15
「ネージュ、起きなさい、ネージュ!!」
ドクトの大声を受けて目覚めた俺は「うわっ」と飛び上がった。
目を開けたらすぐ前に必死な彼の顔があったからだ。
目覚めのイケメン、心臓に悪い…。
「「お姉ちゃん!」」
ドキドキと驚きなのかまさかのトキメキなのかわからない動悸が俺に冷や汗を齎す仲、双子がぴょんと飛びついてくる。
何故双子がここにいるのか思って見回してみると、双子だけでなく全員が部屋に揃っていた。
「なんで」
と言いかけたところで、そりゃあんだけ騒げば気がつくかと思い、自分の身体を見下ろす。
「うわぁ…」
見ると予想以上の惨状が目に入った。
床は血塗れ、服は血だらけ、空いた穴から見えた腹も真っ赤に…。
「あれ、傷がない」
服にナイフが刺さっていた穴はあるが、そこから見える腹には血が流れた跡はあれど穴はなかった。
本当にないのか確かめようと俺はぺろっと服を捲る。
「おお…」
すると穴が服の影に隠れていたということもなく、そこには血だらけではあるが傷一つないなだらかな腹しかなかった。
「よかった、回復薬に気づいて」
くれたんですね、という前に、
「貴女何考えてるんですか!こんなところで女性が肌を晒さないでください!!」
ドクトにばさっと服を下ろされた。
驚いて顔を上げればそこにはまるで般若のような顔をしたイケメンが。
そして後ろには顔を赤くしたグランプとドーパ、恥じらう乙女のように顔を覆っているバッシルと、なんとも興味なさそうなハーピスがいた。
確かによくよく考えてみれば俺の行動は痴女だった。
修道女の服はワンピースタイプなので、腹が見えるように服を捲れば下着が見えてしまう。
ドクトが持ってきた蝋燭の明かりだけではあまりよくは見えなかっただろうが、無駄なフラグを立てないためにも今後は気をつけよう。
ただハーピス、なんか悔しいからお前はもう少し興味を持て。
なんてことを考えていたら横の双子が、
「お姉ちゃん血がいっぱいだね」
「お風呂行こ。僕たちが洗ってあげる」
とにっこり笑って言い、両脇から俺の腕を取り立たせようとした。
その様子はぱっと見は無邪気な天使だが、俺は知っている。
こいつらは無邪気を装った確信犯で、下心があるということを。
「はっはー、マセガキ共め、お前らに女体はまだ早い」
続けざまに見た三根の頃の夢のせいか、俺の感性は今かなりそっち寄りだった。
だからつい口から出た言葉も三根としてのものだった。
「「…お姉ちゃん?」」
それを聞いた2人が目をぱちくりと瞬く。
「あ」
やべ、またやっちゃった?
部屋に流れる微妙な空気に、へらっと笑って誤魔化す道を選んだが、誤魔化されてくれるだろうか。
「うううう…」
結果はわからないが、タイミング良く侵入者が起きたので結局それどころではなくなった。
侵入者は倒した後にグランプが拘束してくれていたらしく、大きな麻袋のようなものに身体を入れられており、その上からさらに足首、太もも、腹、二の腕の辺りを縄で縛られていた。
漫画の誘拐されるシーンでよく見る蓑虫に似たあの姿だ。
彼は目を覚ました後、状況を確認するように素早く周囲に視線を走らせると苦虫を噛み潰したように目を眇めた。
どうやら自分の状況を理解したようだった。
「くそ、この俺がこんな簡単な任務に失敗するとは…」
悔し気にそう呟くとぎろりと俺を睨む。
射殺すようなそれは、しかし前に出たグランプが自身の体で遮ってくれたため俺には届かない。
言い方から察するに、こいつは自分の能力とキャリアに相当なプライドを持っているのだろう。
確かに今回は偶然回復薬を部屋に持ってきていたお陰で助かったが、物置にあったら確実に間に合っていなかった。
それに思い至り、今更ながら寒くもないのに俺の肩は小さく震えた。
血の気の引いた顔は青ざめているだろうし、指先が段々冷たくなってきて普段よりも呼吸が早い。
一度経験したはずなのに、死がすぐ傍らにあったことが酷く恐ろしかった。
「貴方は暗殺者ですね?」
そんな俺の後ろからドクトが男に話しかける。
震える俺を落ち着かせようとか、俺の両肩に手を添えて熱を分けてくれているみたいだ。
その温もりを全身に行き渡らせようとする心臓の鼓動が段々と耳の奥に響き、引いていた血が温かさを取り戻して体内を巡って行くのを感じた。
「急所を見事に一突きしていました。恐らくかなりの手練れでしょう」
けれど熱を分けてくれている人が紡ぐ言葉は、再び俺から熱を奪っていく。
2度目の死の恐怖は、そう簡単には消えてくれない。
「そんな奴がなんだってこの島に来たんだ?しかも女の寝込みを襲いやがって」
グランプがドクトの言葉を受けて男に問う。
ここは監獄島であり、そんな手練れの暗殺者が来るような場所ではないと。
しかし俺は夢で知った。
こいつがここに来た理由とその依頼主のことを。
だが、今ここでそれを言うわけにはいかない。
「馬鹿が。そんなことを話すはずがないだろう」
案の定暗殺者はそれを漏らすことなくにやりと笑う。
「じゃあな。精々知恵を絞って必死に考えるがいい」
そして言うが早いか男は一切の躊躇いも見せずに自分の舌を噛み切った。
読了ありがとうございました。