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話を終えた後、1人になりたいとドーパは自室へ向かった。

それを見送り、椅子の背に体重を預けた俺は天を仰いだ。

彼は俺の罪の証なのだろうか。

ゲームと軽く考えて生み出した1人の不幸な青年が今現実のものとなって目の前にいるのだから、そうとしか思えない。

なんてことだ、俺は俺が理不尽にさらされる前に、他人に理不尽な思いをさせていたんじゃないか。

そう思ったところで気がついた。

「もしかして、そのせいで俺はここにいるのか?」

わからなかった転生の理由。

それはもしかしたら彼を、いや、彼らを救うことが目的なのかもしれない。

人の理不尽に憤る前に自分が生んだ理不尽と向き合え、と。

「自分一人が楽になろうと思うなよってことか…」

なら頑張るしかないよなぁ。

問いかけても答えない神の意志など知らないが、俺はこの生の意味を見つけた気がした。


「ただいま~!!」

「お姉ちゃん!今日はごちそうになるかも!」

俺の気持ちが少し落ち着いてからしばらく経った頃、帰って来るなり突進してきた双子を受け止め、俺は目を白黒させた。

なんだ?思ったより魚が釣れたのか?

そう思って後続を見た瞬間、俺は取り繕うことも忘れて無様に吹いた。

「これ見ろよ!カジキ!!」

「こちらはズワイガニ、サザエ、ホタテ、ハマグリ」

「あと出汁にするとか言ってたコンブと、おまけでそれ食ってたウニもあげるよ」

グランプが掲げ持つ見事なカジキも、ドクトが持つ貝類も、大人しくカニを持つバッシルも、ウニ付きのコンブを持つハーピスも、もはや冗談にしか見えない。

なんでそんなに大漁なんだ?

ていうかカジキって、カニって、ウニってー!?

「……とりあえず今日の夕飯のメインはカルパッチョとカニしゃぶかな」

あと刺身。

他の誰が食わなくても俺が食う、絶対食う。

呆然と信じられないこの光景を見て、ついつい現実逃避して地が出てしまっていたことに気がつかない俺に、カニを持ったバッシルがそっと近づいてきた。

「ネージュ、これあげる」

緩慢に彼を振り返る俺の前でごそごそとズボンのポケットを漁り、彼が取り出したのは、

「真珠」

中々の大きさの天然の真珠だった。

こんな無人島で見つかる確率はかなり低いそれを見て、俺は今度こそ悲鳴を上げた。

もしかしなくてもそれ、ルート終盤でネージュが攻略対象者からもらうやつじゃねー?、ねー?、ねー…?

頭の中でそんな声のエコーが響くのを最後に俺の意識はぶつりと切れた。



そして俺は夢を見た。

よくわからないけれど電気も窓もないのに真っ白い部屋で、なのに置いてあるものは前世でよく見たような事務机やキャビネットで、手にたくさんの書類らしき紙を抱えてわたわたと走る若い女性と、机で次々と書類を処理していく中年のおじさんがいるのが見える。

なんで俺ここにいるんだろう?もしかして手伝い要員なのかな?

夢だからかこの状況を妙に受け入れている俺は忙しそうな2人の邪魔にならないよう手伝えることを探し、しかし見ず知らずの場所で誰にも聞かずにできることなどないと早々に諦め、すぐ横にあった流しでコーヒーを入れ始めた。

そして置いてあった来客用と思しきカップに勝手に注ぎ、難しい顔で机に噛り付いているおじさんのところへ向かう。

「よかったらどうぞ。砂糖とミルクは必要ですか?」

そっと差し出したそれを見て「おっ悪いな」と言って嬉し気に微笑んだおじさんはブラックのまま一口飲み、

「ああ、うまいな。お前も気が利くようになったなぁ、って誰だお前いつからいた!?」

横に立つ俺の顔を見て流れるようなツッコミを披露してくれた。

「三根と言います。気がついたらここにいました」

関西人ではないから今のおじさんのツッコミの出来栄えはわからないが、それでもその元気のいい声に思わず顔が綻ぶ。

そういえば今の俺の姿は三根なのかネージュなのかとふと思い身体を見下ろすと、生成りの貫頭衣を纏っただけの身体は記憶の中の誰でもなかった。

夢だし別にショックではないが、たまには三根だった自分に会いたかったな。

そう思ったからか、俺の姿は瞬く間に三根純だった頃のものへ変化した。

その通常ならばあり得ない状況にも、俺は「そらなるわな」ぐらいの感覚でいたのだが、おじさんは違ったらしい。

「あ!その姿、お前三根純か」

何故か俺の名前を知っていて、さらには椅子から立ち上がって唾を飛ばしながら慌てたように俺に言い募る。

「お前違うからな!勘違いすんなよ!」

え?なに?突然のツンデレ?

