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7.怒髪天を衝く



〜直子視点〜



空き家を出て、島の西区へ行くために物陰に隠れつつ移動をする私達。隠れる、とは言っても、私が宗次郎さんの背中におぶさる形で屋根から屋根へとピョンピョン飛んでいってるわけで。しかも、私を背負ってるにもかかわらず、宗次郎さんは屋根に着地する瞬間や走ってる時、物音一つたてない。完全に音がないわけじゃなくて、わずかに聞こえる【トン】という音がするけれど、まずはっきり言って道を歩いている人達には聞こえないと思う。一番近くにいる私でさえ、耳に意識を集中させてないと聞こえないくらいだし。


でもどうして屋根を伝っていくのか疑問に思ったから聞いてみたところ、『忍者みたいでかっけーだろ?』というしょーもない理由だった。まぁバレないからいいけれど。


「よっと。」


空き家を出て10分。もう少しで東区の住宅街を抜ける見慣れた場所まで来たところで、宗次郎さんは走るのをやめて一旦赤い屋根の上で立ち止まった。

思えば、昨晩は無我夢中で走っていたから気が付かなかったけれど、空き家から家って結構離れていたんだっていうのが実感できた。家の近くなら、西区へ続く道に行くまで10分もかかるはずがない。意外と私って体力あるんじゃないかって思ったけど、まぁ火事場のバカ力って奴よね。過信はしないでおこ。


「今は大体、八時半かそれよりちょっと前くらいだな。」


宗次郎さんが私を降ろして一息つきつつ、ポツリと呟く。


「何でわかるんですか? 腕時計もないみたいですけど。」

「下見りゃわかるって。」


眼下の道を指差して、目で追う。


「……あぁ、なるほど。」

「な?」


道を通っていたのは、学ランやブレザーを着た、学生の人達とサラリーマン風のスーツを着た人達が数人。皆が皆、慌てているようで必死になって走っている。

つまり今は、学生にとっては登校時間ギリギリ。会社勤めの人にとっては出勤時間ギリギリってわけになる。


本来なら、私もこの時間よりもっと前には、この道をカバンを手にして歩いていた。もちろん、一緒に登校する人なんていないから、一人で。

でも今の私は、こうして屋根の上から登校している人達を眺めているという正直複雑な立場にある。だからってどうということはないけれど…。


「…学校、行きたいか?」


下を眺める私を見ながらふと宗次郎さんがそんなことを聞いてくる。


「……冗談。今は行ってる暇ないでしょう? それに私、学校嫌いです。」


一応、手提げカバンは持ってきてはいるけれど、学校に行くという気持ちは全然なかった。元々学校嫌いだし、こんな埃まみれの体で行ったら余計に何か言われるに決まってる。そもそもあの黒スーツの男達が、どこで狙ってるのかもわからないからこうして逃げてるんだし。


「奇遇だな。俺もだ。」


そんな風に私に向かってイタズラっぽく笑った。


正直、私は笑えない。こんな状況で、どう笑えっていうのか、さっぱりわからなかった。


「とりあえず、もうちょい先進んでから下に降りようか。西区まで行くのに途中で家がなくなってるから、どの道屋根から屋根へってのは無理だしな。」


朝日に向かって伸びをしてから、私に背を向けてしゃがみ込む。それに私は何も言わずに、大人しく逞しい背中におぶさる形で乗った。


「さ、飛ばすぞ!」


一瞬で立ち上がったかと思うと、また走り出して屋根から屋根へと飛び移っていく。


その時に顔に当たる風が心地よかったけれど、それで私の気持ちが晴れることはなかった。





【スタッ】

「おし、ここまでだろ。」


東区の終わりまで走りぬけた宗次郎さんは、屋根の上から飛び上がってアスファルトの上に降り立った。もう八時半になってしまったのか、ここに来る途中で人はほとんどいなくなっていた。

着地と同時に膝を曲げて、極限までに衝撃を和らげたおかげで、私に負担がかかることはなかったけれど、ハッキリ言って飛び降りる瞬間本気で焦った。もうちょっと労わって欲しいところだけど、おんぶされている身でそれを言うのも気が引けるので黙っていた。


