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今回は短めです。
「さて、紹介も済んだし、施設の説明をしよう」
空気を変えるように軽く手を打ち合わせた司祭はそう言うと食堂の出口を示した。
「と言ってもあとは彼らの部屋と風呂、トイレ、物置、加工場くらいしかないがな」
彼はそう言いながら10分もかからずに終わる案内をしに歩き始める。
物置には戦闘時に使う回復アイテムと古びた武器があり、加工場には島に流れ着いた漂着物を加工する道具と施設がある。
他にシナリオ上存在する場所は、島のどこかに埋められているという魔集器置き場だが、情報漏洩による破壊防止のため島にいる修道女は場所を知らせられない。
もちろん俺は自分の部屋の床に埋まっていることを知っているが。
「お前たちは9人分の食事の支度を」
そして司祭は食堂に残る囚人たちに向け指示を出しながら食堂のドアを開ける。
のだが。
「グガガグォォオ!!」
「なっ!?ぐっ…」
ドアを開けた彼はタイミングよく食堂の外で待ち構えていた魔物に襲われる。
そしてそこで命を落とし、訳がわからないままそれを俺と任意の3人が倒すというのがチュートリアル戦闘である。
本来であれば。
「避けて!」
だが俺は恐らく管理下の全囚人の名前を記憶しているであろうほど真面目に正面から囚人に向き合う彼の姿勢が嫌いではない。
まして懐かしい記憶を呼び起こすその声を、こんなところで失いたくないのだ。
「せいっ!」
俺は司祭を突き飛ばし、背中に装備していたイクスキャリバーを取り出すと、一思いに魔物の脳天を叩き割った。
ぐしゃりと生き物を潰す生々しい感覚を覚悟していたが、手に感じたのは酔った勢いでチーフの頭をハリセンでぶっ叩いた時と同じくらい軽い衝撃だけだった。
一方の叩かれた方は、頭を抱えてうっすら涙目になっていた程度のチーフとは違い、跡形もなく霧散していたが。
「……は」
ギリギリで音になったその声は、俺の常識を消すものだった。
元々が魔集器の空きを作るために生まれた負の感情の集合体でしかない魔物は、倒された後には死体すら残らないのだと、今初めて知った。
確かにゲームでは魔物が倒された後に一瞬光ってからすうっと死体は消える。
けれどそれはゲームでの仕様、よくある敵を倒せばドロップアイテムや金貨に変わる際のような演出だと思っていた。
このゲームでは魔物を倒しても得る物は経験値のみでドロップアイテムもなければ金貨もない。
それでもそういう演出と同じにしたのだと思っていた。
しかし、現実になってみればそうではなかった。
攻撃を受ければ傷ができる実体を持った物であるのに、倒せばその死体は黒い霧となって消える。
現実の生き物ではあり得ないたったそれだけのことが、俺に非日常を再確認させた。
「ネージュすまない!大丈夫か!?」
新たな日常に戦慄を覚えていた俺は起き上がった司祭の声でハッと正気を取り戻した。
そちらを見れば青い顔で俺を見る司祭と、驚きに目を瞠る囚人たち(バッシルとハーピスの目は見えないが)の姿があった。
各々微妙に浮かべている感情は異なるが、共通しているのは驚きと心配だった。
不思議なことにこの時点では俺を視界に映さないはずのドーパまでもが同じような目でこちらを見ている。
司祭が生き残った影響が出るには早すぎるし無関係にも思えるが、こういった本筋との差異は見逃さないようにしよう。
「あ、はい。大丈夫、です」
動いているものを破壊した衝動、それにより実感した非日常から戻った正気後の驚きで感情がぐちゃぐちゃになっていたが、それでもなんとか言葉を返せた俺に司祭はほっとしたように目元を緩めた。
その顔に何故かチーフの面影を見た気がして、無性に泣きたい気分になった。
前世の最後に電話を受けたあの時は離すことしか選ぶ気がなかった手を、今の俺は掴めたのだろうか。
読了ありがとうございました。