10話 カレーと俺の思い
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本日分を投稿します。
第10話になります。今回はタスクが呼び出されていた間の話とカレーの話です。
何故ここにガブが寝ている?
俺は昨夜間違いなく一人で寝たはずだぞ。よく見るとガブの服が室内着から制服に変わっている。しかも何故かあちこち薄汚れているようだ。寝息がすーぴょろ聞こえてくる…安らかな寝顔に不意に『推し』の尊さを感じてしまう。しかも彼女は眼鏡を外して素顔を晒しているときた。決してゲーム中では拝む事の出来なかったこの光景は、俺にとって眼福な『推し』のプライベートシーンである。スチルに残したいくらいだ。暫く寝かせておこう。
俺は昨日の内にガブに貰った団員の制服を手に取ると部屋の外に出た。自分の部屋での着替えとは言え、ガブが寝ているすぐ横でパンツ一丁になるのはビジュアル的にも倫理的にもまずい気がしたからだ。
背中で静かにドアを閉めてすぐ横の壁に背中を押しつけると素早くフォームチェンジを敢行する。相変わらずガブの服のチョイスはしつらえたように体にぴったりだ。団員の制服を着れば俺もゲームキャラの仲間入りを果たした…そんな気分になる。見習い腕章を二つ付けて変身完了だ。よし、下に降りて飯の支度を始めよう。
と思ったその時。
「わーーーっ!タスクさんどこっ?!」
バンッとドアが開き、俺は避ける間も無くドアの張り手を顔面にもらってしまった。目に火花ちった…前屈み気味で当たったのがおでこでよかった。とは言えこれが結構痛い。
「くうーっ、いいの貰ったわ…」
「あ!タスクさんいたぁ!て、うわああん、ごめんなさいっ、おでこ赤くなっちゃってる」
「まじか、おおいてー」
「あわわ、いたいのいたいの飛んでけー」
「けーしょーけーしょー。それはそれとして…おはようガブ。なあ、昨夜何かあったのか?お前俺の部屋で寝てて、しかも制服着てただろ」
「おはよタスクさんってそうだった!夜中に騒ぎがあってね。私起こしにきたんだけどタスクさん全然起きなくって。疲れてると思って私だけで出かけてきたんだ」
「そうだったのか、すまん、完全に寝てたな…。ん、まて、騒ぎって活動停止中の自警団が呼び出されるような事件でも起きたのか」
女神たちに呼ばれてこっちに体を置きっぱなしだったからな、そりゃ呼ぼうが叩こうが起きるわけがない。ガブには悪い事をしたな。それに街議会の命令で動けない自警団に呼び出しとは余程の事件だったのだろうか。
「昨夜の11時頃かな、私が戸締まり確認で見回りしてたら突然、公営警察隊のキー隊長さんがやってきたの。顔は知ってたからすぐ中に入れたんだけど、とにかく慌ててて。そしたらね…」
公営警察隊の二番隊隊長キー=レジャイルが非常事態と称して夜中に来訪し、街の危機的状況を伝えにきたんだそうだ。確かこの人はゲームじゃチョイ役のNPCだったはず。隊長判断で自警団の活動停止を一時的に解除するから街の警戒に当たるようお願いすると依頼してきたという。
「只事じゃないな、何があったんだ?」
「んーとね、押し入り強盗だよ」
自警団のある街西側とは反対の街東側の宝石店に盗賊団の押し入りが発生し街公営の警察隊が出動した。盗賊団は猛者揃いで警察隊は返り討ちに遭ったらしい。警察隊を退け増長した盗賊団は街中の宝石店や高級装備の店を荒らし始めている状況だった。
「キーさんは盗賊団の追跡に戻ってね。私も動かないといけないから支度して、タスクさんを呼びに行ったんだ」
ガブは俺を起こしに部屋まで来たが返事が無かった為、寝かせてあげようと起こさずに一人で街の警戒に出た。
「本当にすまんな…それにしてもよくガブ一人で対処にでたな、危なすぎやしないか」
「気にしないで。どっちにしろ初めての事だからタスクさんには事務所で張っていてもらおうと思ってたの。それにね、例え戦えなくてもみんなに呼びかけくらいはできるでしょ?私、西側の街を回ってみんなに知らせたんだ」
ガブの呼びかけでご近所さんたちは家の灯りを付けて警戒し、各家庭の男性はガブに協力して見回りに当たってくれたそうだ。民家の守りが固まったのを見届けて、ガブは街の西に一つしか無い宝石店を見回りに向かった。すると彼女が心配した通り、そこへ盗賊団が現れた。
「げっ、盗賊に遭ったのか!いくらなんでもやばいだろ、まさかガブの服が汚れてるのって…」
「うん、実際に戦ったんだよ。でもね、なんか変なんだ、キーさんが言うには盗賊たちは凶暴でかなりの手練れ揃いだから、見つけても知らせるだけで戦いは避けるようにって言われてたのに、どの盗賊もみんなすごく弱くて」
「弱い?」
「だって、私でも簡単に抑え込めたから」
「……………まじか」
ガブの話では強盗団に遭遇はしたがあまりに弱く30分とかからず制圧できたそうだ。
最初は数が多く捕縛に手間取る場面があったがご近所さんたちが加勢し、サンソン旦那さんたちにボコボコに倒され、逃げた盗賊が人質に取ろうとした奥さんやご老人、子供達にまで返り討ちに遭い、最後には全員がガブにぐるぐる巻きに縛り上げられてしまった。
余りの弱さに街のみんなは拍子抜けしたそうだ。こんなやつらが警察隊を退けたとかありえんだろうと誰もが不思議がっていたらしい。多分…それは俺の飯でみんなが強くなってるからじゃないかな…?
