6.追われる身へ
〜直子視点〜
「一応、まいたようだな。」
「…………。」
宗次郎さんに連れ出されてから、どれだけ時間がかかったかわからない。そんな状態で、私達は家から大分離れた、このボロボロの空き家に身を潜めていた。
どれだけ放置されていたのかわからないくらい、床は埃っぽく、天井や壁は穴だらけ。隙間風も吹いてくる上、窓のガラスも所々が割れていて使い物にならない。端っこに補強のためなのか、セロハンテープが貼られてるけど見ただけで惨めになる。
完璧なインドア派の私にとって、この家は最低を通り越して、最悪な住み心地だった。
「足、大丈夫か?」
「……大丈夫、です。」
宗次郎さんが心配そうに言って、私は包帯が巻かれた右の膝を擦った。
ここまで逃げる途中、私は途中で転んでしまって、膝から血が流れ出てきた。あまりの激痛に、何度も立ち止まったりもして、仕方なく宗次郎さんは一番目についたこのボロ家の中で身を潜めることにして、同時に私の足に包帯を巻いて応急処置を施してくれた。
「ばい菌が入ったらえらいことだからな。ひとまずそれでしのいでくれ。」
「…………。」
リボルバー拳銃に銃弾を込めながら言う宗次郎さんに、私は何も答えず膝を抱えて座り込んでいた。
「……何で、戻ってきたんですか?」
「ん? ああ、お前さんと別れた後、真っ直ぐ道を歩いてたら途中で連中の車が停車してんのを発見してよ。嫌な予感がしたんで、とりあえず車パンクさせてからお前ん家に戻ってきたってわけ。」
宗次郎さんはあっけらかんと答えて、銃弾を装填し終えてから私の方を見た。
「そんでもって、お前さんが最後にチラっと見せた浮かない顔を見て何かあるなって思ってさ。それで。」
「…………。」
最後のは余計なお世話だった。
「で? 連中に追われる心当たりはホントにないんだな?」
「……知ってるわけないでしょう……そもそも、こっちが聞きたいくらいですよ……。」
膝の間に顔をうずめて、さっきまでのことを思い出した。
今日も学校でいじめられて、先生から小言という名のいじめを受けて、そして帰って、家で勉強して、簡単な食事を取って、また勉強して、それから寝る……いつも通りの生活を、送るはずだった。
なのに、いきなり車から男たちが出てきて、私を強引に連れ去ろうとして、それから謎が多すぎる宗次郎さんが現れて、銃撃戦を繰り広げて、その後は父さんにハメられて……しまいには、今こうしてまだ会って間もない宗次郎さんとアテもなく逃げて。
狂ってる。この一言につきる。
何で私がこんな目に合わなきゃいけないの?
何でいっつも何もしてない私がひどい目に合わなきゃいけないの?
何で誰も信じてくれないの?
何で?
何で?
何で?
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!?
「…う……ヒック……。」
もう、訳がわからない。わからなすぎておかしくなりそう。
いや、もうおかしくなってる。おかしくなりすぎて、思わず涙が流れてくる。
何で私だけがこんな目に合わなきゃいけないのよ………私、ばっかり!
「って、オイオイ。いきなり泣き出すなよ。」
うずくまっていて見えないけど、明らか困ったような宗次郎さんの声がした。
「ったく……ホラ。」
【ポス】
「…………?」
頭に何か柔らかい物を投げつけられて、涙で視界が霞む中それを見る。
「ハンカチだ。それで涙拭け。」
渡されたのは、何の柄もない白いハンカチ。シンプルだけど、清潔感を感じられるハンカチだった。
「…………。」
無言のまま、顎まで流れる涙の雫をふき取っていき、目も擦って完全に拭った。
「…はい。」
「貸してやる。持っとけ。」
ふき取ってからハンカチを返そうと差し出したけど、押し返された。
「え、でも…。」
「また泣かれたら困るからな。一々差し出すのもメンドイし。」
こっちを見ようともせず、窓の外を見ながら拳銃をいつでも撃てる体勢に入った。
「しばらく休んどけ。朝んなったらここを出るからな。」
「……ここなら、バレないんじゃ?」
わざわざ危ない外を出歩くのも危ないし、第一こんなボロ家、誰も来ないと思うけど…。
「いんや、大抵こういう隠れるには絶好の場所っつーのは結構念入りに調べるもんだ。確かに下手な行動は起こせんが、ここでじっとしてたって何にもならん。それに、連中がお前を狙う理由もわからん以上、情報は集めておくに越したことはない。」
「…………。」
そこまで動く理由を並べられたら、私も押し黙るしかない。こういうのはこの人の専門らしいし、ここは大人しく従っておいた方がいいかもしれない。
「……わかりました。寝ます。」
「ああ。危なくなったら起こすからな。」
毛布もないまま、埃っぽい床の上で横になって、少しでも暖かくしようと体を抱えるように丸くなって目を閉じる。部屋の中には電気はないけど、窓から差し込んでくる月明かりが電気スタンドの代わりとなってくれた。夜寝る時はかならずどこか電気を点けておかないと眠れない性質だから、かなりありがたい。
