8.戦う前に
〜直子視点〜
島の新鮮な魚介類の他、大樹の恩恵を受けたとされる野菜や山菜、様々な肉などの新鮮な食物が豊富に揃えられてる店や、休憩等に利用する喫茶店がいくつかある商店街。
輸入や漁のために、漁船のような小さな船から貨物船といった大きな船が停泊している、小さいけれど人通りの激しい港。
ゲームセンター、カラオケ店、ボーリング場、さらには昼も夜もいかがわしい雰囲気を漂わせている、観光客が飽きないくらい充実した繁華街。
商店街と隣接する形で、小規模とはいえそれなりに儲けている会社があるビル群。
そして、少ないけれど将来のために学業に励む子供達のために建てられている中学、高校。
それほど大きくないこの白樺島には、正直もったいないくらい施設が充実しているここ、西区。小さい頃よく母さんと一緒に買い物に来たりしていたけれど、その時はそんなことまったく気にしたことなんてなかった。
けれど、こうしていつ以来なのか忘れたけど、久しぶりに来てみると疑問は尽きない。大樹目当ての観光客が増えてきたせいもあるかもしれないけれど、ここまでの施設の徹底ぶりはハッキリ言って異常だと思う。どうやってここまで、こんな小さな島が発展してきたのか。
もっとも、今の生活に依存しきっている島民で、こんなことを考えるのは私くらいなものだろう。誰かに打ち明けたとしても、笑われるだけに決まってる。
私は、生活するのに必要最低限の分さえあれば、娯楽なんてものはいらない。生きているだけで儲けもの。他は何にもいらない。
そう思うようになったのは、いつぐらいからだったんだろう……多分、母さんが死んでからだったと思う。
そんなことを考えている私は、食糧調達云々を終えた今、西区の商店街の一画に建っている和風の薫り漂う喫茶店にいる。座席もイスじゃなくて、畳に座布団を敷いた掘りごたつのような感じ。
こことは違うけれども、喫茶店に入ったのは小さい頃に一度だけ。母さんと買い物帰りのついでにケーキを食べたのは覚えている。
「アムアムアムアムアムアム……。」
「………………。」
「アムアムアムムム……ん? どした? 食べないのか?」
「…いえ、随分おいしそうに食べてるので……。」
「あ、そう? まぁうまいからなこれ。」
「……好きなんですかそれ?」
「大好物だ。」
そして、今はこうしてクリームあんみつをパクパク食べている宗次郎さんと私は向かい合う形で座っていた。
「うぅむ、うまい……この濃厚なバニラソフトとトロトロの餡子が織り成す絶妙な甘さと、フルーツのシロップ漬けにくわえてサイコロ状に固めた抹茶寒天とのコラボレーションはまさに絶品。しかもこの抹茶寒天の抹茶はこの店が独自に作り出したとされている、添加物を一切使用していない優しい味わいがさらに食べる手を進ませていく……。」
……どこかのグルメレポーターみたいだ……。
「これぞまさに、あんみつのオーケストラやー。」
「それこそパクリです。」
そして若干古い。
「冗談だ。しっかしウメェなこれ。この店選んで大正解だ。」
「……お金あるんですか?」
「ああ。さっきの情けない野郎から少しばかり拝借しといた。」
「それ犯罪ですよ!?」
「バレへんバレへん。」
「そんな問題じゃないでしょう……。」
「やっちまったもんはしょーがねぇだろ? それに突っかかってきたあっちが悪い。」
「……はぁ。」
こうやってる合間に黒スーツの仲間が迫ってきてるかと思うと、気が気でならないっていうのに……この人は緊張感がないばかりか、私を犯罪者にしたて上げるつもりですか、と問い詰めたい。
「姉ちゃん、これお代わり。」
「え、まだ食べるんですか!?」
「金がある限りな。」
「…………。」
頼んでおいた抹茶オレをストローで喉に流し込みながら、和服を着たウェイトレスさんに注文をしている彼の座ってるテーブルの端をチラリと見る。
そこには、クリームあんみつが入っていた小さな深皿が三つ重なっていた。
「いやぁあの情けない野郎が金持ちのようで助かったな。おかげで十分食い物も買えたし、今こうしてクリームあんみつ食えてるわけだし♪」
「……そ、そうですね……。」