遅れて駆けつけた警察隊に盗賊団を引き渡して一件落着、「みんなが勝てたのはタスクさんのご飯で栄養をつけたおかげだな」などとご近所さん同士、冗談を言い合いみんな和気藹々で解散となったという。それ冗談になってないぞ…。
「だからね、警察隊の人たちもすごく驚いてて。盗賊に負けちゃった人たちは幻術でもかけられていたんじゃないかって」
「な、なるほどな…兎に角ガブも街の人も無事でよかったよかった…。ところでさ、何でガブが俺の部屋で寝てたのか、最後に教えてくれないか?」
「ぴーぴぷーぷぺーぷぺぽー」
何故そこで口笛になる。
俺はじーっとガブを見た。
「誤魔化すんじゃありません」
「えへへへ、タスクさんの無事を確認したくて部屋に入らせてもらったんだよね。よく寝てて安心したら眠くなっちゃってつい」
「しゃあないなあ。俺もぐーすか寝てたから文句は言えないが…」
「ね、ね、も少しここで寝ててもいい?ほんとまだ眠くってぇ、ふわわ…」
「わかった、俺は一階に降りてるぞ。カウンターで留守番してるから。ガブは昼までゆっくり寝ててくれ」
「ありがとー」
深夜の大捕物で疲れただろうガブを寝かせると俺は一階へと降りた。
∞
あの様子ではガブは朝ごはんを食べられそうにないな。それなら早めの昼飯にしてみるか。俺は茶を入れてスネッカーズを齧ると昼飯を何にするか考えた。ガブの作ってくれた食糧庫リストでは後玉ねぎ、じゃがいも、にんじんがたんまりとあるようだ。残りが腐りにくいものばかりでよかったよ。まだ豚肉もあるしここはひとつポークカレーでも作ってみるか!
昨夜女神から授かった加護の能力、ドラパラのホーム画面を開く。うん、ちゃんと動く。早速ショップからあれを買わねば。
「まずはこれだな」
俺が求めたのはカレー粉だ。自分が食べ慣れたラインナップを探す。あるある、馴染みのバーモンテスキューカレー、クレクレカレーが売ってる。じゃあ、俺の好きなあのカレーはあるだろうか。
ページをめくるとすぐに見つかった。極まろやかカレー、一晩置いた味のカレーが即作れるやつだ。一箱で10皿分だったな。………五つ買おう。辛さは中辛かなあ。それと俺用にカレーパウダー缶も買っておこう。これで辛さの個別調節ができる。
俺はさっさとスネッカーズを腹に入れてしまうと野菜を食糧庫から引っ張り出して洗い始めた。窓口で番をしてる時間を上手く使ってじっくりと煮込んでおきたいからな。
しばらくすると食堂の外から子供の声が聞こえてきた。
「やだよ、お前がいけよ」
「なにいってんのー兄さん恥ずかしがって。母さんにやる!ってカッコつけたくせに」
「ぶうぶう」
どこかで聞いたような声だ。俺は野菜を洗う手を休めると外へと出た。なんだサンソンさん家の子供たちじゃないか。
「おはよう。みんな昨日ぶりだな」
「おはようあんちゃん」
「おはようございます」
「おはー」
俺はぽんぽんと三人の頭を撫でて挨拶すると元気な返事をもらった。そう言えば昨夜は騒ぎがあったし、三人はちゃんと眠れたんだろうか?
