果、上位二人が決勝へ進出した。その二人とは…


 一位、ガブリエラ。113個完食。

 二位、フードファイターグルマン。88個完食。


 ガブの圧倒的強さに誰もが舌を巻いた。


 決勝前のオッズではガブが8、グルマンが2になった。予選の成績から考えれば決勝は確実にガブの勝利であろうと予想された。


 そしていよいよメニューが発表された。


 午後決勝/バーベキュー串(肉野菜)/時間60分である。


 焼き立ての芳しい香りのするバーベキューを前に俄然やる気のガブ。焼き台で懸命にお代わり用のバーベキューを焼く子供たちに彼女は優しい視線を送ると、料理に向き直り臨戦体制を取った。


 決勝スタートの笛が鳴り響いた。


 しかし。


 戦いが始まるとガブはバーベキューをふた皿食べた所であっさりとリタイアしてしまう。


「私お腹いっぱいでーす!降参しますー」


 騒然とする会場。時間にして五分足らずでのゲームセットに焦る司会者。ガブに賭けていたギャンブラーたちは予想外のリタイアに怒り彼女に罵声を浴びせた。八百長と声が飛び方々から卵が投げつけられベタベタになってもひたすら謝り頭を下げながらガブは会場を去っていった。


 ボロボロになって帰ってきたガブを自警団の仲間たちは馬鹿にしたり腹でも壊したかと揶揄った。どれだけヤジられようと彼女は笑って何も語らなかった。


 しかしバーベキューを作った子供たちだけは彼女のリタイアに疑問を抱いた。あれほど僕たちの作るご飯を食べたいって言ってたガブ姉ちゃんが全然食べないなんてヘンだ、それに優勝するってすごく気合い入れてたのに。ガブ姉ちゃんはどうしてこんな事を…。


 ガブはなぜ勝負を諦めたのか?


 それは決勝の相手グルマンの食べ方だ。この男は手持ち武器の棍棒を使ってあらゆる食べ物をすり潰して飲み干してしまう外道喰いのフードファイターだったからだ。


 グルマンが無造作に串から抜いた肉野菜をすり鉢にぼたぼたと放り込んでは棍棒ですり潰し、汚く飲み込んでいく様を子供たちはとても悲しそうに見ていた。


 みんなで汗を掻いて焼いたバーベキュー。

 なんでフツーに食べてくれないの?

 あんな食べ方って美味しいのかな。

 母ちゃんが苦い野菜をあんな風に肉と混ぜて食べさせてくるよ…もしかして僕たちのバーベキューが美味しくないのかな…。


 喜びもせず、感謝もせず、味わいすらせず、料理を粗末に扱うグルマンの食べ方にガブはかつてない憤りを感じた。こんなにも美味しいのに。子供たちみんなが一所懸命に焼いてくれたバーベキュー、とっても美味しいよって伝えたいのに…。


 これ以上大好きな子供たちが作ったバーベキューを穢されるなんて見たくない、見せたくもない。彼女は試合をすぐにでも止めさせる為、迷うことなくリタイアを選んだのだ。



 彼女が会場から大切に腕の中に包んで持って帰ってきたものがあった。


 それは一本のバーベキュー。


 ガブは一人、自警団事務所の裏口に座って、冷え切ったそれをゆっくり静かに味わいながら食べていた。彼女は幸せそうに最後の一欠片までしっかりと噛み締め、微笑みながら呟いた。


「みんな、とっても美味しいよ」


 ちょうどそこへ大会でバーベキューを焼いていた子供たちが現れた。彼らはガブを心配して追いかけてきたのだ。間違ってたらごめんねと前置きした子供たちはガブが何故試合を降りたのか、自分たちの考えを伝え、「お姉ちゃん、美味しく食べてくれてありがとう」と感謝の言葉を送ったという。


 そして…子供たちみんなで大切に運んできた大きな大きな包みをガブに差し出した。手にじんわりと温かさが伝わってくるその包みを開くと中から湯気上がる焼きたてのバーベキューがどっさりと現れた。「お姉ちゃん、お代わりだよ」と子供たちは笑った。


 まだ湯気の立つのそれを受け取ったガブは突然泣き出した。まるで幼な子のように涙も鼻水も涎までも垂れ流しだらしなく大きな口を開けてわんわんと…。


 包みを抱きしめ泣き続ける彼女に子供たちは静かに寄り添ってずっと頭を撫でていたと言う………。



 こいつは食べキャラだからひとまず推しておこう…そんな軽い気持ちだった俺は、このエピソードで思いっきりガブを気に入ってしまった。めっちゃ泣いた。すっげーいいやつだなと思った。そして食べる事に一本筋を通す彼女のマインドが俺に深く響いた。


 第一章リリース中のキャラ人気投票では二十人以上居る団員メンバーを退けて三位を取った位、プレイヤーからの人気が高かったのも頷ける。もちろん俺も彼女に投票した。


 ところがそんな彼女にはまるで似つかわしくない、残酷な運命が待ち構えていた。それは第一章のラストステージにある竜の神殿での聖剣イベントで起こった。聖剣とはドラゴンによく効く剣と言えばわかりやすいか。大地を裂き海を破り空を穿つ究極のマップ兵器。それは圧倒的な軍事力を持つ帝国軍への切り札となり得る武器だ。


 しかし聖剣は錆びつき往年の力を失っていた。


 聖剣の復活には「星竜の血」が必要だと神殿の巫女から団長たち自警団に告げられる。だが星竜の一族は帝国の進軍とほぼ同時に帝国によって滅ぼされていた。


 もはや聖剣の復活は出来ない…落胆する自警団の面々。話を聞いたガブは自分が星竜一族の生き残りだと明かし、進んで自らの血…その身ごと聖剣に捧げて死んでしまう。


「私、みんなに命を救って貰って、ずっと恩返しがしたかった。今まで大して役に立てなかったけど、これでみんなに恩返しできるかなあ?…ああ、お腹空いたな…」


 こんな悲しいセリフと共に彼女は呆気なく逝ってしまうんだ。イベント後、キャラ一覧画面からガブが消えていた。最初俺はキャラ一覧のソートがおかしくなったのか、変なフィルターにしたのかと思い必死で何度も一覧を確認した。結局わかったのは装備も含めて何もかも丸ごと彼女が本当に消えて無くなっていた事だけだった。


 俺は超お気に入りの推しキャラをピンポイントで掻っ攫われ、茫然自失の状態になった。竜の神殿でのイベント全てが強制イベントだとその時初めて気がついた。粛々と進むガブの死亡イベントを前に俺になす術はなかった…


 いや、ひとつだけ抗う術があった!


『第一章をクリアしました。セーブしますか? YES/NO』


 これだ。ここだ。


 俺は第一章クリア後のセーブメッセージに『NO』を突き返した。ガブの強制リタイアに全く納得がいかなかったからだ。


 アプリを再起動後、第一章クリア前に巻き戻った事でガブの無事を確認出来た。安堵はしたものの俺はストーリーを進めるべきか考えた。進めればガブは見殺しになる。俺はこんないいやつを死なせたくない。強制イベントで死亡など全く受け入れられない。


 迷った末に俺は最初の街パールベックへと舞い戻りガブを含めた自警団の育成を続けることにした。少なくともここにとどまっていれば彼女の死は訪れない、死亡イベントがやってこないからだ。


 長らくパールベックでの定住生活を続けているうち、彼女のレベルはゆっくりしたペースではあるが着実に上がり続けた。時間をかけてじっくりと熟成していくように…。

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