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一瞬の間、彼の目を見る俺の瞳に映った驚きと戸惑いを見て取ったハーピスは僅かに目を眇めた。
彼から向けられる視線に嫌悪感を滲ませた敵意が混ざったのがわかる。
拙い。
咄嗟にそう感じた俺は彼と話すべきだと思った。
「ここは誰が来るかわかりませんから、場所を移しませんか?」
そしてそのために俺が知る唯一の安全圏へと彼を誘った。
「どこまで行く気?」
今朝のように砂浜を進む俺に、ハーピスが苛立った声を上げる。
「この島の端まで。誰も来ませんし、来てもすぐわかりますから、内緒話にはうってつけの場所ですよ」
対する俺はそれに気がつかないふりをしながらこの島の最西端を目指す。
側妃が仕掛けた盗聴装置の、その範囲外へ。
そして1分ほど歩き、砂浜が終わったところで俺は振り返った。
「…ハーピス、すみませんが念のためこちらギリギリまで来ていただけますか?」
俺が止まったことで同時に歩みを止めてしまったハーピスに向かい手招く。
そこでも盗聴の範囲外だとは思ったが、念のためギリギリまで遠ざかりたかった。
「いいけど、その背中の棒で俺を海に沈めたりしないでね」
「そんなことしませんよ」
彼は警戒しているのを隠しもせず俺に軽口を以って牽制する。
それに対して苦笑いすることしかできないが、今は余計なことは言えない。
僅かな逡巡の後、は、と小さく息を吐いたハーピスは観念したようにゆっくりとこちらに向かってきた。
「で?こんなところにまで来た理由、教えてくれる?」
警戒していた割にはすぐ隣に立ったハーピスは、どうにでもなれと言わんばかりに俺を見る。
だが不思議なことについ先ほどまであった嫌悪感、敵意がその瞳から消えていた。
それに気づいて目を瞠っている間に、とうとう警戒感までなくなっていく。
「貴方、何故警戒を解いたのですか?」
それが気になり、つい彼の質問に答えないうちに問うてしまった。
「先に質問したの俺なんだけど…」
案の定そこにツッコまれたが、彼はだるそうに砂浜にしゃがむとそのまま俺を見上げる。
「まあいいや。警戒を解いたのは、あんたが盗聴の範囲外に出たからだよ」
そして驚くべきことを口にした。
「気づいて…?」
彼の口から出た言葉があまりにも衝撃的過ぎて、俺は誤魔化すことも忘れていた。
「やっぱり、あんたも知ってたね」
ハーピスはそのことをどう思ったのか、俺を見る目には明確な感情が乗っていなかったのでわからなかった。
「あの装置はあんたがこの島に来る少し前に取り付けられた。理由がわからなかったし害がないから放っておいたけど、あれ、あんたを監視するためにつけられたの?それとも、あんたはあれをつけた奴の手先なの?」
「それは…」
「言っておくけど『知らない』はなしだからね。あんたは絶対に理由を知ってる」
どう答えようかと口ごもれば、ハーピスは感情の乗らない瞳で見つめながらも容赦なく俺を問い詰める。
「安心しなよ。予想くらいはしてるけど、俺はあの盗聴装置を仕掛けた奴が誰なのか、明確にはわからない。だから上手くいけば誤魔化せるよ」
彼はそう言ってうっそりとした笑みを刷く。
誤魔化せるものなら誤魔化してみろ。
彼が言いたいのはそういうことだろう。
だから俺は決めた。
「あれは側妃マーマハが私を監視するためにつけたものですよ」
ハーピスに全てを打ち明けることを。
読了ありがとうございました。