確かに、あの男子はこの島の中で五本の指に入るお金持ちの息子だから、財布の中にそれなりの大金を持っているのも頷ける話だった。
「お待たせしました。」
「おお、待ってない待ってない。十分早い。」
四杯目のクリームあんみつを受け取って、早速パクついていく宗次郎さん。その満面の笑顔は、まさに小さな子供そのもの
「…………。」
それを見ていると、この人はホントは二重人格なんじゃないかと思う。
昨日は、銃を撃ちまくった上に、筋肉の化け物相手に一人で剣とマシンガンで大立ち回り。そして私の家に突撃してきて、危ないところを連れ出して空き家で見張りのためにほとんど寝ていない体で私をおぶって屋根から屋根へと飛び移っていくタフさ。極めつけは、いじめっ子の男子一人が口走った言葉に怒って、彼らに恐怖心を植えつけたヤクザをも遥かに上回る迫力の持ち主。
「うまうま〜♪」
そんな人が、今私の目の前で口の横にバニラアイスを付けながら、おいしそうにクリームあんみつという物凄く甘い食べ物を食べている。それも四杯も。
普通なら、大の男がそんな風に甘い物を食べているのを見ると引いてしまうけど……
「……そんなに見つめたってやらんぞ。」
「いりませんよ……。」
不思議と見ていて楽しいと思ってしまう自分がいた。
「いやはや、見事なクリームあんみつだったな。」
「ええ、出費も見事なものですけどね。」
「お、うまいじゃん。」
「…嬉しくありません。」
喫茶店を出た私達は、時間帯的な問題で通る人もまばらな商店街を歩いていた。私の横では満足気に微笑みながら歩く宗次郎さん。それにツッコむ私。
「そもそも、緊張感が無さ過ぎますよ。いつ襲われるかわからないっていうのに、そんなんだと…。」
「だからって緊張し過ぎってのもあれだけどな。まぁ言ってることには一理あるが…。」
そう言って、歩きながらチラリと横を一瞥する。
「なるべく普段通り、自然を装った方がいいぜ?」
「え?」
視線の先を追おうとしたら、宗次郎さんがグイっと強引に前を向かせた。
「見るな。バレっぞ。」
「バレる?」
「ああ。あそこの露天で花売ってる姉ちゃん。エプロンの襟んとこに黒い物体が付いてやがる。おそらく、小型マイクだ。」
「え……。」
見上げると、宗次郎さんの顔は変わらずにボンヤリとした顔。だけど、緊張感が感じられないわけじゃなく、むしろ目が真剣そのもので、精神を張り詰めている感じがした。
「そんでもって近くを歩くオバチャンや、物陰に潜んでいる男。全員が全員、こっちをチラっと見るか、見張ってるような感じだ。ついでにさっきの喫茶店にいた店員と客の半分くらいから見られていた。」
「……そ、それじゃあ……。」
「この商店街は完全に包囲されてるな。確実に。」
一瞬、目の前が暗くなった感覚に見舞われた。
つまり、私達は罠にかかった動物と同じということになる。
「ど、どうするの……?」
不安と恐怖で、自分の体が無意識に震えるのがわかる。
「慌てるこたないさ。任せとけって。」
そんな私の気持ちを掻き消すくらい、宗次郎さんは明るくニパっと笑った。
〜ライター視点〜
開放感ある商店街の道を闊歩する人々。その中に、茶髪のツンツン頭をした青年と、横を歩くショートカットの黒髪をした少女。そして、一見どこにでもいる服装の中年の男が、遠からず近からずという距離を歩いていた。
胸元には、黒い小さな玉が付いた装置……小型マイクを装着している。
「目標は商店街出口へと向け、いまだ歩行中。異常なし。」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、彼は胸元のマイクに向かって話す。顔は真剣そのもので、動作一つ一つを覚えようとするほど凝視している。
「!!」
が、それもすぐに驚愕に変わった。
「も、目標が進路を変更。すぐに追跡する。」
商店街の細い脇道へと歩いていった二人を見て、見逃さないよう慌てて走り出す男。だが、
「あ、あれ?」
脇道に入った途端、呆然とする。
何故なら、そこを歩いてるはずである二人の姿がなく、ただ細長い道が向こうまで伸びているだけだったから。
「そ、そんな……確かにここ……。」
うろたえ、一歩路地へ踏み込む男。
【カチャ】
「!!」
瞬間、男のこめかみに冷たい金属質の何かがそっと押し付けられた。
