16話 熱さと美味しさ
見つけて下さってありがとうございます。
予定通り本日分を投稿します。
第16話になります。大食い勝負、ガブの突然のトラブル、彼女は乗り越えられるのか。その時タスクは。大食いの用語が飛び交いますが私の造語もありますゆえ…ご容赦くださいませorz。テキストボリュームがいつもの倍で参ります。
ガブだ。ガブの手が止まっている。
焦ってる様子で彼女はふーふーとおでんを吹いている。
まさか…?!かなり熱いのか。
ガブがこんにゃくを噛む。
「熱っ!」
口を離して水を飲む。
次に卵、大根と試すも同じ反応だ。
「うう、何これすごく熱い…ふーっ、ふーっ!」
なんだ、ガブが熱いの苦手なんて聞いてないぞ…?!ゲーム中でもそんな話はなかった!
何が起きてるというんだ。
俺は近くの係員にあのおでんはかなり熱いのかと尋ねてみた。すると係員は…
「御使徒様のお話ですと熱々が美味しいとの事でしたので皿は温めてあり、常に鍋を熱してぐつぐつの出来立てをお出ししておりますよ」
などと返答されてしまった。
きっと熱すぎてガブが耐えられるキャパを超えてるんだ…不味い、他の三人はあの熱さにも関わらず普通に食べている!
「がふ、ばふ!どうしたガブリエラ、手が止まってるぜ!うめ、これうめーな、あっついがなかなかに美味い!」
グルマンはすり鉢喰いを禁止されたが本来の大食いペースでおでんの熱々などものともせず食べている。俺は知らなかったがドワーフは熱さに強いらしい。
「辛くて美味い、やはりカレー粉をかけると食が進む!ひーっ!ひーーっ!」
キーはカレー粉をかければ少々熱かろうが関係なく食べられるらしい。ホットスパイスと言う効果がある。熱いと舌に感じる辛さが増すというやつだ。辛いもの好きのキーにはますます好条件になっているだろう。
「美味しい…これがあの使徒の…料理…」
そして謎のフードファイターシスは熱さなど何の苦もなく黙々と食べていく…静かに流れるような所作も手伝い淡々と食べていく姿は美しいとすら感じてしまう。
ガブがいつも楽しそうに百面相を見せながら食べる姿とは対照的にとても静かに食べる人のようだ。おでんを口にするたび大人しめに微笑む…きっと味わって食べているのだろう。俺には四人の中でシスが一番余裕ある食べ方に見えた。見ている間に皿が重ねられていく。速い…吹いて食べていないせいもあるだろう…かなり速い。
まさかの熱さに翻弄されるガブ。
白菜のお好み焼きの時は時間制限もなく水を飲んでいたから気にしなかったが今回は違う。
明らかにガブの食べる速度が他の三人より遅い。
お皿が一つ、また一つと三人に差をつけられていく。熱さに耐えかねて水もよく飲むがこれもかなりの負荷になる。
「うう、どうしよう、こんなに熱いと速く食べれないよぅ…」
ここに来てガブがまさかのスロースタート。
ガブは大食いでこんなに追い詰められた事はかつてない。何かを賭けるなんて勝負事をやったことも無い。彼女は自分の置かれた状況にとてつも無い焦りを感じはじめていた。
開幕早々最大のピンチである。
◆◆◆◆◆
大食い勝負の大切な要素に食べる時の『ペース』というものがある。
『ペース』には大きく三つの型がある。
それは、逃げ切り型、追い上げ型、そして一定型だ。
ちなみにガブは一定型だ。
