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「ドーパ、お願いがあります」

食後のお茶の時間に邪魔をして申し訳ないが、俺はドーパに話しかけた。

ゲームでは今の時点で話しかけても100回中99回という高確率でシカトされる。

だから答えてくれるかはわからないが、昨日の魔物を倒した後の顔を見るに、なんとなく答えてくれそうな気がしたのだ。

「…なんだ」

すると視線を合わせてはくれなかったが、やはり彼は俺に答えてくれた。

よし、第一段階はクリアだ。

「食料についてですが、下手をすると明日もこちらには届かない可能性があります」

そういう俺に周りから驚きの声が上がる。

明日も届かないという確証はないが、先ほど拾い物をしに行った際見上げた空は少しグレーがかっていた。

それは嵐が来そうな程ではないが、7人の囚人と1人の修道女のために大切な司祭を海に出すことを周りが良しとしなそうな雰囲気の空模様ではあったのだ。

「だから貴方に釣竿を作ってほしいのです。今後の食料調達のために」

そう言って俺は先ほど海岸から拾ってきた物をカップを寄せたテーブルに乗せて彼に見せた。

「…………は?」

俺の説明と拾得物を頭の中で組み立て、理解しようとして失敗したのか、彼は初めて俺の顔を見た。

軽く口を開いたちょっと間抜けなその顔に、人間不信者がなんて無防備な顔をするのだと笑いそうになるのを堪える。

やはりこいつは俺が作った通り、人を嫌い続けることができない根はいい奴だと再認識する。

「この棒に網を解いて作った糸を結び付け、金属片を針のように加工して取り付ければ釣り竿にできませんか?」

そんな心の声はおくびにも出さず、俺は投網と金属片らしき物をずいっとドーパに見せた。

「今まで色んなものを修理したり町工場でも親方さんにこっそり小物金属加工の技術を習ったりしていた貴方なら、きっとできると思うんです」

「なっ…」

「だからお願いです。ダメ元でもやるだけやってみてくれませんか?」

最後にお願いしますと頭を下げた俺を、ドーパは驚きと不審が綯い交ぜになったような顔で見た。

あれ?なんでだ?と不思議に思っていると、

「……わかった。やるのは構わねぇ」

少しの沈黙の後、彼は表情も変えずにそう言うと立ち上がった。

「ただし交換条件だ」

そしてテーブルの上の物を手に取りながら、厳しい目で俺を睨む。

「無事作り終えたら、昨日初対面のはずのあんたがなんであの司祭にも話していないことを知っているのか。洗い浚いしゃべってもらうからな」

そう言うが早いか踵を返した彼に「俺も手伝うぜ」と言ったグランプが共に加工場へと向かっていく後ろ姿を見送った俺はとんでもないことに気がついた。

「………やばー?」

なんということだろう。

設定としている知識をうっかり口にしてしまったせいでドーパに不信感を与えてしまったようだった。


そして待つことたったの15分。

「釣り竿できたぜ!あいつすげーな!」

興奮した様子で戻ってきたグランプから放たれた声に、嬉しいはずなのに顔が引き攣ってしまった。


釣り竿ができれば今度は食料調達だとグランプがそのまま竿を持って海へと出掛けた。

「僕たちも行くよー」

「なんか面白そうだし!」

するとその後を双子が追いかけた。

「せっかくなら食べられそうな貝や海藻、甲殻類なんかも探してきましょうか」

そう言って医学の知識からある程度食の安全を図れるドクトも続いた。

「お前も行くぞ」

「…わかった」

そしてハーピスとバッシルも行ってしまった。

となると残るのはただ1人。

「さて、約束通り説明してもらおうか」

怖い顔をしたドーパが座れと椅子を指差した。


「あの、説明、と、言われましても、その…」

示された椅子にちょこんと座り、恐々と肩を竦める俺にテーブルを挟んで向かい側に座ったドーパはため息を吐く。

「あんた、わざわざ俺のことを調べたのか?」

律義に俺にも入れてくれた茶を啜りながら、彼はふてくされたようにも吐き捨てるようにも聞こえる声で静かに話し始める。

