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上機嫌のバッシルがハーピスと須藤君に引きずられて連れて行かれたため、俺とクリストファーがその場に残る。
クリストファーはバッシルの肩を掴んでいた体勢のまま、信じられないという顔でバッシルを見送っていた。
11歳には今の光景は刺激が強かったのかもしれない。
「あの、殿下…?」
俺はそっと彼に声を掛ける。
呆然としたようだった彼はゆっくりと俺を向き、ゆっくりと瞬く。
「驚かれ、ましたよね。私もびっくりしましたけど」
頭が働いていないだろう彼に声が届くように、俺は意識してゆっくりと話す。
それが功を奏したかはわからないが、ややして彼は「…ああ」と小さく頷いた。
「バッシル先生のあんな嬉しそうな顔、初めて見た」
あんな行動も、と言いながら思い出したのか彼は顔を赤くする。
それを見た俺はむしろ安堵した。
どんなに大人びて見えても感性はまだ子供の部分もあるんだなと。
「もう、お兄様ったら情けない。お姉様にそんな姿を見せてよろしいんですの?」
すると俺の後ろからティアナの呆れたような声が聞こえた。
「憧れの方の前でしょう?しっかりなさいませ」
「わーわーわー!!!!!」
そして彼女が何事か言った時、大きな声でそれを遮った。
さっきまでも顔が赤かったが、今は茹蛸のようという比喩がぴったりなくらい首まで赤く染まっている。
「おま、突然にゃにを!?」
余程動揺したのだろう、ティアナを睨むが噛んだ上に涙目では迫力がない。
さっきまでは流石王族と思っていたが、今はもう年相応の少年にしか見えなかった。
「あらあらあら、第一王子ともあろう方がなんてザマでしょう」
一方、扇を口元に当てて優雅に、そして少し意地悪そうに微笑むティアナには全く綻びが見えない。
前世では女性の方が精神年齢が高いとよく聞いたが、それにしてもこの子は凄いな。
「そんなことでは早々に愛想を尽かされそうですわね」
ホーホッホッホ、という高笑いも堂に入っている。
まるで側妃を子供にしたようだ、って!
そうだ、いつまでも子供たち相手にわちゃわちゃしている場合じゃない。
「あの、殿下方、大変不敬とは存じますが、そろそろ側妃様の元に向かいたく、御前失礼してもよろしいでしょうか」
早いとこ行かないとマーマハさん怒っちゃうよ。
俺が生きていることもそろそろ伝わっただろうし、最悪雲隠れなんてこともありえるのだから油断はできない。
「ああ、そうですわよね、私ったらついうっかりお兄様たちいじりを楽しんでしまいました」
ティアナはぽんと両手を合わせると「お母様はこちらにいらっしゃいますわ」と俺たちの案内を再開してくれる。
そして何故かその後ろからクリストファーもついてきた。
別に構わないが、こいつら全員暇なのだろうかと思ってしまう。
それにしてもティアナ、この子さらっと凄いこと言ったなぁ…。
「ここですわ。ここにお母様と、多分お父様もいらっしゃいます」
そう言うティアナが示したのは、ででんという効果音の書き文字が見えそうな程に大きく豪奢な扉だった。
それはゲームでも見たラスボス戦が行われる謁見の間の扉そのもので、いよいよ対決だと俺は唾を飲み込む。
緊張で冷や汗は止まらないし、足も少し震える。
ここに来るまでの間、正確には王子たちに会ってから、俺は『王子ルートからの修道女計画』を大幅に変更した。
それが上手くいくかどうかなんて、全然予想もつかない。
もしかしたらそのせいで今までの全てが無駄になるかもしれない。
それでも、俺は生みの親として全ての責任を取って皆を幸せにすると決めたことを思い出したのだ。
だからこれでいいと自分に言い聞かせる。
これはゲームじゃない、現実なんだから、最後もゲームと違ったっていいはずだ。
なによりここで引き返すことなんてこと、できるわけがない。
「では開けますわね?」
ティアナの言葉に俺は頷く。
緊張して顔が強張っている俺に彼女はくすりと微笑み、衛士に扉を開けるよう指示を出した。
『クロマンス王国ルイス殿下並びにブランシュ第一王女、ご到着にございます!』
『開門!』
衛士たちの腹の底に響くような声と共に重厚な扉が音を立てて開く。
両開きの扉の隙間から漏れ出る光を浴びながら、俺はぎゅっと拳を握った。
読了ありがとうございました。