「降ろすぞ?」

「は、はい。」


ドキドキが止まらないまま(別に卑しい意味じゃなくて、まだ着地する瞬間の恐怖が抜けてなかったから)、地面に降ろされた私は周囲を見てみる。右側に見えるのは、切り立った崖に沿って作られたアスファルトの道があって、10メートル先に西区への入り口がある。


「随分とまぁ、物騒な場所にあんだな。」


そして眼下には、そう高くはないけど海が崖に当たって弾け、飛沫をあげていた。落ちたら死にはしないだろうけど、ただではすまない。


「こりゃ津波来たらただじゃ済まないな……えらいとこに住んでんだなぁお前。」


ガードレールから若干身を乗り越えて、下を覗きこむ宗次郎さん。時々吹く風が、彼のツンツンした髪を揺らした。


……………。



そういえば、この髪。今気付いたけど昨日あんなに暴れたっていうのに、型崩れ一つ起こさないでその形をずっと保ってる……ワックス付けてたらまぁ大丈夫なんだろうけど、結構長持ちするワックスだなぁ。


でもこの髪型って結構目立つような気がする…………一応言っておいた方がいいかな?


「……あの。」

「ん?」


呼ぶと、下を覗きこむのをやめて私の方へ向いた。


「あの、宗次郎さんのk」






「あれ、お前中松じゃね?」

「…!!」


言いかけたところで、背後から声をかけられた。


それも、聞きなれた……でも聞きたくなかった、声。


「あ?」

「…………。」


宗次郎さんは疑問符を浮かべながら、私は恐る恐る振り返った。



「げ、やっぱそうだ。」

「マジかよ、最悪じゃん。」

「よりによってこんな奴とバッタリ出くわすなんてなぁ。遅刻するんじゃなかったよ。」



口々に悪態をつく男子生徒は、私をいじめるグループの中心的存在の三人だった。いつも遅刻ばかりしてきては先生に怒られている、遅刻常習犯。まったく慌てている様子がないのも頷ける。



「つか何? お前も遅刻? ダッサ!」

「しょうがないんじゃね? なんてったってゴミ松なんだしさ。遅刻の一つや二つくらいするって。」

「…………。」


二人は私のことを嘲笑して、対して私は俯いて何も言わない。


いつもそうだった。何を言われても、何も言い返さない。言い返したらさらにひどくなる。


「あれ、また黙ってるよこいつ。」

「……ムカつくよなホント。何様のつもりだっての?」

「調子乗ってんじゃねぇぞオイ?」


三人が嘲りつつ、私を取り囲んですごんでくる。それでも私は、押し黙っていた。


「何とか言えっつってんだろ!?」

「!」


正面にいた男子が、手を振り上げて反射的に身を庇った。






「おい、その辺にしとけ。」


けど、いつまで経っても衝撃は来ず、上げていた腕を下ろす。



宗次郎さんが、振り上げた男子の手を掴んでいるのが目に入った。



「な、何だよお前!? 邪魔すんなよ!」

「お前らな、さっきから人のこと無視すんなよ。怒るぞオイ。」


私をからかうあまりに、宗次郎さんがいることに気付かなかった男子は、掴んだ手を振り払おうと何度も腕を振る。でも明らか宗次郎さんの方が握力が強いのか、一向に離れる気配がなかった。


「で? お前ら何だ? このガキんちょのクラスメイトか?」

「イデデデデ!」


力を入れたらしく、掴まれた男子は痛みに顔を歪めて身をよじった。他の二人は宗次郎さんの有無を言わさぬその迫力に気圧され、一歩後ろへ下がっている。


けど、掴まれた男子はそれどころじゃないみたいで、キッと宗次郎さんを睨みつけた。


「テメェ、離せっつってんだろが! 年上だからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!