普通、食べれば食べるほど『ペース』は落ちる。自分の腹の限界に近づけば『ペース』は落ちていくからだ。しかし一定型はこのロジックを無視して限界まで常に一定の『ペース』で食べる。逃げ切り型や追い上げ型にとって『ペース』の変わらない相手はやりにくい。自分の食べるリズムを平然と乗り越えてくる一定型の『ペース』は差が計りにくく常にプレッシャーを与えてくるからだ。
しかし一定型には弱点がある。例えば逃げ切り型に最初から食べた量に差を大きくつけられてしまうと、その後のペースでも追いつけず逃げ切られてしまう事がある。一定のペースといえどそれなりの速さは要求される訳だ。
ガブは今回おでんの熱さの為にペースがかなり遅い。それは一定型の不利なパターンだ…。なんとかして速さを取り戻す必要がある。
「私…こんなに弱かったの…?」
周りの三人の食べっぷりを前に茫然自失のガブだった…。
◆◆◆◆◆
「ガブ…」
俺は呆然とするガブが心配だった。
熱さに対抗する食べ方はいくらでもある。
しかも今回はおでん、かなり効果的な方法があるのだが…。
ガブがそれに気付けるかどうか、それも試合の中でできるだけ早いうちに気づかないといけない。
ガブは熱々おでんをひと齧りしてはおでんを刺したフォークをスープ皿に戻している。だし汁につけて食べる事に拘っているのだろうか。だがその食べ方では熱々のままになって食べにくいはずだ。
涙目になって食べているのがわかる。
大食いは心理状況も大きく影響するものだ。
あのままではペースアップどころかメンタルダウンでペースはますます下がっていくだろう。
彼女にとっては俺を賭けた戦いだ、気づかなくても良いプレッシャーに気づいてしまったのかもしれないな…。
ガブ、気負うな。
気づいてくれ。
ヒントはあるんだ。
この場所はガブが過去に大会経験のあるあの会場だ。あれを思い出せればまだ勝機はある。
試合は残り40分の中盤に差し掛かり、先行逃げ切り型のキーとグルマンは次第にペースが落ちてきた。
「あっさりしているのに意外に腹に溜まってきやがった…肉と卵のせいか?」
「くうっ!カレーの可能性はこんな物ではないはずだ、励め我が身よっ!」
先を行く二人のペースダウンでガブは後三皿で追いつきそうだ。
しかし強敵がいる。謎のフードファイターシスだ。彼女はガブと同じく一定型でしかも速い。今だに食べる速さが落ちない為、ガブとは十皿の差をつけて圧倒的な速さで今も食べ進んでいる。
ガブは涙目で俺を見つめながらひたすらおでんを食べていた。楽しいはずの食事は既に全く楽しく無くなっている。おでんが熱すぎて美味しく食べられないのだ。しっかりと冷ませば美味しいがそれではこの戦いには勝てない。
このままでは勝負に負けて俺は教会に連れて行かれてしまう。もはや焦りばかりが彼女を支配していた。
「うっ、ううっ、やだ、このままじゃ…」
彼女は食べることにこんな苦しさを感じた事はない。きっとフードファイトの辛い面を彼女は初めて感じているのかもしれない。
俺ははずっとガブを審査員席で見つめていた。
何もしてやれない我が身が辛い。
「あいつが苦しんでいる今こそ何か出来ないか…!」
ちらりと横を見ると係員や他の審査員が居並ぶ。中々この場を抜けられそうにはない。ましてや競技中のファイターに声かけなんて出来るわけがない。
その時だった。
不意に審査員席の後ろが騒がしい。
係員と誰かが押し問答しているようだ。
特にここは楽屋は無く誰でも舞台の後ろを通れる吹き抜けだ、誰か通り抜けで揉めたのか?
