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「では皆様、いただきましょう」
『主の恩恵に感謝を』
食前の祈りを捧げた俺たちは、各々の目の前に並ぶ海鮮尽くしのごちそうに手を伸ばす。
カジキとホタテの薄切りに塩コショウオリーブオイルを掛けただけの簡単カルパッチョにカジキの炙り、サザエとハマグリの網焼き、カニの甲羅とコンブで出汁を取ってカニ味噌も溶かし入れたカジキの潮汁、そして。
「カニしゃぶうまー!」
コンブのだし汁に塩を一つまみ入れたスープにさっとくぐらせて花開かせたカニの脚を塩入バルサミコ酢につけて頬張る。
ポン酢がないのが悔やまれるが、果実由来の芳醇な香りと爽やかな酸味がカニの風味や旨味を上手く引き立て、これはこれでありだった。
「うめぇなこれ」
「ほんと、いつも食べてるカニとは全然違うね」
俺の食べ方を見て続いたグランプとハーピスにもこの味がわかるようだ。
そうだろう、そうだろう。
カニは美味い、美味いは正義だ。
俺は2人の笑顔にも満足し、さらに爪の方を折り身を取り出す。
「えー!なにそれすげぇ」
「ちょ、嬢ちゃん俺にも教えてくれよ」
それを再びスープにくぐらせていると目ざとく見ていた2人が食いつく。
ふふん、いいだろう教えてやる。
俺、カニにはうるさいからな。
そうして面倒だからと全員に一斉に教えれば、殻剥きが一番上手いのは意外にもバッシルだった。
そんなとこは似なくていい。
グランプやドーパは力が強すぎてぽっきり折れたし、双子やハーピスは力が足りなくて折れなかった。
ドクトは流石の器用さを見せたが、「体が自然に動いた」と流れるような動作で身を引き抜いたバッシルの上手さは異常だった。
それを視界に収めながら俺は今度はカルパッチョへと手を伸ばす。
生食文化のない彼らにこれはきついかと懸念したが、意外にあっさりと受け入れられた。
「毒はありませんし、あの保存方法なら食中毒の心配もないでしょう」という医者のドクトの言葉と「野外演習では虫も食ったしな」という下級騎士のグランプの言葉はまだしも、「昔俺が食ってたもんに比べりゃ別に」とさらっと放たれた孤児のドーパの言葉には、一抹の淋しさと申し訳なさを感じる。
せめて今食べているこれが、彼にとって美味しいと感じてもらえるものであることを祈った。
さてそれはそれとして、今度は「ねぇお姉ちゃん、それ本当に食べ物?」と双子にドン引かれながら調理したウニにも手を伸ばす。
ちなみに他の面々にも聞いてみたところ、誰も食べたことはないという。
持ってきたハーピスも「コンブにくっついてたから見せてあげようと思っただけで、食べるとは思わなかったよ」とちょっと怖気づいたように言っていた。
イタリアあたりではウニを食べるという話を聞いたことがあっただけにさっきとは逆の意味で意外だったが、いらないというのなら仕方ない、俺一人で食べよう。
決して独り占めしようというわけではない、無理強いをしないだけである。
こちらにもバルサミコ酢を一垂らし、そのまま口へ放り込む。
「~~~~~~~っ!!」
あんまーい!!
北海道で食べたウニよりも甘いんじゃないかというほど甘い。
舌で蕩けるその甘味はねっとりとしたものではないのに、いつまで口の中に残って存在を主張する。
あー、日本酒飲みたい。
上機嫌で2つ目を口にした俺はそこで何やら視線を感じた。
顔を上げると全員が目を丸くして俺を見ている。
「ええっと?みなさん、どうしました…?」
え?なに?ウニそんなダメ??
視線の意味がわからず、誰にともなく問いかければ、
「嬢ちゃんは美味そうに食うなー」
「「美味しいもの食べてる時のお姉ちゃんは可愛いね」」
「またウニ見つけたらあげるよ」
「なら今度は地引網でも作るか?」
「…次は俺も食べてみる」
「そうですね、みんなで食べましょう。その時は貴女と同じ幸せを感じられるといいのですが」
生暖かい笑顔で見守られていたことがわかり、なんだか恥ずかしくなって中々3つ目が食べられなかった。
ちゃんと全部食ったけど。
あと刺身も忘れずに食べたよ。
読了ありがとうございました。