対する俺は何も言えず、気まずさから俯いた。

俺は転生者であり生みの親であるから誰よりも、なんなら本人よりも本人のことを知っている。

しかしここで「元から知っているだけなんです」と言えるほど豪胆でもなければ馬鹿でもない。

「まあ婦女暴行犯がいる島に来るんだ。それぐらいの警戒はするか」

「ちがっ!?違います!」

俯きながらなんと話したものかと考えている間に向かい側から自嘲気味に吐かれたその言葉に、俺は咄嗟に否定の声を上げる。

そんな設定にした俺が悪いのだが、冤罪で卑屈にならないでほしいと、自分を否定しないでほしいと思ってしまう。

「あ?別に俺のことを調べたわけじゃねぇ、と?」

「あ、いえ、その、なんと言うかー…」

けれど思いとは裏腹にうまい言葉は出ず、重い沈黙が部屋を満たした。

「…ならもしかしてあれか?俺だけじゃなく全員調べたのか」

その間に何を思ったのだろう、ドーパはガシガシ頭を掻くと、多少眼差しを弱めて再び俺を見た。

そこで俺に天啓が下った。

「そう!そうなんです!これから一緒に暮らす方たちはどんな人間なんだろうって気になって調べたんです!」

まさに天の啓示と思える自分の思いつきを俺はドーパに語った。

「進んで罪を犯す人間はごく僅かですが、確かにいます。けれど大半の人間は思いがけない出来事や、やむにやまれぬ事情によって罪を犯すものです。だから私は皆さんの状況を知るために調べさせていただきました」

つい意気込んでしまった第一声を誤魔化すように、目を閉じて胸の前で手を組み、敬虔な信徒然とした姿を意識しながら俺は建前を並べる。

「その際に貴方が孤児であったこと、手先の器用さを活かして生活していたこと、それが親方さんの目に留まって養子として迎え入れられたこと、そしてそこで理不尽な嫉妬を抱かれて冤罪を掛けられてここにきたこと、全て知っています」

そう言い終えると同時に、ドーパは立ち上がって乱暴に俺の肩を掴んだ。

突然の衝撃に驚いて目を開けば、苦痛に顔を歪め、酷く傷ついたような色をした目と目が合った。

「…なんだそれ」

「え?」

「なんでっ!ちょっと調べただけのあんたがわかるようなことが、あの時にはわからなかったんだ!」

小さな呟きに問い返した俺に齎されたのは、どうしようもない苛立ちと悲しみを含んだ慟哭だった。

「親父は言ったんだ!こいつがそんなことするはずない、するわけがないと!けど、街の誰も元孤児の俺のことなんざ信じちゃくれなかった」

俺の肩を掴んでいた手を拳に変え、それをダンッとテーブルに振り下ろしながらドーパは言う。

苦しさと悔しさに彩られたその声に、俺は何も言えなかった。

だけど心の内で答える。

知ってるよ、と。

「第一被害者だっていう女もいなかったんだ!なのになんであいつらが見たってだけで、俺はこんなところにいる!?」

わからないよね、わからないことが辛いよね。

「早く親父のところに帰って、少しでも恩返ししなきゃなんねぇのに、なんで俺は親父の顔に泥を塗るような、こんな…」

わからないから、苦しいよね。

「俺が…なにしたってんだよ!!」

お前は何も悪いことなんて、してないよね。

とうとう、ドーパの目からは雫がこぼれ始めた。

彼の本質と同じく純粋で透明な雫が、彼の苦しみを塩辛い味に変えて流れていく。

それを見ながら俺は強く拳を握り込む。

ごめんな、ドーパ。

「貴方の冤罪が成立した理由は簡単です」

攻略対象者のドーパを監獄島に来させるために俺がそう書いたからだ。

つまりは俺のせい。

けれど理解されないそれを言うわけにはいかない。

だから理解してもらえることを言う。

「貴方の犯行を見たと言った3人が金を出し合い、裁判を担当した下級裁判官を買収したからです」

俺が紡いだその内容を。

本当のことは言えないけど、自分の罪はちゃんと告白しよう。

ドーパにしてみれば決して許されることではないけれど、静かに泣き続ける彼を無性に抱きしめたくなった。

読了ありがとうございました。

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