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扉の先には広い空間とそこに佇む十数人の人影、そしてその突き当りには玉座が小さく見える。
ティアナに先導される形で広間を進めば、だんだんそこに座る2人の男女の姿が見えてくる。
もちろん、玉座に座っているのだから国王とその妃である側妃だ。
国王は見たものが信じられないと言うように俺が近づく度に目を大きくしていくし、側妃は悪夢が現実に現れたように次第に顔を青褪めさせていく。
驚愕と恐怖の二対の目に見つめられながら、俺たちはその目前まで歩を進めた。
「お父様、お母様、クロマンス王国ルイス殿下とブランシュお姉様をお連れ致しました」
ティアナはカーツィと共に俺たちを紹介するが、果たして2人は聞いていたのか。
「ブランシュ、本当に、ブランシュ、なのか…?」
玉座から立ち上がり、フラフラと段を降りてくる国王は譫言のように俺の名を繰り返す。
それは長らく不在だった愛娘に向ける深い愛情の込められた声で、眼差しで。
幼い頃に別れたせいで俺の方にあまり記憶がないのが申し訳ないくらい、彼が俺を愛してくれていたことが伝わってくる。
「はい。ブランシュ・ネージュ・ミレ・スノーリットに相違ございません」
だから俺はせめてこの人の愛情に真っ直ぐ応えようと思った。
記憶になくても、本能のようなもので俺は彼の子供なのだと、愛を与えられるべき存在なのだと感じたから。
「おお、そうかそうか…、そう、か……」
国王は俺の肩に両手を置き、俺の顔をよく見ようと顔を覗き込んでくる。
王族の証である緑がかった金髪は色が抜けたのか少し白っぽくなり、夜明け色と比喩される濃青から橙へグラデーションする瞳は深いしわに埋もれていて、ああ、年を取ったなと感じた。
記憶にないはずなのに、何故かこの人の若い頃の姿がダブって見えた。
「お父様、お久しゅう、ございます…」
俺は自然とそんな言葉を口にし、目からは勝手に涙が流れる。
きっとこれはネージュ本人の感情。
過去を覗き見た記憶と設定でしか知らない『俺』ではなく、俺になるまで18年間生きてきた『ネージュ』が父親に向けたものだ。
「ああ、久しいな。お前が息災で、何よりだ」
国王はそう言ってほっとしたように笑うと、繊細なガラス細工に触れるかのような力でそっと俺を抱きしめた。
小さく震える腕の中で、この人は俺をまた失うのを恐れているのだと感じたから、もう大丈夫と伝えるように俺は彼を強く抱きしめ返した。
「あ、ああ、あああああぁ…」
そしてその背中越しに玉座で青くなって震え戦慄く側妃を見る。
彼女とも決着をつけねばならない。
「お父様、お名残り惜しいですが、続きは後ほどといたしましょう」
俺は国王との抱擁を解き、玉座の下に移動すると側妃と真っ向から対峙した。
俺に資格はないから、玉座には上がらない。
「お義母様、お久しぶりですね」
「ひいっ」
自分の方が高位にいるはずなのに、俺の一挙手一投足に怯える側妃。
それは何からくる恐れなのだろうか。
俺が復讐しに来たとでも?
残念ながら違う。
「この度私がここまで参りましたのは、お義母様の誤解を解きたいと思ったからです」
俺はここに、彼女を断罪しに来たのでも、倒しに来たのでもない。
「私の話を聞いてくださいますか?」
俺は彼女も救いに来たのだ。
彼女は俺の敵ではなく、前世の俺が生み出した俺の子なのだから。
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