「なんだ、何かあったのか」
俺が振り向くとそこには係員と話し込むマルコたちサンソン兄妹がいるじゃないか。
「あれ?どうしたんだお前たち」
「タスクあんちゃーん!」
「よかった、気づいてくれました」
「おにいちゃーん」
俺は席を離れて係員の所へと覗きに行った。
「お騒がせしてすいません、この子たちが使徒様に差し入れをしたいと申しておりまして」
「ああそうだったのか、この子たちは知り合いだよ、休憩したかったから少し話してもいいかな?」
「はい、ご休憩のついでであれば問題ありませんので…」
よく見ると審査員の何人かは席を抜けていたようだ。俺は安心してマルコたちと話しはじめた。
「どうしたんだ、三人とも」
「んとな、タスク兄ちゃんたいへんそうだから屋台の飯とか差し入れしようと思ってさ」
「ガブ姉さんもすごく辛そうですし…」
「これこれー」
マゼちゃんから包みを渡された。
開いてみると屋台で買ったらしいトルティーヤ、飴、小さな包みが入っていた。俺は飴を一つ口に入れた。甘みにほっとする。
「差し入れありがとな!…ああ、かなりガブは苦戦してる。きっとな、あのおでんが熱すぎて早く食べられないんだ。何とかして冷まさないとな…ん?」
俺は小さな包みを開けた中に串団子を見つけた。それもまだ湯気の上がる熱々のやつだ。俺は思いついた。
「みんな、差し入れありがとう!きっとこれはガブにもいい応援になるよ、三人とも見てな、あいつはこんなとこで終わらないからさ」
「「「うん!」」」
俺は審査員席に戻ると係員の許可をもらい席で串団子を食べ始めた。大仰にふーっふーっと吹いて団子を啄んでいく…軽く串を振り冷ますようにして。
ガブが俺をみた。目があった俺はこれ見よがしに団子を吹いて食べる…彼女が訝しげに俺を見た。
気づいてくれ、ガブ。
お前は知ってるはずだ。
あの時の食べ物を思い出せ。
しばし何かを考える様子……何度も俺と手元を見比べ、沈黙…彼女はあっ!と閃いたようだった。
彼女は目を擦った。そして手を上げた。
係員にある物を持ってくるように頼んだのだ。
ガブは何を思ったか、係員から何本ものお箸を受け取った。するとおでんを箸に次々と刺して片手に持つ。もう一皿も同様に箸に刺す。それはまるでバーベキューのようだ。両手に構えるとふーふーして一口、いける!と笑顔になったガブがばくばく串刺しおでんを食べ始めるではないか。
そう!これぞ大食いの高等テクニック。
片方にかぶり付き片方を冷ましながら食べる、熱々の料理を効率よく食べる大食いテク、『二丁食い』あるいは『鶴翼食い』と呼ばれる技である。しかも今日の涼しい気温と冷たい風が串に通したおでんを冷ますのを手伝ってくれる。
むしゃ、むしゃと串にしたおでんに齧り付くガブは瞳に闘志を宿していた。笑顔だ、食事を楽しむいつもの笑顔が満ちていた。
「やったな、ガブ。こっからが本番だぞ」
俺はそっと舞台袖にいたサンソン兄妹たちに親指を立ててグッドマークを送る。三人はにっこりと笑って返してくれた。
突如ペースの上がったガブにグルマンとキーは驚くが腹が朽ちて対応しきれない。グルマンはガブの真似をしようと同様に係に箸を貰ったが食が思うように進まないのだ。ましてや熱々に慣れた口では冷めたおでんはあまりおいしく感じなくなる。ペースは一層落ちていった。
「んーっ!美味しいっ!辛子つけたらまたすごいいいっ!」
味変用に準備されていた辛子をおでんに塗り更に食べるペースを上げていくガブ、更なるペースアップである。一定ペースを続けてここで加速するというとんでもない覚醒!
「この食べ方楽しくて美味しいーっ!」
俺はこの間にも他の審査員に話を通してガブの食べ方に問題はない事を確認しておいた。グルマンのすり鉢食べとは違い、お祭りの団子や焼き鳥の食べ方と何ら変わりないと認められ試合を続行した。
元々おでんを串に刺す食べ方は本当にあるのだから当然の判断だろう。ほっとした。
◆◆◆◆◆
いよいよ残り20分。
キーやグルマンは腹の限界を迎え食べる手がほとんど止まっていた。その隙を突く形でガブは追い上げていく。彼女の両手は串を二本ずつにして食べている。ダブル鶴翼である。いや、ドラゴンの双翼とでも言うのだろうか。それはこれまでの四倍の『ペース』を獲得していた。
あまりの加速にシスとの差をあっという間に追い上げて同じ皿数に並んだ。
その数35皿!ここからガチ勝負だ。
黙々と食べるシス。その顔に焦りは無い。
対するガブ。串に刺したおでんをがぶがぶ齧りとって猛然と食べていく…!今も笑顔だ。
残り時間、ご、よん、さん、に、いち!
