10
不本意な方法で台所まで運ばれた俺はそこに置いてあった食堂の椅子に座らせられた。
どうやらそれはここで俺を待っていた双子が用意してくれていたものらしく、2人は「僕たち気が利くでしょー」「痛くないようにクッションも持ってきたんだよー」と座った俺の周りをうろちょろしながら得意げになっていた。
ちょろちょろ動く2人は年齢よりも幼く見えて、ついくすりと笑ってしまう。
「ありがとうスーニー、貴方にこの椅子は重かったでしょう?それとも2人で運んできたの?」
クッションを持ってきたと言ったのがスーリーだったので、なんとなく椅子はスーニーが持ってきたのかなと思った俺はスーニーを見て礼を言う。
すると何故か和やかだったその場の空気が凍った。
「……お姉ちゃん」
あれ?俺なんか拙いこと言ったかな?
急激に温度が下がった気がする部屋におろおろする俺に、スーニーが静かに呼びかける。
「な、なあに?」
14歳から発せられたとは思えぬ静かな圧力に、俺はついびくっと肩を竦めてしまう。
いつもはぱっちりと愛らしく開いている目も、僅かに眇められているような気さえした。
「なんで僕がスーニーだと思ったの?」
スーニーはそう言うと、そっと横に並んだスーリーと手を繋ぐ。
「当てずっぽう?」
「それとも確信があるの?」
彼らを侍らせていた側妃も、彼らを気にかけていてくれた司祭も、実の両親ですらも見分けがつかなかったのにと、彼らの目が雄弁に語っていた。
確信があるのかと聞きながらそんなわけはないと、自分たち以外に見分けられる人間なんていないという自信がその目にはあった。
けれど。
「ああ、1人ずつの時はわからないかもしれないけれど、2人揃っていれば私にはわかるわ」
生みの親の俺は本人たちさえ知らないその見分け方を知っている。
作画担当者にも念を押した、ごく僅かな2人の差異。
「「そんなわけないよ!」」
でもそんなことを知らない2人は普段の愛らしさをどこへやったのかと思う程に厳しい眼差しで俺を見る。
大人の甘言には騙されないぞというような、警戒心むき出しの表情だ。
「でたらめ言わないで!」
「僕たちを適当に区別しないで!」
ぎゅっと力を入れ合って繋がれた手は震えていて、眉間には見たこともないほど深い皺が刻まれていた。
それは怒りだろうか、それもと恐れだろうか。
「「みんなどうせわかんないんだから、僕たちは一緒でいい!!」」
小さな口から吐き出された声は、まるで血を吐くようなものに聞こえる。
恐らく今までも2人はこうして他人の介入を拒絶してきたのだろう。
互いを正しく理解しているのは互いのみでいい。
瞬く間に目には見えない大きな壁が築かれていくのを、俺は確かに感じた。
俺が齎した設定で傷ついていたのは、ドーパだけではなかったのだ。
「すまんな嬢ちゃん」
人間を寄せ付けまいと威嚇しながら互いに庇い合う野良の子猫のような2人の姿に痛みを覚える胸を押さえていた俺の後ろからグランプの謝罪が聞こえる。
「前に俺が適当に『お前の方が兄ちゃんか』って言っちまった時にもこいつらはこう言って怒ったんだ」
大らかで快活であるが故に人の機微に疎いところがあるグランプらしい言葉だ。
けれど俺だってもし修道院で修道服を着ているからって、間違って背格好が同じくらいの他の修道女の名前で呼びかけられたら面白くないだろう。
だから納得できるし、2人をこんな性格にしたのは俺の設定によるところが大きいのだから責めるつもりはない。
だがこれだけは訂正させてもらう。
「当てずっぽうではありませんよ」
俺は静かに2人に語り掛ける。
「と言っても信じられないでしょうから、試してみましょうか」
俺は険しい顔を向ける2人に意識してにっこりと笑い、テストを受けさせてもらうことにした。
「右がスーニー、左がスーリー」
「……合ってる」
「嘘だ…」
俺が2人に提案したテストは簡単だ。
2人が部屋を出てシャッフルして部屋に戻って来る。
それを俺が見分けられるかどうか試すというものだ。
ちなみに今の正解は9問中の9回目。
もうそろそろ信じてくれないかな。
「やっべ、やっぱ俺にはさっぱりわっかんねぇ」
「俺も」
「私もです」
「逆になんでわかるの?」
俺の後ろで一緒に双子の入れ替わりを見ていた面々も一緒にやっていたようだが、正解数は多くても半分だ。
正解する確率は2分の1なのだから正しい結果と言える。
「次が10回目です。それが正解したら私が言ったことを信じてくれますか?」
夕食の準備はまだ何もできていない。
そろそろ終わらないと本当に拙いと思った。
不測の事態だし多少遅れることは許されると思うが、それでも就任2日目で規則の時間を破るのはよくない。
そう思っての提案に「わかった」とスーリーが頷く。
彼らは頷き合うと2人でまた部屋を出て、戻ってきた時は1人だった。
「僕はどっち?」
初めての展開に俺も他のメンバーも面食らってしまったが、伊達に9回もじっくり2人を見ていたわけではない。
この世界では俺だけが知っている2人の見分け方。
それは瞳の色だ。
スーリーの方が僅かだが青みが強いのだ。
だから俺は満面の笑みでこう言ってやった。
「今この瞬間だけはわかります。貴方はスーリーです」
同じ部屋で同じ光量で同じ位置に立ってくれている今なら、さっきまで見比べていた色のどちらかなんてすぐにわかる。
だから俺はどうだと言わんばかりに胸を張って目の前に立つスーリーに答える。
「……当たりだよ」
部屋の外でその声を聞いていたのだろう、俺の回答に丸をくれたのは部屋に入ってきたスーニーだった。
彼らは寄り添うように立つとまた手を繋ぎ、同じ顔で同じ声で、恐らく同じ感情で俺に言った。
「「お姉ちゃんごめんね、ありがとう」」
なにに対しての礼なのかは聞かないが、今その頬を伝っている雫は嬉し涙だといいなと俺は思った。
読了ありがとうございました。