「動くなよ? 無駄な殺生は嫌いなんだ。」
その金属が銃であると判断した時、真横の建物の隙間からツンツン頭の青年、宗次郎が、コルト・アナコンダの銃口をしっかり男のこめかみに押し当てながら出てきた。その後ろから、少女、直子も出てくる。
「…………。」
全く気配さえ感じさせずに不意をつかれた男は、目の前の銃口を見て硬直し、冷や汗がとめど無く流れ出てくる。
「まぁまぁ、そんな恐がらなくていいって。一つ二つ、質問するだけだし。」
おどけながら言うが、銃のトリガーにしっかりと指をかけており、下手なことしたら問答無用で撃つ、という無言の脅しをかけているのは誰から見ても明らかだった。
「とりあえず聞くけどさ。お前ら何者?」
「…………。」
まるで友人に話しかけるように気軽に聞く宗次郎に、男は閉口する。
「……まぁ、一応わかってること言うけどな? 俺はな、アンタらはこの島にある公式な組織なんじゃないかと踏んでるんだが。警察か何かか、そこら辺。昨日の夜にガキんちょの親父さんに警察と名乗って拉致ろうとしたらしいが、そんなことせんでも強引に掻っ攫っちまえば済む話だろ?」
父親が出てきた時、直子の顔は若干曇ったのが見えた宗次郎だったが、とりあえずそれは気にしないでおくことにした。
「で、わざわざそんな回りくどいことしてまでしてこっそり攫いたい理由、それと何でこのガキんちょを狙ってるのか、アンタらの正体も合わせて答えてもらおうかい?」
答えなかったら撃つ、とでも言わんばかりに不敵に笑う宗次郎に、男はさらに恐怖を感じて震えだす。
「ヒ、ヒィィ……。」
「……ついでに言うけど、さっさと答えんかったら頭に空くぞ? 穴が。お前いなくとも答える奴なら後々出てくるだろうし。」
さらにグイっと銃口を押し当て、有無を言わさぬ口調で言う。ちょっとでも指に力を入れれば、たちまち男は脳から血を噴出しつつ倒れるだろう。
「ま、待ってくれ……話を、聞いてくれ!」
そんな自分を想像したのだろう、男は観念したかのように両手を上げた。
「お、話してくれんの?」
「じ、実は……知らないんだ。」
「あ?」
が、男の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「知らない? 何でだよ。お前黒スーツの連中の仲間じゃねぇの?」
「い、いや、仲間というより、雇われたんだよ俺……ある二人を尾行しつつ報告してくれたら、金を払うって言われただけで……他は何にも知らねぇんだよ! ホントなんだ! 信じてくれ!」
あまりに必死の形相に、宗次郎は眉をしかめる。言ってることはおそらく真実なのだろう。
(……まぁ、こんな気配もまるで殺せない奴に尾行なんざできやしねぇわな……でも何でこいつ雇ったんだ? 訳のわからん奴だ。)
そんなことを考えつつ銃を下ろすと、男は緊張が抜けたのか肩で息をしながら背後の電柱にもたれかかった。
「なら、お前さんを雇った人間ならわかるだろう? 電話でもしない限り。」
「あ、ああ。顔ならわかるけど……。」
【バスッ】
「!?」
「きゃあぁぁぁ!!」
が、男が口を開いた瞬間、男の心臓辺りから血が飛び散り、男は目を見開きながら電柱にもたれかかるようにズルズルとずり落ちていった。
宗次郎は一瞬驚きで目を見開き、直子に至ってはいきなりのことで甲高い声を上げる。
「誰だ!!」
見回し、男を殺した者を探すが、この狭い空間で狙える場所はどこにもなかった。
「む!」
【チュン!】
が、殺気を感じて飛び退くと、宗次郎がいた場所に小さな穴が開いた。
「やろ、上か!」
見上げると、少し先の建物の上で動く影があった。そこにコルト・アナコンダを向け、トリガーを引こうとする。
【チュン!】
「うおっとい!?」
また足元に銃弾が当たり、咄嗟に飛び退く。もう一度見上げると、反対側の建物にも同じような影が見える。
「クソ、二人がかりかい!」
銃を下ろし、へたり込んだ直子を強引に立ち上がらせる。
「走るぞガキんちょ! もたもたすんな!!」
「は、はい!!」
次の銃弾が来る前に、宗次郎は直子を叱咤して共に走り出した。
次回は戦闘モードへ。最近忙しくなりがちな今日このごろ。