このハリネズミ野郎!!!」









【ブチ】




「?」


今、何かが千切れた音がしたような気がする。


「…………。」


と、私がさっきの音の元を探してる間に、宗次郎さんは男子を解放した。


「ってぇなぁ……テメェ、覚悟できてんだろうな!?」


掴まれた腕を擦りながら、男子がいつにない怒りによって顔を歪ませた。






【ガッ!!】

「「「「!?」」」」


そんな男子の髪に手を伸ばした宗次郎さんは、グイと手前に顔を引き寄せた。


その目は……



「……もっかい言ってみろや。」





凄まじいほど血走っていた。





「ヒッ……!」


その恐ろしい顔を間近で見ている男子は、今にも倒れそうなほどのか細い声を上げ、さっきの怒りの形相から打って変わって顔面蒼白になる。


「誰が、ハリネズミなのか………。」


そして、ブンと唸りを上げつつ髪を掴んでいる手を振るった。


「もっかい言ってみろっつってんだろ。」

「!!!!!!!!」






ちょうど背後にあった、崖の上に手を突き出す形となって、男子生徒はぶら下がる状態になった。






「ほら、もっかい言ってみろよ? ハリネズミってもっかい言ってみやがれよなぁ。もっかい言ってみって。ほらほらほらほら、言えよさっさとホラァ。」

「ぎぃぃぃぃ……や、やめ、やめて、く……。」


おどける口調で、けど顔は無表情のまま掴んだ手を上下にブンブン振る宗次郎さん。掴まれた本人は、重力によって体重が下に向かってる上、力強く髪を引っ張られてるためにうまく喋れないほど痛がっている。


「俺だってさぁ、好きでこの髪型んなったわけじゃないんですよー? わかりますー? わかりませんよねー? 俺の事情なんてお前知ってるわけないしー? でもハリネズミっていうのはちょっとどころかお前死刑物ですよー? 無知って恐ろしいですよねー? そう思いませーん?」

「―――――!!!」


さらに今度は左右に揺らして間延び口調で問いかけた。男子が必死に痛みに抗ってるけど、ますます揺れて余計に痛みが増すだけだと思う。


「だというのに俺の前でまぁよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもハリネズミ頭って堂々と言ってくれたよねぇ? なんなら今からそのハリネズミの頭したこの俺に髪の毛引きちぎって下で波打つ海に落としてやろうか? ちゅーより俺の精神安定のためにも今から落としてやろうよし決定。」

「ちょ!? 宗次郎さん待って!!」


宗次郎さんの力強く握っていた手が緩むのが確認できた私は、慌てて止めた。


「何だガキんちょ? こいつには死をもって償ってもらわなければならんというのに。まぁ謝罪したら許してやらんこともないけどな。」

「無理ですよ無理無理! もうそいつ気絶してます!」

「あら。」


すでに男子は、恐怖と激痛によって涙と鼻水を垂れ流してる上に口から泡を吹きながら、くしゃくしゃに歪んだ顔のまま気を失っていた。謝罪どころの騒ぎじゃない。


「……フン。」

【ドサッ!】


そんな男子を一瞥してから、まるでゴミをポイ捨てするかのように脇に投げ捨てた。


「お、おい大丈夫か!? しっかりしろ!」

「…………。」


気絶してしまった男子の傍に駆け寄る二人。それでも気絶からは回復せず、軽く痙攣さえしている。


「おい。」

「「!!」」


そんな彼らに対して、宗次郎さんは何の感情もこもっていない目で睨み付けた。


「さっさとその情けない野郎連れて五秒以内にどっかに消えろ。さもねぇと…




マトメテ突キ落トスゾ?」



ブワァっと殺気が広がり、逆立った髪がさらに逆立つ。


それはまさしく、『怒髪天を衝く』かの如く。


「……ひ、ヒィィィィィ!!」


そんな彼を見て恐れおののいたのか、気絶した男子を二人で担ぐようにして脱兎の如く西区の方へと逃げていった。


「…………。」


逃げていった彼らの後姿を見つめつつ、足が竦んでしまった私はそっと宗次郎さんへと目を向ける。


「………まったく。無粋な奴らだ。」



予想外にも、そこにいたのはいつもと同じ緊張感が感じられない、のんびりした目だった。



「まいっか。あれだけお灸据えてやったら反省もするだろう。



っと、それより。」


宗次郎さんが後ろの髪をポリポリかきながら、私の方を向いた。


「さっき何か言いかけてなかったかオメェ? 俺について。」



……………………。



「な、ななな何でもありません! 行きましょう!」


私はどもりつつも早足で歩き出した。


「あ、おい……ったく何なんだ?」


その後ろで、訳がわからない様子の宗次郎さんが首を傾げつつ歩いてくる。





この日、私は誓った。『宗次郎さんの前で、髪についての質問は絶対にしてはいけない』と。


久しぶりに書いたなぁ。ハリ頭ネタ。

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