6•星空に溶ける歌声
1話1000字程度、全7話。
R3/10/23 5:00〜11:00に予約投稿です。
※この物語はフィクションであり、作中の土地、人、食べ物や動植物は総て架空の存在です。
流石にサッジとリッターは歌をつけることがなく、フェルトの靴で軽やかに踊る男女を見学しながら静かに酒を酌み交わす。
一曲、二曲。アルレッキーナのそばに飛び入り楽師が集まってきた。子供や老婆もいる。弦楽器、踊りの鈴、打ち合わせリズムを刻む小さな木片。みな楽しげに視線を交わし、お手本楽団を追いかける。
シャラリと踊り手の鈴が鳴る。梢を渡る風がうたう。アルレッキーナの笛と太鼓が、登りかけの月へと伸びてゆく。楽団の太鼓は低く優しく秋の宵を包む。丸みを帯びた小さな弦楽器を巧みに操る老婆が、煌びやかな歌を始めた。
3人は初めて聞く方言の、バーキム民謡だ。アルレッキーナたちにはおよその意味しかわからないけれど、山と川の恵みに感謝して材木の町を讃える歌のようだった。踊り手たちも先ほどまでの跳ねるような動きとは打って変わって、緩やかに手足を揺する。
踊りが中休みになって、歌い手たちが前に出た。のど自慢の人々は、バーキム町民以外にも周りの村から来るという。優しい歌、明るい歌、技巧を凝らした物語歌。
サッジがアルレッキーナの肩をたたく。アルレッキーナはリッターを見る。酔ってはいるが、いけそうだ。見物の輪を離れて楽団や歌い手の方へ歩いてゆく。サッジが魔法で竪琴を作る。軽く音合わせをすると、アルレッキーナは前口上を始める。腕から下げた太鼓だけを伴奏にして、3人の名乗りを上げて曲を知らせるのだ。
これに居ますはアルレッキーナ
笛と太鼓を道連れに
風の導くその先へ
辿る旅路もうきうきと
これなる剣士リッターは
巧みな技も惜しみなく
流れる雲を友として
諸国修行の旅の空
麗しの月も焦がるる歌声は
その名も高き魔法使い
サッジと呼ばれる赤毛の男
ほとばしる調べは彼方へと届く
今宵バーキムの中洲島
篝火のもと集いたる
我等3名心をこめて
一曲奏上いたします
さてその歌はなんという?
『月の乙女と銀の竜』
篝火の広場がわっと沸き立つ。火の粉が舞って薪がパチパチ鳴っている。サッジが魔法の竪琴を鳴らす。リッターが静かに呼吸を整える。アルレッキーナはそっと太鼓で合いの手を入れる。
『月の乙女と銀の竜』はアルレッキーナの故郷では歌詞がない。踊りに使う速い曲だ。細かい装飾音が踊り自慢の爪先を彩り、旋律は駆け上がり飛び降りて、休む間もなく渦を巻く。
突然訪れる空白は、竜と乙女の出会う時。ふたつの魂が響き合い触れ合い、やがてひとつの花となる。
この曲は、故郷の山で咲くという月下銀竜樹の伝説を表す。いま生きている人々は誰一人として見たことのない花だ。月の光のような細く美しい葉と、竜のような銀の鱗がある大木なのだという。花は千年に一度、月の下で開くのだ。月の乙女のため息と竜の流した歓喜の涙がそのまま花房になったと伝えられている。
サッジが紡ぐ新しい物語は、その伝説を元にして明るく楽しい逢瀬を歌う。リッターは深く柔らかな声で夜を表し、アルレッキーナの笛は光と風を呼ぶ。踊り手たちが鈴を振り出し、楽師も歌に加わった。
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