30
翌日の朝。
「ちょっと試したい魔法があるから、午前中の見回り代わってくんない?」
そんなあっさりとした言葉でハーピスはグランプと見回りを代わった。
彼ならもっと小難しい方法を取るのではと思っていた俺は正直拍子抜けな気分だった。
「別にいいけど、どんな魔法を試すんだ?」
すでに剣を持って準備していたグランプはそれを外してハーピスに渡しながら聞く。
それは当然の疑問で、俺も聞きたいと思った。
「うーん、結界魔法、みたいな感じになる予定」
成功すればだけど、とハーピスは術式が書かれた紙を見せる。
見ても意味などわかるはずはないが、なんとなくそれを俺とグランプとドクトの3人が見つめる。
「これをネージュに向けて発動すれば障壁が築かれて、物理攻撃も魔法攻撃も防げる、はずなんだよ」
ぽりぽりと人差し指で頬を掻き苦笑するその様は気まずそうにも気恥ずかしそうにも見える。
そして彼らしくなく、言葉に自信がなかった。
まるで初めて使う魔法であるかのような…。
「昨日寝ないで急いで作った術式だから、まだ発動実験してないんだよね」
そう思っているとハーピスからとんでもない発言が飛び出た。
「つ、作った!!?」
「結界魔法を、1日でですか!?」
「お前寝てないのかよ!?寝不足は事故の元だぞ?」
俺、ドクト、グランプと続けて驚きに声を上げるが、グランプは事の重大さがわかっていないのか、明後日の方向へ驚きと心配を飛ばしている。
知らぬが仏とはよく言ったものだ。
お陰でこれがどれほど凄いことかわからず、のほほんとしていられるのだから。
「作ったって、魔法を、1日でって、しかも結界!?寝ないで、急いで、物理も魔法も無効で??」
「ネージュ、ちょっと落ち着いてください」
俺はハーピスの才能と能力を目の当たりにして、思考が上手く回らなくなった。
だって魔法の新規作成と言えば、通常50人程度の上級魔術師とされる人々が年単位で挑む一大事業だ。
どんな効果のある魔法なのか、どのようにそれの発動エネルギーを確保するのか、何をトリガーに発動させるのか、そして持続時間や効果範囲などを事細かに決め、それらを全て術式化して魔法陣に書き込む。
それが種火を出す程度の簡単な物であれば時間もかからないしわかりやすいが、戦争で攻撃手段として使えるレベルのものを出すとなると最低でも3年程度の時間を有する。
今ハーピスが作り出したと言った結界魔法は何十年か前に2度だけ作成の前例があるが、どちらも戦争に利用するためだったはずなので、恐らく2年以上の歳月をかけて作り上げられたものだろうし、そう言えば国家機密扱いで術式と発動方法も公開されていない。
それと同じものを、たった1日(正確には昨夜から今朝の間)で、1人で作ったと、彼はそう言ったのだ。
それがどれほど異常なことであるのか、少しでも魔法に関する知識を持っていればすぐに理解できる。
「まあ作ったって言うか、改良した、が正しいかな。現存する結界魔法のうちの1つは俺の一族が編み出したものだからね。術式を知ってたんだ。で、それは物理耐性アップと魔法無効だったんだけど、どうせなら物理も無効にできないかなって思って」
やったらできちゃった、てへ。
言いながらハーピスはいたずらっ子のように舌を出すと、ぺちりと額を叩いておどけて見せた。
「いや、できちゃったって…」
普通はそれ、できないんだよ。
ご先祖様もできなかったから物理は耐性アップだったんだろ。
てかなんでそんな軽いテンションなんだ。
俺は思わず頬を引き攣らせ、彼とは逆に項垂れたい気分になったが、一つ息を吐いて彼の才能について驚くのをやめた。
あまり意識していなかったので忘れていたが、彼を魔法の天才という立ち位置にしたのは自分なのだから、ハーピスは魔法チートキャラなんだと思って流した方が精神衛生上いいだろう。
「うん、深く考えるのはやめました。では早速試しに行きましょう」
俺はにっこり笑うと踵を返し、先頭に立って歩き出した。
驚きと衝撃で時間を食ってしまったが、のんびりしていられる時間はそうないのだ。
「なあ、嬢ちゃんのあれ…」
「明らかに現実逃避だよね」
「私は気持ちがわかります」
その後ろで野郎が3人で何事か話していたが、俺は華麗にスルーしてやった。
読了ありがとうございました。