「昨日は最後まで手伝ってくれてありがとな」
「俺にかかればどってことはねーよ。それよりさ、兄ちゃんの飯すげー美味かったぜ、焼いたのとスープ、ピクルス全部!な?ノア」
一番上の男の子、名前はマルコだったな。お父さんそっくりの太眉毛だなあ。いきがってる感じはするけど悪い子じゃ無さそうだ。それにしても嬉しいことを言ってくれる。
「そうかあ、褒めてくれてありがとな。そういえば昨日の夜はえらい騒ぎだったな、俺は情けない事に気絶してて出られなくてさ。自警団だって言うのにみんなすまなかったな」
「それです、母さんが昨日の夜、タスク兄さんは疲れて寝てるってガブ姉ちゃんに聞いて心配だから見ておいでってぼくたち言われたんです」
この子は二男坊のノア。お母さん似かな、優しそうな面立ちだな。それに随分丁寧な喋り方をする子でしっかり者って感じだな。そかあ、奥さんに心配かけてたか、忙しかったのをずいぶん気にしてたみたいだからな。
「ありゃー、サンソンさんに心配かけたな。お母さんに俺は元気だって伝えておいてくれるか」
「はい!」
「みんな怖くはなかったか?盗賊がやってきてたんだろ」
「やっつけたの」
一番下の女の子、マゼがポツリと言った。三つ編みで目の大きな女の子だ。この子もお母さんに似てるな。手をにぎにぎさせながらも真っ直ぐに俺を見あげてくる。
「うん?そうか、マゼちゃんが盗賊を追っ払ってくれたのか」
「マゼね、えいって小石投げたら怖い人がびっくりして逃げてったの」
「おお、マゼちゃんは勇ましいなあ」
「マゼは大袈裟なんだよ。でもほんと弱かったよな、盗賊のやつさ、俺の投げつけた棒切れが当たっただけで脇腹抑えてうずくまってやがんのな」
「兄さんもマゼもあんな事しちゃだめだよ。うちの中にいろって父さんに言われてたのに」
「確かにそうだな、二人とも強いのはわかったけど、無茶はいけないぞ?何かあったら父ちゃんと母ちゃんがすごく悲しむからね」
俺はしゃがむとマルコとマゼの目を見て諭すように伝えた。いくらレベルがあがろうと子供は子供だ、危ない事はしてほしくない。
「わかったよ、もうしないって」
「マゼもしないよ、パパママ悲しいのやだ」
「うんうん、聞いてくれてありがとな。今度から怖いのは俺に任せとけ」
「えータスクさんそんなに強く無さそう…」
「だよな、あんちゃんちいと腕細いもんな」
せっかくいいとこなのにマルコとノアがまぜっ返す。ガクッと傾く俺。
「こら、おまえら正直過ぎだ」
俺は笑いながらまた三人の頭をわしゃわしゃするのだった。
∞
「タスクあんちゃんは何してんだ?」
三人を食堂に招き入れショップ機能で購入したオレンジジュースをご馳走しつつ、俺は再び野菜の仕込みを再開した。マルコは興味深そうに俺に問いかけてきた。
「昼飯の支度さ。ガブがまだ寝てるんだ。昼頃起きるだろうからその時の飯をな」
「本当にあんちゃんて料理出来る人なんだな、母ちゃんが感心してたぞ」
「そうか?街の料理屋さんとかさ、コックしてる人って男が多いだろ?そう思えば珍しくもないさ。俺は好きでやってる下手の横好きってやつだ」
「なにつくるの?」
マゼちゃんがジュースを飲み干して聞いてくる。おかわりを汲んであげると嬉しそうに笑ってまた口を付けた。
「んー、なんて言えばいいかな。この国にはカレーライスって料理はあるかい?」
「かれえらいす?」
「聞いたことない料理です。なんですかそれ」
「やっぱないか、んーとな、シチューはわかるだろ?あれに香辛料をたっぷり入れたちょっと辛いシチューと言えばいいのかな。それをライスにかけて食べるんだ」
「辛いんですか、唐辛子とか胡椒みたいな?」
「ああ、激辛なやつは本当にそれをたっぷり入れてるな。でも普段食べるやつはそんなに辛くはないよ。何より香りが良くて食欲をめっちゃそそられる料理だ。俺の故郷では人気料理の上位にあったと思う」
説明し終わってから俺はしまったと思った。既に三人は目をキラキラさせて俺を見ている。これはどう見ても…。
「へええ、兄ちゃんそんなの作るんだ…ごくり…」
「ねーねー!マゼたべたいの」
「もう、二人とも!…僕も食べてみたいです」
やっぱり食べたくなるよな。
でもな、俺の飯を食うとレベルが上がってしまうんだぞ。女神の話じゃ俺のスキルはジョブの能力アップと体を健康にする効果がある以外は全くの無害だと言う。もしかしたら上位神の食事『ソーマ』に匹敵する代物らしいんだ。でもなー、何も知らないうちにレベル上がってたとか聞かされたらみんなどう思うだろうか?それがな、心配なんだよな。
「いいよー、食べていきなよ♩」
「ガブ?!」
振り向けばガブが食堂に降りてきていた。
彼女は俺の思いを知るよしもなく気軽に三人をお昼に誘ってきた。
「やったあ!さっすがガブ姉ちゃん!タスク兄ちゃんもサンキュー!」
「わーい!わーい!」
「僕後で母さんにお話ししてきますね」
「そうだ、お母さんも誘っておいでよ。タスクさん、いいよね?」
「あ、ああ…」
「?どしたのタスクさん」
「いや、何でもない。それじゃみんなで野菜洗いを手伝ってもらおうか。こんなにあるんだぞう!」
俺はある一つのことを心に決めてカレー作りを続けることにした。野菜籠からどっさりとじゃがいもやにんじんを取り出すとタライに放り込み子供たちを誘う。水を流し込み一緒にせっせと洗い始める。
その時ガブに真剣な眼差しで見つめられていた事に俺は気づいていなかった。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
次回は10/15の20時更新の見通しです。
→更新が遅れて申し訳ありません。
10/16の20時更新に予定を変更します
皆さま風邪にはお気をつけて、やられましたorz
10/10、22時、誤字脱字及び一部表現を修正しました。