場違いとわかってはいても、勢い込んだおじさんの言葉にそんな感想が浮かんだ。

「ツンデレ違うわ!いいか、お前があの世界に転生した理由はな、お前の償いのためじゃない」

考えていたことが顔に出てでもいたのか、おじさんは否定するなり思ってもみないことを話し始めた。

「あの世界はむしろ、お前の冥福と安寧を願った人たちの想いの具現だ」

おじさんは再び椅子に座ってコーヒーを一口啜り、某司令官のように両肘を机について組んだ手の上に顎を乗せる。

「お前の想いを聞いた幾人もの人間が心を動かし、お前の命を悼み、そして願った」

『願わくば来世では誰にも害されず、好きなことを好きなだけできるように』

「その想いは集まって膨らみ、質量を持った。そして物語を得て実体化した」

おじさんの言っていることはよくわからなかったが、『物語を得て実体化した』という言葉に俺は転生した世界に思い至る。

「そう、それがあの世界だ。お前のために祈った多くの人がお前とあの世界を結び付け思い描いた。だから世界はその物語を踏襲する」

おじさんはそう言うと「全く人間の想いというのは神の予想すら超えることがあるのか、やっかいな」と呟いたが、おじさんの言葉を反芻していた俺の頭には入って来なかった。

おじさんの言葉を信じれば、あの世界は俺のためにできたような世界だ。

あることを知っていながら捨てた優しさと、あるわけがないと諦めていた思いやりが、俺にあの世界をくれたと言うのだ。

そこまで理解し、喜びと悲しみが綯い交ぜになった俺におじさんは「しかし」と俺の顔を指差した。

「あくまで踏襲されたものは枠組みにすぎない。お前が意図していなかったことや、知っていることと異なる部分もある。そして一番大事なことは、今のお前にとってはそれが現実であることだ」

それを聞いた俺が思い出したのは助けることができた司祭の存在。

終わる運命を変えることができたのは、現実の中で俺が変えようと努力したからだと、そういうことか。

つまりよくある物語の強制力とやらはないと。

「…大体理解したようだな。今日はそれをお前に伝えるために呼んだのに、あいつめ」

おじさんはまた考え込んだ俺を見て一つ息を吐くと、辺りをきょろりと見渡した。

恐らくあいつとはあの若い女性のことだろう。

でもかなり忙しそうだったし、俺は気にしていないから許してあげてほしいな。

そう考えていたらおじさんが今度は呆れたような顔をして、

「前から思っていたが、お前は優しすぎる。いや、自分というものを殺しすぎる」

その結果本当に殺してしまうとは思ってもみなかったがな、と一転、今度は悲しげな顔をした。

「優しさと激情を揺れ動くお前の魂は変わった色をしていてな。こちらはいつの生でもお前を見ていた。つい目をかけてしまうから、別の生では神の愛し子、神の愛娘などと呼ばれることもあった」

そう言いながらどこか懐かしむように目を細め、おじさんは俺を見る。

「これが最後の旅だ。終わったら迎えをやるから、それまで後悔がないようこの生を思い切り楽しめ」

立ち上がったおじさんがそう言い、俺の頭に手を置いた瞬間、急速に俺の意識は遠くなっていく。

足元が崩れ、俺の身体は下へ下へと落ちていくのに、意識は上へ上へと引っ張られる。

「忘れるなよ我らが愛し子よ。お前が生きているのは現実だ。そして綺麗なだけじゃない部分も、消してしまった部分も物語は覚えているようだぞ」

おじさんのその言葉を最後に、俺の意識は完全に途切れた。

読了ありがとうございました。

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