それにしても、一日だけでこんなに疲れたのは生まれて初めてかもしれない……普段は勉強漬けで深夜まで起きてた体だけど、疲労感からかしだいに体から力が抜けてくるのを感じる。
「……あいつら、今頃どうしてんのかねぇ……。」
意識が無くなる前に耳にしたのは、宗次郎さんの呟きだった。
〜???視点〜
「……以上が、報告です。」
「…………。」
イスにもたれつつ、部下の情けない報告を聞いて思わず呆れてため息が出る。
「あ、あの……ボス?」
「何だ。」
無意識に不機嫌な声を出していたらしく、部下が竦みあがった。
「い、いえ……その、ここ最近、疲れが出ているみたいなので……その……。」
「…………。」
フン。
「俺だって疲れるさ……情けない部下を持ってるとな。」
「…も、申し訳ありません。」
ぶっきらぼうに言うと、部下が冷や汗を拭きつつ頭を下げる。何度も見た光景だ。
「謝るくらいならそれ相応の結果を出してもらわねぇと困るんだけどなぁ?」
「わ、わかりました。次こそは、かならず。今は捜索を続けます。」
「ああ、それと。」
「?」
「女の子と一緒にいる、あのツンツン頭の男は何が何でも殺せ。あいつは邪魔だ。」
自然と声に殺気がこもる。俺の邪魔をするあの野郎は、後々大きな障害になりかねない。雑草は抜いておいた方がいいだろう。
「は、はぁ……下の連中にも伝えておきます。」
「ああ、頼んだ。」
「あ、それとボス。一つお聞きしたいことが。」
「? 何だ。」
「あの、女の子の父親はどうしますか?」
「…………。」
一応聞くらしい。俺のことだから、どうするかはわかっているだろうに……それでも許可を取ろうとしているところは、褒めるべきところか。
「……お前達に任せる。」
「……わかりました。では、失礼します。」
部下が頭を下げて、部屋から出ていった。“任せる”という言葉をどういう風に捉えたか、それは部下達が一番よく知っている。伊達に俺の下で働いていないからな。
一人になったところで、ふと月明かりが差し込んでくる窓を見る。
「…………。」
月光を浴び、俺は口元が緩むのを感じた。
別に、月が好きなわけじゃない。そこから見える光景を眺めつつ、自分の将来を想像していた。
だが、その将来のためにも、まずはあの邪魔な男の始末……そして、あの小娘の力が必要だ。例えこの島から逃げ出そうとしたって無駄なこと。絶対にこの島からは逃げられない。
つまりは、袋のネズミも同然だ。
「せいぜい逃げ惑え……どの道お前達の道は決まってんだからよぉ。」
月で明るく照らされた大樹は、俺を誘うかのように輝いていた。
〜直子視点〜
「……ん。」
薄っすら目を開けると、あまりの眩しさに顔をしかめて、右腕で顔を覆った。
明るさに目が慣れた時、腕をどけて目を開ける。そこには、見慣れた天井、ではなく所々穴が開いた薄汚れた木の板で出来た天井だった。
(……やっぱり夢じゃないんだ……。)
もしかしたら……ってわずかながら希望を抱いてたけど、これが現実だと思い知らされて改めて落胆した。
「おお、起きたか。おはようさん。」
「…………。」
起き上がって声のした方を見る。朝日が差し込む窓によりかかるように、光沢のあるツンツン頭を光らせた宗次郎さんがリボルバー拳銃をダラリと下げたままニッと笑っていた。
「……ずっと起きてたんですか?」
見れば、昨晩と大して変わらない眠りにくい体勢のままでいたから、ひょっとしたらと思って聞いてみる。
「うんにゃ、三十分ばかし仮眠を取っといた。」
「さん……。」
三十分だけって……表には出さなかったけど、密かに絶句した。ほとんど寝てないじゃないのこの人。
「さ、てと。」
「?」
どっこいせ、という風に重たい腰を持ち上げた宗次郎さんに、私は疑問符を浮かべた。
「行くぞ。」
「へ?」
いきなりのことで私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「とりあえずは情報収集だ。この島、どれくらいの規模があるか知らんが、住宅街があるほどだ。どっかに食い物売ってるとこだってあるだろう。」
「……そりゃ、ありますけど……。」
ここは東の住宅エリア。商店街などがあるのは西エリア。ここからそう遠くない場所にあるから、迷うこともないだろうけど……。
「で、でも人が多い場所なんか行ったら…!」
ただでさえこの島はそんなに大きくはない。この島を一周するのに、二日とちょっとしかかからない程だから、情報が回るのだって早いはずだし……。
「それもそうだけどな。あえて敵陣に飛び込むっつーのもありだろ? オマケに今日は平日。学生は多分学校に行ってるから、本来なら学校に行ってるはずのお前はまず目立つ。とは言っても、お前今さら学校には行けないだろ。」
「だ、だったら!」
「つか襲われたら襲われたでそれでいい。」
……はい? な、何言ってるんですかこの人?