カンカンカンカーーーン!
白熱する会場の歓声の中、やがて試合終了の鐘が鳴った。
皿の数はガブ、シス、双方36皿。
勝敗の行方はお皿に残ったおでんの計量による審査となった。
当然残った量が少ない方の勝ちになる。
係員がそれぞれの皿を確認する。
ガブは…すじ肉2個とちくわ。
シスは…すじ肉1個とちくわ。
一目瞭然、勝利はシス…!
と思われた時、シスは静かに告げた。
「いや、私の負けだ」
シスの前のテーブルにゆで卵が一つ残されていたのだ。
それは終了前にシスがフォークに差し損なったゆで卵…。
最後の最後で彼女は焦りで手を滑らせたのだろうか?
再計測を行った結果、わずかに30グラム差でガブの勝ちとなった。
「…………!!!わたし、私っ!」
ガブは競技席に座り込むと泣き出した。
キーが慌てて彼女の肩を抱きしめ励ます、勝者は笑うものだと。不貞腐れるグルマンとは対照的にシスは席に座り直すとガブに向けて拍手を送る。
釣られて審査員たちも会場も拍手をし始めた…!俺はガブに何度も頷き皆と共に拍手を送るのだった。
かくして俺は自警団に残ることで確定した。
駆け寄るご近所さんたち、俺は泣くガブにしがみつかれ皆に囲まれてしまった。喜びに盛り上がる。わっしょいわっしょいと胴上げされて最後の最後まで大騒ぎだ。観戦者たちにおでんが振る舞われて大団円の中で大食い勝負は幕を閉じた。
◆◆◆◆◆
「もう帰るんですか?まだお祭りは続いてますよ。私、シスさんともっとお話ししたいです」
盛り上がる勝負の後夜祭、まだまだおでんを交えた宴会は続いていた。そんな中、ひっそりと場外へと抜けていくシスをガブは見逃さなかった。まあ猫耳フードが目立ちすぎるってのもあるが。
「何、中座してまで退席を告げる必要はないと思っただけだ」
ガブは今回の大食いでシスに負けたと感じていた。試合に勝って勝負に負けたという感覚だろうか。
もしガブのおでんを箸に刺す食べ方をシスもやり始めたらガブが負けていた可能性が高い。それなのにシスは最後まで食べ方を変えなかったからだ。それがガブの中でずっと引っかかっていた。
何よりもフォークからゆで卵が滑り落ちさえしなかったら確実にガブは負けていただろう。
「一つ聞いてもいいですか?」
「一つと言わずなんなりと」
シスは芝居がかったジェスチャーで礼の姿勢を取った。ガブは拳を握りしめて問うた。
「何故…あなたも串に刺して食べなかったんですか?」
「それさえすれば君は負けていた、そして私が勝っていたと?」
シスは逆に質問を返してきた。
それまで柔和で穏やかな様子だった彼女はやや冷めた目でガブを見た。
「わかってくれると思っていましたが。料理を美味しく食べる事に拘るあなたなら」
「え………あっ」
「そう。あなたは串に刺して食べるのが一番美味しかったのでしょう?私は煮えるような熱々スープに浸して食べるのが一番美味しいと感じました。だから食べ方を変えるなんて事ありえません」
「………」
「まあフォークで卵を差し損なったのは私のミスです。土壇場で欲が出たのでしょう、肉と重ねて刺そうとしてしまいました。あれこそ私の敗因ですよ」
笑ってシスはガブに背を向けた。
「今日は久しぶりに美味い飯を食べられた。時間制限さえなければもっと食べたかったのですがね。それに…数千年ぶりに『神力』が上がりました、彼には感謝しかありませんね…」
ガブの後ろの物陰で話を聞いていた俺にシスが視線を向けた。
「私の本当の名前はグノーシスだ。また会おうガブリエラ、そしてタスクくん」
そう言い残して彼女は去って行った。
底知れないグノーシスの実力とその余裕…なによりも漂う人外な気配に戦慄するガブと俺だった…。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
新キャラ出しちゃったけど動かし切れるのか、ちょっと心配です。
次回は11/8の20時更新の見通しです。
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