「俺らの目的は、逃げること、食料調達、そして情報。まず食い物なんだが、食い物を調達するにはスーパーとかに行った方が早い。海で釣りとかだと、どっから狙われるかわかったもんじゃないし、そんなのんびりできる状況でもない。それと、お前の話を聞く限り、昨日はお前の家にまで押しかけていって強引に攫おうとしたんじゃなく警察を装ってたってことはだ、連中は人が大勢いる場所でそんな騒ぎを起こしたくはないはずだ。平日とは言え、主婦とかそんな人で賑わうんだから人が多いに違いねぇ。監視はされるだろうけど、暴れようとは思わないだろう。人気のない場所に行った途端に襲ってくるだろうし、そん時にでも一人くらいとっ捕まえて情報を聞き出す。それから逃げる。あわよくば親玉んとこも聞き出してそいつんとこ行ってボコボコにして再起不能にする。以上。これが襲われてもいい理由。」
……………。
「……そこまで、わかってるんですか。」
「まぁな。昨日の夕方に襲ってきたのも人がいない原っぱだったし。あっこから住宅街まで離れてたろ? あんだけ暴れておいて住宅街では暴れないんだなぁとか思ってたわけさ。」
【ガチャ】
しれっとした顔のまま拳銃の確認をして懐にしまった。
「…あれ? ところで、他の武器とかは…。」
ふと気付いた。腰にあった剣も、背負っていたでっかい銃も、リボルバー拳銃以外何も身につけていない。あれだけ大きい銃をどこかに隠し持つ、というのは無理があるし。
「ああ、ここ。」
その疑問は、宗次郎さんが腰に付けてあったポーチの中身を見せたことによって解決する。
「!!??」
中にはパンパンになるくらい、ぎっしりと武器がつまっていた。昨日の剣、でっかい銃だけじゃなくて、いろんな種類の銃が所狭しと小さなポーチの中に納まっている。
のに、普通だったら破けているはずのポーチ自体は、パンパンに膨れ上がるどころか触っても余裕があるかのように凹んだ。
「ど、どうなってるんですかコレ!?」
一見普通のポーチだけど明らか異質な内蔵量に、私は度肝を抜かれた。
「『何でも収納ポーチ』。うちの自称『天才』、通称『バカ』が考えた、画期的なアイテム……だとよ。明らかこれ某青タヌキのパクリだよな。」
じ、自称……天才なのに、バカって……オマケに某青タヌキって……そこは否定しませんけど。
「いっつもしょーもない発明ばっかするけど、時たまこういうの開発するからまぁ認めてはいるがな。いかんせん、性格がバカなんだわ。あれ。」
「…………。」
『バカと天才は紙一重』って、よく言うけど……実際に見てみない限り何とも言えない。
「とりあえず、人がいる場所行くんだ。これ以上目立つこともねぇし、第一行動の邪魔んなったら困るからな。」
「は、はぁ……。」
このポーチすごいけど、なんだか納得できない。何故?
「さ、とっとと行くぞ。こんな埃被ったとこ、居辛くてしゃーねぇわ。」
「あ、はい。」
さっさと部屋を出るべく歩き出した宗次郎さんと、慌てて立ち上がって追いかける私。
こうして、まだ状況が飲み込めていない私と、未だ謎が多い宗次郎さんとの、奇妙な逃亡生活が幕を開けた。
こんな連続更新、高校生の頃に勇魔以上書いてる時以来です…ナンかポンポーンと(?)。